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2006年の八田 達夫氏のコラムです。
http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/hatta/03.html
就労意欲促す生活保護に
生活保護制度の見直しは、今後増大が見込まれる受給者に対する財政面の手当という側面だけでなく、再チャレンジをしやすくするためにも重要である。就労意欲を促す改革の方向を追求すべきであり、特に母子家庭の母親の就労支援は生活保護脱却につながる意味で重要である。
安全網の構築で安心した成長を
安倍政権の政権構想の目玉は、競争の舞台から転げ落ちた人のために、安全網を張り、再チャレンジする仕組みを作ることである。これは、就労支援を充実させた生活保護制度の構築で可能になる。そうした制度は、小泉政権以来の構造改革で効率が改善する政策を補完し、「安心した成長」を生み出すであろう。
日本では、生活保護を受けている人は全人口の1.2%と、他の先進諸国に比べて極端に低い。受給資格があるのに受けてない人がいることも一因だが、受給者の子供が大人になったときにまた生活保護を受けるという貧困の連鎖が、今のところ外国と違って少ないことも背景にある。
また、再チャレンジして就労自立しうる人が受給者の約1割でしかないことも特筆すべきだろう。現在、生活保護受給者のうち高齢者が5割、本人や家族が病気や障害を抱えている世帯が4割弱である。したがって、受給者の9割は就業の可能性が極めて少ない。残りの約1割が就労支援を必要としている。その大部分が母子家庭や父子世帯である。
しかし今後は就労可能な受給者の増加が予想される。まず、離婚が原因による母子家庭などが増加し続けている。また現在の若年層が将来の「潜在的生活保護予備軍」として控えている。若年のフリーターが増加し、若年ほど失業率が高い。現在24歳以下の失業率は約9%である。
そうした中で、再チャレンジ可能なシステム構築の観点で見ると、日本の生活保護制度は次の3つの問題を抱えている。
第1は、受給者が働かないことを奨励する制度であるという点である。現行制度では、賃金収入が上昇しても、可処分所得が一定に保たれている。すなわち賃金収入増から就労費用を差し引いた分だけ支給額が減額されている。
第2に、就労支援に十分な資源が投入されていない。例えばケースワーカーが不足し、労働部門との連携も不十分だ。
第3に、今後高齢の受給者の大幅増加が予想される。高齢者の増加は就労支援に活用できるケースワーカーなどの資源を奪い、増加する就労支援需要をまかなうことが極めて難しくなる。
「負の所得税」で財政負担を抑制
受給者の増大が見込まれる以上、生活保護のための財政支出は増やさざるをえない。だが、その支出増を最低限に抑えるには、真に必要な給付を残し、過大な給付を切り下げるというメリハリをつける必要がある。そのための制度改革を受給対象者ごとに検討しよう。
まず、高齢受給者への給付抑制については、次の改革が役立つ。
第1は、高齢者への生活保護を他の生活保護から切り離すことである。これによって、生活保護サービスの中心を金銭給付にし、ケースワーカーを減らすことができ、高齢者増大による財政負担増を最小化できる。
第2に、年金保険料を支払ってきた人への給付を現在より引き上げる一方、高齢者への基本的な生活保護給付を減額することだ。
国民年金はもともと高齢者の生計費(家賃を除く)をもとに設計されている。現に、年金額の引き上げとともに高齢者世帯に占める生活保護受給世帯は激減した。だが周知の通り、多数の国民年金未払い者がいる。しかも生活保護受給者には、国民年金保険料は払い損になる。生活保護支給額は、保険料を一部払わない人と全く払わない人が同額の可処分所得(年金給付と生活保護の合計)を得るよう調整されているからだ。
改革案では、高齢者が給付金を受ける場合の収入認定で、年金受給額すべてでなく、一部のみを控除する一方、その財政負担は、基本的な給付引き下げによって賄う。これにより、保険料支払いの動機ができ、長期的には高齢者の生活保護から国民年金への移行を促すことが可能になる。
就労可能な受給者の中で最も重要なグループは母子家庭などである。現在、母子家庭の受給者のうち半数は無職だが、この状態が続くと貧困の世代間連鎖を生みやすい。母親の就労自立を支援することは生活保護からの脱却を促すことになる。
先に述べたように、日本の生活保護受給者には就労への動機付けがない。稼ぎの全額でなく、例えばその半分を生活保護給付から減らすことにすれば勤労を促す効果がある。この仕組みを「負の所得税」と言う。負の所得税導入と同時にまったく働かない人(特に家族人数の多い世帯)への支給を大幅減額し、働く人の可処分所得は現行より大きくなるよう支給額を調整すれば財政負担を増やさずに済む。
図が示すように、非正規労働者の年収に比べ生活保護基準額は高い。特に世帯数が大きくなるとその傾向が強い。従ってこのような支給額調整は可能である。
次に就労支援に資源を集中的に投じるべきだ。まず、母親が子供の病気のために仕事を休まなくてもすむ環境を作る必要がある。保育園に病気の子を預かってもらえる養護室を作ったり、看護師を自宅に派遣したりするような制度が役立つ。
さらに、全国知事会と全国市長会は10月に、セーフティネットに関して数々の有効な就労支援策を提案した。
制度貧弱化招く支出額の「分権」
さて、元来地方分権になじまない生活保護制度の自治体財政負担割合を地方分権の尻馬に乗って増やそうという動きがあることは問題であろう。
公園や音楽ホールなどの地方公共財は、自治体が工夫して優れたものを作れば、担税力のある住民が流入し、財政収入を増やせる。従って、公園や音楽堂の建設への財政支出決定を地方に委ねるのが望ましい。
一方、自治体が優れた生活保護を設計すれば、担税力のない人口の流入を促し、財政収入が減少してしまう。従って、生活保護への支出額決定が地方分権されれば、自治体はなるべく貧弱な生活保護制度を作り、担税力のない人口の流入を避けようとする。ババ抜きが始まるわけである。
こうした事態を防ぐため、生活保護は、国が定めた基準額の金額を国が自治体に補助金として配分すべきである。
現実に財務省・厚生労働省が行おうとしている生活保護財政再建策は、生活保護への国の現行の4分の3の負担金を減らし、残りを自治体の一般財源(税+交付税)で賄わせようというものだ。
この政策は、次の負担金モラルハザード説に基づいている。すなわち自治体間で保護率(受給者の人口に占める割合)は大きく異なるが、これは国からの負担金が得られるよう、受給者審査を甘くしているためであるというものだ。この説が正しければ、負担率を下げれば、自治体は受給者認定を厳しくして、無駄もなくなるはずである。
だが、鈴木亘・東京学芸大学助教授が昨年分析した計量分析によれば、自治体の保護率は、失業率、高齢化率、離婚率などで説明できる。全国でも最も保護率が高い大阪市などの自治体は保護率が理論値より低く、他の自治体より厳しい審査をしていることが判明した。したがって、モラルハザード説は成り立っておらず、生活保護への負担率は大幅に引き上げてしかるべきである。
安全網の根幹を成す現生活保護法は、1950年の制定以来、抜本的改正がなされていない。
再チャレンジ可能な社会を作るには、メリハリの効いた財政削減を行って財源を捻出する必要がある。そのためには、生活保護基準額の設定を含めた安全網の骨組み全体を再構築する必要があろう。
2006年11月28日 日本経済新聞「経済教室」に掲載
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