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過大な内部留保が経済の成長を妨げる 過大な配当も無意味 Re: なぜ内部留保が増えたのか?  
http://www.asyura2.com/10/hasan70/msg/397.html
投稿者 tea 日時 2010 年 12 月 17 日 19:21:31: 1W1IXELjjF6i2
 

(回答先: なぜ内部留保が増えたのか? 明快な理由 2つの金融危機とわが国の企業破綻 投稿者 tea 日時 2010 年 12 月 15 日 21:32:21)

日経ビジネス オンライントップ>企業・経営>草野耕一のあまり法律家的でない法律論
第5話 過大な内部留保が経済の成長を妨げる

* 2010年12月17日 金曜日
* 草野 耕一

法務・税務  PBR  トービンのq  配当  内部留保 

配当政策の他律性
 株主: 「今年の業績を考えると1株10円の配当はいかにも少ない。せめて、あと2円増やして1株12円の配当にしてはどうか」
 社長: 「我が社はこれまで長年にわたり1株10円の安定配当を続けてきた。業績不振な年には積立金を取り崩して10円の配当を維持した。是非この長期方針を御理解いただき、本年についても1株10円の会社提案に御賛同願いたい」

 これは日本の株主総会でよく耳にする経営者と株主間の問答の一コマである。しかしながら、この問答に登場するお二人はいずれも配当政策の基本原理を誤解しておられるようだ。なぜならば、
(1) 単に配当金を増やしても株主は何ら得をしない。配当金と残りの株主価値の合計額は原則として不変であり(5円配当を支払えば株価は5円下がる)、配当金に対する課税を考慮すれば、配当の増加はむしろ合計額の減少を招く。
(2) 毎年の配当金を同額にしても何ら付加価値は生まれない。配当金と残りの株主価値の和が不変である以上、配当金だけを固定しても株式投資全体の収益(=配当金+キャピタル・ゲイン)の不確実性は変わらない。

からである。

 しからば、あるべき配当政策とは何か。例外となる事由は後で述べることとし、まずは原則論を述べよう。配当政策は投資政策と資本政策を決めることによって自動的に定まるものであり、それ以上の独自性を配当政策に求めることは誤りである。以下、その意味を説明する。

 投資政策については3話で述べた。確認すると、その基本原理は、「純現在価値(NPV)がプラスの投資は行い、マイナスの投資は行わない。既存の事業についてもこれを資産の再投資と考えてそのNPVをチェックし、NPVがマイナスであってしかも改善の見込みがない場合には速やかに当該事業を終了させる」というものであった。一方、資本政策とは企業の金融資本の構成を決める政策のことであり、その中心課題は1株あたりの株主価値を最大化するためには株主資本と負債との構成比率をいくらとすることが最適かを求めることである。詳しくは7話で論じるが、ここでは議論を簡単にするために、「金融資本の構成は100%を株主資本とすることが最善である」という資本政策が決定済みであると仮定する。

 投資政策と資本政策が定まれば自動的に配当政策も定まる。たとえば、ある企業(以下、「A社」という)が来年度の投資政策を上記の原理に則って決定したところ新規投資または再投資にあてるべき資産以外の資産が時価ベースで20億円分あったと仮定しよう。この場合、A社にとってはこの20億円相当の資産を(現金以外の資産については売却したうえで)全て配当にあてることが最善の配当政策である。なぜならば、
(1) 上記未満の配当しかしないとすれば、分配しない資産をNPVがマイナスの投資に回さざるを得ない。よって株主価値はそのマイナス分だけ減少する。
(2) 上記以上の配当をしようとすれば、正のNPVのプロジェクトの実施を断念するか、新たに資金を調達してこれを実施するかいずれかの道を選択しなければならない。前者を選べば、断念したプロジェクトのNPV分だけ株主価値の上昇は妨げられる。後者の道を選ぶためには、必要資金を借入金で調達するか株主資本で調達するかしなければならならいが、借入金を増やせば最適な資本構成(ここではそれが100%株主資本であると仮定している)が維持できなくなるし、新規の株主資本を調達すれば結果は増配しなかった場合と同じであるが、株式発行費用として少なからぬ金額が支出された分だけ株主価値の低下は避けられない(※1)。

からである。

※1 配当に対する投資家レベルでの課税を考えれば株主の利得はさらに減少している。

 配当政策の基本原理がかくの如きものである以上、年間の収益に占める配当の割合が企業の業種によって大きく異なっても何ら不思議ではない。一般的に言えば、NPVがプラスの投資機会に恵まれた成長産業に属する企業はできるだけ配当を減らして収益を再投資に向けるべきであり、他方、成熟産業に属する企業は誇りを持って大胆な収益の分配を行うべきである(※2)。

