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【第17回】 2011年6月16日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
野口悠紀雄 未曾有の大災害 日本はいかに対応すべきか
火力シフトで増大する燃料輸入にどう対処すべきか
日本の貿易構造の変化を検討するため、前回は輸出と輸入の比率を見た。そこでの結論は、電気機器などの組立型製造業の輸出・輸入比率が低下している半面で、鉄鋼のような原材料型産業の輸出・輸入比率は上昇しているということであった。日本の貿易構造は高度化しているとは言い難い。
問題は、このような貿易構造を今後も継続してよいかどうかだ。原子力発電から火力発電へのシフトによって鉱物性燃料の輸入増加が不可避であることを考えると、日本の貿易構造を大きく変化させることが必要だ。
原油価格上昇により鉱物性燃料の比重が上昇
今回は、鉱物性燃料やいくつかの製品の輸入について、総輸入中の比重の変化を見ることとしよう。
原油、LNG(液化天然ガス)など鉱物性燃料の輸入額の輸入総額に占める比率は、1980年代には20〜25%程度だった。その後低下して、90年代後半には15〜20%程度になった(【図表1】)。日本は、原油を輸入して工業製品を輸出する加工貿易の国からは脱却しつつあるように思えたのである。
ところが、2000年頃からこの比率は再び上昇に転じた。07年には30%を超えた。08年8月には、40%を超える高い比率になった。この時点を除いても、比率が継続的に上昇していることに違いはない。2010年12月以降は、継続して30%を超えている。
ところで、鉱物性燃料の輸入数量は、格別増加しているわけではない。原油について示すと、【図表2】のとおりである。これから分かるように、原油輸入数量は、時間的にほとんど変化していない。むしろ長期的には若干低下気味である。したがって、上で見た鉱物性燃料輸入額は、価格上昇によってもたらされたものだ。
原油価格は、短期的には金融面の条件を反映した投機取引によって高騰する。08年の原油価格上昇は、明らかにそうした要因によるものだった。昨年 秋頃からの原油価格高騰も、アメリカの金融緩和(QE2)によるドル安と、中東の政治的不安定化によって惹起されたものである。
次のページ>>製品輸入の総輸入中の比率は、高まっているとは言えない
ただし、長期的にみても原油価格が上昇しつつあることは間違いない。この背後にあるのは、新興国の工業化とモータリゼーションの進展だ。とくに中国におけるモータリゼーションの進展は、ここ数年の原油価格に大きな影響を与えていると考えられる。
したがって、原油価格が90年代のような低水準に戻ることは考えられず、日本の輸入総額に占める鉱物性燃料の比率も、90年代のように20%を下回る水準になることは考えにくい。
製品輸入の総輸入中の比率は、高まっているとは言えない
では、工業製品の輸入はどうなっているだろうか?
まず、「原材料製品」(鉄鋼、金属製品、繊維製品など)の総輸入に占める比率は、80年代末の15%程度から最近年度の9%程度まで、緩やかに低下してきた(【図表3】)。
「その他」(ここには衣類、家具、バッグ等が含まれる)の場合は、90年代終わりまでは緩やかに上昇したが、それ以降は緩やかに減少している。総じて、比率に大きな変化は見られない(【図表3】)。
これらは、産業構造の高度化に伴って、自国内の生産から輸入に代替が進んでしかるべき品目である。したがって、輸入に占める比率が上昇するのが ノーマルな姿だ。鉄鋼や金属製品はエネルギー多使用型のものであり、繊維や衣類などは、低賃金国が比較優位を持っているからである。
それにもかかわらず、現実には、これらの品目の輸入に占める比率は上昇しているとは言えず、(「その他」について90年代に穏やかな上昇があったことを除けば)むしろ比率の下落が見られるのだ。
半導体、ICの海外生産化が進展
電気製品の場合はどうであろうか?
