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<Koderaさん:怠け者だったから命拾いをしたんだ>64年前の広島 平和記念館写真より 「自分は怠け者だったから命拾いをしたんだ」。小生よりうんと年上の知人、Koderaさんは広島を語るときいつもそう前置きをした。辛そうだった。 彼は終戦当時旧制の広島高等工業(1944年、広島工専と改称)の学生だった。空襲下の勤労動員などに疲れ果て彼は8月6日早朝、無断で寄宿舎を抜けだし帰郷するため列車に乗った。広島に新型爆弾が投下されたのはそのしばらく後、列車が岡山付近を走っていた頃ではなかったかと彼は述懐する。 「もしボクがまじめな勤皇青年だったなら、おそらく多くの同期生たちと一緒に爆死していたことだろう」。 Koderaさんは寄宿舎跡をかなり経過してから訪ねたそうだ。そこに蛇口が一本残っているだけだった。 その後Koderaさんは、京都大学の工学部を卒業、播州の工業高校の教員となった。彼が肺ガンで亡くなったのはもう20年ほど前になるだろうか。 64年前の被爆地広島の写真(boston.com)を見ながらKoderaさんを偲んでいる。 ======================================== The Big Picture “Enola Gay”と名付けられた米軍爆撃機、B-29がコードネームを“Little Boy”という原子爆弾を搭載し、広島に向けてテニアンを発したのは8月6日早朝だった。投下は午前8時15分。広島に壊滅的打撃を与えた。核兵器の廃絶を願って爆心地付近(ground zero)に設立された「平和記念資料館」には総数34枚の写真が展示されている。以下はそのうちの一部である。
2009-08-10 09:46:49
gataro-cloneの投稿
テーマ:戦争と平和
August 5, 2009
Hiroshima, 64 years ago(boston.com)