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(回答先: なぜ内部留保が増えたのか? 明快な理由 2つの金融危機とわが国の企業破綻 投稿者 tea 日時 2010 年 12 月 15 日 21:32:21)
日経ビジネス オンライントップ>企業・経営>草野耕一のあまり法律家的でない法律論
第5話 過大な内部留保が経済の成長を妨げる
* 2010年12月17日 金曜日
* 草野 耕一
法務・税務 PBR トービンのq 配当 内部留保
配当政策の他律性
株主: 「今年の業績を考えると1株10円の配当はいかにも少ない。せめて、あと2円増やして1株12円の配当にしてはどうか」
社長: 「我が社はこれまで長年にわたり1株10円の安定配当を続けてきた。業績不振な年には積立金を取り崩して10円の配当を維持した。是非この長期方針を御理解いただき、本年についても1株10円の会社提案に御賛同願いたい」
これは日本の株主総会でよく耳にする経営者と株主間の問答の一コマである。しかしながら、この問答に登場するお二人はいずれも配当政策の基本原理を誤解しておられるようだ。なぜならば、
(1) 単に配当金を増やしても株主は何ら得をしない。配当金と残りの株主価値の合計額は原則として不変であり(5円配当を支払えば株価は5円下がる)、配当金に対する課税を考慮すれば、配当の増加はむしろ合計額の減少を招く。
(2) 毎年の配当金を同額にしても何ら付加価値は生まれない。配当金と残りの株主価値の和が不変である以上、配当金だけを固定しても株式投資全体の収益(=配当金+キャピタル・ゲイン)の不確実性は変わらない。
からである。
しからば、あるべき配当政策とは何か。例外となる事由は後で述べることとし、まずは原則論を述べよう。配当政策は投資政策と資本政策を決めることによって自動的に定まるものであり、それ以上の独自性を配当政策に求めることは誤りである。以下、その意味を説明する。
投資政策については3話で述べた。確認すると、その基本原理は、「純現在価値(NPV)がプラスの投資は行い、マイナスの投資は行わない。既存の事業についてもこれを資産の再投資と考えてそのNPVをチェックし、NPVがマイナスであってしかも改善の見込みがない場合には速やかに当該事業を終了させる」というものであった。一方、資本政策とは企業の金融資本の構成を決める政策のことであり、その中心課題は1株あたりの株主価値を最大化するためには株主資本と負債との構成比率をいくらとすることが最適かを求めることである。詳しくは7話で論じるが、ここでは議論を簡単にするために、「金融資本の構成は100%を株主資本とすることが最善である」という資本政策が決定済みであると仮定する。
投資政策と資本政策が定まれば自動的に配当政策も定まる。たとえば、ある企業(以下、「A社」という)が来年度の投資政策を上記の原理に則って決定したところ新規投資または再投資にあてるべき資産以外の資産が時価ベースで20億円分あったと仮定しよう。この場合、A社にとってはこの20億円相当の資産を(現金以外の資産については売却したうえで)全て配当にあてることが最善の配当政策である。なぜならば、
(1) 上記未満の配当しかしないとすれば、分配しない資産をNPVがマイナスの投資に回さざるを得ない。よって株主価値はそのマイナス分だけ減少する。
(2) 上記以上の配当をしようとすれば、正のNPVのプロジェクトの実施を断念するか、新たに資金を調達してこれを実施するかいずれかの道を選択しなければならない。前者を選べば、断念したプロジェクトのNPV分だけ株主価値の上昇は妨げられる。後者の道を選ぶためには、必要資金を借入金で調達するか株主資本で調達するかしなければならならいが、借入金を増やせば最適な資本構成(ここではそれが100%株主資本であると仮定している)が維持できなくなるし、新規の株主資本を調達すれば結果は増配しなかった場合と同じであるが、株式発行費用として少なからぬ金額が支出された分だけ株主価値の低下は避けられない(※1)。
からである。
※1 配当に対する投資家レベルでの課税を考えれば株主の利得はさらに減少している。
配当政策の基本原理がかくの如きものである以上、年間の収益に占める配当の割合が企業の業種によって大きく異なっても何ら不思議ではない。一般的に言えば、NPVがプラスの投資機会に恵まれた成長産業に属する企業はできるだけ配当を減らして収益を再投資に向けるべきであり、他方、成熟産業に属する企業は誇りを持って大胆な収益の分配を行うべきである(※2)。
トービンのqとPBR
