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平野貞夫氏と藤原肇氏の民主革命へのすごい対談 http://www.asyura2.com/10/senkyo83/msg/336.html
(回答先: 今、小沢さんの周りには平野貞夫氏のような人物がいるのか? (日々坦々) 投稿者 明るい憂国の士 日時 2010 年 3 月 29 日 00:10:52) 平野氏は『わが友・小沢一郎』の著者であり、藤原肇氏は『さらば暴政』の著者として知られている。この二人が経済誌の『財界にっぽん』で対談を連載しており、三月号には次のような興味深い対談があった。 平成の無血「民守革命」と成功への道 政治評論家 平野貞夫 病理診断がないまま迷走する日本の政治 平野 それは当たり前のことです。治療を始める前に診断するというのは、医学の世界では当然なされている手続きであり、診断なしに治療するなんてヤブ医者ですよ。 藤原 そうでしょう。症状から病気の原因を正しく読み取って、それから治療を始めるのが医学上の必要手続きだのに、日本の政治にはこの診断行為が不在です。病院の建物はあっても医者がいないのが、衆参両院で構成する日本病院の実態であり、箱もの作りに熱中した財政投融資型の政治で、人材作りを怠ってきた欠陥に由来します。だから、診断書として私は『さらば暴政』を書いたが、肝心な診断を正確にやることを置き去りにして、今の日本では如何にマニフェストを実行するかとか、予算案の枠を決めたり削ったりするという、治療や処方箋に関しての議論ばかりが盛んです。 平野 診断より手術や薬を処方する方が金になり、医術が算術になってしまったのと同じ現象が、日本の政治の世界を支配していますな。政治家が役人化し官僚が政治家化したからだと思うが、役人も政治家も診断の意義が分かっていません。 藤原 それはマスメディアが墜落したせいです。小泉劇場を煽って成功したことに陶酔して、その夢から脱却できない状態が続いている。福沢諭吉が書いた『文明論の概略』を読めば、「病理の診断は学者の職分だが、治療は政治家の仕事だ」とあって、これはプラトンやアリストテレスの時代からの原則です。本当は学者の代りに知識人と言うべきであるし、その中には学者、ジャーナリスト、評論家だけでなく、公的領域に関心を持つ市民も含まれるが、それらが御用化して弱くなったために、御用学者や御用評論家ばかりが増えています。しかも、民主党内閣が革命を遂行する意欲に欠け、政権交代のレベルでの現状認識しかなく、政権を維持することに汲々としているために、徹底的な批判が行われない状態が続いている。自民中心の体制が議会民主主義を踏みにじり、パブリックである公的政治を軽視し続けて、私的な利益のために利権漁りをした結果、暴政が支配したのに未だに総括もなしです。 平野 それは今までの日本の政治のやり方が、政権交代をさせないし行ってはいけなかったので、議会政治として機能しなかったせいです。だから、国民は野党のためにあるという原点に立ち戻って、議会を議論の場にすることが必要なのです。
藤原 議会政治は話し合いが基本であり、異論を出し合って接点を見つけて合意し、より多くの人が納得できる形でまとめて、「最大多数の最大幸福」を求めるための場です。平野さんの前では「釈迦に説法」になるが、議会政治の基本は議論を戦わせて、何に優先順位と重要度があるかを決め、もし話し合いで合意に至らない時には、多数決原理で決断を下すことになります。だが、多数を取れば良いというのではなくて、少数意見も尊重しなくてはならないが、強行採決はその手続きを無視した暴挙です。この民主主義の精神に反し強行採決に明け暮れ、国民に愛想をつかされた安倍政権は、敵前逃亡に等しい形で政権を投げ出しました。 平野 政治プロセスの中では採決を急ぐ時もある。だが、現在は強行採決などをやっている時代とは違うし、そんなことは無責任で国民への裏切りであり、無血革命を行う目的に反している。だから、当面の課題は自公体制のやり方を改めて、議会で徹底的に討論する原点に立ち戻り、真の民主政治の議論を実行すべきです。 藤原 ところが、予算の通過させるために強行採決を辞さないと、民主党は無責任なことを主張し始めており、これでは前の自民中心のゾンビ政治と同じです。日本の政治家が議論や討論が下手な理由は、問題をじっくり観察した上で分類して、二項対立の形で捉えて分析することにより、パターン化するのが苦手なせいです。 