http://www.asyura2.com/11/senkyo118/msg/305.html
Tweet |
http://8706.teacup.com/uedam/bbs/10533
投稿者:ウエダ 投稿日:2011年 8月19日(金)11時57分10秒
こんにちは、皆さん、植田です。
「政治家の質は民度に比例する」、という格言めいた言葉があります。
戦後の日本の政治局面で、政治家の問題がメディアに噴出するたびに、きまって出てくる決めゼリフです。
そもそも日本国民の政治意識のレベルが低いのだから、政治家だけに質の良さを求めるのは、最初から間違い、という意味です。
私も、このセリフは正しいと思います。
何事であれ、その社会に発生する事件を、重要な出来事か、無視しうることかを決めるのは、民度である、と。
というわけで、福島原発事故が重大な事件なのか、無視しうる事件なのかを決めるのは、ひとえに日本人の民度にかかっている、と。
では、事故から5か月たった今の時点で、日本人の民度は、どの程度なのか?
といえば、日本社会における原発推進の度合いは、この社会が律令体制てあることを立証する通りの形で進んでいる、ということが言えます。
その証拠。
小出裕章氏の昨日のテレ朝のモーニングバードでの発言が、日本社会がいかに律令体制であるかを示しています。
全文を引用してみます。
「==以下、小出氏インタビュー部分の書き起こしです=====
*「3.11 放射能汚染 政府の対応は?」
玉川「この原発事故、それから放射能汚染に関して、政府の対応はどうだったとみられていますか?」
小出「彼らはこんな事故が起きるとは露ほどにも思っていなかった。だから、どのような対応がとれるか本気で考えたこともないし、(事故が)起きてしまった状態ですばやく動くこともできないし、なんとか事故が小さくあって欲しいと強くたぶん願ったということで、一つ一つの作業が後手後手になったということだと思います。」
玉川「先生はメルトダウンの可能性として考えた時に、その先にまぁ原子炉の爆発ということも考えられたと以前伺いましたけれども・・」
小出「そうです。 3月12日の段階でそれを疑いました。」
玉川「ということはですね、炉心溶融の可能性を政府の中の専門家もわかっていたのだとすれば、最悪の場合として、原子炉の爆発もたぶん頭の中にはあったはずですよね?」
小出「ええ、専門家の頭の中にはあったと思います。」
玉川「ということは、爆発すればですね、その 3kmとか20kmとかで済まない被害になりますねよね?」
小出「そうです。」
玉川「頭の中にあるんだとすれば、なぜ 極端な話を言えば、福島県全員の避難とかそういうふうなところまでいかなかったのか ということが私には理解できないんですけれども?」
小出「私にも理解できません。防災ということの原則というのは、悪いシナリオ悪いシナリオを描いて住民を守る、そして事態がそれほど悪くなかったのであれば、良かったなと思う・・そういうのが防災の原則だと私は思うのですけれども。少なくとも今回の事故の場合はそうではなかったのですね。楽観的な見通し楽観的な見通しを取って、対策をなるべく少なくしたいというもとでやってきてしまったのです。
*激白 「国の対応のせいで被ばくは拡大した」
玉川「避難させないことによって、しなくてもいい被ばくをした人が福島の中にいっぱいいるということになるんじゃないですか?」
小出「もちろんです。ですから日本の国というのは、チェルノブイリの事故が起きた以降にひょっとして事故が起きるかもしれないし、起きた場合にはどういう放射能がどのように広がっていくのか、時々刻々と計算して、住民の被ばく量を評価して、事故の対策をとるとということを原則にしていました。そのためにSPEEDIと呼ばれている計算コードを作ろうとして、たぶん100億円を超えるお金をそれに費やしたと思いますし、20年を超える時間を費やしてやってきていたのですね。
ですから、今回の事故が起きてからも、SPEEDIを開発してきた人たちは、多分もう徹夜に近い状態でその計算を繰り返して、どちら側に放射能が流れていっているということをやっていたのだと私は思います。
ところがそのことを日本の政府はすべて秘密にしてしまったのですね。
半月ほど経ってその計算結果を出してきましたけれども、その計算結果を見る限りでは、南西方向と北西方向に放射能の雲が流れて、流れた時にヨウ素という放射能をですね、吸いこんでしまって、子どもを含めて大変な被ばくを実はしていたと後でわかったわけです。
本当はそれが初めにわかれば、ヨード剤というものをせめて子どもに飲ませて子どもの甲状腺の被ばくというのを少なくするということをできたはずなのですが、残念ながら日本の政府というのはむしろ隠してしまって、子どもたちの被ばくを放置してしまったということになりました。」
*疑問 「国が健康や命より優先したものとは?」
玉川「少なくとも健康が目的であって、そのために基準を作ったのですね?」
小出「そうです。そうです。」
玉川「ところが、今、基準を上げたっていうところは、健康よりも別のものを優先しているとしか感じられないんですけれども。」
小出「もちろん そうです。」
玉川「これは何ですか?」
小出「それを認める以外に国家の崩壊を止められないからです。
これまで日本の国が作ってきた法律を本当に厳密に守ろうとするなら、福島県全域に匹敵するぐらいの土地を放射線管理区域にして、人々をそこから追い出さなければいけない、無人にしなければいけない。
目で見たら何でもありません。平和な自然のように見えるかもしれないけれども、放射線が目で見えないために、そこで暮らす危険を抱え込んでしまう。そのために放棄しなければいけない・・それはもう信じることができないほどの広大な面積だということなんですね。
それは・・日本の国家から見れば、たぶん受け入れられない。だからもうこうなってしまえば、住民を被ばくさせるしかないという、そういう選択を国家がしたんだと私は思います。」
http://hiroakikoide.wordpress.com/
小出氏の発言を見ると、要するに、福島原発事故の対応を日本政府が適切に行っておれば、被曝者をもっと少なくすることができた、ということです。
* 事故直後の事故の大きさの認識を誤ったこと、
* スピーティの計測結果を隠ぺいしたこと、
* 統治者は、事故をできる限り過小評価することて、何よりも今の律令政体を死守したがっていること。
小出氏は、自分の原発に関する見方が現実の政治に反映されることを絶望していますが、私たちも小出氏の絶望を共有してもいいものか?
日本社会がなぜそのように動くのか、いまや、わかったというのに?
つまり、政治が民度に比例するのであれば、民度を変えればいいわけです。
で、戦後の日本人は、その意識において、少なくとも、「天皇の臣民」ではありません。
では、何か、といえば、ここが戦後の時代を通して、今もって、構築されていません。
国内での官僚主導も、外交での対米従属もその結果です。
民度を変える、とは、まずもって、日本人が一人ひとり、自立することです。
原発の是非では、なぜ5か月もたつのに、国民の意見が政治に反映されないのか?
すなわち、国民投票は、なぜ行われず、原発推進省があたかも神のごとく、何もかもを決めていくのか?
原発推進は、官僚主導の典型です。
この政治方法を容認するのが、日本人の民度です。
すなわち、日本人の民度とは、律令理性である、ということです。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
- 原発推進省は、この世で何を最も重要なことと考えるか=官僚人生の安泰 (uedam.com掲示板) 五月晴郎 2011/8/21 02:09:06
(0)
▲このページのTOPへ ★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK118掲示板
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。