トービンのqとPBR

 正しい配当政策が実施されているかどうかをチェックする指標として米国でしばしば用いられるのが「トービンのq」である(※3)3。トービンのqは企業の株式時価総額に債務の総額を加えた値を時価ベースの総資産額で割った値のことである。株式時価総額が株主価値を正しく表していると仮定すれば、トービンのqが1より低い企業は直ちに保有資産の全部または一部を売却して株主に分配すべきである。なぜならば、トービンのqが1より小さい企業にあっては、このまま事業を維持して得られる収益を将来分配するよりも企業を直ちに解散して全資産を売却しその売得金を分配した方が株主の利得が大きいからである(※4)。

 トービンのqは我が国ではあまり使われないが、代わりに「株価純資産倍率(price book-value ratio)」(以下、略して「PBR」という)が企業の資産運用の効率性を判断する指標としてよく用いられる。PBRは、株式時価総額を企業の簿価純資産で割った値であり、資産の時価評価と簿価評価が等しい限り、トービンのq<1とPBR<1は同値である(※5)。

 しからば、我が国企業のPBRはどのような状態にあるか。東京証券取引所の公開サイトに開示された資料によると同取引所上場企業のPBRの平均値は 2006年1月には1.8あったものがその後下降を続け、2008年8月以降は一貫して1を下回り、2010年11月においても0.8の値に低迷している。企業別に見れば、PBRが1を大きく上回っている企業も少なからずあるが、上場企業3816社全体のうちではその約67%にあたる2450社のPBR が2010年11月末現在1を下回っている(※6)。この数字を見る限り、我が国企業の内部留保は全般的に過大であり、もっと多くの資産を換金して株主への分配にあてるべきだと言わざるを得ない。

 分配すべき資産を留保して不効率な投資を継続している事態(以下、この事態を「過大留保」と呼ぶ)は経済全体の成長という点からも深刻な問題である。なぜならば、成熟産業に属する企業が過大留保を続けると経済全体における資本の循環が滞り、成長産業に十分な資本が行き渡らないからである。

過大留保の原因 その(1)情報の不完全性

 過大留保はなぜ起きるのか。この問題を考えるためには、経営者が株主価値の最大化を目的として行動していても発生する過大留保と経営者がそれ以外の経営目的を抱くが故に発生する過大留保とに分けて議論することが適切であろう。以下、前者を「生理的な過大留保」、後者を「病理的な過大留保」と呼ぶことにする。

 生理的な過大留保の主たる発生原因は情報の不完全性と資金管理政策に求められる。

※2 ちなみに、米国のマイクロソフト社は上場後一貫して配当を行わずに全収益を再投資にあて続け、2004年に到ってはじめて株主への分配を行った。分配総額は自社株購入対価も含めて750億ドルという巨大なものであったが、その発表を受けて同社の株価は急落した。同社の成長に翳りが生じたことを市場は看取したのであろう。

※3 アメリカの経済学者ジェームズ・トービンの投資理論に由来する概念であることからこう呼ばれる。

※4 ただし、この議論が成立するためにはトービンのqの分子に入れる総資産の時価は資産売却に対して課される税引後の値でなければならない。株式時価総額=株主価値は法人税課税後の利益の割引現在価値であるから、そうでないと同じレベルの利益を比較したことにならないからである。

※5 株式時価総額をV、負債総額をD、総資産の時価総額をAM、総資産の簿価総額をABとすれば、

となり、AM=ABならばTobin's q < 1とPBR < 1が同値となることは容易に確認できるだろう。

※6  日経QUICKによる。

 ここで問題にする情報の不完全性とは株主(株主に情報や意見を提供するアナリストやアドバイザーを含む)が持っている情報の不完全性のことである。不完全な情報しか持ちあわせていない株主は自らが取得する断片的な情報の意味を誤解することがあり、他方、経営者も誤解を恐れるが故に最適な行動をとれないことがある。配当政策は様々な情報の発信効果を持つが、おそらく最大の問題は多額の配当が必然的に株価を引き下げるという事実に由来するものだろう。