平野 その議論は別の機会に譲ることにして、私がここで強調したいのは政権交代の問題で、それをさせない制度と運用が続いたが、それをぶち壊すチャンスが訪れました。 藤原 果たしてそうでしょうか。たとえ学校で教えていなくても、児童向けの『十五少年漂流記」を読めば、無人島の少年たちは議論して重要問題を決めたし、選挙でリーダーを選び年間計画を打ち合わせており、自治の意義を子供たちは学んでいます。ところが、日本の国会は民主的な運営で無人島以下だし、十五少年に較べて責任感や名誉心においても、今の国会議員たちははるかに劣っているのです。 平野 国会議員の中には立派な人もいるので、十五少年以下だと決め付けるのに賛成しないが、人気で当選した入や世襲議員の中には、議論の能力や政策を考える素養のない者がとても多い。百年以上も昔の明治初期に較べた時に、国政に携わるという政治家たちの意識や理解力が、劣等だというのは容易ならざることです。 藤原 安倍の野垂れ死に後に政権がたらい回しになり、福田や麻生による無能な政権が続いたために、世襲代議士を首相にした致命的な誤りが、日本の政治を徹底的に損ってしまった。ところが、民主党を支配する鳩山や小沢も世襲代議士で、自公体制の政治パターンと大差がないし、革命ではなく政権交代で終わり兼ねないので、暴政の徹底的な批判が絶対に必要になります。 平野 民主党のトップが世襲議員であることは、確かにおっしゃるとおりで問題がある。だが、今回の選挙結果を無血革命として成功させる上で、今ここで重要なのは民主的な議会政治を確立することです。なに分にも、明治時代の政治家たちの資質に較べて、現在の国会議員の意識が低い理由は、歴史感覚が非常に劣っているからです。
藤原 それはタブーや嘘に支配されたために、日本では明治の歴史をきちんと教えないし、幕末から文明開化に至る歴史が歪められ、小説として書き換えられているせいです。 平野 それに、明治六年の政変に自由民権運動の出発点があり、途中に西南戦争という西郷と大久保の対決を挟んで、国権派による支配体制が固まって行く。次に明治 藤原 でも、明治憲法も国会も上から与えられたが、立憲君主制の枠の中で機能したのであり、その点はそれなりに評価していい。だが、長州閥を率いた伊藤博文や山県有朋によって、藩閥政治と軍国主義が推進されると共に、日本の国策は帝国主義の路線を邁進したことで、最終的には大日本帝国は滅亡しました。 平野 しかし、明治前半における自由民権への情熱は、欧米の議会制民主主義を手本にして、それを日本で実現しようとした努力の点で、民衆の力が働いていたことは確かです。だから、今の日本人に欠けている国造りの意欲に満ち、真剣で誠実な政治への関心と参加への意思があり、真の無血革命への期待が生きていた。現に自由民権運動に命をかけた代議士として、足尾銅山の鉱毒問題に政治生命を捧げ、明治天皇に直訴を試みた田中正造がいます。 藤原 環境問題に生涯を捧げた点では、日本の政治家として田中正造の存在が、いかに偉大だったかを日本人は忘れている。また、明治という時代性の中で彼の貢献を考えて見ると、今の政治家で匹敵する者は皆無であり、民主政治の原点に立っているという点で、明治の日本には素晴らしい政治家がいた。 平野 彼は第一回の衆議院議員選挙で当選し、十年間ほど議員として鉱毒事件に取り組んだが、命を賭けて直訴するために議員を辞職した。そして、全財産を鉱毒事件の活動に使い果たしたために、死んだ時には無一文だったそうです。今時の浮ついた気分でいる国会議員たちに、「墓掃除に行ったらどうだ」と言いたいほど、彼は民権運動に殉じた立派な政治家でした。
藤原 こうした立派な政治家が明治にいたから、大逆事件などの弾圧があったにも関わらず、続いて大正には民権運動の成果として、大正デモクラシーが花開くことになったのです。きっかけは191 7年のロシア革命であり、シベリア出兵のために米の買占めや売り惜しみで、米価が急騰して富山県で米騒動が起き、それが護憲運動や普通選挙運動として、新しい形の民権運動に発展したのです。 平野 その基盤まで田中正造は残していまして、彼は「人民あって国家は存在する」と主張し、「地方自治は国家運営の基礎だ」と論じ、戦争は犯罪だから軍備全廃を訴え続けました。彼は日本の憲政史上で無双の議員で、民権論者として国民が誇るべき偉人として、国会議事堂の正門の前に銅像を建てたい人です。