★阿修羅♪ > 雑談専用39 > 102.html
 ★阿修羅♪  
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ
手を挙げるタイプの人(文筆劇場) 「日本が沈没する中、浮上して水面に顔を出さないと溺死するでしょう(筆者)」
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/102.html
投稿者 五月晴郎 日時 2010 年 12 月 29 日 11:46:21: ulZUCBWYQe7Lk
 

http://hiroya.web.infoseek.co.jp/「文筆劇場 ジョン・スミスへの手紙  サイバー・ラボ・ノート」から下記を転載投稿します

=転載開始=

ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (2828)

 手を挙げるタイプの人

 私見では、社会に出て活躍することができるのは、「手を挙げるタイプの人」だと思います。

 おそらく、小中高等学校時代、最も大事なことは「授業中、手を挙げて発言する」ということです。こういう人を評して、「積極性がある」とか「意欲的」と言うのです。

 ビジネスの現場では、「手を挙げるタイプの人」が求められているのに、日本の教育現場では「手を挙げるタイプの人」が疎んじられているように思います。

 これは日本の教育が抱えている根本的な病理でしょう。また、この点が改善されれば、日本の教育は相当に良くなると思います。

 あまり偏差値の低い中学や高校に行かない方がいいのは、周囲の影響で「真面目に授業を受けるのはカッコ悪い」という価値観を刷り込まれてしまうからです。

 単純な話、学校の授業では発言しない人が、会社の会議では積極的に発言するようになるのでしょうか。

 僕の肌感覚では、今、「求められる人材像」が従来とは変わってきています。

 確かに、かつては「出る杭は打たれる」と言われました。今は逆に「水面に顔を出せ」という状況です。日本が沈没する中、浮上して水面に顔を出さないと溺死するでしょう。

 長期的には賃金が世界的に「同一労働、同一価格」になる流れは変わらないでしょう。単純労働者の年収は2万ドル(≒ウォルマート従業員の平均年収)程度に収斂していくはずです。そしてこれが「普通の日本人」の平均年収になる。

 このような境遇から脱するためには、どうしても「手を挙げるタイプの人」になる必要がある。

 だからこそ、日本の教育はもっと「アウトプット重視」の方向に舵を切る必要があります。

 日本の学生には、小論文を書いたり、文章添削を受ける機会が殆どありません。対話、議論、討論の訓練も圧倒的に不足している。英語で書いたり話す機会もまだまだ少ない。この辺に抜本的なテコ入れが必要でしょう。
 
 (以上、800字)

 山田宏哉記

=転載終了=

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
01. 地には平和を 2010年12月29日 20:23:17: inzCOfyMQ6IpM : kimHQJtA2A
手を挙げるってのは目立つって事ですね。日本では「目立ちたがり屋」が嫌われるという傾向があります。「あいつ自分だけが特別だとか思ってんじゃないだろうなあ。」とか勘ぐるワケです。こう思われたくない為に手を挙げない人間になっていくのです。でも、そんな社会が面白い社会でしょうか?実にくだらんと思いませんか?

私は阿修羅にアホな提案を山ほど書いてきましたがそれは私の提案を叩き台にして欲しいからです。まあ、「叩き台にもならん。」というご意見もおありでしょうが、私としては精一杯書いてるつもりです。それは軽薄と人は言うけれど軽薄な人間もいないと何も動いていかないんじゃないですか?そういう捨石のつもりで書いてます。まあ、もうちょっとマシな捨石になろうとは思いますが。

思えば中学の頃、私は授業を面白くする為に手を挙げて質問とかしてました。そうすると私に対する集団のイジメが始まりました。「何をいい子ぶっちゃってんの?」みたいな感じでした。14歳ぐらいの連中なんですけど。コイツラ既に死んでいると思いましたね。やりたいようにやって何が悪い?それがその当時からの私の信条です。何をしようと私の自由だって事です。


02. 地には平和を 2010年12月29日 20:31:07: inzCOfyMQ6IpM : kimHQJtA2A
考えてみれば手を挙げて質問なんかされた日にゃあ先生にとって質問に答えられなかったらどうしようという危機が発生するんですな。神戸市外国語大学の授業で確か国際関係論という授業があったと記憶するのですがその教授に「国際分業論というのは多国籍企業にとって有利な主張なのではないか?」と質問した所、教授は黙って黒板にチョークで小さく○と書いてすぐに消したのを思い出します。こういう事こそが面白いんじゃないかね?と思うのですがいかがでしょうか?