 繰り返しになるが、配当金と残りの株主価値の和は原則として不変である。したがって、多額の配当を支払えば株価は下落せざるを得ない。市場に伝播している情報が完全であれば、この現象は将来の株価形成に悪影響を及ぼすものではない。しかし、株主もアナリストも過去の配当の経緯を丹念にチェックし多額の配当のインパクを織り込んで(※7)株価の推移を再評価してくれる保証はない(※8)。そのために株価の下落を嫌って多額の配当に二の足を踏む経営者は想像以上に多いようだ。しかし、この問題は「自社株買い」という配当の代替手段を実施することで容易に回避できる。自社株買いの場合には株主価値の減少と同時に株式数も減少するので株価(=1株あたりの株主価値)は減少しないからである(※9)。

 自社株買いには、他にも、(1)いつでも実施できる、(2)継続性を期待する商慣習がない、など通常の配当よりも使い勝手のよい側面がある。我が国でも、自社株買いの利用は近年増加傾向にあるようだが、これを実施していない有力企業も数多い。実施を妨げる理由は何なのか、法令上の不備も含めて検討が必要であろう(※10)。

過大留保の原因 その(2)資金管理政策

 企業には予備の資金が必要である。倒産リスクを回避するためにも、あるいは突発的な投資機会を逃さないためにもある程度の資金を保持する必要がある(以下、これらの目的で企業が保持する資金を「運転資金」と呼ぶことにする)。ここで看過してはならぬことは、運転資金の確保は株主価値に対するマイナスの影響を伴うという事実である。この結論は運転資金を会計上は確実に利益を生み出す投資(たとえば「国債」の購入)にあてても変わらない。

 その理由は、市場性のある資産に対する投資のNPVは当該資産の現実の市場価格がその割引現在価値を正しく反映している限り0だからである。投資額と収益の割引現在価値が一致する以上この結論は当然であって、投資の対象となる資産のリターンがどんなに高くても、あるいはそのリスクがどんなに低くてもこの事実は変わらない。したがって、運転資金をどのように運用しようとも、そこから生み出されるNPVは取引費用が発生する分だけマイナスとならざるを得ない(※11)。

 したがって、運転資金はそれを確保することによって得られるメリット(=倒産リスク発生の回避、突発的投資機会の確保など)とデメリット(=投資のマイナスNPV)を比較して最適なレベルにこれをとどめる必要がある。これが資金管理政策の基本原理であるが、資金運用のマイナスの面の認識が低いためか(※12)、現実には最適レベルをはるかに超える運転資金を抱えている企業が多い(※13)。この点を改善する処方箋として考えられることを(立法論も含めて)以下に指摘する。

※7 配当のインパクトを織り込んで株価の再評価をすることは実は非常に難しい。配当額を加算するだけでなく、これを原資として生み出される収益も考慮する必要があるからだ。

※8 効率的市場仮説によれば過去の株価の推移が将来の株価形成に影響を与える余地はない。しかし、現実には多くの投資家は株価の推移に注目してそこに何らかの「エクイティ・ストーリー」を読み込もうとするし、経営者もそれを強く意識して株価の向上に励んでいるように思われる。

※9 自社株買いには「経営者は『市場は自社の株を過少評価している』と考えている」という情報の発信効果があるとされているので、自社株買いをすれば株価はむしろ上がる可能性の方が高い。

※10 自社株買いを妨げる法令上の問題としては、金融商品取引法上のインサイダー取引規制が考えられる。現行法上は自社株買いに対しても一般のインサイダー取引とほとんど同じ規制が加わるので、自社株買いはインサイダー取引違反として摘発されるリスクに晒されている(自社買いの場合インサイダー情報を「知らなかった」と認められる場合は限られており、現実にも海外の小さな子会社が解散したことを公表する前に自社株買いを行ったというだけのことで 4000万円を越える課徴金の納付を命じられた企業の例などが存在する)。しかし、自社株買いのメリットは株主全般に及ぶものであって、特定の株主が利益を享受する一般のインサイダー取引とは経済的性格を異にしている。自社株買いに対するインサイダー取引規制はもっと緩和されてしかるべきではないだろうか(具体的には、キャッチ・オール条項適用の廃止や軽微規準の見直しなどが考えられる)。

※11 後に述べるように、個人投資家も投資可能な資産に投資した場合には税務上の不効率が発生するので、さらにNPVは低下する。

※12 この認識の低さの一つの原因は我が国企業の多くにおいて経理の専門家が財務の管理を行っていることにあるのではなかろうか。会計上のコストと財務上のコストは別のものであり、企業経営にとってより重要なものは後者であることが銘記されるべきであろう。

