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「 「政府紙幣」発行問題の大論争が含意するもの
このところ、がぜん、「政府紙幣」や「無利子国債」の発行の是非についての論争が、白熱化してきた。昨年12月ごろから、財務省出身のエコノミスト高橋洋一氏(東洋大学教授)が、「政府紙幣」25兆円の発行を提言したことがマスコミの注目を浴び、同氏は、一躍、論壇のスターダムに登場したわけであるが、最近では、高橋氏流の「政府紙幣を刷って配れ」といった提言に対する批判論も、声が大きくなってきた。
『日本経済新聞』の2月10日付号で、深尾光洋氏(日経研究センター理事長)が、「経済教室」欄で大論文を書き、「政府紙幣」や「無利子国債」の発行は「打ち出の小槌」にはなりえないと指摘したことが、批判論陣営からの主砲発射の役割をはたしたようである。同じく2月10日には、『静岡新聞』でも佐藤隆三氏(ニューヨーク大学名誉教授)が、ほぼ同じ趣旨で、「政府紙幣」と「無利子国債」の発行提言を、「有権者を愚弄する奇策にすぎぬ」とこき下ろしていた。『週刊新潮』の最近号(2月19日付号)でも、「政府紙幣」発行は「とんでもない劇薬の禁じ手だ!」と解説している。各種のインターネット論壇でも、同種の批判論が、攻勢に出はじめたようである。
このような批判論の高まりに対して、高橋洋一氏は、『産経新聞』の2月13日付号で、「日銀が何もしないのならば、政府がやるしかないではないか」と論じて、これまでの同氏の主張を変えずに、「政府紙幣25兆円で危機克服を!」と叫んでいる。同紙の編集委員田村秀男氏も、同紙同号で、「円高の今が、政府紙幣発行の好機だ!」と力説している。すなわち、この問題は、一般庶民を対象とする新聞や週刊誌、あるいは、テレビといったメディアを舞台に、未曾有の大論争になってきた観があるのである。
私自身は、十数年も以前から、「国(政府)の貨幣発行特権」の発動によって国の財政危機を救い、わが国の経済の興隆をはかれと、提言し続けてきた者であり、いわば元祖である。しかし、「政府紙幣を刷れ」といったようなことは、最初期の論稿を除いては、言ったことが無かった。いや、1990年代半ばごろの最初期の論稿においてさえ、私は、「国(政府)の貨幣発行特権」を活用するやり方としては、「政府紙幣を刷らないで、しかも、政府財政のための打ち出の小槌となるような、トラブル的な問題も起こさないスマートで容易な方式があるよ!」と指摘・推奨して、その方式の詳細を明確に論述していたのであった。そして、私は、今日まで、そのような「スマートで容易、かつ、無難な」方式の採用・実施を提言し続けてきたのである。
言うまでもなく、そのような「スマートでトラブル的な問題も起こさない容易な方式」とは、国(政府)が無限に持っている無形金融資産である「貨幣発行特権」のうちから、所定の必要額ぶん(たとえば、500〜600兆円ぶん)を、政府が(ある程度はディスカウントでもして)日銀に売り、其の代金は、日銀から政府の口座に電子信号で振り込むことにするというやり方である。しかも、このことは、現行法のままで、十分に可能なことなのである。このやり方であれば、新規の「政府紙幣」をわざわざ、印刷・発行するようなことをしなくても、そして、言うまでも無く、増税をするわけでもなく、政府の負債を増やすようなこともなく、政府財政のために、事実上、無限の「打ち出の小槌」が確保されることになるのである。また、私は、「無利子国債」の発行ということについては、過去十年あまりは、ずっと、否定的な意見を述べてきた者である。その理由は、それが政府の負債(日銀からの負債であるにせよ)を増やすので、そのことが国民を不安にさせて士気も低下させ、政策当局のスタンスも姑息なものにさせ、さらには、IMFあたりからの非難もこうむる可能性が高いと考えざるをえないからである。