こうして挫折したとはいえ自由民権運動のお陰で、民衆の立場で議会政治を実践したから、大正時代に民主主義への自覚が高まったのです。 藤原 当時の日本は君主制に基づく憲法だったので、民主は君主に対立すると危惧したために、吉野作造は民本主義という言葉を使った。だが、政治の基礎はデモクラシーにあると自覚して、日本人は議会制度の重要性を普通選挙の形で、大正デモクラシーの旗印に使ったのだと思います。 平野 デモクラシーを民主主義と訳したのは誤訳で、確か福沢諭吉がそう訳したと記憶しますが、民主を『広辞苑』で引けば「主のための民」と書いてある。この重要な間違いを訂正するためには、民主の「主」を「守」と書き換えて、「民守主義」という新しい言葉を作れば、人間一人一人を大事にするという意味になるのです。 藤原 興味深い提案ですね。また、歴史的には英国の自由主義とフランスの民主主義があり、フランス型よりは米国型の民主主義の方が、草の根民主主義の精神と結びついていて、本来のデモクラシー精神を体現しています。だから、少なくとも20世紀の半ば頃までのアメリカ合衆国は、民主制を実践する理想的な国として、世界から尊敬された民主国家でした。 平野 問題は日本や世界の政治を見た場合に、21世紀まで続いた議会制民主政治の原理が、19世紀の思想と哲学に基づいていた点です。だが、高度情報化した民主社会における議会政治は、とてもではないが、今の程度の代表民主制ではいけないので、根っこから考え直さなければならず、新しい政治体制を作らなければいけないのです。 藤原 それが無血民主革命の新しい課題であり、孔子の昔から「温故知新」と言うように、新しいものを作るためには古きを訪ねて、歴史の教訓から徹底的に学ぶ必要がある。それは近代に始まった自然認識として、サイエンスの発達プロセスと共通したものであり、観察したものを分析して総合することで、そこに普遍法則と帰納原理を見出すのです。 平野 そうなると歴史の中に革命の実例を求めて、色んな形で記録されたモデルを分類して並べ直し、新しいモデルとして使えるものを組み立て、それを足場に使って何かを構築するわけですな。そこまでのことをやれるだけの人が、今の日本の政治家にいるかどうかは疑問だが、それをやらない限り革命など出来ません。
藤原 それほど深刻に考える必要はないでしょう。過去の経過を観察して変化のパターンを知り、現状を正しく位置づけて異常性を捉え、将来の方向を見定めるのは診断学の基礎です。だから、革命学は未だ認知されていませんが、歴史学、生理学、病理学、政治学などを統合して、新しい社会医学とでも呼ぶものを作るために、作業仮説としての革命のシミュレーションを試みます。そして、どの革命のどの段階を構成する場の構造が、どうなっているかについて調べることで、作業を始めたらと思うがどうでしょう。 平野 革命には色んな時代とタイプがあるが、差し当たりどの革命から手をつけたら、最も手っ取り早く成果が得られるでしょうか。 藤原 成功例より失敗例が教訓的という意味で、アメリカ革命よりもフランス革命の経過の方が、われわれの無血革命を成功させるのに、参考にするシミュレーションとして活用できると思う。特に初期の段階の数年間の動きは、今の日本の置かれた状況によく対応しており、参考になるものが数多く読み取れる。1793年以降の状況を回避するためにも、大革命の歴史を深く学ぷ必要があります。 平野 矢張りそうですか。革命といえばフランス革命だと思ったが、失敗例としてフランス革命を登場させるのは面白い。そういえば失敗したフランス大革命には、破綻モデルとしてギロチンが登場するし、ナポレオンのクーデタもあって波乱万丈だ。また、それを回避する予防医学という視点は、無血民主革命の生命力を活性化する意味において、新鮮であり画期的であると思います。 藤原 別の興味深い着目点は大正デモクラシーで、これは絶対主義とファシズムの時代に挟まれた、短かいが自由の空気が流れ込んだ、束の間のデモクラシーを日本人が満喫した時代です。だが、気候の寒冷期で穀物の不作が続いたし、海の彼方ではロシア革命が燃え上がっており、富山で始まった米騒動で社会が騒然としていた。しかも、フランスで小麦が取れなくてパンがなくなり、バスチーユ監獄への襲撃に続き繰り返して、ベルサイユ宮殿ヘパリ市民のデモ隊が押し寄せ、「パンをよこせ」をスローガンにしたのと好対照です。 