※13 運転資金が過大な企業の中にはそこから得られる収益の会計上の利益を増やすべくハイ・リスク、ハイ・リターンな金融商品に投資をして痛手を蒙るケースが多い。過去には金融商品のリスクとリターンの配列に歪みがあって裁定取引が成立する余地が存在したことがあるが(そのような取引は「財テク」と呼ばれた)、金融資本市場が整備されれば、いかなる金融商品への投資もNPVは0(取引費用や税務上の不効率を考えればマイナス)である。

(1) まず、倒産リスクを回避するために備蓄する運転資金については、必要額がいくらであるかを理論的に探求し、割り出された金額をその計算根拠とともに公表してこれを積立金として計上すべきであろう。さらに理想を言えば、保険会社各社がそれぞれにこの問題の研究を行い、自社の定めるガイドラインに従って積立金を備蓄した企業に対しては万が一それを上回る資金需要が発生した場合に倒産リスクを回避する限度で追加資金を拠出する保険商品を提供できないであろうか(※14)。
(2) 投資機会確保のためには運転資金の一部をコミットメント・ラインに切り換えることが検討に値する。ここで「コミットメント・ライン」とは、一定の融資枠の範囲内で一定期間いつでも審査なしに銀行が企業に資金を貸し付ける約束のことである。コミットメント・ラインを与える対価として銀行は一定の手数料(一般に「コミットメント・フィー」と呼ばれる)を徴収するが、この手数料が(正確にいえばその税引後負担額=約60%(※15)が)運転資金を不効率な投資に向けた場合のNPVのマイナス分より小さければ、こちらの方が運転資金の備蓄よりも合理的である。
(3) と言っても銀行も企業の内情を100%知っているわけではないので、結果としてコミットメント・フィーは企業の目から見ると高額に過ぎるとの印象を与える場合が多い(※16)。さらに、コミットメント・ラインからの資金調達が常態化すると、なし崩し的に負債比率が高まり最適な資金構成が維持できなくなる怖れがある。これらの問題を緩和するための処方箋として、私見ながら、企業に市場での自社株売戻しを認めてはどうか(※17)。これが認められれば、自社株の買い控えが減り、過大留保の減少に貢献するように思えるのだがいかがであろうか。

病理的な過大留保

 病理的な過大留保は、言葉の定義それ自体から経営者の行動原理に反する現象である。問題は、いかなる経営者の心理がそのような不合理を生みだすのかであるが、この点を説明する用語して米国でしばしば使われるものに「Empire Building」、つまり「帝国の建設」がある。自らの帝国を築き上げたいと願う経営者の気持ちが病理的な過大留保を生み出すというわけだ。たしかに、天をも磨かんとする超高層の本社ビル、「空軍」と呼ばれるほどの数を誇る自家用ジェット機群、ドーバー海峡から毎日舌平目を空輸して提供する役員専用ダイニングルームなど、米国の企業史は帝国の建設と呼ぶにふさわしい実例に事欠かない。

 これに対して、我が国では前話で述べた日本的企業観の影響もあってか、これほどにあからさまな過大留保をしている企業は少ない。しかし、我が国には我が国固有の問題があり、しばしばそれは日本的企業観と深く結びついている。ここでは、その典型とも言うべき他社株投資の問題を取り上げてみたい。

 野村證券金融経済研究所の調査によれば、2009年度末における上場会社(保険会社を除く)の他の上場会社に対する株式保有比率(時価ベース)(ただし、子会社株式と関連会社株式を除く)は11.4%であり、これに保険会社の株式保有比率を加えた比率は18.8%であった(※18)。これらの数字は一昔前と比べるとかなり小さなものであるが(※19)、それでもなおこのレベルの比率が維持されていることには驚きを禁じ得ない。なぜならば、事業会社(※20)が他企業の株式に投資する行為は(当該他企業の経営を支配し、あるいはこれに重要な影響を与える目的による投資を別とすれば(※21))原則としてつねに経営者の行動原理に反するからだ。以下、その理由を述べる。

※14 ただし、この保険商品はマーケット・リスクを主たる原因とする倒産リスクの発生は除外せざるを得ないかもしれない。

※15 日本の法人税(所得を課税物件とする地方税法上の法人課税を含む)の実効税率は約40%であるから、手数料の税引後負担額は支払額の約60%である。

※16 情報の不完全性が原因で企業は資金の調達に借入よりも内部留保を選ぶ傾向を免れないとする説を「ペッキング・オーダー理論」という。

※17 現行会社法上は自社株の売却は新株の発行と同様の手続と踏むことが必要とされているので(会社法189条1項参照)、随時自社株を市場で売却することは事実上不可能である。

