http://www.asyura2.com/11/senkyo122/msg/532.html
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(回答先: 就労意欲促す生活保護に 投稿者 taked4700 日時 2011 年 11 月 20 日 09:54:12)
図表が多いので、リンク先の元記事を読まれた方がいいと思います。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/h22pdf/20107801.pdf
1 経済のプリズム No78 2010.4
生活保護と地方行財政の現状*
⎯ 市単位データを中心とした分析 ⎯
一橋大学 国際・公共政策大学院 林 正義
1. はじめに
生活保護は日本国憲法の生存権規定をうけた公的扶助である。生活保護を求
める権利(保護請求権)は全ての国民に無差別平等に与えられているが、最後
..
の安全網である生活保護を利用するには、既に他の利用可能な公的援助制度が
活用されていなければならない。この「他法活用の原則」により生活保護の守
備範囲は「残余的」であり、生活保護以外の社会保障制度が充実していると、
生活保護の守備範囲は小さくなり、またその逆の場合は大きくなる。この生活
保護の残余性という観点から日本の生活保護の実態を眺めると興味深い。まず、
総額約 2.6 兆円(平成 20 年度予算ベース)の給付費のうち約半分(49.8%)は
医療扶助として低所得者の医療保障に向けられ、また受給世帯数をみると高齢
者世帯が半分近く(46.1%)を占めている。つまり日本における最後の安全網
(生活保護)は、独立した低所得者の医療保障制度と高齢者の所得保障制度が
存在しないために、それらを同時に担っている。
欧米諸国では最後の安全網がこの 2 つの機能を同時に担っているケースは珍
しい(林 2006)。低所得高齢者に対しては、多くの国において、生活保護制度
とは独立した無拠出の老齢年金制度、または、低所得高齢者および障害者に特
化した所得保障制度が存在している。医療保障に関しては、少なくない国では
租税方式による原則無料(もしくは極少額の利用料)の制度が採用されている。
日本のように最後の安全網で医療を保障しているのは主要国では、稼働能力が
ない個人を対象としたドイツの社会扶助のみのようである。また殆どの国で、
ドイツの失業手当 II のように、拠出制の失業保険から漏れた就労可能な若壮年
健常者に対する無拠出制の失業手当も存在している。
* 本稿は、著者の現在までの研究(林 2006, 林 2008a, 林 2008b)や現在進行中の科学研究費補
助金基盤(B)20330064(研究課題名「生活保護と地方行財政のあり方に関する経済学的研究」)
における研究の一部(林 2009, Hayashi 2009)を用いて、地方財政における生活保護制度とそ
の現状を解説するものである。なお、生活保護費にかかる市別の基準財政需要額データは総務
省自治財政局交付税課から、市町村決算状況調における市別の民政費のクロス表については総
務省自治財政局調整課を通じ入手することができた。また同調整課には細かい制度上の仕組み
を確認していただいた。経済のプリズム No78 2010.4
2
このように日本の生活保護は、欧米では他の社会保障制度が対応している機能
も抱えているといって良い。さらに日本において特徴的なことは、そのような
丸抱えを地方が行っていることである。海外でも、ドイツ、イタリア、フラン
スや北欧諸国のように地方政府が最後の安全網を担っている国は存在する。し
かし、その場合、別の制度で高齢者の所得保障や低所得者の医療保障が対応さ
れている場合が多く、地方が担う公的扶助の範囲は日本よりも狭く、事務量も
大きくないと考えられる。このことは表 1 に記した、主要国における公的扶助
給付に関する政府部門別の支出割合から読み取れる。同表から分かるように、
地方が公的扶助業務を行っているドイツ、フランス、イタリアでさえ、地方割
合は 3〜4 割程度である一方で、日本の地方割合は 8 割以上に至る。ここから日
本の地方は生活保護制度を通じて公的扶助の大部分を担っていることがわかる。
表 1. 地方による社会扶助支出のシェア
中央/連邦 州 地方
オーストラリア(2004) 93.3 6.7 0.0
カナダ(2004) 92.4 7.6 0.0
ドイツ(2004) 38.1 27.0 34.9
フランス(2004) 67.5 ‐ 32.5
イタリア(2004) 60.3 ‐ 39.7
イギリス(2004) 80.9 ‐ 19.1
日本(2004) 16.1 ‐ 83.9
(出所)日本以外のデータは International Monetary Fund. Government Finance Statistics Yearbook.日本の
データは「国民経済計算」による。
したがって、地方が担っている日本の生活保護の現状を地方財政の文脈で確
認することは重要である。しかしながらデータの制約もあってか、地方単位の
データを用いて生活保護の現状を整理するという作業は行われていないようで
ある。この現状に鑑み本稿では、市単位のデータを主に用いて1
、生活保護の現
状を俯瞰することにしたい。本稿の構成は以下の通りである。つづく第 2 節に
おいては、まず、生活保護制度の概要を説明し、さらに保護率の動向とともに、
1 したがって市(東京都特別区を含む)データのみを用いる場合は、本稿では町村部における
ごく少数の町による福祉事務所と都道府県の福祉事務所による生活保護行政は分析の埒外に
置かれる。ただし、市部だけで全国の生活保護世帯の 93.20%、生活保護世帯人員数の 93.04%
を占めているため(2007 年度実数値)、大勢を見る上でも大きな問題はないであろう。3 経済のプリズム No78 2010.4
その市毎の分布について概観する。第 3 節において、生活保護の執行体制につ
いて議論する。ここでは特にケースワーカー数に関わる数値が分析される。そ
して第 4 節では、地方財政における生活保護費の位置について議論する。特に、
地方歳出に占める生活保護費のウエイトや、国における財源保障の実態などに
ついて市単位のデータを用いて概観する。そして第 5 節をもって本稿は締めく
くられる。
2. 生活保護の受給とその現状
2.1. 生活保護制度
大量の戦災者・引揚者・離職者が発生した太平洋戦争終了直後にあたる 1946
年、連合軍総司令部の覚書(SCAPIN775)をうけ(旧)生活保護法が制定され
る(9 月公布・翌月実施)。これは戦後最も早く制定された福祉法制であり、保護
の無差別平等を明示した日本初の公的扶助に関する法ではあったが、社会保障
審議会の「生活保護制度の改善強化に関する勧告」(1949 年)で次のような不
備の是正が勧告された。第 1 は、旧生活保護法では社会権に関する言及はなか
ったため、国家責任として保障される最低生活水準は日本国憲法 25 条にある
「健康で文化的な水準」とすることが勧告された。第 2 に、生活に困窮した国
民の当然の権利として保護を請求できることを明示し、不服がある場合の権利
保障措置を明らかにするよう求められた。第 3 に、旧生活保護法には判断基準
が曖昧な欠格条項が存在していたため2、恣意的な運用を防止するため欠格条項
を明確・具体的にするよう勧告された。
こうして旧生活保護法が改正されるかたちで、1950 年に(新)生活保護法が
制定される。その 1 条は「この法律は、日本国憲法第 25 条に規定する理念に基
づき、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立
を助長することを目的とする」とされ、憲法 25 条に基づく国家責任として生活
保護が行われることが明示された。そしてこの法律は現在まで、半世紀以上に
わたって日本の公的扶助の基本法として機能することになる。
2.1.1. 生活保護の原理と原則
生活保護法には生活保護制度が基づく思想と、同法の運用にあたっての判断
2 旧生活保護法では品行が著しく粗悪な者は保護されないと規定され、恣意的な欠格条項の運
用が可能であったが、新法ではそのような欠格条項は存在しない。経済のプリズム No78 2010.4
4
