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http://jp.wsj.com/US/Economy/node_202699
【肥田美佐子のNYリポート】ハーバード大学核問題専門家に聞く:福島原発のメルトダウンはあるのか
2011年 3月 18日 10:40 JST
米東部時間3月11日午前1時(日本時間11日午後3時)過ぎ、オフィスで勤務中、「巨大地震、東京を襲う」という米メディアの第1報メールに息が止まった。
震える手で受話器を取り、東京の家族や親類、出版社などに何十回と電話したが、聞こえるのは、「おかけ直しください」というメッセージのみ。どうにかフェイスブックで編集者と連絡が取れ、東北・関東大震災であることを知る。以来、ネットの日本語放送を通し、被災地で過酷な状況に置かれている人々の姿を見ては言葉を失い、日本を守るために命がけで東京電力福島第1原子力発電所の危機回避に当たる現場の作業員らを思っては胸が詰まり、秒速で発信される励まし合いのつぶやきに心を打たれる毎日だ。
「被災地の皆様の無事を心からお祈りします」「くじけるな!」「これから生徒を連れて、北京の街に街頭募金に出かける。頑張れ!」――。各国の友人や仕事仲間から、お見舞いのメールが届くたびに胸が熱くなる。
日本が、第二次大戦以来、最大の危機に直面しているのは間違いない。欧米メディアも、連日、大震災関係の記事をトップニュースとして報じている。なかでも、世界の最大の関心事となっているのが、原発問題だ。
第1原発6基のうち、地震発生時に稼動していた1号機から3号機では、燃料棒が溶け落ちる「メルトダウン(炉心溶融)」の部分的発生が指摘されている。
1号機では、建屋(原子炉が収納されている建物)で水素爆発が起こり、上部が吹き飛んだ。3号機も、水素爆発で建屋が破損し、使用済み核燃料貯蔵プールの水が減って、燃料棒の一部がむき出しになり、温度が急上昇。放置すると、水が蒸発し、燃料棒が露出して溶け、大規模なメルトダウンが起こりかねず、放射性物質の大量飛散を招く。
そのため、政府は、17日、陸上自衛隊のヘリコプターを使い、水投下による3号機冷却に踏み切った。だが、4号機での再度の出火などで、周辺の放射線量が急上昇。隊員の安全確保の点から至近距離での放水ができず、自衛隊消防車両による陸からの放水でも援護射撃を図る。東電の送電線を敷地内に取り込み、電源の復旧も目指す。
一方、4号機とともに、定期点検で運転が止まっていた5、6号機についても、使用済み核燃料貯蔵プールの水温上昇が報じられており、安心はできない。東電本部の情報開示の不十分さや対応の遅さなどに対する批判も高まっている。
日本最大の原発危機は、いつ収束するのか。史上最悪といわれる旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(1986年)や米ペンシルベニア州スリーマイル島原発事故(79年)とは、どう違うのか。ハーバード大学ケネディスクール(行政大学院)科学・国際関係ベルファーセンターのシニアフェローであり、米国の国家核安全保障庁勤務の経験もあるウィリアム・トビー氏に電話で話を聞いた。
――今回の事故は、チェルノブイリよりは、はるかに危険性が低いが、「チェルノブイリ以来最悪の原発事故」と指摘する米専門家もいる。また、「ある意味で」スリーマイルより深刻だという分析もある。
ウィリアム・トビー氏
トビー氏 確かにチェルノブイリとは違う。同事故は、(原子炉内の水位低下により)炉心が露出し(核分裂反応が起こり)、爆発して、炉内の放射性物質が大量に外部に放出され、欧州全土に飛散した。多数の死者やけが人が出た。一方、スリーマイル島の原発事故は、その逆だ。(メルトダウンは起こったが)炉心内での事故にとどまり、外部への放射性物質大量放出は見られなかった。犠牲者やけが人も出ていない。
福島第1原発の事故は、チェルノブイリとスリーマイルの中間に位置すると言っていい。だが、現時点では、スリーマイルのほうにはるかに近い様相を呈している。今のところ、(3号機で原子炉格納容器の一部が破損した可能性も指摘されているが)格納容器は無事だと聞いている。放射性ガスは放出されているものの、比較的少量にとどまっており、(作業員などを除く)一般人のけが人も出ていない。
――どのような措置が最も必要とされているのか。
トビー氏 原子炉を冷却し、核燃料の溶解を防ぐことに尽きる。メルトダウンが起こると、格納容器が破損し、水(や海水)による冷却が、さらに難しくなる。その結果、放射性ガスが、大気中に撒き散らされてしまう。
特に深刻なのが、4号機の使用済み核燃料貯蔵プールの内部か付近での火災だ。火災の結果、大量の放射性物質が放出され、作業員の大半が退避し、状況を完全にコントロールできない恐れが生じた。火災は収まり、放射線量も下がったと聞いているが、使用済み核燃料貯蔵プールを冷却し続けることが最優先事項だ。
――万一、冷却ができない場合、どうなるのか。
トビー氏 1つ、あるいは複数の原子炉や使用済み核燃料貯蔵プールで冷却ができなくなった場合、メルトダウンが起こり、大量の放射性物質が飛散する。使用済み核燃料貯蔵プールで火災も発生する。
――メルトダウンの確率は、どの程度か。