※18 野村證券株式会社金融経済研究所日本株制度調査レポート「株式持ち合い比率確定値」2010年8月24日(No10-044)による。なお、このレポートでいう「株式持ち合い」の意味はこの言葉の一般用語(特定の2企業が互いの株式を保有していること)とは異なる点に留意されたい。

※19 1990年度末における本文記載の比率はそれぞれ約33%および約49%であった(前掲注(18)の資料参照)。

※20 金融会社の場合は投下資金の大半を負債で調達していることが多く、その場合には本文記載のものとは異なる税務分析が必要となる。

※21 本文記載の数値は子会社株式および関連会社株式を除外しているので、他企業の経営を支配しまたはこれに重大な影響を与える目的の投資は原則として全て排除されていると考えられる(財務規8条3項・5項参照)。

(1) 前述のとおり、市場性のある資産に対する投資のNPVは、当該資産の現実の市場価格がその割引現在価値を正しく反映している限り0である。投資の対象となる企業(以下、「投資対象企業」という)がどんなに優良な、あるいは成長性の高い、企業であってもこの原理は異ならない。したがって、投資対象企業の株式の現実の市場価格がその割引現在価値を過少に評価していると信じるに足る内部情報を持っている場合は格別(※22)、そうでない限り他社株投資のNPVは原則として0である。

(2) ところが、法人税法の規定を考慮すると、NPVは0どころか、実際にはほとんどつねに大幅なマイナスとなる。なぜならば、投資を行う企業(以下、「投資企業」という)が投資対象企業から受け取る配当は(持株比率が25%以上でない限り)その50%が投資企業の益金となり(法人税法23条参照)、株式の売却益に到っては100%が投資企業の益金となるからである(法人税法61条の2参照)。投資企業の株主(以下、議論を簡単にするためこの株主は個人であると仮定し、これを「原投資家」という)の目から見るとこの投資の不効率性は明かであろう。なぜならば、投資企業が投資対象企業に投資する資金を配当として分配し、原投資家がこの配当金を原資として直接投資対象企業の株式を取得すれば、原投資家が最終的に負担する租税は投資対象企業に課される法人税と原投資家に課される所得税だけであるが、投資企業が投資対象企業に投資をしたばかりに上記二つの課税の他に投資企業レベルでの法人税課税という追加の税負担が発生しているからである。

(3) 計算を簡単にするために、(1)投資対象企業株式の現実の市場価格が原投資家が直接投資をした場合の(原投資家レベルにおける)税引前収益の割引現在価値を正しく反映しており、かつ、(2)投資企業は未来永却に投資対象企業の株式を保有し配当の受領のみによって収益を上げると仮定すれば、この投資から得られる収益の割引現在価値は投資額の80%にしかならない。なぜならば、収益の20%(=受取配当の益金算入割合(50%)×法人税の実効税率(40%)(※23))が常に追加の税負担として失われるからである。

 このように不効率な資産の運用がなぜ多くの企業において今なお継続されているのだろう。実証研究を踏まえて推論すべきテーマであるが、仮説として言えば、多くの企業が敵対的買収者に保有株式を売却しない株主を作り出す目的で株式持ち合い関係を進めてきた結果として上記のような高い保有比率が維持されているのではないだろうか。

 敵対的買収の功罪については諸説があるが、不効率な経営をしている企業が敵対的買収の対象となることによって(あるいは、現実にはならないまでもその可能性に晒されることによって)株主価値が改善されることは理論的にも実証的にも確認されている(不当な敵対的買収に対してはもっと健全な対抗手段が存在する。敵対的買収については後のコラムで詳しく述べる)。であるとすれば、我が国にいまだ蔓延している他社株投資は不効率な企業経営の結果であると同時にその原因でもある。

 企業自らの手で問題を除去できないのであれば、何らかの立法措置によって状況の改善をはかるべきであろう。上記の仮説が正しいとすれば、企業が保有する他社の株式(子会社株式、関連会社株式および短期売買目的で保有している株式を除く)についての議決権を否定するだけで劇的な改善効果が期待できるのではないだろうか。

※22 内部情報を持っている場合には金融商品取引法のインサイダー取引規制によりそもそも投資を行うことはできない場合であろう。

※23 前掲注(15)参照。

(次回に続く)
このコラムについて
草野耕一のあまり法律家的でない法律論

法律学は問題解決能力という使命を経済学に奪われつつあるのではないか――。このような危惧を背景に、「経済学自体の力を借りて法律学を再生しようという試み」を綴っていくコラムです。M&Aのエキスパートとして知られる著者による新しい法律学は、「企業経営の目的は何か」という大命題を考える時の思考の礎となるはずです。

