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この夏はひときわ暑い。私は福島県田村市都路(旧都路村)にあるSNSIの事務所で読書や情報調査をしながら過ごした。ついきのう、帰京したところだ。都路は「緊急時避難準備区域」に指定されている原発30キロ圏内の村で、人口は3,000人ほどいたが、避難者が多く実際には200人ほどしか残っていない。営業している店も一軒しかなく、後は人の集まるところといえば診療所と20キロ圏内の警戒区域への一時帰宅のバスが止まっている体育館くらいだ。20キロ圏の手前では各県警からの機動隊が交通を封鎖しており、3・11震災後の原発災害の雰囲気を肌で感じることができる場所だ。
そんなわけで、私も書店にしばらく行っていなかったのだが、帰り際の駅構内の書店で目についたのは雑誌『文藝春秋』の巻頭特集にある民主党代表選挙に名乗りをあげた民主党有力政治家たちの文章である。文章を寄せたのは、野田佳彦財務大臣、馬淵澄夫前国土交通大臣、海江田万里経済産業大臣の3人。代表選にはこのほか、鹿野道彦農水大臣や小沢鋭仁元環境大臣らも名乗りを上げている。
みなさんも御存知の通り、菅直人首相は今月(8月)10日になって、明確に、すでに掲げている退陣3条件の通り、「二次補正」「再生エネルギー固定価格買取法案」(再生可能エネルギー特別措置法案)「赤字国債法案」の3つが成立したときには退陣することを国会での答弁で再度確認された。二次補正はすでに成立していたが残りの2法案も月内には成立する。これで菅直人退陣、月末の代表選挙を行なうことが決まった。
支持率が10パーセント台に落ち込んだ菅首相。脱原発への執念はすごかったが、それを支える側近に欠けていた。東京電力の福島第一原発があれだけの世界的にも意味を持つ事故を起こしてしまったにもかかわらず、当時の経済産業省のトップ官僚への責任追及が十分になされていない。菅首相は閣僚にも見放され、四面楚歌の状況だった。
一方では、原発再稼働をめぐって、玄海原発を運転する九州電力などのあからさまな「やらせ」の問題などが噴出していた。そのような脱原発路線には十分な追い風も生まれていたのだが、それをうまく生かせなかった。
残念ながら、菅首相が「指導力」を発揮した場面は、企業の自家発電設備による「埋蔵電力」の活用など、電力需給に関するあらゆる情報を経済産業省に示すよう国家戦略室を通じて文書で指示したことくらいだった。
脱原発という政策自体は間違っていない。しかし、菅首相にはそれを単なる理念にとどまらず、政策や工程表(ロードマップ)として具体化するためのブレーンが存在しなかった。
この国では政策を作ることができるのは、今もなお官僚機構である。菅首相は、経産省批判を繰り返していた改革派官僚の古賀茂明氏やソフトバンクの孫正義社長にも接近していた。だが、原発事故直後からの事故対応で批判を与野党、マスコミから浴びていた菅首相には十分な時間が足りなかった。菅首相は、首相になってから震災までは、妥協して原発推進派となったが、もともとは自然エネルギー推進派だった。
おそらく菅首相の意図を一番理解していたのが、細野豪志原発担当大臣だったとみられるが、細野は次の代表選には10日の段階で出ないと表明している。ただ、他の候補が崩れるのを待っているのかもしれない。今、菅、小沢、前原の三有力者の支持を獲得できそうなのは細野豪志だけだからだ。加えて言えば細野はホワイトハウスとも連絡を取り合っている。あるいは「次の次」かもしれないがいずれにせよ細野は近いうちに首相になる人物である。
さて、冒頭で述べた、野田、馬淵、海江田の3者の文藝春秋への寄稿だが、偶然かどうかはわからないが、実際に「本命候補」と言えそうな野田・馬淵が揃って寄稿している。海江田の文章は単に菅直人首相への不満を述べているものであり、厳密には政策提案と言えるものではない。
野田財務大臣は、松下政経塾出身者で、渡部恒三衆議院議員が率いる「民主党7奉行の会」のメンバーのひとりだ。ほかに前原誠司や玄葉光一郎らも7奉行メンバーだが、このふたりは今回の代表選挙には出ないようだ。前原は、野田を支える側に回るだろう。