基準として次の 3 つの原理が示されている。第 1 は、無差別平等の原理(2 条)
である。生活保護を請求する権利(保護請求権)はすべての国民に無差別平等
に与えられる。ここで無差別平等とは、保護の請求者が、その生活困窮原因、
人種、信条、性別、社会経済的地位などによる優先的もしくは差別的な取り扱
いを受けないことを意味する3。
第 2 は最低生活の原理(3 条)である。生活保護法は「保障される最低限度
の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるもの」とし、単な
る衣食住に足りる水準を超えた水準であることが明示されている。
第 3 は、補足性の原理(4 条)である。資産があるものは資産を(資産活用)、
稼働能力があるものは労働を(能力活用)、家族・親類の援助があるものはその
援助を(扶養義務の履行)、そして、他の公的援助制度が利用可能ならば当該制
度を(他法活用)優先活用しなければならない。これら利用できる他の手段を
尽くしても最低限の生活が不可能な場合に生活保護が給付される。
生活保護法には、これら 3 つの原理に加え、生活保護を実施するための手順
として次の 4 つの「原則」が規定されている。第 1 は、申請保護の原則である
(7 条)。保護請求権が無差別平等に認められるとしても、要保護者による申請
があって初めて保護を受けることができる4。第 2 は基準及び程度の原則である
(8 条)。この原則は、生活保護法にある「健康で文化的な生活水準」を表す具
体的な基準は、厚生労働大臣(国)が別途を設定すること、また、給付金額は
必要と認められた水準のうち要保護者が自ら満たせない部分を補う程度である
ことを要請している。第 3 は必要即応の原則であり(9 条)、要保護者の年齢、
性、健康等の違いによる個別的な必要に応じて保護を行うことが要請されてい
る。第 4 は世帯単位の原則である(10 条)。これは、世帯を単位として保護の
要否や給付額が決定されることを意味する。
2.1.2. 生活保護給付額の算定
世帯単位の原則にしたがい要保護者への給付額は世帯単位で算出される。た
だし、世帯原則の厳密な適用のために必要な保護を行うことができない場合は、
実際は同居していても、書類上で当該世帯員を別世帯とみなすこと(世帯分離)
もある。
また、基準及び程度の原則により、世帯に保障される支出額は生活保護基準
3 これは、旧生活保護法における欠格条項が放棄されたことを意味する。
4 場合により、要保護者の扶養義務者や他の同居の親族も申請することは可能である。また、
急を要する場合は、本人の申請が無くとも保護の実施機関が職権として保護できる。5 経済のプリズム No78 2010.4
額として国が算定し、当該世帯に収入がある場合は、生活保護基準額から収入
が差し引かれて給付が行われる。
生活保護基準額の算定においては、必要即応の原則により、保障水準が世帯
の困窮程度に対応できるように複数の扶助や特別加算が用意されており、図 1
の算定例のように、それらの合計額として生活保護基準額が決定される。その
うち 8 つの扶助には年齢・世帯人員・所在地域などに応じて一般基準が設定さ
れている。それらは、生活扶助(日常生活に必要な衣料費、食料費、光熱費な
ど)、教育扶助(義務教育に必要な学用品など)、住宅扶助(家賃、補修など住
宅維持費)、医療扶助(治療費、薬剤費、治療材料費など)、介護扶助(介護保
険の自己負担部分など)、出産扶助、生業扶助(生業に必要な資金、職業能力開
発校等の費用)、葬祭扶助(要保護者死亡の場合の葬祭経費)であるが、このう
ち医療扶助と介護扶助が各サービス提供者に福祉事務所から直接経費が支払わ
れる以外、他の扶助は保護世帯に現金で給付される。また、生活扶助には 8 つ
の加算(妊産婦加算、母子加算、障害者加算、介護施設入所者加算、在宅患者
加算、放射線障害者加算、児童養育加算、介護保険料加算)がある。
図 1. 最低生活費の算定例
(出所)『平成 19 年度版 厚生労働白書』
医療扶助や介護扶助以外にも必要に応じ現物給付が行われることもある。特
に住居に関しては救護施設や更生施設などの保護施設に入所が可能である。保
護施設には、救護施設(身体や精神の著しい障害をもつ要保護者)、更生施設(身
体や精神の理由により養護及び生活指導を必要とする要保護者)、医療保護施設
(医療を必要とする要保護者)、授産施設(身体や精神上の理由や世帯の事情に
より就業能力の限られている要保護者)、および、宿所提供施設(住居のない要
保護者)がある。経済のプリズム No78 2010.4
6
表 2. 標準世帯の生活扶助基準額の推移
(単位: 円)
実施年度
標準 3 人世帯 1 級地―1
基準額(円) 前年比(%)
1994 155,717 101.6
1995 157,274 101.0
1996 158,375 100.7
1997 161,859 102.2
1998 163,316 100.9
1999 163,806 100.3
2000 163,970 100.1
2001 163,970 100.0
2002 163,970 100.0
2003 162,490 99.1
2004 162,170 99.8
2005 162,170 100.0
2006 162,170 100.0
2007 162,170 100.0
2008 162,170 100.0
(出所)『平成 21 年度版 生活保護の手引き』
表 3. 世帯類型別生活保護基準額(2009 年度)月額
(単位: 円)
標準 3 人世帯(35
歳男・30 歳女・9
歳子・4 歳子)
障害者を含む 2 人
世帯(65 歳女・20
歳男障害者)
老人 2 人世帯(68
歳男・65 歳女)
母子 2 人世帯(30
歳女就労・4 歳子)
1 級地−1 216,480 192,400 134,940 144,360
1 級地−2 207,870 186,730 129,460 139,120
2 級地−1 199,270 179,170 123,960 133,890
2 級地−2 190,640 173,490 118,480 128,640
3 級地−1 177,040 160,950 107,990 118,420
3 級地−2 168,430 155,270 102,500 113,170
(出所)『平成 21 年度生活保護の手引き』
現行の生活保護基準額は、一般消費水準額のおおよそ 6〜7 割程度で設定され
ている(これを水準均衡方式という)。表 2 には標準世帯 1 級地の生活扶助基準
額の推移が記されている。既述のように、生活保護基準の設定には、被保護世
帯の人員の数や各世帯構成員の年齢などが考慮され、特に生活扶助、住宅扶助、
葬祭扶助には、地価を含む地域物価を考慮して、地域別に異なった基準が設定
されている。これらの地域区分は「級地」と呼ばれるが、その区分は市町村を7 経済のプリズム No78 2010.4
単位とした 3 つの区分と、各区分内に設けられる基準生活費に応じた下位 2 区
分が存在する(したがって、全 6 区分)。表 3 はこの生活扶助基準額を含む、世
帯構成や級地にしたがった生活保護基準額を示している。
2.2. 保護率の推移
図 2 には 1954 年度から 2008 年度までの保護率の動きが、世帯保護率(生活
保護世帯数(年度平均値)÷総世帯)と人員保護率(生活保護世帯人員数(年
度平均値)÷人口)を用いて示されている。戦後の混乱期における高い保護率
は、高い経済成長と生活保護以外の社会福祉制度の充実に伴い急速に低下し、
70 年代の前半には世帯率で 2.1%程度、人員率で 1.2%程度付近に安定する5。そ
して、1980 年代後半のいわゆるバブル経済の時期に突入すると、再び減少し始
める。バブル経済は 90 年代はじめに崩壊することになるが、その影響が継続的
な保護率の上昇として表れるのは、世帯率で 1997 年度、人員率で 1996 年度と
なっている。以降、2000 年代中盤の一時的な景気回復時期も含め、保護率は直
近(2008 年度)まで継続的に上昇している。
図 2. 保護率の推移(年度平均)
(出所)厚生労働省「社会福祉行政業務報告」(ホームページ掲載資料)
5 通常、専門家の間では、保護率の表記に「‰」(パーミル:1/1000)が用いられるが、ここで
はわかりやすさを勘案してパーセントを用いている。