正しい配当政策が実施されているかどうかをチェックする指標として米国でしばしば用いられるのが「トービンのq」である(※3)3。トービンのqは企業の株式時価総額に債務の総額を加えた値を時価ベースの総資産額で割った値のことである。株式時価総額が株主価値を正しく表していると仮定すれば、トービンのqが1より低い企業は直ちに保有資産の全部または一部を売却して株主に分配すべきである。なぜならば、トービンのqが1より小さい企業にあっては、このまま事業を維持して得られる収益を将来分配するよりも企業を直ちに解散して全資産を売却しその売得金を分配した方が株主の利得が大きいからである(※4)。
トービンのqは我が国ではあまり使われないが、代わりに「株価純資産倍率(price book-value ratio)」(以下、略して「PBR」という)が企業の資産運用の効率性を判断する指標としてよく用いられる。PBRは、株式時価総額を企業の簿価純資産で割った値であり、資産の時価評価と簿価評価が等しい限り、トービンのq<1とPBR<1は同値である(※5)。
しからば、我が国企業のPBRはどのような状態にあるか。東京証券取引所の公開サイトに開示された資料によると同取引所上場企業のPBRの平均値は 2006年1月には1.8あったものがその後下降を続け、2008年8月以降は一貫して1を下回り、2010年11月においても0.8の値に低迷している。企業別に見れば、PBRが1を大きく上回っている企業も少なからずあるが、上場企業3816社全体のうちではその約67%にあたる2450社のPBR が2010年11月末現在1を下回っている(※6)。この数字を見る限り、我が国企業の内部留保は全般的に過大であり、もっと多くの資産を換金して株主への分配にあてるべきだと言わざるを得ない。
分配すべき資産を留保して不効率な投資を継続している事態(以下、この事態を「過大留保」と呼ぶ)は経済全体の成長という点からも深刻な問題である。なぜならば、成熟産業に属する企業が過大留保を続けると経済全体における資本の循環が滞り、成長産業に十分な資本が行き渡らないからである。
過大留保の原因 その(1)情報の不完全性
過大留保はなぜ起きるのか。この問題を考えるためには、経営者が株主価値の最大化を目的として行動していても発生する過大留保と経営者がそれ以外の経営目的を抱くが故に発生する過大留保とに分けて議論することが適切であろう。以下、前者を「生理的な過大留保」、後者を「病理的な過大留保」と呼ぶことにする。
生理的な過大留保の主たる発生原因は情報の不完全性と資金管理政策に求められる。
※2 ちなみに、米国のマイクロソフト社は上場後一貫して配当を行わずに全収益を再投資にあて続け、2004年に到ってはじめて株主への分配を行った。分配総額は自社株購入対価も含めて750億ドルという巨大なものであったが、その発表を受けて同社の株価は急落した。同社の成長に翳りが生じたことを市場は看取したのであろう。
※3 アメリカの経済学者ジェームズ・トービンの投資理論に由来する概念であることからこう呼ばれる。
※4 ただし、この議論が成立するためにはトービンのqの分子に入れる総資産の時価は資産売却に対して課される税引後の値でなければならない。株式時価総額=株主価値は法人税課税後の利益の割引現在価値であるから、そうでないと同じレベルの利益を比較したことにならないからである。
※5 株式時価総額をV、負債総額をD、総資産の時価総額をAM、総資産の簿価総額をABとすれば、
となり、AM=ABならばTobin's q < 1とPBR < 1が同値となることは容易に確認できるだろう。
※6 日経QUICKによる。
ここで問題にする情報の不完全性とは株主(株主に情報や意見を提供するアナリストやアドバイザーを含む)が持っている情報の不完全性のことである。不完全な情報しか持ちあわせていない株主は自らが取得する断片的な情報の意味を誤解することがあり、他方、経営者も誤解を恐れるが故に最適な行動をとれないことがある。配当政策は様々な情報の発信効果を持つが、おそらく最大の問題は多額の配当が必然的に株価を引き下げるという事実に由来するものだろう。
繰り返しになるが、配当金と残りの株主価値の和は原則として不変である。したがって、多額の配当を支払えば株価は下落せざるを得ない。市場に伝播している情報が完全であれば、この現象は将来の株価形成に悪影響を及ぼすものではない。しかし、株主もアナリストも過去の配当の経緯を丹念にチェックし多額の配当のインパクを織り込んで(※7)株価の推移を再評価してくれる保証はない(※8)。そのために株価の下落を嫌って多額の配当に二の足を踏む経営者は想像以上に多いようだ。しかし、この問題は「自社株買い」という配当の代替手段を実施することで容易に回避できる。自社株買いの場合には株主価値の減少と同時に株式数も減少するので株価(=1株あたりの株主価値)は減少しないからである(※9)。