野田はすでに「財務省の組織内候補」と揶揄されているように、増税と大連立を今回の代表選の主要政策として掲げている。文藝春秋への寄稿でも「最大の危機は財政です」と述べている。「大震災を理由に財政健全化への取り組みを先延ばしにすることは出来ません」と、歳出カット以外での財政再建、つまり増税への意欲を見せている。
さらに、この後、13日のテレビ番組に出演し、「自公との大連立を行なって救国内閣を作りたい」とも述べている。
http://www.data-max.co.jp/2011/08/post_15994.html
野田といえば、昨年の参議院選挙で消費税の増税が争点になった時も、アメリカのルース駐日大使に、消費税増税について、「国民もだんだん理解し始めている」とわざわざ報告しに行ったほどの人物だ。野田は円高是正のための米国債買いの介入を去年(2010年)の9月15日(代表選翌日)、震災直後に円高が進展した3月中旬、そして米債務危機を背景に急速に円高が進んだ、この8月に行なった。ところがこの円売りドル買い介入の効果は結果的にみて円高基調を押しとどめるほどの効果はなかった。
この野田のドル買い介入を暗に批判しているのが馬淵だ。馬淵は円高の原因として金融政策として、日銀が「量的緩和」を行なっていないことをあげている。量的緩和の代表格と言えるのが、アメリカが10年秋から始めて今年(11年)の6月で一旦はやめた、QE2のような政策だ。
要は、馬淵は、世界中でお金の流通量を増やしているにもかかわらず、日銀だけがマネタリーベース(お金の量)を引き下げていることが根本的な円高の原因であり、ドル買い介入には意味が無いというもので、「デフレ脱却論」を重視する立場だ。小沢一郎前代表は震災後に米紙WSJへのインタビューで「金なんぞ印刷すればいい」と発言していたが、二人の経済政策は震災時に金融引き締めを行なうべきではないとする点で共通する。野田と馬淵の経済・金融政策のどちらが正しいかというと、これは歴史が証明している。増税と緊縮は震災復興時にはやってはいけないのである。
たとえば、田中秀臣・上念司の『震災恐慌』(宝島社)という本には、戦前の昭和恐慌に陥った時の経済政策の舵取りを握った高橋是清・大蔵大臣が財政支出と金融緩和を行なっていた事例があげられている。
また、同書には戦後のわずかな期間だが総理を務めた石橋湛山が経済ジャーナリストをしていた1925年(つまり関東大震災から2年後)に書いた論文が引用されている。それによれば、戦前にも浜口雄幸大蔵大臣(後の首相)や大蔵省が、震災後の緊縮財政・財政再建を目指して、金融緩和を行なわず、いたずらに円高状態を放置したことがあった。これを石橋湛山は強く批判した。
結局、大震災、金融恐慌という二重苦から日本を立ち直らせたのは、高橋是清の積極財政政策だったのである。要するに、震災によって経済が弱っているときには財政再建は絶対にやってはいけない政策なのである。
野田を暗に批判する馬淵は、日本がデフレから脱却することで、具体的には「未来型エネルギー国家」なりの経済成長を手助けする形成を進めた上で、税収を回復させることを前提に消費税増税を検討すべきだというスタンスである。このように、今回の民主党代表選挙では、経済政策をめぐり、財政規律か経済成長かという対立軸ができあがっている。
http://www.data-max.co.jp/2011/08/post_16002.html
野田は大学を出た後、松下政経塾に入塾、その後、千葉県議会議員となり政治家一本でキャリアを歩んでいる。一方で馬淵は、大学卒業後、三井建設社員やコンピューター関連商品製造販売会社の取締役や北米法人最高経営責任者など民間企業の経験がある。また、土建屋あがりの政治家である田中角栄元首相を尊敬すると公言する「変わり者」でもある。経済政策に関しては財務省の言いなりにはならない素地が、馬淵には政治家一筋の民間企業経験がない野田よりはあるわけだ。
次にエネルギー政策についてだが、三者とも菅首相の「脱原発」を唐突だとする姿勢では共通しているが、野田・海江田と馬淵とでは若干ニュアンスが違うようだ。馬淵は、「安全技術の確立」と「未来型エネルギー国家」の姿を提示することを前提に、原発やその他の電力ノウハウを海外に輸出していくべきだとしている。
