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【菅総理の「脱原発」路線は、延命のためのパフォーマンスに過ぎない。日本のエネルギー政策をどうするのか、今こそ地道な議論が必要だ (経済アナリスト 森永卓郎)
:nikkeibp 】
2011年 7月5日
■内閣不信任案で 日本の政治は大きく変わるはずだった
6月2日に提出された内閣不信任案で、日本の政治は変わると私は確信していた。鳩山前総理が内閣不信任案に賛成する方針を打ち出したため、民主党の鳩山グループと小沢グループから不信任案に賛成する造反者が続出する可能性があったからだ。
仮に、不信任案が否決されたとしても、民主党執行部は大量の除名処分をしなければならないから、除名された鳩山グループと小沢グループを中心に新党が結成されて、政界再編が確実に進む。
一方、不信任案が可決されたら、震災の混乱が収まらない現状で解散総選挙をすることはできないから、内閣総辞職となる。そうなれば、民主党国会議員の6分の1に過ぎない前原・野田グループが、重要閣僚の大部分を占めるという現在の異常な権力構造は継続できなくなる。
子ども手当て、高速道路無料化、消費税率の維持といった民主党の基本政策を軒並み反故にしてきた前原・野田グループの政策は、最早続けることはできないと私は確信していたのだ。
■菅総理と鳩山前総理の会談で、すべてがご破算に
ところが、内閣不信任案に賛成した民主党議員は、松木謙公、横粂勝仁の両議員だけだった。造反が不発に終わった最大の原因は、鳩山前総理の心変わりにある。
不信任案提出日の午前に菅総理と会談した鳩山前総理は、「復興基本法と第二次補正予算にメドがついた時点で菅総理が退陣する」という確約を取った。つまり6月中に退陣するということだ。そのため鳩山前総理は、不信任案に反対を決めた。ところが、菅総理は不信任案否決後に「福島第一原発が冷温停止するまでは、退陣しない」と年内の退陣を否定したのだ。
鳩山前総理は、自分をだました菅総理を「ペテン師」呼ばわりするほど激怒した。民主党は菅総理と鳩山総理の二人で作った政党だ。その盟友をだましてまで総理の椅子に執着する菅総理には、あきれるばかりだが、実はその菅総理も前原・野田グループにだまされていた可能性があるのだ。
■菅総理の辞任表明は 前原・野田グループ幹部のシナリオか?
菅総理が辞任表明をすることで造反を抑え込むというのは、もともと、枝野官房長官や仙谷官房副長官など、前原・野田グループ幹部が描いたシナリオだったと私はにらんでいる。菅総理には、「辞任表明をしても、震災対応を口実に、年内は総理を続けられる」と言って了解を得たのだろう。
ところが、不信任案否決のわずか2日後の6月4日に、枝野官房長官や岡田幹事長、安住国会対策委員長らが、「総理は夏までに退陣する」という見通しを明らかにして、総理の早期退陣を規定路線にしてしまった。表向きは野党の批判を考慮してということになっているが、これだけ短期間で、しかも幹部が口を揃えたということは、予めそこまでのシナリオが決まっていたとしか考えられない。
そして、このシナリオが順調に進行すると、次の総理は民主党のなかから選ばれることになる。
いま有力候補として名前が挙がっているのは、仙谷官房副長官、枝野官房長官、野田財務相といったいずれも前原・野田グループのメンバーばかりだ。菅政権は前原・野田グループに支えられてはいたものの、菅総理自身は、菅グループであり、もともとの政治理念が前原・野田グループとは異なっている。
しかし、次の総理が前原・野田グループから選ばれるとすれば、総理も含めた完全な前原・野田グループ支配が確立する。
■だまされた菅総理は 居座りを決め込んだ
しかし、事態はそのシナリオどおりには進んでいない。
前原・野田グループ幹部にだまされた菅総理は激怒した。そして行けるところまで居座ってやるという作戦に変更したのだと思われる。いったん居直ると、総理大臣というのはものすごく強い。本人が辞めないというとなかなか辞めさせられないのだ。
菅総理は土俵際で粘りに粘っている。岡田幹事長が提案した8月上旬退陣の花道も一蹴して、再生可能エネルギー特措法案を自らの手で成立させるまでは総理の椅子に座り続けるのだという。
この法案は、太陽光発電や風力発電など、自然エネルギーで作られた電力を電力会社が買い取ることを義務づけるものだ。浜岡原発の停止を会見で高らかにうたいあげたことも併せて考えると、菅総理は脱原発にことのほか熱心なようにみえる。
■脱原発は延命を図る菅総理のパフォーマンスだ
しかし、あえて言うが、それはパフォーマンスに過ぎない。昨年秋にベトナムにトップセールスで原子力発電所を売り込み、それを政権の大きな功績としてアピールしたのは、他ならぬ菅総理だったからだ。
