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今回の代表選挙の結果に、実はぼくはかけていた。
もしも小澤勝利なら、日本&世界はまともなベクトルを得て大きく進化し、もしも小澤敗退なら、日本&世界はいよいよ地獄的状況に突入していくことになるであろうと。
希望としては、言うまでもなく前者が実現することで、小澤一郎さんが日本のリーダーとして登場することにより、弱肉強食の不条理の世界が「共生の社会」に進化していくことを心から願っていた。
そうは願いながらも、正直なところ「そううまくいくかなぁ…」という思いもあった。なにしろ日本のジャーナリズムはとうに死に絶え、マスメディアは巨大な権力機構に支配されているからである。その巨大権力機構を打破しようとするのが小澤一郎なのだから、当然、巨大権力機構とマスメディアは、なりふり構わずに死にものぐるいでますます小澤潰しに走るだろう。はたして小澤は、それを乗り越えることができるかどうか。そんな懸念もあったからである。
実際、党員&サポーター票が発表された段階で、「やっぱりねぇ」と肩を落とした。この大きな票差で早くもほぼ勝負がついていた。悔しいながらも、その票差が、権力とメディアの健在ぶりを証明していたからである。
そこにはぬぐいがたい疑惑もある。この「阿修羅」や「きっこの日記」などではすでに大きな疑問がわき上がっているが、なんと全体の3分の1を占める12万票以上もの票がなぜか行方不明になっているという。しかもその「結果」がいち早く外にもれたことにより、その「結果」を知って「勝ち馬に乗ろうと態度を豹変させた議員」が44名も出たという。その真偽は確かめようもないが、さもありなん。権力と金さえあれば、そんな工作もお茶のこさいさい、十分に可能だからである。
予想以上に大きな選挙結果に肩を落としながらも、ぼくはそこに「もうひとつの天意(天からのメッセージ)」もまた感じとった。
そうか、やっぱり、そうすんなりと、希望の劇的な進化は起こらないのだな…と。
いま日本と世界に現象(現出)しているもの(ひどい社会)は、長い時間(歴史)の所産である。それを修復シフトしていくには、やはりそれなりの時間とエネルギーとプロセスを要するのだ。
ということは、世の中はこれからさらにひどい状態に陥っていくであろう。そのひどさ、大変さは、たとえ命をかけた小澤一郎ですら手に負えない。だからこそ、今回の代表選挙で小澤が敗退し、「貧乏くじ」を引かずに済んだということにもなる。もしもここで小澤が総理になり、必死で命がけで「革命」に着手したにもかかわらず、万が一約束を果たし得なかったら、それこそ小澤の政治生命は失せてしまうだろう。その意味で、今回の小澤一郎の敗退は、小澤に「延命」の道を用意してくれたとも言える。そして、そこにこそ「天意」があるようにぼくには思えた。
奇しくも今日9月15日は、リーマンブラザーズ破綻からジャスト2年である。そしてこの破綻劇がアメリカと日本に「政権交代」をもたらした。日本に念願の政権交代が実現したとき、ぼくは正直、心から嬉しく思った。そしてここから人類史が変わっていってほしいと期待した。
それと同時に、「オバマも鳩山さんも、大変な貧乏クジを引いてしまったものだ」とも思った。いかに政権交代が実現したところで、それまでの長年の価値観とシステムを大きく変えていくのは大変なことだからである。それは文字どおり「革命」そのものだから、従来の既得権益者たちは、必死でその革命を阻止するであろう。彼らにはまだまだ巨大な権力と資金力、エネルギーがある。それがやがて巧みに駆使されることになるであろう。そのとき果たしてオバマと鳩山政権は大丈夫か。いや、いくら頑張ったところで無理であろう。権力機構とマスメディアが都合のよい「空気」を醸成して、社会全体を操作&支配していくからである。
そんな予感が、実際「政治とカネ問題」として社会に飛び出した。政権交代後に起こるであろう文脈からすれば、起こるべくして起こったことにぼくには思えた。ジャーナリズムが健全なら、その背後に働く不気味な力学を透視して当然だ。しかしマスメディアは逆に小澤を追い込んでいった。マスメディアがフル起動すれば、メディアや権威や権力を妄信する「世間」は簡単にそれに洗脳される。世論調査は、単にマスメディアの意図的な世論操作の成果を測定する儀式にすぎない。
これまでの経緯を書き始めたら、どこまでも続きそうだ〈笑〉。
ここで言いたいのは、タイトルどおり「小澤の敗戦」は、小澤一郎の真の出番がやってくるまで「延命」せよという天意であるようにぼくには思える。なぜなら、それは、これから本格的に始まって行く地獄のような世の中の混乱と不安から歴史的キーパーソンを守る配慮であり、総理として討ち死にさせたり、貧乏クジを引かせないための配慮であろう。
その意味で、すべてがうまく進んでいる。万事順調に動いている。
大切なことは、どこまでも小澤一郎を励まし、見守り、支持していくことだ。いや、それは小澤という個人を限定するものではなく、「小澤的人材」ということになるだろう。
今回の選挙ではっきりとしたことは、政権を任された民主党があまりもふがいないということだった。ねつ造された世論に振り回されるようでは、政治家になる資格がない。権力機構やマスメディアの横暴が見抜けないような政党では、政権を担う資格がない。願わくば、もう一度「小澤最後の名演説」を聞き直して、自らの真の使命と役割に気づいていただきたい。
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