次のページ>>「産業のコメ」半導体とICの比率は90年代に上昇
【図表4】に示すように、総輸入中に占める半導体とICの比率は、90年代を 通じて顕著に上昇した。80年代の末には2%未満であったが、90年代後半に8%を超え、2000年頃には10%を超えた。その後は低下し、8%台程度と なった(この間においてICの輸入数量は減少していないので、比率低下は、これらの製品価格の低下と、原油価格の値上がりによるものだろう)。そして、 08年秋から09年初めにかけてと大震災後に急激に低下している。
【図表4】には、これらを除く電気製品も示してある。この比率も上昇しているものの、半導体、ICのような90年代の急上昇は見られない。また、リーマンショック後は、上昇している。
半導体、ICの輸入が増えたのは、これらの海外生産化が進んだことを示している。これは、前回見た輸出・輸入比率の推移からも明らかだ。リーマンショック後と大震災後の急激な落ち込みは、これらを用いる国内生産の減少によるものだろう。
「半導体は産業のコメだから重要」とよく言われる。しかも、それは「科学産業」と言われるように、高度な技術を必要とするものだ。したがって、日本がその生産に特化してもよいはずである。
事実80年代においては、日本の半導体産業は世界を席巻した。仮にその状態がそれ以降も続けば、日本国内での製造業の雇用はさほど減ることはなく、また賃金の下落も防げたことだろう。
しかし、90年代以降の条件変化の中で、日本の半導体産業は敗退したのだ。そして、国内生産は急速に海外生産にシフトしてしまった。もっとも、その動きも継続したわけではなく、それ以降は頭打ちから低下に転じている。
新興国工業化の影響を受動的に受けるが活用していない
以上で述べたことをまとめれば、90年代においては、半導体、ICについて海外生産へのシフトが起こり、総輸入中の比率が上昇した。2000年代には、鉱物性燃料の価格が上昇したことによって、総輸入中の比率が上昇した。
「鉱物性燃料というエネルギー源を輸入し、それを用いて工業製品を生産する」というタイプの経済活動が、日本ではいまだに続いていることになる。 「工業製品を輸入する」ことはあまり進んでいない。製品の輸入が進んだのは、90年代における半導体、ICだけであり、最終製品の輸入は進んでいないの だ。
次のページ>>火力発電シフトによる燃料輸入の増大
こうして、労働力を使う製造業が海外に移り、エネルギーを多用する重化学工業が国内に残ったことになる。
長期的な原油価格の上昇は、新興国の工業化によるものである。すでに見たように、2000年頃以降の日本は、その影響を強く受けている。他方で製品の輸入を増やせば、新興国工業化のメリットを享受できるはずだ。しかし、最終製品については、輸入が増加していない。
つまり、日本は、新興国工業化の影響を受動的に受けているだけであって、それを積極的に利用するような産業構造の再編を進めていないということになる。
火力発電シフトによる燃料輸入の増大
以上で見た輸入構造の変化は、すでに震災前から生じていたものである。
震災によって、新しい要因が加わった。それは、原子力発電から火力発電へのシフトである。電力に関するこれまでの日本の基本戦略は、原子力発電の比率を引き上げて電気料金の上昇を抑えることだった。しかし、それが福島原発事故を契機として頓挫したのだ。
火力シフトに伴って、鉱物性燃料(とくにLNG)の輸入が増加する。LNGの産出地は原油の場合ほど偏っておらず、オイルシェールやオイルサンド のガス化なども進むだろう。したがって、原油の場合のような価格高騰は生じないかもしれない。しかし、価格が高騰しなくても、輸入数量の増加によって輸入 額が増加することは避けられない。
これは、電気料金の引き上げとして利用者に転嫁される可能性が高い。それは、国内生産のコストを引き上げ、利益を圧迫するだろう。
このような状況の変化に対応した産業構造の構築が考えられなければならない。
これまでの産業構造を維持するために鉱物性燃料の輸入を増大し続け、貿易赤字を拡大し続けることが、日本にとって得策とは考えられない。それより は、エネルギー多使用型産業の比率を低下させ、それによって燃料輸入を減少させるべきだろう。輸入を増やすのなら、最終製品の輸入を増やせばよい。それに よって、間接的に電気を海外から購入することになるのだ。
こうした構造変化は、電気料金の引き上げや為替レートの変化を通じて自動的に進む面が多い。重要なのは、そうした価格変化を政策介入によってゆがめないことである。
次のページ>>貿易赤字の今、円高は産業全体の利益を増大させる方向にある
電気料金の引き上げは、電力を大量に使用する産業の相対的優位性を低下させる。したがって、国内生産から海外生産へのシフトが進むだろう。
また、円高は、最終製品の輸入を増やすだけではない。鉱物性燃料や原材料の輸入価格を円ベースで見て抑えることになる。鉱物性燃料の輸入価格が抑えられれば、電気料金の引き上げも抑えられ、企業収益の圧迫を緩和するだろう。
しかし、そうした考えは、一般的なものにはなっていない。ある大新聞の記事で、「法人税減税が見送りになり、また円高が進むと、日本製造業の国際競争力が弱まる」との解説があった。しかし、この考えは誤りである。
第1に、法人税は利益にかかる税であって、生産コストには含まれない。したがって、法人税を減税したところで、それが日本の製造業の生産コストを 引き下げるわけではない。このような理解に基づいて法人税減税の問題が議論されていたのは、恐るべきことである(法人の生産コストに影響するのは、利益に 無関係に負担がかかる社会保険料の雇用主負担である)。
日本は現在貿易収支が赤字になっているのだから、円高は、産業全体としての利益を増大させる方向に働いているはずである。
震災後の経済条件の変化に対応した経済観が求められている。
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「第1章 復興にかかる厳しい供給制約」の全文を掲載した連載はこちら→【野口悠紀雄 大震災後の日本経済】
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