0.00
1.00
2.00
3.00
4.00
1954
1956
1958
1960
1962
1964
1966
1968
1970
1972
1974
1976
1978
1980
1982
1984
1986
1988
1990
1992
1994
1996
1998
2000
2002
2004
2006
2008
世帯保護率
人員保護率
(%)経済のプリズム No78 2010.4
8
2.3. 保護率の分布
このように継続的に増加している保護率であるが、生活保護を実施している
地方公共団体別の保護率はどのようになっているのであろうか。次節で詳しく
解説するように、生活保護を実施するのは、主に市(東京都特別区含む)と都
道府県である。都道府県は町村人口を対象とする6。以下では全保護世帯の 93%
(2007 年度)を占める東京都特別区を含む市別の保護率(人員保護率)の分布
をみることにしよう。
図 3 は各市の保護率の分布である。全 805 の市が有する保護率は、最小値の
愛知県日進市の 0.06%から最大値の福岡県嘉麻市 6.29%まで広い値域を有して
いる。平均値は 0.9%、中央値は 0.7%となっている。図 3 が示すように大半の
市はある程度の範囲内に収まるものの、地域によっては保護の状況が極端に異
なっていることが理解できる。
図 3. 保護率の分布
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」を市毎に集計。
なお、図 3 における各市の保護率の平均値(0.9%)が全国の保護率(1.24%)
よりも低いのは、相対的に高い保護率をもつ市が、相対的に大きな人口を有し
ていることを示唆する。これを示しているのが保護率と人口規模の関係をみた
6 後述するように、少数の町は福祉事務所を有しており、その場合は町が生活保護行政を行う
ことになる。
0
25
50
75
100
125
150
0.0%
0.2%
0.4%
0.6%
0.8%
1.0%
1.2%
1.4%
1.6%
1.8%
2.0%
2.2%
2.4%
2.6%
2.8%
3.0%
3.2%
3.4%
3.6%
3.8%
4.0%
(市数)9 経済のプリズム No78 2010.4
図 4 である。ここでは、保護率 Y はロジット変換(y=ln(Y)−ln(1−Y))され、人
口規模 N は自然対数に変換(n=ln(N))されているため、前者を測る縦軸はマ
イナスの値域をもち、後者を測る横軸は人口とは異なった単位になっているが、
これらの変換を行っても一方の変数が大きいときに他方の変数が大きい(小さ
い)という関係は影響をうけない。図 4 には回帰線も記してあるが、散布図そ
のものから明らかなように、人口規模が大きい市は高い保護率を有する傾向に
あることが分かる。
図 4. 保護率(ロジット変換)と人口規模(自然対数)
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」を市毎に集計し算定。
図 2 で 90 年代後半より、全国的に保護率が継続的に増加してきたことを示し
た。しかし、市別のデータを用いると保護率の変化も異なった様相を見せる。
ここでは図 2 のような長期の変化をみることはできないが、2006 年から 2007
年にかけた保護世帯人員の増加率を市別に算定した。図 5 はその増加率の分布
である。ここでは市町村合併等によって接続ができない市を除く全 793 市を対
象にしている。図が示すように最頻値は 0〜2%に存在するが、平均値は 1.7%、
中央値は 1.8%と算定され、保護世帯人員が増加している市も存在すれば、減少
している市も数多く存在することが分かる。変化率の最小値は岐阜県飛騨市の
−23.8%、最大値は奈良県香芝市の 26.4%である。ここでも大半の市はある程度
y = 0.4484x ‐ 7.8309
R² = 0.5682
‐8.0
‐6.0
‐4.0
‐2.0
3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0 9.0 10.0 11.0 12.0
保護率(ロジット変換値)
人口規模(自然対数)経済のプリズム No78 2010.4
10
の範囲内に収まるものの、市によっては保護人員の変化が極端に異なっている
ことが理解できる。
図 5. 保護世帯人員増加率の分布
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」を市毎に集計し算定。
図 6. 人口規模と保護世帯人員増加率
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」を市毎に集計し算定。
0
25
50
75
100
125
150
‐24%
‐22%
‐20%
‐18%
‐16%
‐14%
‐12%
‐10%
‐8%
‐6%
‐4%
‐2%
0%
2%
4%
6%
8%
10%
12%
14%
16%
18%
20%
22%
24%
26%
28%
(市数)
y = 0.0071x ‐ 0.0631
R² = 0.0118
‐30%
‐20%
‐10%
0%
10%
20%
30%
8 9 10 11 12 13 14 15 16
被保護人員増加率(2006〜07年度)
人口(自然対数値)2006年度
飛騨市
香芝市11 経済のプリズム No78 2010.4
しばしば、都市部では生活保護の増加が都市財政を圧迫していると議論され
る(木村 1998)。ここでは人口規模が大きくなるにしたがい「都市的要素」が
大きくなると仮定して、生活保護世帯員数の増加率と当該市の人口規模(2006
年度対数値)を比較する。図 6 の散布図からは、かなりの散らばりを見ること
ができ[既述の変化率の最小値(−23.8%)を示す岐阜県飛騨市は中央左寄りで
一番下に位置する点、そして、最大値(26.4%)を奈良県香芝市は中央右寄り
で一番上に位置する点で表されている]、一見すると強い関係性は読み取れない。
しかし、回帰線をひくと若干ながら正の関係をみることができる。この回帰線
の決定係数(0.018)は低いものの、保護世帯人員の増加率と人口規模(対数値)
には有意な正の関係(P 値<0.002)が存在し、度合いは小さいながらも都市部
では保護世帯人員数の増加が大きいことが分かる。
3. 生活保護の執行体制と地方事務
3.1. 地方による生活保護事務の位置づけ
生活保護は国の法律である生活保護法によって枠付けられ、地方公共団体(市
部は市、郡部は主に県)によって執行される。生活保護法は、生活保護基準額
の設定は厚生労働大臣(国)が行い(8 条)、保護の実施は都道府県知事、市長、
および福祉事務所を設置する町村長が行うと定めている(19 条)。保護の実施
にあたっての地方による事務は、保護の開始および変更(24 条、25 条)、保護
の停止および廃止(26 条)、資力調査および健康健診(28 条、29 条)等の給付
に関わる事務、並びに、被保護者の指導・指示(27 条の 1)および相談・助言
(27 条の 2)などのケースワークに関わる事務に大別される。
地方自治法は、地方の事務を地方公共団体の事務を法定受託事務と自治事務
に分けている(2 条)。同法によると、法定受託事務とは「法律又はこれに基づ
く政令により処理することとされる」地方の事務とされる。特に地方公共団体
が国から受託する「第 1 号法定受託事務」は「国が本来果たすべき役割」に関
わり、「国においてその適正な処理を特に確保する必要がある」と定義されてい
る。地方自治法には「別表第一 第一号法定受託事務(第二条関係)」に各種法
律の条項を用いて法定受託事務が列挙されている。生活保護法関連では、保護
の開始および変更(福祉事務所をもたない町村による緊急保護を除く)、保 護 の
停止および廃止、資力調査および健康健診等の給付に関わる事務に加え、被保
護者の指導・指示等が法定受託事務として列挙されている。
一方、指導・指示以外の相談・助言等のケースワークは自治事務に分類され経済のプリズム No78 2010.4
12
る。自治事務とは「地方公共団体が処理する事務のうち、法定受託事務以外の
もの」として規定されており(2 条の 8)、「自治」事務といっても必ずしも国の
制限なしに地方が独自に行う事務ではない
..