平野 「パンがなければケーキを食べろ」と言ったという、マリー・アントワネット王妃の有名な言葉が生まれた舞台ですな。 藤原 そうです。当時のフランスは王室の乱費で財政破綻し、国庫は空で民衆は重税と搾取で生活に苦しんでいた。また、英国の産業革命に立ち遅れた経済は、輸出難とインフレのために絶望状態だった。場としての文明の中でフランスの位置は、産業革命で活況を呈した英国に圧倒されており、絶対王政の砦のハプスブルク家から王妃を迎えたが、フランスは領土的には神聖同盟に包囲され、辛うじてエカテリーナのロシアだけは敵対しなかったが、ある意味で孤立状態に陥ってしまった。 平野 今の日本の立場とよく似た感じですな。 藤原 そうです。アジアにおける現在の中国の立場は、産業革命ではなく外貨と技術の導入の成果によって、中国は世界の工場として貿易を伸ばし、昔の英国に似た経済的な繁栄を謳歌している。それに対して、自公体制の暴政によって行き詰まった日本は、工場の海外移設で国内産業が空洞化し、デフレ・スパイラルで経済活動は低下してしまい、地方の商店や地場産業は壊滅状態です。これはフランスの貴族が国外に逃亡して、エミグレとして富を持ち出したのに酷似しており、昔の英国に相当するのがバブル中国とすれば、昨日の友が今日の敵という意味では、神聖同盟の役は米国や国際金融資本です。
平野 国内産業の空洞化で経済活動が衰退し、若い人はパートの仕事しかなくなってしまい、二ート族やホームレスが増加している。その上に、30過ぎても低収入で結婚や家庭が営めなくて、日本人の間で貧富の差が拡大している。格差問題は革命期には必ず発生するし、その解決は福祉政策によって試みられ、フランス革命は産業革命に伴っていたし、現在は情報革命が進行しています。これらの問題の解決が無血民主革命の課題だが、フランス革命の教訓をどう活用しますか。 藤原 絶対に必要なのはギロチンを登場させずに、日本を食い荒らした犯罪者を法的に裁いて、私物化された公的資産の回復をする。また、法治国家としての司法制度をきちんと機能させ、国民の信頼を政治に取り戻すと共に、民主的な議会制度を確立することです。小沢が演じているのがラファイエット将軍の役で、亀井と前原が束になっても反動型のアポリネール役の一割にも達しないし、鳩山や菅にはベルナーヴの洞察も期待できない。また、ロベスピエールやタレイランは未だ登場しないし、日本には永久に出現しないタイプの人材です。問題はルイー6世とマリー・アントワネットであるが、これは自民党と公明党の残党たちであり、国外逃亡するか外国勢力を手引きして、エミグレの役割を果せば事態は深刻です。だが、絶対王政から立憲王政に移行していた時に、王様夫婦が国民と国を見捨てて逃げなければ、フランス革命は理想革命になったかも知れず、この辺の歴史のイフは興味が尽きません。 平野 それは興味深い視点ですね。だから、恐怖政治が始まらないために良く注意して、無血の民守革命を目指す必要がある。しかも、それがうまく実現すれば理想的であるが、革命には反革命がつきものだから、余程の覚悟と決断力が必要でしょう。 藤原 それと共に重要なのは国際情勢であり、英国と同盟する反革命の強大国としては、絶対支配が好きなハプスブルク家を始め、軍事帝国を目指すフリードリッヒのプロシア帝国や、エカテリーナ女王が支配したロシア帝国などがある。 平野 高度情報化社会の中で生きるには、大変な準備が必要だと分かっているのに、それに対しての取り組みが不足です。しかも、今の日本人には危機感が足りないが、自らの力で意識を高めようとしない限りは、世界の動きから取り残されるばかりで、せっかくの「無血民主革命」のチャンスなのだから、この機会を最大限に生かしたいものです。 藤原 有能な人材を育てて確保するには、国内の産業の空洞化は避ける必要がある。それには経済の活性化と新産業を育成し、新しい国づくりの議論をすることです。議会制民主主義は議会で議論を尽くし、合意に達してそれを実行することだが、議論が民主制の基礎だとしての議論は、結論的に「民主主義」の話題に移りました。そして、議論への熟達への努力が「民守革命」を育てるし、結果として成功への秘訣という結論になり、話が一応まとまったような感じがするが、これからの政治の展開具合が楽しみです。 (つづく)
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