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著者プロフィール

草野 耕一(くさの・こういち)

草野 耕一西村あさひ法律事務所 代表パートナー。1955年生まれ。1978年東京大学法学部卒業、1986年ハーバード大学法科大学院卒業(LL.M.)、日本および米国(ニューヨーク州)弁護士。2007年から2010年まで東京大学大学院客員教授として同大学法科大学院にて上級商法(M&A)、金融取引課税法などの講義を担当する。主な著書に、『ゲームとしての交渉』(1994年丸善ライブラリー)、『説得の論理3つの技法』(2003年日本経済新聞社)、『金融課税法講義[補訂版] 』(2010年商事法務)など。
 

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コメント
 
01. 2010年12月17日 19:40:18: Pj82T22SRI
これには載ってないみたいだが
元記事の式
PBR=V/(ABーD)は
PBR=V/(AM-D)=V/ABの間違いだな

02. 健奘 2010年12月18日 16:41:35: xbDm84QDmOFmc : rYd4I1Qido

> 成熟産業に属する企業が過大留保を続けると経済全体における資本の循環が
> 滞り、成長産業に十分な資本が行き渡らないからである。

具体的に、どの成長産業に十分な資本が行き渡らないか教えてほしいですね。多くの信用金庫などは、貸出先を求めている現実があるのですが。



03. 2010年12月18日 20:17:54: cqRnZH2CUM
内部留保を増やして海外株式投資をしている企業は、まさに小林のススメ通りの行動をしているわけだ


http://diamond.jp/articles/-/10482/
辻広雅文 [ダイヤモンド社論説委員]
今は最後の円高だ!日本が円安の谷底に落ちる日〜小林慶一郎・一橋大学経済研究所教授に聞く

世界の通貨安競争に巻き込まれ、日本経済は円高によって体力を消耗していく。一方、持 続可能性がほぼ潰えた財政危機を考えれば、いずれは円安に大きく振れることは確実と思われる。円高から円安へ――大転換のショックを和らげる戦略が必要だ と、小林慶一郎・一橋大学経済研究所教授は指摘する。