03. 五月晴郎 2010年12月30日 01:19:03: ulZUCBWYQe7Lk : ZMbmXo037I
>>1 >>2
至極御尤もです。
感じるところがあり、考えさせて頂きました。
有難うございます。

良いお年を。


04. パルタ 2010年12月30日 01:34:46: BeExvDE2jO5d2 : fhqMEypoT6
学生時代は目立つと恥ずかしいので(#・・#)手を上げない。
社会人になると「君、それは実現できるのかね」と採算と実現可能性を確実に
求められるので手をあげにくい。
でも、同じ角度ばっかりで世の中を見ていても面白くないし、ゆきづまる。
今の世の中生き残る為には色々な角度から世の中を見る事が大事かと思う。
右翼とか左翼とか、そういう定型に、はまらない方が生き残るのではないか。

05. 2010年12月30日 14:58:15: MAd4ulSky2
あのな、ジャパンじゃ会社でも社会でも浮浪者の公園でも出る杭は打たれるんだよ・

政治や制度というより土民的エセ文化が変に発達したためだよ。

まずは手を上げるやつをさげすむジャパン人のがきのころからのひねくれたいじめ文化を解明して治療法を社会学的に見出すことだが、おえらい先生方が一番その文化に染まってるからむりだろ。


06. 五月晴郎 2010年12月30日 15:41:21: ulZUCBWYQe7Lk : ZMbmXo037I
>>5
そうやって諦めてるから駄目だと思うんだけど。という俺も言う資格あるかというと、あれだけどさぁ。

まぁ何と言うか室町の日本人と江戸の日本人が違ってたように―少し無理あるねぇ(笑)―生き残るための環境が変われば、ってことだと思うんだけど、記事は。


07. 2010年12月30日 18:08:09: MAd4ulSky2
まあ、30年代から昭和50年ごろまでだね。そのころはまだ戦争の反省があったんだ。みんな率直に意見を言おうって言う。そりゃ戦中に軍部ににらまれた反動だったが、「魔女は何度でも欲情する」(シラーだったか?)ってわけだ。

08. 地には平和を 2010年12月30日 22:51:35: inzCOfyMQ6IpM : E0nQNIxZqw
まあ、なんちゅうかダメ元で率直に意見を言う方が面白いって文化を創るべきですな。各人が「オレはこう思うんだけどさあ・・・」と話始めるって面白い事じゃないかな?決まり切ったパターンの中に自分をはめ込んで安心するなんて死んでるも同然だって思いますね。型破りって言うかさあ。新しいものが出て来なかったらこの世は退屈過ぎて生きるに値しないなんて事になっちゃいますよ。

09. 無段活用 2010年12月31日 05:03:00: 2iUYbJALJ4TtU : PG1nqWSNAg
「顧客から、『スワヒリ語を習いたいのだが、誰か教えてくれる人を知っている
か?』と尋ねられたら、まず、『私ができます』と言え。そして、すぐにスワヒリ
語の学習を始め、あなたが学んだことを顧客に教えるのだ。」

私が聞いた「まず手を挙げよ」という話である。確かにそのような人はいる。特
に、会社を稼がせる人がそう。でも、会社がそういう人ばかりだと、誰がその人
の出張代を精算するのだろう?