一方の野田や海江田は、原発輸出にはかなりの積極派である。なかでも野田は、「短兵急に原発輸出を止めるべきではない」とまで述べている。これは、現政権で菅首相に否定的で現在の民主党における主流派の一角を形成する仙谷・前原グループが、積極的に原発輸出の旗振りをやってきたからだろう。代表選でも野田を支持するのは前原グループが中心となるから、その支持層の意向が絡んでいるからだ。
仙谷や前原はアメリカのジャパン・ハンドラーズ(日本対策班)とも深く結びついており、アメリカの推し進める中国包囲網の形成に日本もひと役買うべきだという発想があり、野田もこれを支持している。
仙谷は原発や新幹線などのインフラ部門の海外セールスを、これまで前田匡史(国際協力銀行資源ファイナンス部長、内閣官房参与)という自らの顧問を使って国策として推し進めており、自身も去年(2010年)、前原と共にベトナムに出向いている。仙谷や前原を高く買っているのがアメリカのアーミテージ元国務副長官たちであり、日本の財界人では、JR東海の葛西敬之会長らである。アーミテージと葛西は「反中国派」であり、ビジネスの側面でもベトナムやインドとの連携を重視している。
海江田も、トルコの駐日大使やベトナム副首相との対話を例に引きながら、「日本の(原子力)技術に対する期待は非常に大きい」と述べている。しかし、ここで海江田が同時に専門家の話として、「この20年くらい日本の原発における安全確保の技術は、やはり安全神話に浸っていてあまり進歩がなかった」とも述べていることに注目すべきだ。そうであるならばなおさら、原発事故の収束も見ておらず、なおかつ原発の安全技術が確保されたか否かもはっきりと国民的な議論が行なわれているとは言えないなかで輸出を再開すべきではないと海江田は言うべきではないのか。海江田は国民ではなく財界の方ばかりを見ているようだ。
そのなかで馬淵の提言は、一応は筋が通っている。菅直人の脱原発宣言を唐突なものだと批判してはいるが、その上で、「真に国民の信頼を得ることができる安全技術の確立」を再生可能エネルギーの推進とともに重視すべきだと述べているからだ。
つまり、脱原発を叫ぶだけではなく、最先端の技術を開発して経済成長につなげていくべきだというのが馬淵の主張だ。(ただし、原発再稼働については野田・馬淵とも容認する姿勢のようだから、代表選がこの二人の対決となれば、大きな争点にはならないだろう)。
このように、野田(増税・大連立)・馬淵(増税反対・大連立慎重)という風に対立軸がかなり明確な代表選挙だが、この他にも鹿野農水大臣や小沢元環境大臣が出馬すると言われている。
鹿野は、元は自民党であり、小沢一郎とは新進党の時に一緒になっているが、後に対立し新進党の代表選挙で争う関係になったこともある。新進党を小沢が1997年に解党したときには、反小沢系の議員を集めてミニ政党の「国民の声」を作った。
小沢鋭仁は、鳩山政権時の環境大臣(鳩山グループ所属)であり、地球温暖化防止のために原子力発電の拡充をうたったことがあるが、震災後は、原発については、当面の新増設を否定し、長期的視点での段階的撤退を提唱する方針に転向した。経済政策では馬淵同様にデフレ脱却を打ち出すことをすでに7月下旬に表明している。
http://www.data-max.co.jp/2011/08/post_16003.html
実際に何人が民主党代表選に出馬するかはわからない。出馬には20人の国会議員の推薦人が必要であるからだ。官僚の支持を集めている野田財務大臣が順当に行けば勝つところだが、民主党内には小沢・鳩山グループのように「脱官僚依存・政治家主導」を今もスローガンに掲げているグループもあるので野田も楽観はできない。
ただ、小沢一郎は自らが10月上旬の政治資金規正法違反に関する裁判を待つ身である。小沢の秘書の同法違反容疑での判決が9月26日に出る。検察側の調書が裁判官によって大量に不採用になっており検察側の立証は崩れつつあるが、小沢本人は民主党員資格停止の処分を岡田克也幹事長の率いる執行部から食らっており今回の代表選には出馬できないし、投票権もない。