。自治事務でも国の法律や政令に規
定される自治事務、つまり、法定自治事務であるものが多く、生活保護の事務
に関しても、自治事務とされるケースワーク自体も生活保護法によって規定さ
れている事務である。また以下にみるように、生活保護を執行する機関である
福祉事務所の執行体制についても社会福祉法で規定されている。
3.2. 福祉事務所
既述のように生活保護法は、都道府県知事、市長、および福祉事務所を設置
する町村長を保護の実施機関と定めているが、その「保護の決定及び実施に関
する事務の全部又は一部」をその管理下の行政機関に委任することができると
も定めている。その保護を実施する行政機関にあたるのが福祉事務所7であり、
実際は福祉事務所が生活保護に関わる事務を実施している。社会福祉法(14 条)
によって、都道府県と市(東京都特別区を含む)は福祉事務所の設置を義務付
けられている。福祉事務所は、生活保護法を含む福祉六法8に定められた援護・
育成・更正の措置に関わる事務を一元的に実施する機関であり、その具体的な事
務は福祉六法の各々の項で定められている9。なお、小規模の市ではその内部組
織(例えば「福祉課」)が看板上「福祉事務所」とされ、市役所が実質上の窓口
となっている場合もある。
町村による福祉事務所の設置は任意であり、福祉事務所を設置している町村
は少ない。2007 年 10 月現在では、大阪府島本町、奈良県十津川村、島根県飯
南町、広島県大崎上島町、広島県安芸太田町、広島県北広島町、広島県世羅町、
および広島県神石高原町が福祉事務所を設置している。福祉事務所を設置しな
7 ここでは「福祉事務所」という呼称を用いるが、社会福祉法には「福祉に関する事務所」と
いう表記があるだけで、その事務所の名称は規定されていない。「福祉に関する事務所」の名
称をどうするかは設置する地方公共団体が条例で決定することになっている。したがって、地
方公共団体によっては「福祉事務所」に加え、「社会福祉事務所」、「福祉センター」という名
称も少なくない。また近年では保健医療と福祉の連携の重要性をうけ、保健所と福祉事務所を
併設した「保健福祉センター」や「健康福祉センター」という名称をもった機関を設置してい
る地方公共団体もある。
8 生活保護法、児童福祉法、母子及び寡婦福祉法、老人福祉法、身体障害者福祉法、知的障害
者福祉法。
9 ただし、老人福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法に関わる現業事務は、福祉事務
所をもたなくても全ての市町村が行うようになったため、これら 3 法に関わる都道府県の福祉
事務所の事務は郡部における連絡調整や助言・支援に限られるようになっている。13 経済のプリズム No78 2010.4
い町村の住民に対しては、都道府県の福祉事務所が生活保護業務を行う10。た
だし、福祉事務所のない町村でも応急的処置として生活保護事務が行われるこ
ともある。
社会福祉法(15 条)は、福祉事務所に、所の長(「所長」)、指導監督を行う
所員(「指導監督員」)、現業を行う所員(「現業員」=「CW: ケースワーカー」)、
および、現業以外の庶務・事務を行う所員(「事務員」)の配置を義務付けている。
所長は、都道府県知事又は市町村長(特別区の区長を含む)の指揮監督のもと
で所務を掌理し、指導監督員は所長の指揮監督のもとで現業事務を指導監督す
る。なお所長は、業務に支障がない限り指導監督員を兼ねることができる。一
方、現業員は、所長の指揮監督のもと、「援護・育成・更生の措置を要する者等
の家庭を訪問し、又は訪問しないで、これらの者に面接し、本人の資産や環境
等を調査し、保護その他の措置の必要の有無及びその種類を判断し、生活指導
を行う」とされる。指導監督員と現業員は社会福祉主事でなければならない11
(社会福祉法 18 条第 1 項)。さらに、都道府県や市においては民生部に保護課・
厚生課・社会課等が設置され、福祉事務所に委任した事務に対する指揮監督、保
護施設の運営指導が行われている。
3.3. 福祉事務所の数と管轄人口
都道府県は町村部全域を複数に分割し、区分毎に福祉事務所を設置している。
多くの市はひとつの福祉事務所に全市域を管轄させているが、人口が多い市で
は市域を複数に分割し、各々に福祉事務所を設置する場合もある。そのような
市(及び東京都特別区)は、2007 年 10 月現在で、札幌市(10)、函館市(2)、
仙台市(5)、いわき市(7)、さいたま市(10)、千葉市(6)、世田谷区(5)、板
橋区(3)、足立区(5)、練馬区(4)、横浜市(18)、川崎市(9)、相模原市(2)、
新潟市(8)、静岡市(3)、浜松市(7)、名古屋市(16)、京都市(14)、大阪市
(24)、堺市(7)、東大阪市(3)、神戸市(9)、岡山市(6)、倉敷市(4)、広島
市(8)、北九州市(7)、福岡市(7)、鹿児島市(2)となる(括弧内は福祉事務
所数)。
旧社会福祉事業法では、都道府県(福祉事務所を持たない町村部の人口)、政
10 なお都道府県の地方事務所に福祉課を設置すれば福祉事務所に代替できるため、都道府県の
地方事務所が福祉事務所の仕事を代行している場合もある。
11 したがって所長が指導監督員を兼ねる場合は、社会福祉主事である必要がある。ただし、社
会福祉主事の資格は、大卒者であれば、広範な範囲に渡る指定科目から 3 つの科目を履修すれ
ば得ることができるため、それはしばしば「3 教科主事」と揶揄され、福祉分野における高い
専門性を示すことにはならないという指摘もある。経済のプリズム No78 2010.4
14
令指定都市、および、東京都特別区は、人口 10 万人を目安に条例で福祉地区を
設け、福祉事務所を設置しなければならない(13 条)とされていた。また人口
20 万人以上の、政令指定都市以外の市は、条例でもうけた複数の福祉地区毎に
福祉事務所を設置できるとされていた。しかし、社会福祉法が社会福祉事業法
から代わった 2000 年度からは、この「約人口 10 万人当たりにひとつの福祉事
務所」という規定は撤廃されている。
郡部における都道府県の福祉事務所および福祉事務所を設置している町村の
福祉事務所を含む全 1,236福祉事務所12の管轄人口は、2007年10月現在平均10.3
万人であり、かつての基準に近い値を示している。しかし個別にみると、島根
県知夫村福祉事務所の 638 人(市部では福島県いわき市小川・川前地区保健福
祉センターの 9,015 人)から東京都大田区福祉事務所の 675,244 人(市部では
熊本市福祉事務所の 670,179 人)まで、管轄人口は様々である。図 7 は、これ
ら全ての福祉事務所の管轄人口の分布を描いている。その中央値は 70.4 千人、
標準偏差は 95.4 千人となり、最頻値は 40〜60 千人未満となる。
図 7. 管轄人口の分布(全福祉事務所)
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」
12 厚生労働省の福祉事務所データには 1,239 の福祉事務所の記載があるが、岐阜県飛騨振興局
(福祉課)、石川県南加賀保健福祉センター、山梨県中北保健福祉事務所のデータは記載され
ていない。
0
50
100
150
200
250
0
20
40
60
80
100
120
140
160
180
200
220
240
260
280
300
320
340
360
380
400
420
440
460
480
500
520
540
560
580
600
620
640
660
680
(千人)
(福祉事務所数)15 経済のプリズム No78 2010.4
次に、旧社会福祉事業法で複数の福祉事務所を設置できるとされていた、都
道府県、政令指定都市、東京都特別区、および、人口 20 万人以上の市における
福祉事務所(全 544)の管轄人口を見てみよう。その管轄人口は人口の 61.4%、
全生活保護世帯の 72.3%をカバーしている。また管轄人口が 20 万人以上の福祉
事務所は 155 存在し、人口の 36.9%、全生活保護世帯の 39.6%を管轄している。
図 8 は前者 544 の福祉事務所の管轄人口の分布である。当該人口は最小値の
鹿児島地域振興局 1.1 千人から最大値の大田区福祉事務所 675.2 千人まで多様
であり、平均値は 144.5 千人、中央値は 105.6 千人となっている。ここでは中
央値が既述の基準人口とほぼ一致する。図では都道府県、政令指定都市、東京
都特別区にある福祉事務所に、人口 20 万人以上の市にある福祉事務所を加えて
いるため、人口 20 万人以上の境界線で分布の塊ができていることに注意したい。
最頻値は 20 千人以上 40 千人未満、および、40 千人以上 60 千人未満となる。
図 8. 管轄人口の分布(都道府県、政令指定都市、20 万人以上都市)
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」
3.4. 現業員(ケースワーカー)