それだけではない。菅総理は、浜岡原発を止めたといっても、他の原発は当面の安全対策が終了したとして、海江田経済産業大臣に命じて、原発が立地している地域の自治体に、運転再開を要請しているのだ。
もちろん、原発の運転再開要請自体は、私は間違っていないと思う。運転していようが、停止していようが、原発事故の可能性は、ほとんど変わらないからだ。冷温停止中だった福島第一原発の4号機が爆発事故を起こしたのがよい例だ。リスクがさほど変わらないのであれば、原発を停止しておく意味はない。設備不稼動による固定費の無駄遣いと電力供給不足に拍車をかけるだけだ。
■汚れ仕事は 海江田経済産業相に丸投げ
にもかかわらず、海江田経済産業相の地元自治体への説得は、上手く行っていない。その原因の一つは、菅総理自身にある。知事たちは、「浜岡原発が危険だからと言って止めたのに、自分のところがなぜ安全だと言えるのか」という疑問を呈しているからだ。
その意見はもっともだ。菅総理は、東海大地震が浜岡を襲う可能性が高いことを停止の理由としているが、現実には、政府が地震の可能性が低いとしてきた阪神や中越や福島で大地震が起きてきたからだ。
だから、本来であれば、海江田大臣に任せるのではなく、総理自ら原発立地の自治体を訪ねて、原発再開を説得すべきなのだ。ところが菅総理はそうした動きをみせず、むしろ自然エネルギーの推進団体を訪ねて、脱原発をアピールしている。これでは閣内不統一どころか、総理内不統一だ。
■「脱原発」を掲げて解散総選挙に 踏み切る可能性も
菅総理が矛盾した行動を取る理由は一つしか考えられない。世間の脱原発ブームに乗って、延命を図るということだ。
再生可能エネルギー特措法成立まで総理の椅子にしがみつくだけではない。もしかしたら、法案成立後の8月末に「脱原発」を掲げて解散総選挙に踏み切る可能性さえある。昨今の脱原発ブームを考えたら、世間がそれを支持してしまうかもしれない。
再生可能エネルギー特措法では、太陽光などの再生可能エネルギーで発電した電力を電力会社が買い取り、コスト高になった分は利用者に転嫁することにしている。太陽光発電のコストは原子力の6倍だ。これは、そのまま電気代の値上げにつながる。
菅さんが総理大臣になって何が起こったかというと、消費税を上げると言うは、法人税も所得税も上げると言うは、電気代は上げると言うは、ろくなことがない。
憲政史上最悪の総理の残したものは、結局国民負担の増大だけなのかもしれない。
■再生エネ法案の成立を訴えてはしゃぎまわる菅首相
「国会の中には、菅の顔だけはもう見たくないという人も結構いるんです。本当に見たくないのか。それなら早いこと、この法案を通した方がいい」――こうして再生可能エネルギー特措法案の成立を訴えてはしゃぎまくる首相の姿は、民主党を含めて政界の神経を逆なでし続けている。
「今回の原発事故を契機に、エネルギー基本計画を白紙から見直し、風力や太陽光発電などの自然エネルギーを次の時代の基幹的エネルギーとして育てることにしたいのです。そのための大きなステップとなるのが、『自然エネルギーによって発電した電気を固定価格で買い取る』という制度です」
首相は不信任騒動直後の6月6日からメールマガジンに「次の時代」と題する連載を始め、再生エネ法案の重要性を繰り返し説いている。それほど大事な法案なら、従来からアナウンスしておくべきなのに、今年1月の施政方針演説には影も形もない。退陣時期を明示せよとの圧力に呼応して首相が優先度を高めたのは明らかだ。
■今後のエネルギー政策をどうするか、地道な議論が必要だ
2010年6月の発足以来、菅内閣の看板スローガンは目まぐるしく書き換えられてきた。
「公費で需要や雇用を創出する『第三の道』」「『強い財政』に向けた消費税の増税」「『熟議の国会』の実現」「平成の開国」「税と社会保障制度の一体改革」
振り返れば、何ひとつ実現できていないことが分かる。このまま実績なく失脚することが耐えられなくなり、たまたま31年前の初当選時にかじった自然エネルギーの促進に飛びついたというのが真相ではないか。
再生エネ法案に対して、産業界には電気料金の値上げにつながるとの慎重論が根強くある。中長期的に原発依存から脱却していくことはもはや避けられない流れだが、他方でエネルギー政策全体について冷静な議論も進めていかなければならない。
そうした地道な議論をすっ飛ばして、延命のための一点突破を狙う菅総理により、日本のエネルギー政策が混乱を極めるような事態は何としても避けなければならない。
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