それでも小沢グループは130人、鳩山グループは40人で合計170人。旧民社党系が40人、前原グループが80人、野田グループが25人、菅グループが40人と言われている(複数のグループへの重複参加あり)。今回の代表選は国会議員だけの投票なので、合計407人の議員を候補者は奪い合う構図になる。
メディアは早くも野田の「大連立への参加」を大きく書き立てている。大連立はすでにドイツで2005年に起きている。この時も与党だったシュレーダー政権(社会民主党)が選挙で第一党を取れず、第一党となったキリスト教民主社会同盟(CDU)も他の野党との連立が出来なかったために、結局、CDUとSPDの「二大政党」の大連立(グランド・コアリッション)となったのである。民主主義的な議会制度では多数を与党が取らなければ、野党の政策協議か連立を組むことでしか法案は通せない。
日本においても民主党は衆議院では過半数を超える議席を持っているが、参議院では過半数に達していない。この「ねじれ国会」の状況にある。
アメリカもそうだ。10年の中間選挙でオバマ大統領の民主党は共和党に下院で大きく議席差を付けられてしまった。8月2日の債務上限到達のタイムリミット直前に一応妥結した両党の「財政再建合意」でも民主党が掲げる富裕層向けの増税は実現できず、財政削減を求めた共和党の要求が一方的に通ってしまう結果となり、オバマの指導力が厳しく問われる結果となった。
加えて、日本においては、政治家よりも霞が関の高級官僚が影響力を持っているという「官僚主導国家」である点に注意をしなければならない。大連立を推し進めることで最終的に得をする(=利益を得る)のは実は、官僚である。なぜならば今言われている大連立は結局、官僚が提出する法案をスムーズに通すためだけのものであるからだ。官僚は、この大連立を機に原発再稼働、原発輸出、所得税・法人税・消費税の増税路線、日米同盟の強化に加えてTPP(環太平洋戦略経済連携協定)の推進などこれを気に一気にやってしまおうと目論んでいる。
政権交代のあとに民主党政権が掲げた、官僚主導から政治家主導への国家の枠組みづくりは、鳩山政権の無残な崩壊、その後の菅政権によって完全に頓挫してしまった。民主党だけではなく、今の自民党も相当弱体化しており、単独で政権を担える形にはなっていない。そんな時に小手先の大連立を行なったところで、結局は官僚の敷いたレールに乗るだけの政権運営になる。「救国政権」というには程遠い結果になるだろう。
菅直人首相が、脱原発政策に没頭していたために、消費税増税、TPPの実施のようなアメリカが強く求める政策は幸か不幸か足踏みをしている。これをアメリカとしてはアメリカの意向を重視してきた前原誠司前外相の息のかかった野田政権を実現することで早く達成したいだろう。官僚機構はアメリカの意向を無視できない。
文藝春秋への寄稿のなかで、馬淵は対米関係については述べていないが、野田は「日本の安全保障と外交にとって最大の資産であり基盤をなすのは日米同盟」と明瞭にと述べている。また、野田は日米同盟を「国際公共財」と述べているが、この表現は外務省や防衛省の官僚たちがよく好んで使う。野田は財務省だけではなく外務省、防衛省からも"期待"されている首相候補のようだ。
原発事故の対応の不味さを見透かされて日本は今、事実上の米国による「再占領」下にある。米国と日本の官僚機構は二人三脚で冷戦後の日本の安保政策を決めてきた。そういう経緯もあるので、なかなか官僚の敷いたレールから脱却するのは難しい。しかし、政治家が自らのアイデアで官僚やアメリカを説得し、納得させることができないままでは、日本の未来は真っ暗である。
その意味で、経済政策で既存の財務省路線に異議を唱えた、馬淵澄夫に私は少しだけ期待している。いずれにしても殻を打ち破る指導者の登場を私は強く期待している。
http://www.data-max.co.jp/2011/08/post_16004.html
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