旧社会事業法(15 条)では生活保護法の適用を受ける保護世帯数を用いて福
祉事務所の CW 数に関して、表 4 の通りの「法定数」を定めていた。しかし 2000
0
10
20
30
40
50
60
70
0
20
40
60
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100
120
140
160
180
200
220
240
260
280
300
320
340
360
380
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580
600
620
640
660
680
(福祉事務所数)
(千人)経済のプリズム No78 2010.4
16
年度に社会福祉事業法からかわった社会福祉法(16 条)では、同表の数値は拘
束力の強い法定数から目安としての「標準数」に変更された。なおこの標準数
は、生活保護世帯数を用いて規定されているが、その数自体は、生活保護担当
CW だけではなく、他の福祉 5 法(児童福祉法、母子及び寡婦福祉法、老人福
祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法)を担当する CW を加えた全 CW
数であることに注意したい。
表 4. 福祉事務所現業員数(最低数)
都道府県
保護世帯数 390 世帯以下 65 世帯増す毎に
6 人 1 人
市(特別区含む)
保護世帯数 240 世帯以下 80 世帯増す毎に
3 人 1 人
町村
保護世帯数 160 世帯以下 80 世帯増す毎に
2 人 1 人
実際に、この標準数が満たされているかを確認するために、2007 年度におけ
CW1 人当たりの保護世帯数を全市について算定した。まず社会福祉法の規定に
したがい、生活保護法と社会福祉 5 法の担当を合算した CW 数を用いる。なお、
生活保護世帯数は既述の厚生労働省の福祉事務所単位のデータを市毎に集計し
た数値を用い、CW 数には地方公共団体定員管理調査による CW 定員数(2007
年 4 月 1 日現在)を用いる。定数管理調査では、業務を兼務する職員は相対的
に業務量が大きな職種の定員として計上されており、CW 業務を行っていても
CW として計上されない場合がある。実際、生活保護担当 CW と福祉 5 法担当
CW の合計数を用いても、全市の 1 割強にあたる 90 市で CW 数がゼロとなっ
ている。以下では CW1 人当たりの係数を用いるため、これら 90 市は除くが、
以下のデータではそのような不備があることに留意したい。
これら係数がとれる 715 市を用いた CW1 人当たり保護世帯数の分布は図 9
のようになる。平均は 52.0 世帯、中央値は 50.7 世帯であり、標準数である 80
世帯以下を満たしている。しかし個々の市をみると、最小値の岐阜県美濃市の
4.8 世帯から最大値の福岡県うきは市の 245.0 世帯まで大きな差が存在しており、
標準数を満たさない世帯数 80 超の市も 93 存在する。なお、最小世帯の美濃市
と最大世帯のうきは市の CW 数はそれぞれ 4 人と 1 人である。17 経済のプリズム No78 2010.4
図 9. ケースワーカー1 人当たり生活保護世帯数の分布
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」、および、総務省「地方公共団体定員管理調査」
図 10. ケースワーカー1 人当たり生活保護世帯と人口規模
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」、および、総務省「地方公共団体定員管理調査」
しばしば大都市部では CW 数が不足していると議論される(沼尾 2009)。こ
れを確認するため、CW1 人当たり保護世帯数を当該市人口(対数表記)に対し
散布した(図 10)。図からは、人口が多くなるほど、CW1 人当たりの保護世帯
数が多くなる傾向が読み取れる。実際、回帰線の傾き(5.61)も統計的に有意
0
25
50
75
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
110
120
130
140
150
160
170
180
190
200
210
220
230
240
80 < CW1人当たり保護世帯数
(市数)
y = 5.62x ‐ 11.99
R² = 0.040
0
80
160
240
8 9 10 11 12 13 14 15 16
CW一人当たり保護世帯数
人口(自然対数値)経済のプリズム No78 2010.4
18
である(P 値<0.000)しかし、散布図の散らばりや低い決定係数 0.04 から分か
るように、その関係から離れた市も多数存在する。例えば、大都市(右側)よ
りも大きな世帯数を示す小都市(左側)は多数存在するし、80 世帯超の市を対
象にすると右上がりの関係は明確には読み取れない。
次に、CW 全数ではなく生活保護担当 CW 数を用いて 1 人当たりの保護世帯
数を算出する(生活保護担当 CW 数がゼロである市は 94 存在するため、以下
で対象となる市数は 711 となる)。ここから得られる CW1 人当たり世帯保護数
の分布は図 11 のようになる。生活保護担当 CW1 人当たりの保護世帯数は、平
均値で 73.5 世帯、中央値で 72.5 世帯となる。ここでも個々の市をみると、最
小値の 12.0 世帯(岐阜県美濃市、生活保護担当 CW 数 2 人)から最大値の 354.0
世帯(愛知県東海市、生活保護担当 CW 数 1 人)まで多様である。
図 11. 生活保護担当ケースワーカー1 人当たり生活保護世帯数の分布
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」、および、総務省「地方公共団体定員管理調査」
次に、図 10 と同様、図 12 で生活保護担当 CW1 人当たり保護世帯数と人口
規模(対数値表記)の関係を見る。ここでも右上がりの関係が見られるが、図
10 で 5.6 であったの回帰線の傾きは 13.0 へ増加し(P 値<0.000)、人口規模が 1
人当たり保護世帯に与える影響は強くなっている。また、決定係数も 0.18 であ
り、回帰線からの散らばりも小さくなっている。
0
25
50
75
100
125
0
20
40
60
80
100
120
140
160
180
200
220
240
260
280
300
320
340
360
(市数)19 経済のプリズム No78 2010.4
図 12. 生活保護担当ケースワーカー1 人当たり生活保護世帯数と人口規模
(出所)厚生労働省「福祉事務所別データ」、および、総務省「地方公共団体定員管理調査」
4. 地方財政と生活保護費
4.1. 生活保護費
ここでは「平成 19 年度市町村別決算状況調」掲載の生活保護費を用いて、生
活保護費が市・東京都特別区の一般会計歳出に占める割合を概観する。ここの
生活保護費は、生活保護給付額に加え、福祉事務所における CW の人件費なら
びに他の給付業務に関わる経費も含まれている13。図 13 の分布から分かるよう
に、生活保護費が地方財政に占める割合は市によって大きく異なる。生活保護
費が一般会計歳出の 1%にも満たない市が 47 存在する一方で(最小割合は富山
県南砺市の 0.28%)、10%を超える市(東京都特別区を含む)は 60 も存在する。
表 5 は、生活保護費の割合が高い順に、これらの割合が 10%を超える市(東
京都特別区を含む)が列挙されている。最大値は、東京都台東区(20.2%)、一
般の市に限れば大阪府門真市(19.6%)となっている。東京都特別区は消防な
どの一部の歳出を東京都が肩代わりしているため、生活保護費の割合は高くな
ると考えられるが、それを差し引いても、表内の地方の多くは大都市地域(東
京都、大阪府)、旧産炭地、地方の中心都市となっていることは特徴的である。
13 詳しくは脚注 20 を参照。
y = 12.93x ‐ 73.99
R² = 0.161
0
80
160
240
8 9 10 11 12 13 14 15 16
CW一人当たり保護世帯数
人口(自然対数値)経済のプリズム No78 2010.4
20
図 13. 一般会計歳出における生活保護費のシェア(%)の分布
(出所)総務省「平成 19 年度市町村決算状況調」より作成。
表 5. 歳出に占める生活保護費の割合が 10%以上の市および東京都特別区
都道府県 都市名
生活保護
費割合
都道府県 都市名
生活保護
費割合
都道府県 都市名
生活保護
費割合
東京都 台東区 20.23% 東京都 墨田区 13.65% 大阪府 和泉市 11.62%
大阪府 門真市 19.58% 高知県 高知市 13.18% 東京都 立川市 11.53%
福岡県 嘉麻市 17.89% 北海道 釧路市 13.08% 北海道 歌志内市 11.37%
