★阿修羅♪ > 戦争a7 > 210.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
(回答先: 村上春樹さん:イスラエルの文学賞「エルサレム賞」授賞式・記念講演全文/上(毎日新聞) 投稿者 クマのプーさん 日時 2009 年 3 月 03 日 16:23:52)
http://mainichi.jp/select/world/news/20090303dde018040076000c.html
村上春樹さん:イスラエルの文学賞「エルサレム賞」授賞式・記念講演全文/下
エルサレム賞授賞式で行った記念講演で、作家の村上春樹さん(60)は「壁と卵」のメタファー(隠喩(いんゆ))を用い、パレスチナ自治区ガザ地区を攻撃したイスラエル軍を批判。小説家である自らは「卵」である「武器を持たない市民」の側に立つと語った。その後、講演は次のように続いた(英文、和文の全文はmainichi.jpにも掲載しています)。
◇小説を書く理由は、個人の魂の尊厳に光を当てることです
◇体制に勝つ希望あるとすれば、魂の独自性を信じること
でも、それがすべてではありません。さらに深い意味が含まれています。こんなふうに考えてください。私たちはそれぞれが多かれ少なかれ卵なのです。世界でたった一つしかない、掛け替えのない魂が、壊れやすい殻に入っている−−それが私たちなのです。私もそうだし、皆さんも同じでしょう。そして、私たちそれぞれが、程度の差はありますが、高くて頑丈な壁に直面しています。
壁には名前があり、「体制(ザ・システム)」と呼ばれています。体制は本来、私たちを守るためにあるのですが、時には、自ら生命を持ち、私たちの生命を奪ったり、他の誰かを、冷酷に、効率よく、組織的に殺すよう仕向けることがあります。
私が小説を書く理由はたった一つ、個人の魂の尊厳を表層に引き上げ、光を当てることです。物語の目的とは、体制が私たちの魂をわなにかけ、品位をおとしめることがないよう、警報を発したり、体制に光を向け続けることです。小説家の仕事は、物語を作ることによって、個人の独自性を明らかにする努力を続けることだと信じています。生と死の物語、愛の物語、読者を泣かせ、恐怖で震えさせ、笑いこけさせる物語。私たちが来る日も来る日も、きまじめにフィクションを作り続けているのは、そのためなのです。
私は昨年、父を90歳で亡くしました。現役時代は教師で、たまに僧侶の仕事もしていました。京都の大学院生だった時に徴兵されて陸軍に入り、中国戦線に送られました。私は戦後生まれですが、父が毎朝、朝食前に自宅の小さな仏壇に向かい、長い心のこもった祈りをささげている姿をよく目にしました。ある時、なぜそんなことをするのかと聞いたら、戦場で死んだ人を悼んでいる、との答えが返ってきました。死んだ人みんなの冥福を祈っているんだよ、味方も敵もみんなだよ、と父は言いました。仏壇の前に座った父の背中を見つめながら、父のいるあたりを死の影が漂っているような気がしました。
父は去り、父とともに父の記憶、私が永遠に知ることができない記憶も消えました。でも、父の周辺にひそんでいた死の存在は私の記憶として残りました。それは、父から受け継いだ数少ないものの一つ、最も大切なものの一つです。
きょう私が皆さんにお伝えしたいのは、たった一つです。私たちは皆、国籍や人種や宗教を超えて人間であり、体制という名の頑丈な壁と向き合う壊れやすい卵だということです。どう見ても、私たちに勝ち目はなさそうです。壁はあまりにも高く、強く、冷酷です。もし勝つ希望がわずかでもあるとすれば、私たち自身の魂も他の人の魂も、それぞれに独自性があり、掛け替えのないものなのだと信じること、魂が触れ合うことで得られる温かさを心から信じることから見つけねばなりません。
少し時間を割いて考えてみてください。私たちはそれぞれ形のある生きた魂を持っています。体制にそんなものはありません。自分たちが体制に搾取されるのを許してはなりません。体制に生命を持たせてはなりません。体制が私たちを作ったのではなく、私たちが体制を作ったのですから。
以上が私の言いたかったことです。
エルサレム賞を授与していただき、感謝しています。世界のさまざまな所で私の本を読んでいただきありがたく思います。イスラエルの読者の皆さんにもお礼を申し上げます。皆さんのおかげで、私はここに来ることができました。そして、ささやかであっても、意味のあることを共有したいと願っています。本日ここでお話しする機会を与えていただき、うれしく思います。どうもありがとうございました。【翻訳・佐藤由紀】
==============
■解説
◇作家の強い倫理性示す 「死者への祈り」も背景に
村上春樹さんのエルサレム賞受賞講演が反響を呼んだのは、イスラエル軍のガザ攻撃への批判に言及したことによる。しかし、講演にはもっと深いメッセージが込められていたと思う。
何度か村上さんを取材した経験から、講演を聞いてまず浮かんだのは「小説家の社会的責任」だった。寡黙なイメージからは意外に思われるかもしれないが、この作家は社会的な責任感が非常に強い。それは倫理的といってもいいほどだ。
全共闘世代に属する村上さんは、作家活動の初期のころから、大学紛争時の経験を自らどう総括すべきかという問題意識を語ってきた。1984年に雑誌インタビューで、「70年に、それなりに闘ったことの落とし前は、つけなくちゃいけない」と述べたこともある。全共闘体験は、今回の講演の言葉でいえば「巧妙なうそ」「作り話」である寓話(ぐうわ)の形で、村上作品の中に投影されてきた。
そうした倫理性がはっきり表れたのが、95年の地下鉄サリン事件に取材したノンフィクション作品『アンダーグラウンド』(97年刊)といえるだろう。刊行後インタビューに応じてくれた村上さんはこう話していた。
「僕が全共闘や浅間山荘事件の時代に感じたのは、言葉というのはうそだということ。みんなアジ演説するわけでしょう、『制度的な言葉』でね。でも、一時期が過ぎ去れば、そんなのなんの意味も持たない、人の心に届かない言葉になっちゃう」
講演の中で人間の本来あるべき魂のあり方と対極にあるものを「体制」と表現したが、これは必ずしも国家に限らないだろう。おそらく、この作家がかつて新左翼の運動に見た「人の心に届かない言葉」にも、またオウム教団の生み出した恐怖にも「体制」は潜んでいたはずだ。長い歴史的経緯のある中東の紛争と、戦後の日本社会で起きた事件を短絡はできないが、「小説のテーマとして一貫してとらえているのは、人間の意識、心、魂のあり方です」とも語ってきた。
日本の読者としては、今回の講演で村上さんが父親について語ったのが印象深かった。京都の僧侶の家に生まれたお父さんが昨年亡くなられたことは人づてに聞いていたが、毎朝、戦争の死者に祈りをささげていたといった様子は初めて知った。オウム信者らを取材した『約束された場所で』(98年刊)についてのインタビューで村上さんは、自らの物語の力で信者が抱えているオウムの「闇」の物語を「できるならデフロスト(解凍)したい」とも話していた。
中東における紛争こそ、あまりにも深い宗教的な「物語」の対立に根差している。村上さんが表現してきた「宗教的なるもの」への関心は全共闘体験に基づくものと漠然と考えていたが、そのずっと以前に、「死者への祈りの姿」という淵源(えんげん)があったのかもしれない。【大井浩一】