自社株買いには、他にも、(1)いつでも実施できる、(2)継続性を期待する商慣習がない、など通常の配当よりも使い勝手のよい側面がある。我が国でも、自社株買いの利用は近年増加傾向にあるようだが、これを実施していない有力企業も数多い。実施を妨げる理由は何なのか、法令上の不備も含めて検討が必要であろう(※10)。
過大留保の原因 その(2)資金管理政策
企業には予備の資金が必要である。倒産リスクを回避するためにも、あるいは突発的な投資機会を逃さないためにもある程度の資金を保持する必要がある(以下、これらの目的で企業が保持する資金を「運転資金」と呼ぶことにする)。ここで看過してはならぬことは、運転資金の確保は株主価値に対するマイナスの影響を伴うという事実である。この結論は運転資金を会計上は確実に利益を生み出す投資(たとえば「国債」の購入)にあてても変わらない。
その理由は、市場性のある資産に対する投資のNPVは当該資産の現実の市場価格がその割引現在価値を正しく反映している限り0だからである。投資額と収益の割引現在価値が一致する以上この結論は当然であって、投資の対象となる資産のリターンがどんなに高くても、あるいはそのリスクがどんなに低くてもこの事実は変わらない。したがって、運転資金をどのように運用しようとも、そこから生み出されるNPVは取引費用が発生する分だけマイナスとならざるを得ない(※11)。
したがって、運転資金はそれを確保することによって得られるメリット(=倒産リスク発生の回避、突発的投資機会の確保など)とデメリット(=投資のマイナスNPV)を比較して最適なレベルにこれをとどめる必要がある。これが資金管理政策の基本原理であるが、資金運用のマイナスの面の認識が低いためか(※12)、現実には最適レベルをはるかに超える運転資金を抱えている企業が多い(※13)。この点を改善する処方箋として考えられることを(立法論も含めて)以下に指摘する。
※7 配当のインパクトを織り込んで株価の再評価をすることは実は非常に難しい。配当額を加算するだけでなく、これを原資として生み出される収益も考慮する必要があるからだ。
※8 効率的市場仮説によれば過去の株価の推移が将来の株価形成に影響を与える余地はない。しかし、現実には多くの投資家は株価の推移に注目してそこに何らかの「エクイティ・ストーリー」を読み込もうとするし、経営者もそれを強く意識して株価の向上に励んでいるように思われる。
※9 自社株買いには「経営者は『市場は自社の株を過少評価している』と考えている」という情報の発信効果があるとされているので、自社株買いをすれば株価はむしろ上がる可能性の方が高い。
※10 自社株買いを妨げる法令上の問題としては、金融商品取引法上のインサイダー取引規制が考えられる。現行法上は自社株買いに対しても一般のインサイダー取引とほとんど同じ規制が加わるので、自社株買いはインサイダー取引違反として摘発されるリスクに晒されている(自社買いの場合インサイダー情報を「知らなかった」と認められる場合は限られており、現実にも海外の小さな子会社が解散したことを公表する前に自社株買いを行ったというだけのことで 4000万円を越える課徴金の納付を命じられた企業の例などが存在する)。しかし、自社株買いのメリットは株主全般に及ぶものであって、特定の株主が利益を享受する一般のインサイダー取引とは経済的性格を異にしている。自社株買いに対するインサイダー取引規制はもっと緩和されてしかるべきではないだろうか(具体的には、キャッチ・オール条項適用の廃止や軽微規準の見直しなどが考えられる)。
※11 後に述べるように、個人投資家も投資可能な資産に投資した場合には税務上の不効率が発生するので、さらにNPVは低下する。
※12 この認識の低さの一つの原因は我が国企業の多くにおいて経理の専門家が財務の管理を行っていることにあるのではなかろうか。会計上のコストと財務上のコストは別のものであり、企業経営にとってより重要なものは後者であることが銘記されるべきであろう。
※13 運転資金が過大な企業の中にはそこから得られる収益の会計上の利益を増やすべくハイ・リスク、ハイ・リターンな金融商品に投資をして痛手を蒙るケースが多い。過去には金融商品のリスクとリターンの配列に歪みがあって裁定取引が成立する余地が存在したことがあるが(そのような取引は「財テク」と呼ばれた)、金融資本市場が整備されれば、いかなる金融商品への投資もNPVは0(取引費用や税務上の不効率を考えればマイナス)である。
(1) まず、倒産リスクを回避するために備蓄する運転資金については、必要額がいくらであるかを理論的に探求し、割り出された金額をその計算根拠とともに公表してこれを積立金として計上すべきであろう。さらに理想を言えば、保険会社各社がそれぞれにこの問題の研究を行い、自社の定めるガイドラインに従って積立金を備蓄した企業に対しては万が一それを上回る資金需要が発生した場合に倒産リスクを回避する限度で追加資金を拠出する保険商品を提供できないであろうか(※14)。