福岡県 飯塚市 17.80% 東京都 北区 12.96% 北海道 苫小牧市 11.12%
福岡県 田川市 16.71% 北海道 室蘭市 12.85% 東京都 練馬区 11.12%
大阪府 東大阪市 16.43% 大阪府 堺市 12.78% 東京都 江戸川区 11.09%
大阪府 守口市 16.01% 北海道 旭川市 12.73% 徳島県 徳島市 10.99%
大阪府 大阪市 15.88% 北海道 札幌市 12.71% 東京都 中野区 10.97%
高知県 室戸市 15.88% 大阪府 八尾市 12.44% 沖縄県 沖縄市 10.89%
北海道 小樽市 15.77% 沖縄県 那覇市 12.41% 青森県 青森市 10.80%
福岡県 中間市 15.75% 東京都 清瀬市 12.34% 東京都 東村山市 10.80%
北海道 函館市 15.73% 東京都 大田区 12.27% 愛媛県 松山市 10.75%
東京都 足立区 15.69% 東京都 荒川区 12.25% 大阪府 豊中市 10.66%
鹿児島県 奄美市 15.27% 大阪府 松原市 12.12% 和歌山県 和歌山市 10.35%
大分市 別府市 15.20% 大阪府 寝屋川市 12.10% 京都府 京都市 10.16%
東京都 板橋区 14.81% 東京都 豊島区 12.07% 大阪府 泉南市 10.15%
福岡県 大牟田市 14.21% 福岡県 直方市 11.73% 鹿児島県 鹿児島市 10.07%
兵庫県 尼崎市 14.08% 東京都 葛飾区 11.73% 北海道 登別市 10.06%
福岡県 宮若市 14.02% 福岡県 行橋市 11.66% 大阪府 岸和田市 10.02%
東京都 新宿区 13.88% 大阪府 藤井寺市 11.65% 大阪府 富田林市 10.01%
(出所)総務省「平成 19 年度市町村決算状況調」より作成。
0
25
50
75
100
125
150
175
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 (%)
台東区 (20.2%)
門真市(19.6%)
(市数)21 経済のプリズム No78 2010.4
図 14. 生活保護費の割合と人口規模
図 14 は、生活保護費の割合と人口規模(対数値)の関係を表している。デー
タは散らばっており、既述の台東区や門真市など、最も高い割合を示している
地方公共団体は中規模程度の人口であり、また、それらを含む高い割合の地方
公共団体は人口規模に影響を受けていないようである。しかし、回帰線を当て
はめると決定係数は約 0.16 と比較的小さいものの、その正の傾き(1.463)は
有意と判定される(P 値<0.000)。つまり、平均的には人口規模が大きくなるほ
ど生活保護費の割合は増加する傾向にある。
4.2. 財源保障
上記のように地方によって生活保護費のウエイトは異なるが、そうであって
も効果的な生活保護事務を展開できるように、生活保護には以下のように国庫
負担と地方交付税を通じた財政支援が行われている。
4.2.1. 国庫負担金
地方が実施する生活保護に関わる事務は、地方財政法によって「国と地方公
共団体相互の利害に関係のある事務のうち、その円滑な運営を期するためには、
なお、国が進んで経費を負担する必要がある事務」(10 条)とみなされている。
そのような事務は国庫負担金制度による財政支援の対象となり、生活保護の場
合は表 6 に示す負担率に従い、保護費(保護の実施に要する費用)、保護施設事
務費(被保護者の入所や利用に伴う保護施設の事務費)、委託事務費(被保護者
y = 1.4628x ‐ 12.238
R² = 0.1579
0.0
5.0
10.0
15.0
20.0
8 9 10 11 12 13 14 15 16
生
活
保
護
費
比
率
人口(自然対数値)
台東区 (20.2%)
門真市(19.6%)経済のプリズム No78 2010.4
22
の施設入所や私人家庭での保護委託に伴う事務費)、および、(社会福祉法人及
び日本赤十字社の設置する)保護施設整備費(保護施設の新築・取得・増築・補
修等の経費)の一部が国によって負担されている。この国の負担部分は、厚生
労働省の予算を通じて地方に支払われる。なお、保護施設整備費に関しては
2005 年度までは、都道府県・政令指定都市・中核市設置の場合は国が 1/2 の負
担を、政令指定都市・中核市以外の市町村の場合は国が 1/2、都道府県が 1/4
の負担をしていたが、2006 年度から、地方公共団体設置の場合に限り一般財源
化される(後述する地方交付税による保障)ことになった。
生活保護費の殆どの部分を占める保護費、保護施設事務費、委託事務費に関
して国は 75%の負担をし、社会福祉法人等が行う保護施設整備費に関しては
50%の負担をしている。したがって、地方は前者に関して 25%の負担をするこ
とになるが、後者に関しては当該社会福祉法人等の 25%の負担が存在し、地方
の負担は都道府県・政令指定都市・中核市の 25%に留まる。
国庫負担金の他に、2004 年に自立・就労支援事業として創設され、翌 2005
年に「セーフティネット支援対策等補助金」に組み込まれた国庫補助事業があ
る。そのなかの「自立支援プログラム策定実施推進事業」のうち、実施体制事
業には全額、自立支援サービス整備事業には 50%の国庫補助が与えられている。
また同補助事業の「生活保護適正実施推進事業」分にあたる、生活保護適正化
事業には全額、生活保護法施行事務監査等事業(県のみの事業)には 50%の国
庫補助が与えられる。
表 6. 生活保護事務に係る財源措置
経費負担主体 負担率
保護費・施設事務費・委託事務費
国 3/4
都道府県又は市町村 1/4
保護施設整備費
社会福祉法人及び
日本赤十字社設置
国 1/2
都道府県・政令指定都市・中核市 1/4
事業者 1/4
4.2.2. 地方交付税
地方は、このような国庫負担や国庫補助の地方負担分部分に加え、国庫負担
金の補助対象とならない福祉事務所の人件費等を負担することになる。したが
って、十分な財源が存在しない地方では、生活保護が適切に実施されないおそ23 経済のプリズム No78 2010.4
れがある。この点に配慮するのが地方交付税である。
地方交付税は用途を指定しない一般補助金である。地方交付税は、交付金総
額の 94%を占める「普通交付税」と残りの 6%を占める「特別交付税」に分け
られる。前者は地方の行政需要のうち自主財源だけでは足りない部分を補填し、
後者は前者の算定時には予測できない地方の行政需要に対応するとされている。
生活保護との関連で重要なのは普通交付税である。地方公共団体に交付される
普通交付税額は基準財政需要額と基準財政収入額の差となる(差が負の場合、
普通交付税は交付されない)。以下のように定義される基準財政需要額と基準財
政収入額より、普通交付税は地方の自主財源が標準的な歳出に足りない部分を
補填する仕組みとなる。
ここで基準財政収入額は、地方公共団体毎に推計された標準的な地方税収の
75%に当該地方公共団体が受け取る地方譲与税を加えた値である。ここで標準
的な税収と地方譲与税の推計方法は地方財政計画における歳入総額の推計に準
じている。したがって、税収の推計値は現存する全地方税を考慮してはいない
し14、推計に利用される税率は地方税法における全国一律の法定税率であり、
必ずしも地方が実際に用いる税率とは一致しない。また標準的な税収のうち
25%は「留保財源」として基準財政収入額に計上されない。これは基準財政需
要額だけでは捉えられない他の行政需要に対応する財源として、また、地方に
税源を涵養する誘因として位置づけられている。
一方、基準財政需要額とは、各地方公共団体が等しく合理的かつ妥当な水準
で事務作業を遂行するのに必要な経費を毎年推計したものであり、生活保護費
を含む歳出項目毎に算定される。基準財政需要額は、歳出項目毎に求められた、
測定単位、単位費用、および補正係数の積を、歳出項目全てに関して総和した
金額として与えられる。ここで測定単位とは、受益者の人数や当該サービスに
関連する社会資本の規模などによって測られる行政需要の単位となる変数であ
る。単位費用は測定単位 1 単位に必要とされる経費であり、全地方公共団体に
一律に適用される。単位費用は平均的な人口15、面積、および、行政機構をも
つ「標準団体」の行政需要額から算出される16。最後に補正係数は、地域特性
によって単位費用が変化することを調整する係数である。
生活保護費の基準財政需要額には、国庫負担の対象となる生活保護給付額等
14 例えば、基準財政収入額の算定では地方税法における規定のない地方税は除外される。
15 標準的な人口は都道府県で 170 万人、市町村で 10 万人とされる。
16 実際は地方公共団体毎に積み上げた地方交付税額が地方財政計画による地方交付税総額に
等しくなるように、前年度の実績と今年度の需要予測を踏まえて算定されている。経済のプリズム No78 2010.4
24