――今年の日本経済は15年ぶりの円高ショックに見舞われた。円高は現在の日本経済にどのようなダメージを与えているのか。
 図を見てほしい。

 GDPに占める製造業の割合は、1990年に右肩下がりで20%程度まで低下したが、2002年を底に右肩上がりになって08年には23.5%程 度まで上昇した。原因は円安だ。超金融緩和や度重なる為替介入によってバブルとまで言われた円安になり、縮小の一途だった輸出製造業が復活した。2002 年から始まった戦後最長の景気回復は、輸出主導型だった。その輸出主導型経済が、リーマンショック以後の円高でダメージをこうむっている。
――15年ぶりの円高と騒がれるが、物価の変動を差し引いた為替水準である実効為替レートでは当時の水準とあまり変わらないので大きな影響はないはずだ、という指摘も少なくない。
小林慶一郎教授(一橋大学経済研究所)
 確かに、実効為替レート自体は1990年代半ばの水準とそう違いはないが、グラフにあるように当時よりGDPに占める製造業の割合が上昇してい る。また、長期の経済低迷が続いた結果、日本経済と個々の企業の体力が弱っている。そこに急激な円高というショックが加わったので、輸出製造業とりわけ中 堅中小企業には打撃だ。
――20年も経済低迷が続く日本の通貨が、なぜ強くなるのか。
 ブラジルの財務大臣が喝破したように、各国が通貨安競争に突入したからだ。欧米は金融危機からの立ち直りが遅い。とりわけ、きしむ金融仲介機能を 補助するために米国は大胆な金融緩和を続けている。それは同時に、基軸通貨のドルの価値を下げ輸出増大を図るための施策でもある。
――米国経済の本質的な問題は何か。
 米国の状況は、不良資産問題に苦しんだ1990年代後半の日本と酷似している。米国の住宅市場価格は低迷を続け、商業用不動産価格はこの夏に再び 下落し始めた。つまり、金融機関の貸し出しが家計向けも企業向けも不良資産化し、さらに悪化する懸念が大きい。大手銀行には不良資産の相当量が処理されな いまま、塩漬けにされていると思われる。マーケットは、仮に大手銀行が抜本的処理を行った場合、たちまち資本不足に陥って破綻してしまうほどの不良資産を 抱えているのではないかという不安を抱えている。他方、大手銀行は自らの傷み具合を自覚しているだけに、他行の財務状況にも疑心暗鬼になり、その結果信用 が収縮している。
次のページ>>まず円高が長期化し、空洞化が進み、体力を失っていく
――日本経済が長期低迷を続けているのは、不良資産の抜本処理を先送りし、超金融緩和で対処し続けたことが大きな要因の一つだ。米国は日本の二の舞は避けよ、と叫びながら、同じ失敗の構図にはまっているのではないか。
 リーマンショック直後の欧米当局の対応は、公的資金投入など素早いもので、日本の教訓が生かされていた。しかし、バブルに踊ったつけは大きく、結局、膨れ上がったバランスシートの処理は非常に難しく、時間がかかるということを思い知らされることになった。
 なぜなら、不良資産の本格処理をするということは、住宅ローンを払えなくなった人から担保である住宅を取り上げ、転売してしまうということだ。そうすると、家を失い、路頭に迷う人が何万人も出ることになる。そんなことになったら、政権はとても維持できない。
 また、銀行が不良資産を処理すれば、融資額と大幅に毀損した担保価値との差額分が損失として生じる。その銀行を倒産させないためには、公的資金が 必要となる。その公的資金とは、国民の税金だ。白川方明・日本銀行総裁は、日本の公的資金の投入経緯を振り返って、「その時は大胆で十分な資金を投入した つもりでも、後から振り返ればそれでも不十分だったと思い知らされる」と、巨額な公的資金の必要性を強調したことがある。だが、それを国民が容易に許すは ずがない。
 こうした政治的困難さは、日本も米国も同じだ。だから、とりあえずは金融を緩和して金融システムを支えると同時に、通貨安にして輸出を増やし、立ち直りのきっかけをつかみたい、と考える。
――米国住宅バブルのさなかにリスクを警告し、当時は神格化されていたグリーンスパン氏を批判 したごく少数のエコノミストの一人であるラグラム・ラジャン・シカゴ大学教授は、米国政府の超金融緩和策、住宅支援策などを批判、はやく抜本処理に踏み切 らないと、問題は何も解決しないと主張している。
 そうした主張がある一方で、民主党政権に影響力を持つクルーグマン・プリンストン大教授などは、さらなる財政出動による景気刺激が必要で、不良資 産処理は後回しだという論陣を張っている。いわば、構造改革派と財政拡大派がぶつかりあっている格好で、これも日本の1990年代とまったく同じだ。
 いまだ金融システムの傷が深く、実体経済にも不安を抱える状態では、財政政策や金融政策の緊急レジームは決して否定されるものではない。だが、それを導入すればするほど、本質的解決が遅れることも実証されている。
 いずれにしろ、欧米の経済状態が改善されない状態が続けば続くほど、円高が長期化し、日本の空洞化が進み、体力を失っていくことになる。
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――日本政府は、その円高対策などに補正予算を組むことによって、ますます財政を悪化させている。
 下の図を見てほしい。GDPに占める政府の純債務残高の割合を各国別に比較したものだ。