(2) 投資機会確保のためには運転資金の一部をコミットメント・ラインに切り換えることが検討に値する。ここで「コミットメント・ライン」とは、一定の融資枠の範囲内で一定期間いつでも審査なしに銀行が企業に資金を貸し付ける約束のことである。コミットメント・ラインを与える対価として銀行は一定の手数料(一般に「コミットメント・フィー」と呼ばれる)を徴収するが、この手数料が(正確にいえばその税引後負担額=約60%(※15)が)運転資金を不効率な投資に向けた場合のNPVのマイナス分より小さければ、こちらの方が運転資金の備蓄よりも合理的である。
(3) と言っても銀行も企業の内情を100%知っているわけではないので、結果としてコミットメント・フィーは企業の目から見ると高額に過ぎるとの印象を与える場合が多い(※16)。さらに、コミットメント・ラインからの資金調達が常態化すると、なし崩し的に負債比率が高まり最適な資金構成が維持できなくなる怖れがある。これらの問題を緩和するための処方箋として、私見ながら、企業に市場での自社株売戻しを認めてはどうか(※17)。これが認められれば、自社株の買い控えが減り、過大留保の減少に貢献するように思えるのだがいかがであろうか。
病理的な過大留保
病理的な過大留保は、言葉の定義それ自体から経営者の行動原理に反する現象である。問題は、いかなる経営者の心理がそのような不合理を生みだすのかであるが、この点を説明する用語して米国でしばしば使われるものに「Empire Building」、つまり「帝国の建設」がある。自らの帝国を築き上げたいと願う経営者の気持ちが病理的な過大留保を生み出すというわけだ。たしかに、天をも磨かんとする超高層の本社ビル、「空軍」と呼ばれるほどの数を誇る自家用ジェット機群、ドーバー海峡から毎日舌平目を空輸して提供する役員専用ダイニングルームなど、米国の企業史は帝国の建設と呼ぶにふさわしい実例に事欠かない。
これに対して、我が国では前話で述べた日本的企業観の影響もあってか、これほどにあからさまな過大留保をしている企業は少ない。しかし、我が国には我が国固有の問題があり、しばしばそれは日本的企業観と深く結びついている。ここでは、その典型とも言うべき他社株投資の問題を取り上げてみたい。
野村證券金融経済研究所の調査によれば、2009年度末における上場会社(保険会社を除く)の他の上場会社に対する株式保有比率(時価ベース)(ただし、子会社株式と関連会社株式を除く)は11.4%であり、これに保険会社の株式保有比率を加えた比率は18.8%であった(※18)。これらの数字は一昔前と比べるとかなり小さなものであるが(※19)、それでもなおこのレベルの比率が維持されていることには驚きを禁じ得ない。なぜならば、事業会社(※20)が他企業の株式に投資する行為は(当該他企業の経営を支配し、あるいはこれに重要な影響を与える目的による投資を別とすれば(※21))原則としてつねに経営者の行動原理に反するからだ。以下、その理由を述べる。
※14 ただし、この保険商品はマーケット・リスクを主たる原因とする倒産リスクの発生は除外せざるを得ないかもしれない。
※15 日本の法人税(所得を課税物件とする地方税法上の法人課税を含む)の実効税率は約40%であるから、手数料の税引後負担額は支払額の約60%である。
※16 情報の不完全性が原因で企業は資金の調達に借入よりも内部留保を選ぶ傾向を免れないとする説を「ペッキング・オーダー理論」という。
※17 現行会社法上は自社株の売却は新株の発行と同様の手続と踏むことが必要とされているので(会社法189条1項参照)、随時自社株を市場で売却することは事実上不可能である。
※18 野村證券株式会社金融経済研究所日本株制度調査レポート「株式持ち合い比率確定値」2010年8月24日(No10-044)による。なお、このレポートでいう「株式持ち合い」の意味はこの言葉の一般用語(特定の2企業が互いの株式を保有していること)とは異なる点に留意されたい。
※19 1990年度末における本文記載の比率はそれぞれ約33%および約49%であった(前掲注(18)の資料参照)。
※20 金融会社の場合は投下資金の大半を負債で調達していることが多く、その場合には本文記載のものとは異なる税務分析が必要となる。
※21 本文記載の数値は子会社株式および関連会社株式を除外しているので、他企業の経営を支配しまたはこれに重大な影響を与える目的の投資は原則として全て排除されていると考えられる(財務規8条3項・5項参照)。