の国庫負担の対象にならない部分(25%)と、そもそも国庫負担の対象ではな
い、CW の人件費等を含む福祉事務所の運営費が全て算入される。これらを推
計するために用いられる生活保護費の基準財政需要額は、当該地方公共団体の
直近の国勢調査人口を測定単位として推計される(都道府県の場合、町村部人
口のみをカウント)。したがって、生活保護費の単位費用は人口 1 人当たりの数
値として算定される。なお、2007 年度の市部の単位費用は 6,580 円である17。
しかし、人口 1 人当たりの被保護者数、各扶助の受給者構成、福祉事務所の
職員配置数、生活保護基準、そして特別加算の対象者数等は地方公共団体毎に
異なるから、実際の人口 1 人当たりの生活保護費は特定の地方公共団体が直面
している単位費用とは一致しない。そのような団体差を調整するのが補正係数
であり、特定団体の生活保護費にかかる基準財政需要額は、「単位費用×測定単
位(当該市の人口)×当該市の補正係数」と算定される。
したがって、基準財政需要額が地方の生活保護ニーズを適切に捉えているか
否かは、補正係数が的確に設計されているかに依存する。市部における生活保
護費に適用される補正係数は、
⎠
⎞
⎝
⎛
+
⎠
⎞
⎝
⎛
× −
⎠
⎞
⎝
⎛
×
⎠
⎞
⎝
⎛
= 1 1
I II
−
係数
密度補正
正 係数
寒冷補
+
正 係数
寒冷補
補正係数
普通態容
正係数
段階補
補正係数
と与えられる。この補正係数は複数の要因を有するが、段階補正係数は人口規
模を反映させ、態容補正は異なった都市化の度合いや行政上の権能による福祉
事務所費の差異、または、異なった級地による生活保護基準の違いを調整する。
また、寒冷補正 I は寒冷地手当の差による福祉事務所職員の給与差を、寒冷補
17 この単位費用は以下のように算定される。扶助費に関して既述の 8 つの扶助があるが、うち
医療扶助を入院分と入院外分に分け、出産扶助と生業扶助を「その他の扶助」と括ることによ
って 7 つの区分を設ける。これら各区分につき 1 カ月平均の受給者数と受給者 1 人当たり扶助
額を推計し、それらを用いて年間扶助費総額 1,898,374 千円を算定する。この額に保護施設事
務費(3/4)、自立支援サービス整備事業費(1/2)、医療費・調剤費支払事務委託費、および介護
費審査支払業務委託費を加えると、1,921,941 千円となる。このうち各扶助と保護施設事務費の
3/4、自立支援サービス整備事業費の 1/2 からなる 1,440,388 千円が国の負担とされ、残りの
481,553 千円が標準団体の負担となる。次にケースワーカー(CW)等の福祉事務所職員の人件
費(以下「福祉事務所費」と表現)である。標準団体の福祉事務所には、所長 1 名、指導員 2
名、現業員(CW)16 名(生活保護関係 8、老人福祉関係 1、家庭児童対策関係 1、その他 5 法
関係 6)を含む全 22 名が充てられる。このうち、職員 A(給与費 8,560 千円)が 16 名、職員 B
(同 5,370 千円)が 6 名とされ、合計 169,180 千円の給与となる。それに特殊勤務手当(指導
員、現業員)、家庭相談員手当(児童)、嘱託医手当等(生活保護)、および需用費等(生活保
護関係等)を加えると福祉事務所費 176,754 千円となる。この福祉事務所費は全額地方負担で
ある。これら扶助費の地方負担分 481,553 千円と福祉事務所費 176,754 千円の合計値を標準団
体の人口 100,000 で割ると、市部における生活保護の単位費用 6,580 円となる。25 経済のプリズム No78 2010.4
正 II は生活扶助の冬期加算による地域差を補正する。最後に密度補正は、当該
団体の人口に占める生活保護受給者数ならびに福祉事務所の人員数の違いを補
正する18。
4.2.3. 財源保障の度合い
このように補正される生活保護費の基準財政需要額は、国庫負担金とともに
実際の生活保護費を保障できているであろうか。国による財源保障額として利
用できるデータは、市町村決算状況調より入手できる「都市別歳入内訳‐国庫支
出金内訳‐生活保護負担金(以下、CGS と略)」、ならびに、総務省自治財政局
交付税課より入手した「基準財政需要額内訳‐生活保護費(以下、SFD と略)」
の 2 つがある。CGS は、(a)保護費(生活保護法に従った給付額)、(b)保護施設
事務費(被保護者の入所や利用に伴う保護施設の事務費)および、(c)委託事務
費(被保護者の施設入所や私人家庭での保護委託に伴う事務費)の 75%のみを
対象とし、SFD はそれらの地方負担分(25%)を含んでいる。つまり、CGS と
SFD でこれら 3 つが全額保障されることになっている。さらに SFD には、(d)
福祉事務所費、(e)医療費・調剤費支払事務委託費、(f)介護費審査支払業務委託
費、(g)自立支援サービス整備事業費(1/2 の地方負担)が含まれる。
したがって、国による財源保障の対象となる地方の生活保護費を EXP とする
と、財源不足度 DFC は以下のように算定される。
− 1
+
=
CGS SFD
EXP
DFC (1)
ここで、EXP には前節でも用いた市町村決算状況調からの「都市別目的別歳出
内訳‐民生費内訳‐生活保護費」を用いることが考えられるが、これらの CGS と
SFD を合わせた金額が財源保障しようとする項目は、当該生活保護費に含まれ
る経費項目と一致しない。したがってそこで林(2009)では、(1)式第 1 項の
分子と分母の平仄を合わせるために、SFD に調整を施し19、EXP に生活保護費
18 これらの補正の算定方法の詳しい解説としては、小西(2008)や 林(2009)を参照されたい。
19 まず、生活保護費にかかる基準財政需要額には福祉事務所費が含まれ、その福祉事務所費は
生活保護以外の福祉業務にも充てられるが、市町村決算状況調における生活保護費には実際に
生活保護に充てられた人件費のみが計上されている。生活保護費に充てられる基準財政需要額
の算定根拠となる単位費用は、所長 1 名、指導員 2 名、現業員 16 名を前提として算定されて
いる。ただし、福祉事務所は必ずしも生活保護をその事務とするわけではなく、実際現業員 16
名のうち、生活保護関係が 8 名、老人福祉関係が 1 名、家庭児童対策関係が 1 名、そして、そ
の他福祉 5 法関係が 6 名とされている。したがって基準財政需要額をそのまま利用すると、財
源保障額が過大となるため、次のように基準財政需要額を調整した。基準財政需要額における経済のプリズム No78 2010.4
26
のなかの@人件費+A物件費+C扶助費+D補助費等の合計値を充てた20。そ
れでもこれらの合計金額は CGS と SFD の合計が対象とする項目に対応すると
は限らず、以下で用いる財源不足度はどちらかというと過大傾向にある。しか
し、その歪みはそれほど大きくないと考えられる21。
図 15 は各年の財源不足度の分布であり、表 7 では財源不足度とともに財源不
足額の基本統計量を表している22。なお、ここでは基準財政需要額が算定され
ない東京都特別区と 2007 年度内に合併した鹿児島県の南九州市は除かれてい
る。中央値は 0.001 であるから、財源不足と財源余剰の団体はそれぞれ半数ず
つであることが理解できる。また、それらの散らばりも小さくなく、財源不足
度は 47.5%から−52.1%まで広範囲にわたる。
しかし、これをもって国と地方を通じた全体の生活保護財源に余剰があると
理解するのは誤りである。表 7 では財源不足額
(人件費 + 物件費 + 扶助費 + 補助費等) − (CGS + SFD)
を算定し、その基礎統計を示している。その不足額の合計値が正ならば、余剰
福祉事務所費の算定根拠として用いられる現業員数のうち半分が生活保護担当であるから、現
業員の人件費以外の社会福祉事務所費も丁度半分が生活保護に充てられると想定した。つまり、
2007 年度の標準団体の福祉事務所費は 176,754 千円÷2 = 88,377 千円となり、これを扶助費の地
方負担分 481,553 千円に加えた生活保護費の合計は 569,930 千円となる。この値を標準団体の
人口 100,000 で割ると、市部における人件費調整済みの生活保護の単位費用 5,699 円となる。
基準財政需要額は、単位費用×調整係数×測定単位という積で与えられるため、基準財政需要額
に人件費調整後と前の単位費用の比率 5699/6580 をかけると、生活保護に充てられるべき SFD
の金額が算定される。
20 決算状況調の生活保護費に含まれ財源保障額に含まれない項目は以下の通りである。第1に、
「セーフティネット支援対策等補助金」にかかる、自立支援プログラム策定実施体制事業と生
活保護適正化事業には全額、そして、自立支援サービス整備事業には 50%の国庫補助が与えら
れるが、それらは CGS(「国庫支出金内訳‐生活保護負担金」)ではなく「国庫支出金内訳‐その
