投稿者 gikou89 日時 2010 年 4 月 01 日 05:24:07: xbuVR8gI6Txyk
(回答先: 「日本国債への評価」が国内外で雲泥の差 外国人が無視する日本の事情 投稿者 gikou89 日時 2010 年 4 月 01 日 05:16:39)
http://www.janjannews.jp/archives/2956039.html
1960年、私は夕張市で生まれた。翌年のピーク時には人口11万8千人で北海道9番目の“大都市”だったが、現在は1万1千人で、とうとうピーク時の10分の1以下になってしまった。
4年前、市の財政破綻が表面化した際には、マスコミでは連日のように、「石炭の歴史村」の「ロボット館」などを「無軌道な財政投資の失敗」として非難する報道がなされ、夕張を故郷に持つ身としては、大変「心苦しい」日々が続いた。
しかし、そんなマスコミ報道とは反比例するように、全国の多くの皆さんから暖かい励まし・ご厚志をいただき、全国的な“支援の輪”が広がり、昨年には「花畑牧場」「ツムラ」の企業進出や「夕張屋台村」「夕張鹿鳴館」など飲食店の出店が相次ぎ(文末のURL参照)、今年からは財政再建団体に代わる「財政再生団体」に指定され、文字どおり“再生”の道を歩もうとしている。
総務省HPの「夕張市財政再生計画の概要」( http://www.soumu.go.jp/main_content/000057340.pdf )では、「平成22年度からの17年間で322億円の赤字を解消する」としている。
言い換えると「市民1人当たり300万円の借金を17年間で返していく」、このため市民は「年額18万、月額1万5千円の不利益を17年間我慢していく」ということになる。
しかし、夕張市民の反応は、現在に至っては、至極冷静である。
「達観してしまったのでは?」といわれるかも知れないが、今さら悔やんでも「何にもならない」からである。
夕張の経済の「殆ど全て」であった炭鉱が閉山してしまった以上、マチの衰退は「仕方のない」ことであり、「炭鉱会社」が借金を残し「逃げていった」後、市が必死になって市民の暮らしを「支えようとした」ことを知っているからである。
かつては“北炭”と“三菱”の二大炭鉱会社を中心に市内に24あった炭鉱も、1990年の三菱南大夕張炭鉱の閉山で全て無くなり、「炭都・夕張」の歴史に幕を閉じた。
特に“北炭”については、1981年の夕張新鉱でガス突出・火災事故が発生し93人が死亡し北炭夕張炭鉱(株)が倒産、1995年には親会社の北海道炭礦汽船(株)も倒産し、坑内員の退職金の支払いは困難となった。
このため、市は“閉山処理”として580億円を投じ、炭鉱会社から社宅、病院、水道、道路などを買い取り、これを坑内員の退職金支払いに充て、これと引き換えに332億円の地方債(市の借金)が残ったのである。
夕張は“北炭の城下町”ともいわれていたが、北炭倒産後は“市”がその全ての資産の保有・運営を、借金をしてまで「受け継いだ」のである。
固定資産税等の「収入」が全て消え、代わりに資産保有の借金と住宅、病院、水道等の運営費等の「支出」が増えたのである。
夕張市の世帯数は現在約6,000であるが、市営住宅など市が管理する住宅は約5,000戸(室)にも上る。
かつて300名を超えた市役所の職員は現在100名ほどであるが、そのうち10名の職員でこの5,000戸の住宅に対する、通常の市営住宅の管理と併せて、老朽化が進む住宅の補修・処分といった「負の遺産」とも日夜「格闘」しているのである。
このほか、現在、市民の約40%が65歳以上であり、「高齢者福祉」に当たる職員も多数必要となる。
人口あたり職員数を単純に比較し「まだまだ市役所の職員は多い」とする方々は、この“現実”をご存知ないのではないか。
全ては1981年の炭鉱ガス・火災事故以後、三井グループ企業である“北炭”と“国”が、その「閉山処理」の責任を、地元に「押し付けた」ことに起因するのではないか?
当時の国会の石炭対策特別委員会(昭和57年8月19日)の記録が生々しい。
( http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/096/0590/09608190590013a.html )
“北炭”も、それを引き継いだ“夕張市”も「倒産」してしまったが、閉山当時、支援を拒否した“北炭グループ会社”の「三井観光開発」(現〔株〕グランビスタ ホテル&リゾート http://www.granvista.co.jp/index.html )や「STV札幌テレビ放送」( http://www.stv.ne.jp/ )は“健在”である。
また、現在、夕張市役所には市職員100名に加え、道庁11名をはじめ都庁や道以外の自治体から総勢20名が応援に来ている。しかし、国(総務省)からも1名来ていた職員派遣は、昨年から解消となってしまった。
炭鉱事故・閉山後、親会社・グループ企業や国からも見捨てられ、とうとう市役所までも“破綻”してしまった我が故郷・夕張であるが、道内外の多くの自治体からの職員派遣や、全国の多くの国民や企業からの暖かい励ましや支援に支えられ、その「再生の道のり」を歩み出していることを“実感”しているからこそ、夕張市民は「17年間で322億円の借金返済」を抱えながらも、これからも、いつもどおり、明るく、支え合いながら、暮らしていくのです。
今年は「夕張メロン」50周年の記念すべき年でもあります。
過去を振り返っても仕方ありません。前を向き、元気に胸を張り、この地・夕張で生きていきます。
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