(1) 前述のとおり、市場性のある資産に対する投資のNPVは、当該資産の現実の市場価格がその割引現在価値を正しく反映している限り0である。投資の対象となる企業(以下、「投資対象企業」という)がどんなに優良な、あるいは成長性の高い、企業であってもこの原理は異ならない。したがって、投資対象企業の株式の現実の市場価格がその割引現在価値を過少に評価していると信じるに足る内部情報を持っている場合は格別(※22)、そうでない限り他社株投資のNPVは原則として0である。
(2) ところが、法人税法の規定を考慮すると、NPVは0どころか、実際にはほとんどつねに大幅なマイナスとなる。なぜならば、投資を行う企業(以下、「投資企業」という)が投資対象企業から受け取る配当は(持株比率が25%以上でない限り)その50%が投資企業の益金となり(法人税法23条参照)、株式の売却益に到っては100%が投資企業の益金となるからである(法人税法61条の2参照)。投資企業の株主(以下、議論を簡単にするためこの株主は個人であると仮定し、これを「原投資家」という)の目から見るとこの投資の不効率性は明かであろう。なぜならば、投資企業が投資対象企業に投資する資金を配当として分配し、原投資家がこの配当金を原資として直接投資対象企業の株式を取得すれば、原投資家が最終的に負担する租税は投資対象企業に課される法人税と原投資家に課される所得税だけであるが、投資企業が投資対象企業に投資をしたばかりに上記二つの課税の他に投資企業レベルでの法人税課税という追加の税負担が発生しているからである。
(3) 計算を簡単にするために、(1)投資対象企業株式の現実の市場価格が原投資家が直接投資をした場合の(原投資家レベルにおける)税引前収益の割引現在価値を正しく反映しており、かつ、(2)投資企業は未来永却に投資対象企業の株式を保有し配当の受領のみによって収益を上げると仮定すれば、この投資から得られる収益の割引現在価値は投資額の80%にしかならない。なぜならば、収益の20%(=受取配当の益金算入割合(50%)×法人税の実効税率(40%)(※23))が常に追加の税負担として失われるからである。
このように不効率な資産の運用がなぜ多くの企業において今なお継続されているのだろう。実証研究を踏まえて推論すべきテーマであるが、仮説として言えば、多くの企業が敵対的買収者に保有株式を売却しない株主を作り出す目的で株式持ち合い関係を進めてきた結果として上記のような高い保有比率が維持されているのではないだろうか。
敵対的買収の功罪については諸説があるが、不効率な経営をしている企業が敵対的買収の対象となることによって(あるいは、現実にはならないまでもその可能性に晒されることによって)株主価値が改善されることは理論的にも実証的にも確認されている(不当な敵対的買収に対してはもっと健全な対抗手段が存在する。敵対的買収については後のコラムで詳しく述べる)。であるとすれば、我が国にいまだ蔓延している他社株投資は不効率な企業経営の結果であると同時にその原因でもある。
企業自らの手で問題を除去できないのであれば、何らかの立法措置によって状況の改善をはかるべきであろう。上記の仮説が正しいとすれば、企業が保有する他社の株式(子会社株式、関連会社株式および短期売買目的で保有している株式を除く)についての議決権を否定するだけで劇的な改善効果が期待できるのではないだろうか。
※22 内部情報を持っている場合には金融商品取引法のインサイダー取引規制によりそもそも投資を行うことはできない場合であろう。
※23 前掲注(15)参照。
(次回に続く)
このコラムについて
草野耕一のあまり法律家的でない法律論
法律学は問題解決能力という使命を経済学に奪われつつあるのではないか――。このような危惧を背景に、「経済学自体の力を借りて法律学を再生しようという試み」を綴っていくコラムです。M&Aのエキスパートとして知られる著者による新しい法律学は、「企業経営の目的は何か」という大命題を考える時の思考の礎となるはずです。
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著者プロフィール
草野 耕一(くさの・こういち)
草野 耕一西村あさひ法律事務所 代表パートナー。1955年生まれ。1978年東京大学法学部卒業、1986年ハーバード大学法科大学院卒業(LL.M.)、日本および米国(ニューヨーク州)弁護士。2007年から2010年まで東京大学大学院客員教授として同大学法科大学院にて上級商法(M&A)、金融取引課税法などの講義を担当する。主な著書に、『ゲームとしての交渉』(1994年丸善ライブラリー)、『説得の論理3つの技法』(2003年日本経済新聞社)、『金融課税法講義[補訂版] 』(2010年商事法務)など。
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