他」に計上される。第 2 に、保護施設整備費は生活保護費に含まれるが、CGS にも SFD にも
含まれない。2006年度から保護施設整備費は一般財源化されておりCGSの補助対象から外れ、
基準財政需要額に含まれることになったが、その項目は 2007 年度から「包括算定経費」に含
まれる。これは社会福祉法人等が保護施設を整備する際に地方公共団体(都道府県、政令指定
都市および中核市に限る)が負担する経費についても同様である。第 3 に、生活保護費には地
方が独自に行う上乗せ扶助等の単独事業費が含まれるが、CGS と SFD には含まれていない。
したがって、生活保護費をそのまま利用すると財源不足度が過大に算定される。ここでは可能
な限り CGS と SFD がカバーしない費目を生活保護費の決算統計から取り除く必要がある。決
算統計における生活保護費は、人件費(職員給以外も含む)、物件費、維持補修費、扶助費、
補助費等(国や他の地方公共団体に対する補助費は除く)、普通建設事業費、積立金、貸付金、
および繰出金へと細分化できるから、CGS と SFD による財源保障の対象ではないと考えられ
る、維持補修費、普通建設事業費、積立金、貸付金、および繰出金を除いて財源不足率を算定
した。
21 詳しくは林(2009)を参照。
22 図 15 と表 7 は、林(2009)で算定した各市の財源不足度の一部を再掲したものである。27 経済のプリズム No78 2010.4
が存在している団体の余剰額を財源不足にある団体に充てた後でさえも、同額
の不足額が総額として存在することになる。反対に不足額の合計値が負であれ
ば、余剰団体の余剰額を不足団体の不足額に充てた後でさえも、財源保障額に
余剰が存在する。表 7 からは不足額の合計値は負となっており、約 1,113 億円
の財源が足りないことが示される(ただし、都道府県による生活保護事務を除
く)。本稿で考察した各市の生活保護費(人件費+物件費+扶助費+補助その他)
の合計値は 2007 年度で 2 兆 3,281 億円であるので総額では 4.78%の財源不足と
算定される。
図 15. 財源不足度の分布
(出所)林(2009)、総務省「平成 19 年度市町村決算状況調」およびその他総務省提供資料より作成。
表 7. 財源不足額の分布
財源不足率 財源不足額(百万円)
平均 ‐0.020 142
中央値 0.001 1
標準偏差 0.101 1,250
分散 0.010 1,561,816
歪度 ‐0.938 22
範囲 0.996 32,724
最小 ‐0.521 ‐362
最大 0.475 32,362
合計 ‐0.020 111,291
市数 782 782
0
20
40
60
80
100
120
140
‐0.525
‐0.500
‐0.475
‐0.450
‐0.425
‐0.400
‐0.375
‐0.350
‐0.325
‐0.300
‐0.275
‐0.250
‐0.225
‐0.200
‐0.175
‐0.150
‐0.125
‐0.100
‐0.075
‐0.050
‐0.025
0.000
0.025
0.050
0.075
0.100
0.125
0.150
0.175
0.200
0.225
0.250
0.275
0.300
0.325
0.350
0.375
0.400
0.425
0.450
(市数)経済のプリズム No78 2010.4
28
図 16. 財源不足度と人口規模
最後に図 16 は、財源不足度と人口規模(対数値)の関係を表している。最も
高い財源不足度は小規模もしくは中規模の地方公共団体であり、また、高い財
源不足度をもつ地方公共団体は人口規模に関わらず分布している。実際、回帰
線を当てはめると決定係数は約 0.067 と小さく、データの散らばりが確認され
るが、その正の傾き(0.030)は有意に推定される(P 値<0.000)ため、平均的
には人口規模が大きくなると財源不足度は増加する傾向にあるといえる。
5. さいごに
本稿では、地方が担っている日本の生活保護の現状を、地方単位のデータを
用いて整理することを試みた。第 2 節においては、生活保護制度の概要を説明
し、さらに保護率の動向とともに、その市単位の分布について概観した。次に
第 3 節において、生活保護の執行体制について解説し、特にケースワーカー数
に関わる数値を吟味した。そして最後に第 4 節で、地方財政における生活保護
費の位置について、地方歳出に占める生活保護費のウエイトや、国による財源
保障について市単位のデータを用いて概観した。これらの議論では、保護率、
保護世帯員増加率、ケースワーカー1 人当たり保護世帯数、地方歳出に占める
生活保護費の割合、そして、生活保護支出への財源不足度が市毎に算定され、
y = 0.0301x ‐ 0.3602
R² = 0.0665
‐0.60
‐0.40
‐0.20
0.00
0.20
0.40
0.60
8 9 10 11 12 13 14 15 16
財
源
不
足
度
人口規模(自然対数値)29 経済のプリズム No78 2010.4
それらの分布の概観を通じて、如何に生活保護の地域差が大きいかが示された。
また、これらの指標と人口規模との関係も示され、平均的には人口規模が大き
な地域ほど、生活保護にかかる負担が増加する傾向にあることも示された。
本稿の目的は日本の生活保護制度を解説し、その現状を、地方データを用い
て概観することであったが、ここでの議論からは次のような含意を得ることが
できるかもしれない。生活保護世帯の増加は、景気の悪化という循環的要因に
加え、高齢化という構造的要因が大きな影響を与えている。そしてそれは、日
本では、無拠出の老齢年金手当のような、生活保護とは独立した高齢者の所得
保障制度が存在せず、かつ、生活保護制度が低所得者の医療費もカバーしてい
ることによる。今後、都市部=人口規模が大きな地域においても高齢化が急速
に進み、かつ、多くの無年金・低年金者が発生すると予想されることを鑑みる
と、都市部における生活保護世帯は今後も増大し、その財政を圧迫することが
懸念される。もちろん、国による財源保障が十分であれば、大きな心配は必要
ないかもしれない。しかし、現行の地方に対する財源保障制度を所与とする限
り、都市部ほど財源不足は拡大する傾向にある。いずれにせよ、国と地方の関
係も踏まえた、生活保護制度の大きな改革が必要となろう。
【参考文献】
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28‐55.
小西砂千夫.2009.『基本から学ぶ地方財政』第 3 章,学陽書房.
地方交付税制度研究会(編).2008.『平成 19 年度地方交付税制度解説(補正係数・基
準財政収入額篇)』地方財務協会.
沼尾波子.2009.「自治体の生活保護行政をめぐる現状と課題」『社会政策研究』9, pp.
159‐178.
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国における国と地方の財政役割の状況: 総論・連邦国家4カ国編(3分冊の1)』
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究所(編)『分権化時代の地方財政』中央経済社, pp. 43‐69. 2008.
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の経済分析』東京大学出版会, pp.239‐268.
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学, 2009 年 5 月.
Hayashi, M., 2009. Identifying the effect of a central grants program on local
government behavior: The case of public assistance in Japan. 2009 年度日本経
済学会春期大会, 京都大学, 2009 年 6 月.
平野方紹.2005.「福祉事務所の業務と組織」in 宇山(2005), pp. 73‐90.経済のプリズム No78 2010.4
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船水浩行.2005.「福祉事務所の成立と歴史的展開」in 宇山(2005), pp. 16‐49.
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pp. 37‐71.
森長秀.2005.「福祉事務所をめぐる法制度」in 宇山(2005), pp. 51‐71.
付表 厚生労働省「福祉事務所データ」平成 19 年 10 月
参議院ホームページ(http://www.sangiin.go.jp )[トップ>調査室作成資料>経済
のプリズム>各号別索引]を参照。
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