 日本の財政は危機に陥っているとされるが、それでも数年前までは純債務のレベルではイタリアより良好だった。純債務は債務と資産の差し引きであ り、日本の債務は巨額だが、一方で相当の資産も抱えていたからだ。年金を支払うための積立金である社会保障基金など、いわば政府の貯金があった。
 ところが、リーマンショックと政治の混迷のために政府の純債務は加速度的に悪化、イタリアを超えて上昇し続けており、それを止めるのは常識的な政策では不可能な領域に入り込みつつある。
――「常識的な政策では不可能な領域」とは、どういう領域か。
 債務が雪だるま式に拡大し、抑制が効かなくなることを、「財政が発散過程に入った」という。その発散過程に入らないためには、消費税を30%にし なければならない、という試算がある。それだけでは足りなくて、高齢者富裕層の社会保障を削減する必要がある、という指摘もある。
 だが、今の日本の政治情勢では不可能だろう。とすれば、もはや対処できない領域に入りつつある、と言い換えてもいい。
――しかし、先進国で図抜けた財政赤字であるにもかかわらず、国債が順調に消化されているのはなぜか。
 経済合理性から考えれば、非常に不思議な現象だ。さまざまな説明がされてきたが、最も説得的なのは、金融機関などの国債担当者たちが、サラリーマ ンである、という説明だ。サラリーマンである以上、売買の目安は半期か1年後の決算だ。決算までの短期間においては、買い手は必ず存在する、皆が売りに回 ることはない、彼らはその状態を当然と受け止めている。皆で買い進んでいる、というバブル的な感覚の麻痺がある。財政赤字の解決のめどが立たなかろうが、 消費税がつぶされようが、「明日だけは大丈夫」と信じている。
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――ある経済学者は、「今の政治状況を見れば、将来にとても希望は持てない。だが、ストックの 豊かさからか、明日は平穏な今日の続きだ、と多くの人々は受け止め、危機感が高まることはない。つながっているはずの将来と明日への異なる構え―日本を奇 妙な二重感覚が支配している」と指摘している。
 確かにそうだ。私たちは将来のリスクをとりあえず無視することによって、今の生活を成立させているのかもしれない。そうだとすれば、実に危ない経路に入り込んだことになる。“将来のリスク”というが、それが明日現実のものとなっても不思議ではないからだ。
 なんらかのきっかけで日本国債への信頼が幻想だとわかれば、日本人投資家でさえ国債を売却し、海外投資に振り向けるといった防衛行為にいっせいに走るだろう。国債は暴落し、金利は上昇し、為替は円安に向かう。
 つまり、円高が一転して円安に大きく振れることがあり得る。財政が常識を逸脱して悪化しているのだから、いつかは必ず円安となる。政府も企業も家 計も円高を前提に動いていたのが、その前提が真逆になれば混乱は小さなものではすまない。たとえば、金融機関や企業の大量倒産といったことが起こりうる。  
 消費税率を引き上げ、高齢者富裕層の社会保障費を削減するなど財政改善の努力を必死で続ける一方で、円高から円安へと転換する際の大きなショックを吸収するアブソーバーを用意しておく必要がある。
――そのショックアブソーバーとは何か。
 一言でいえば、円高基調であるうちに、政府も企業も家計も外貨建ての資産を購入することだ。海外企業を買収し、海外に工場を建設し、海外の不動産を購入し、ドル建て金融商品を買う。
 1ドル100円が200円になれば、当たり前だが円建てで見れば価値は2倍になる。その為替評価益が企業を買収したものには配当として、不動産なら家賃収入として、日本に流れ込むことになる。
 いつまで続くかはわからないが、今は最後の円高だと思う。動くなら、今だ。
――ドル建て資産の購入が活発化したら、日本国内への投資欲が薄れ、経済とりわけ雇用に悪影響が出るのではないか。
 だから、日本はあらためて国を開き、海外から企業が参入しやすいように制度、商習慣を変えることが必要なのだ。そのためにも法人税の減税が必要なのだ。
 TPP(環太平洋パートナーシップ協定)も、この文脈で重要なのだ。今は円高というチャンスの時期だ。欧米に比べ――相対的ではあるが――経済状 態の強いときに、早く国を開くことが重要だ。ぐずぐずしていて、円安になってから国を開いたら、海外勢に一方的に買収されるだけになってしまう。
●小林慶一郎プロフィール学歴1991年 東京大学大学院修士課程修了(数理工学専攻)1998年 シカゴ大学大学院博士課程修了(経済学)職歴1991年 通商産業省入省(産業政策局)2001年 経済産業研究所研究員2003年-2007年 朝日新聞客員論説委員2007年 経済産業研究所上席研究員2009年 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹2009年 東京財団上席研究員2010年 慶応義塾大学大学院経済学研究科大学特別招聘教授現在   一橋大学経済研究所教授
質問1 近い将来に1ドル200円台の円安に大きく振れると思うか?
 45.1%
思わない
39%
思う
15.9%
どちらともいえない


04. 2010年12月18日 20:41:16: cqRnZH2CUM
>具体的に、どの成長産業に十分な資本が行き渡らないか教えてほしいですね。多くの信用金庫などは、貸出先を求めている現実があるのですが。


一般論としては著者の指摘通り過大な内部留保は資本効率の悪化を生み出すので、
そのような日本の企業の株価は低迷し、結果として、日本経済の成長を妨げるという指摘は正しい。

ただ現状は国内の資金需要は小さくデフレ不況で、超緩和政策のため、金余り状態になっている。
そして国内にも潜在的な成長分野はあるが、海外の方が投資対象としての魅力が高いので、結局、マネーは海外に出ていくことになる。
(20世紀初頭の大英帝国にやや近い状況か)

ただし、今後の高齢化や空洞化の進展に伴って、外貨獲得能力は低下し、純輸出も低下して、確実に貯蓄不足なってくる。

その時には、国内投資不足は、さらに深刻な問題になってくるだろう。


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