トビー氏 日本政府も国際原子力機関(IAEA)も、部分的メルトダウンの可能性については認めている。全面的なメルトダウンが起こるかどうかは、冷却が成功するかどうかにかかっている。それには、まず放射線量を抑え、十分な数の作業員が現場に戻れるだけのレベルに維持しなければならない。すでに安全なレベルを超える放射線量を被ばくしている作業員に代わり、まとまった数の作業員を送り込むことができるようにだ。
――現場から半径20キロメートル以内の住人には避難措置が、20-30キロの住人には屋内退避指示が出ているが、50キロまでに拡大すべきだという声もある。17日には、在日米大使館が、80キロ圏内に住む自国民に避難勧告を出した。
トビー氏 どの範囲まで含めるかは、放射線量と天候、原子炉の状況の見通しといった要素で決まる。家を密閉することで、放射性物質から身を守れる。地下や石・レンガ造りなどが最適だ。
――東電や政府が十分な情報を開示していないといった不満も聞かれる。政府の発表を信じていいのか。
トビー氏 日本政府は、できるかぎりのことをやっていると確信している。大いに考えられる問題の一つは、政府も、状況を完全に把握するのは非常に難しいと思われる点だ。(枝野幸男)官房長官でさえ、原子炉で何が起こっているか、核燃料が溶解しているかどうか、正確にはつかめないと思う。
――国際原子力事象評価尺度(INES)によると、チェルノブイリ原発事故は最高レベルの7、スリーマイルは5とされている。今回の事故は、すでにレベル6に達しているという声もあるが。
トビー氏 これまでの報告から判断するかぎり、レベル6とされる根拠はない。このレベルに当てはまるものとしては、1957年、旧ソ連のクイシトゥイム核燃料再処理工場で起こった事故が挙げられる。死者200人、負傷者多数を出した。
――今回の事故を振り返って、何か気づく点はあるか。
トビー氏 長期間調査しなければ確実なことは分からないが、さまざまな事態に備えて想定していたであろうオプションについて、まず疑問がわく。地震発生時、稼動していた原子炉(で起こっていた核分裂)が自動的にストップしたのは、想定どおりだった。だが、地震で送電が止まり、従来の冷却システムが使えなくなったとき作動するはずのバックアップ(である非常用ポンプ)も、津波で(軽油タンクがさらわれ)使用不能に陥った。おそらく、(東電は)従来の冷却システムが使えなくなる可能性も、バックアップがだめになる可能性も、いずれも非常に少ないから、これで大丈夫だと考えたのではないか。
しかし、あいにく、この2つは相関関係にある。つまり、従来の冷却システムが稼動しなくなるほど大きな出来事が起こった場合には、バックアップも作動しなくなる可能性が高いのだ。だから、たとえば、(燃料を必要としない)重力タンクを使った緊急システムといったオプションがあったかもしれない。原発のインフラについては、米国も含め、すべての国が、こうした問題について考える必要がある。
――空中放水が始まった。水の投下で、核燃料棒の破損といった危険性もあると聞いているが。
トビー氏 使用済み核燃料棒の冷却が急務だ。ヘリコプターからの放水が最善策でないことは明らかだが、唯一実行可能な手段、といえるかもしれない。
――放射性物質から身を守るためには、どうすればいいのか。
トビー氏 政府の指示に従い、冷静さを保つことだ。パニックほど危険なものはない。重ねて言うが、万一、最悪のシナリオになったとしても、飛散する放射性物質は、原子炉が爆発したチェルノブイリ事故には遠く及ばないものと思われる。落ち着きを保つことが重要だ。
――最後に、日本の人たちにメッセージをもらえるか。
トビー氏 これほどの大変な状況下でも、勇気と忍耐で乗り越えようとしている日本の人たちに謹んでお見舞いを申し上げるとともに、心からの賞賛を贈りたい。
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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト
Ran Suzuki
東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社など にエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・トリノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。『週刊エコノミスト』 『週刊東洋経済』 『プレジデント』 『AERA』 『サンデー毎日』 『ニューズウィーク日本版』 『週刊ダイヤモンド』などに寄稿。日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳も手がけるかたわら、日米での講演も行う。共訳書に『ワーキ ング・プア――アメリカの下層社会』『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』など。マンハッタン在住。 http://www.misakohida.com
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