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[中外時評] ロシアから吹く「暖風」 中国偏重恐れ、日本に誘い水
論説副委員長 池田元博
尖閣諸島や竹島の領有権をめぐって中国、韓国が日本への攻勢を強めるなか、北方領土問題を抱えるロシアがこれに乗じて中韓と組み、対日包囲網を形成することはないのか。
中国各地で過激な反日デモが続いた先月中旬。訪れたモスクワは平穏そのものだった。街中には日本車があふれ、書店には村上春樹氏らの翻訳本が並ぶ。そこここの日本料理店はモスクワっ子でにぎわっていた。
「日本に対抗する中ロの同盟は決してできない。日本製品の信頼度は中国製よりずっと高いし、日本への尊敬の念もある。ロシアは中華料理より、日本料理のほうが人気が高いほぼ唯一の国だしね」。中国専門家のエフゲニー・バジャーノフ外交アカデミー総裁は笑った。
ロシアの外交評論家も「中国から津波、韓国から台風が日本に押し寄せ、ロシアからは暖かい風が吹いている」(ユーリー・タブロフスキー氏)とし、プーチン大統領のアジア重視の外交もあって、日ロ関係は新たな可能性が開かれたと語った。
尖閣諸島と違い、北方四島はロシアが占拠している。一方で竹島の領土交渉を一切拒否する韓国と異なり、ロシアは領土問題の存在を認めている。
もともと立場は違うものの、ロシアではいま、中韓に同調して「反日」に動く気配は全く感じられない。むしろ、中韓と日本の緊張をうまく利用し、日ロの関係改善につなげたいというのが本音のようだ。
実際、パノフ元駐日大使らがまとめた日ロ関係に関するロシア国際問題評議会の提言は、日ロ関係の発展が「ロシアの国益にかなう」と指摘。日本で中国脅威論が高まり、ロシアの東方外交で中国偏重が強まるなか、「ロシアが巧みな外交努力をすれば対中、対日政策を均衡させることができる」とした。
中ロは表面的には親密とはいえ、ロシアでは中国への不信、とくに極東開発における中国依存への警戒感が強い。
中ロ関係に詳しい高等経済学校のアレクセイ・マスロフ教授は「ロシア極東の産業の30〜35%は中国資本の管理下にある。食品など戦略分野では、中国の投資制限が必要だ」とし、過度の中国依存に警鐘をならす。
そこで浮上してくるのが、日本への期待だ。極東発展省のサナコエフ次官は「我々は極東に中国ゾーンをつくるつもりはない」と述べ、製造業や加工業、インフラ分野での日本企業の投資に期待を示した。
プーチン大統領自身、先月はマツダがウラジオストクで進める自動車合弁工場の開所式に飛び入り参加した。同地でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の際の日ロ首脳会談でも、ウラジオストクの液化天然ガス(LNG)基地の建設計画など、極東における日ロ経済協力の進展を歓迎した。
極東の深刻な人口減に歯止めをかけ、地域を活性化していくには、外資誘致による雇用創出が急務だ。プーチン政権がとくに日本の製造・加工業の進出を求めるゆえんでもある。
今後、外資の極東進出を促す方策が課題となるが、先に来日したシルアノフ財務相は「政府内で検討中」としつつ、具体策として税制優遇措置の導入と自由経済特区の設置を挙げた。
税制面では、更地に工場を新設する外国企業に対し、初期の一定期間は法人税や固定資産税を免除する方向だ。自由経済特区は「中国に近い沿岸地域で、木材や水産加工などの分野」を想定するが、効果の是非をめぐっては異論もあるという。
日ロ間では11月に政府間の貿易経済委員会、12月には野田佳彦首相の訪ロが予定される。極東開発を中心とする経済協力が当面、焦点のひとつになるはずだ。ロシアからの「暖風」をどういかすか。日本としても真剣に検討していくべきだろう。
ロシアは世界有数の資源大国で、中間層が台頭する大きな消費市場のひとつだ。半面、汚職や腐敗、煩雑な行政手続きといった問題がビジネスの大きな障害になっている。日ロがビジネス環境の整備に取り組み、双方の利益となる協力を進めることは、決して国益に反しない。
確かに、経済協力の進展が北方領土問題の解決に結びつくわけではない。とはいえ、日ロが良好な関係を築いておくことは領土交渉への環境づくり、さらには中ロの「反日」同盟を防ぐ予防線となるはずだ。「暖風」を放っておけば、「寒風」にいつ変わるか分からない。
[日経新聞10月28日朝刊P.10]
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