そもそも、「求められる人材」という発想には落とし穴がある。この発想は、自分
を求める他者の存在があることを前提として成り立つ。他者のいない社会などあり
得ないのだが、他者から求められる自己を追い求めるが、その自己の中に自分がい
ないという、病的な現象が起こることは時々ある。

「自分がどのような人間(人材)で、どのような人間(人材)になれば幸せに生き
られるのか」をきちんと弁えることも大事に思える。その上で周囲の環境に対応す
る。むしろ、自分をしっかりと持っている人間は、そのようなアプローチをしてい
るように見える。

「アウトプット重視」ということで、「ディベート」の授業を学校では行っている
らしい。「ヤフ知恵」などを見ると、ディベートの相談が結構あるが、自分が信じ
てもいない価値を、ただ相手を打ち負かすだけのために、必死になって理論武装を
するのは、人間の知性のあり方としてはやはり病的だと思う。

そんなことをやっていると、自分が何を考えているのかさえも自分でわからないよ
うな人間が大量にできてしまう。いや、すでにそのような人間は、あちらこちらに
うようよしているのではないのか、という気がする。



10. 乃依 2010年12月31日 12:16:51: YTmYN2QYOSlOI : zKXR0Mi1Jo
>>01

私もその節があります。
あえて、舌っ足らずなことを言って、
言葉を引き出したいなあとか。


11. 五月晴郎 2011年1月03日 01:10:39: ulZUCBWYQe7Lk : ZMbmXo037I
>>9
敢えて言わせてもらいます。

>特に、会社を稼がせる人がそう。でも、会社がそういう人ばかりだと、誰がその人の出張代を精算するのだろう?

「会社を稼がせる人」が稼いだもので、出張代を清算する人を雇用して払うんでしょ?「会社を稼がせる人」へのペイと「出張代を清算する人」へのペイの配分は会社の考え方、自治の原則でその会社独自の比較生産費説みたいのがあるはずです。
会社の配分の方針に合わないと思った「会社を稼がせる人」も「出張代を清算する人」も、その会社を離れて方針に合う会社と雇用契約を結べばいいというのが本来でしょうし。

>他者のいない社会などあり得ないのだが、

言うまでもなく、その通りです。

>他者から求められる自己を追い求めるが、その自己の中に自分がいないという、病的な現象が起こることは時々ある。

これは其の「自己」の問題であることのほうが多いと思います。自他未区分症というか幼児性が残ったメンタリティが引き起こすもので「他者のいない社会などあり得ないのだが」を、こう短絡するところに問題があると思います。

また、「「アウトプット重視」の方向」を、問題のある「「ディベート」の授業」と決めつけるところも―記事のそんなこと書いてありますか―上記同様極めて主観的な見方と思います。


12. 五月晴郎 2011年1月03日 01:11:51: ulZUCBWYQe7Lk : ZMbmXo037I
X 記事のそんなこと書いてありますか
    ↓
○ 記事にそんなこと書いてありますか

13. 2011年1月09日 15:20:00: FFuNfLHeO2
小中高等学校の教科書は文部省検定を受けて子供たちが馬鹿になるように仕向けられていると思います。
ロックフェラーやロスチャイルドの集団の有利なように洞察力がなくなるように日本人が追求力を失うように仕向けられてきたと思います。
教科書検定をなくすことができればいいと思います。
検定教科書の内容を講義しないと先生が校長から指摘を受けます。たいした内容でもないのに教えないといけない。子供はつまらない授業を聞かないといけない。内申書の成績が悪くなり、上の学校に進むときに都合が悪くなるという。がんじがらめのなかにいます。悲しいことです。
もっと意味のある。霊性教育と真実の教育が必要です。真実を知り、うそを暴く力をつけた子供たちが本当に実力のある大人になってくれると思います。


  拍手はせず、拍手一覧を見る

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
 重複コメントは全部削除と投稿禁止設定  ずるいアクセスアップ手法は全削除と投稿禁止設定 削除対象コメントを見つけたら「管理人に報告」をお願いします。 最新投稿・コメント全文リスト
フォローアップ:

このページに返信するときは、このボタンを押してください。投稿フォームが開きます。

 

 次へ  前へ

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 雑談専用39掲示板

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。

     ▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 雑談専用39掲示板

 
▲上へ       
★阿修羅♪  
この板投稿一覧