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安藤前知事死去:無罪への執念終幕 家族へ迷惑わび涙も /宮崎(毎日新聞) http://www.asyura2.com/10/senkyo85/msg/656.html
http://mainichi.jp/area/miyazaki/news/20100501ddlk45040629000c.html 安藤前知事死去:無罪への執念終幕 家族へ迷惑わび涙も /宮崎
■強気の姿勢最後まで 安藤氏が公の前に姿を見せたのは10年1月、福岡高裁宮崎支部の控訴審が最後だった。白髪、白マスク姿で、体全体にやつれた感があるのは否めなかった。しかし、法廷ではこれまで通り強気の姿勢を崩さなかった。 「わいろは、もらっていない。談合で『天の声』は出していない。部下が人事の厚遇を期待してやったことで、部下の証言は『安藤が悪い』と責任転嫁している」と訴えた。 また、この時の被告人質問で、自身の悪性リンパ種についても言及。「事件のストレスでがんになった」と述べた。一方「恥をさらし、家族に迷惑を掛けた。心の中はおわびでいっぱい」と落涙、家族への配慮を見せた。 その後、抗がん剤治療などで一時、回復の兆しも見せていたというが再発。先月15日の控訴審判決の法廷に安藤氏の姿はなかった。判決は宮崎市内の病院で後援会関係者から聞かされたが、翌日、最高裁へ上告した。 ■県職員から知事へ 安藤氏をよく知る人は「愛想がよくて、素直な人」と口をそろえる。西都市出身。妻高から宮崎大学芸学部へ進んだ。大学時代を知る人は「常に六法全書を持ち歩いていた」という。64年県庁入り。人事課長時代、採用試験の面接で留学経験者に英語で質問したという。趣味も自然探索、木版画、サイクリングと多彩。笑顔を絶やさず多くの人に親しまれた。一連の裁判では「愛想が良く、フットワークが軽くて尊敬していた」と証言した部下もいた。 99年、「長期政権を打破し、県民主体の政治」を掲げ、知事選に出馬。県政界の巨頭、松形氏に挑んだ。「県内を2000回、距離にして8万キロ以上」(本人)を駆け巡る草の根選を展開したが、大差で敗れた。しかし、捲土(けんど)重来を期し、03年の知事選で松形氏の後継候補を抑え、初当選を果たした。 ■改革着手 知事就任とともに、財政改革、入札制度改革などに着手。特に入札制度では「天の声は出さない」と明言。指名競争入札の指名業者拡大、入札参加資格を工事ごとに定める条件付き一般競争入札を拡大させた。また、公約だった女性副知事に宮崎市出身の元体操五輪選手の坂佳代子氏を起用した。 一方、「選挙で(対立候補者のために)汗をかいた公務員は異動してもらう」と庁内の「意識改革」に名を借りた報復人事も露骨に断行した。前言撤回も多かった。シーガイア、スカイネットアジア航空への公金支出について選挙中は批判していたが、就任後は「適切だ」と翻した。 ■惜しむ声 選挙を支援してきた安藤氏の自宅近くに住む男性(80)は「素直過ぎた面があったが、まじめで威張ったところがなく、周囲から本当に愛されていた」と残念がった。先月14日、病院に見舞った時は「体は弱っていたが裁判の話になると『無実だ』『真実は後で分かる』と相変わらず強気だった」と振り返った。病室を去る時「苦労かけます」とにっこり笑ったのが最後の姿だった。 別の支援者の男性(61)は「情報公開に積極的で、長期政権の閉そく感をなくして新たな風を吹かしてくれたと思う」と評価した。 一方、コメントを控える人も多かった。当選時の後援会長だった会社社長は「警察から取り調べを受け、迷惑。立場があるので、何も言えない」。元県幹部も「何も言えない」と答えるにとどまった。 また、東国原英夫知事は「知事として、県職員として県勢発展に力を尽くされた方であり、亡くなられたことは誠に残念。これまでのご尽力に対して敬意を表し、心からご冥福をお祈り申し上げます」とのコメントを出した。 毎日新聞 2010年5月1日 地方版
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