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(回答先: Re: 東大のジレンマ 投稿者 metola 日時 2011 年 4 月 10 日 21:40:16)
実際、だれでも多く与えられた者、その者には多くのことが要求されます。
そして、人々が多くをゆだねた者、その者に人々は普通以上を要求するのです。(ルカ 12:48)
なんてね。
なるほど、いろんな思惑もあるし立場の影響力というプレッシャーもあるんだ。
リーマンショックの時を思い出すよ。おんなじ風に経済や金融の専門家たちは、これ以上悪くはならないって連日言い続けてたもんな。
でもなぁ、今ではもう東電や政府の対応の遅さや分析の甘さが外国からも批判されているわけで、のん気な楽観論を口にできる状況じゃないよね。
結局、専門家たちも情報不足で、自分たちが言うほどに原発の状況を把握できてなかったってことじゃないのかな。
、
政府も国民を安全に誘導ってより、ことを大事(おおごと)にしたくないってだけで平和だ安全だと言ってるように思えるよ。
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ノブレス・オヴージュの起源(Wiki引用)
ファニー・ケンブル(1809-93、イギリスの女優)が1837年に手紙に「‥確かに『貴族が義務を負う(noblesse oblige)』のならば、
王族はより多くの義務を負わねばならない。」と書いたのが、この言葉が使われた最初である。
倫理的な議論では、特権は、それを持たない人々への義務によって釣り合いが保たれるべきだという「モラル・エコノミー」を
要約する際にしばしば用いられる。最近では主に富裕者、有名人、権力者が社会の模範となるように振る舞うべきだという社会
的責任に関して用いられる。
「ノブレス・オブリージュ」の核心は、貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない社会の心理である。それは基本的には、
心理的な自負・自尊であるが、それを外形的な義務として受け止めると、社会的(そしておそらく法的な)圧力であるとも見なされる。
法的な義務ではないため、これを為さなかった事による法律上の処罰はないが、社会的批判・指弾を受けることはしばしばである。
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