また、実は、私自身は、「国(政府)の貨幣発行特権」という「打ち出の小槌」を財政財源として活用するための、私自身が推奨・提言してきたやり方を、単なる緊急処置的な「劇薬」だなどとは、毛頭、考えておらず、マクロ的なデフレ・ギャップ、インフレ・ギャップの正しく注意深い計測と観察を怠らずに、採用・実施するのであれば、それを常用することによってこそ、わが国の経済と財政は、きわめて健全化され、活力に満ちて興隆への軌道に乗るはずだと、論証し続けてきた。正統派的なケインズ主義的「総需要管理政策」の理論構成からすれば、そう考えざるをえないのである。すなわち、私は、高橋洋一氏が提言してきたようなレベルよりも、はるかにスケールの大きな高次元の財政政策・経済政策システムを構想し、それを実現すべきだと提言してきたわけである。
さて、深尾光洋氏や佐藤隆三氏の「政府紙幣」批判論の論旨における、おそらく最も致命的な欠陥は、「政府紙幣」発行によって、ないしは、いっそう本源的には、私自身が提言し続けてきたような、「スマートでトラブル的な問題を起こすことも無い容易な方式」での「打ち出の小槌」によって、ケインズ的な有効需要拡大型の財政政策が実施されるということが、あたかも、いっさい行なわれえないものであるかのごとく決め込んで、批判的な論述がなされているということである。すなわち、最重要なメリットを無視して、デメリットだけを取り上げて、しかも、それには、わざわざと、ケインズ的な有効需要拡大型の財政政策が行なわれない場合にのみ生じるようなデメリットをとくに取り上げて、ひたすらにあげつらうといったやり方で、批判論が書かれているのである。すなわち、「反ケインズ主義」のイデオロギー的キャンペーンの一環として、このような深尾氏や佐藤氏の論文は書かれていると、見ることができるわけである。これでは、とうてい、科学的に客観的な妥当性を持った批判論であるとは言いえない。
わが国の経済においては、現在、きわめて巨大な規模でデフレ・ギャップが発生して、居座っている(わが政府当局=内閣府は、欺瞞的な数値を弄するなどして、このことを隠蔽・秘匿してきている)。すなわち、厖大な生産能力の余裕が有るのである。したがって、政府が、上述したような「国(政府)の貨幣発行特権」の活用という財源調達手段による財政政策の発動により、大規模な有効需要拡大政策を実施した場合、何の問題もなく、物財やサービスの生産・供給量が増える。これは、輸入品の供給量も含めて、そうなるのである。したがって、インフレ的な悪性の物価上昇が生じる心配はない。しかも、現行のフロート制(変動為替相場制度)の特性で、貿易収支や国際収支の均衡といった対外均衡も、自動的に保たれる傾向があるから、ますます安心しうるわけである。
すなわち、現在のわが国経済においては、「政府紙幣の発行」という発想の基礎をなしている「国(政府)の貨幣発行特権」という「打ち出の小槌」財源によるケインズ的財政政策で、どんなに大規模な有効需要拡大政策が実施されたとしても、物価が安定したままの高度経済成長という、いわば理想的な経済状況が実現されうるのである。これが、最も重要な、かけがえのない政策メリットである。ところが、深尾氏や佐藤氏は、経済が成長せず、ただ、物価のみが上昇するものと想定して、批判論を展開しているのであるから、まったく、問題にならない。深尾氏が、物価の高騰は一種の増税のようなものだと強調してやまないところの、いわゆる「インフレ・タックス」理論も、そのような非現実的なゼロ成長ないし極端な低成長状態での物価上昇の場合についてのみ言いうる教説であるにすぎないのである。
もっとも、新古典派のルーカス教授の「ルーカス型総供給方程式」の理論によれば、市場経済では、「自然失業率」に対応した水準のところで、経済は成長しえなくなり、上にも下にも行けない、にっちもさっちもいかない状態になってしまって、総需要が増えただけ、物価が上がるにすぎないという「定理」になっている。しかし、ルーカス氏のこのような奇妙な結論は、需要が増えても減っても、企業は生産設備の稼働率を、そのような需要の変動に応じては変化させないものとするという、おそろしく非現実的な仮定を暗黙のうちに設定したことによって、トリック的に導き出されたミスリーディングな定理でしかないのである。そのことを見破って、私(丹羽)が、需要の変動に応じて、企業は、雇用量とともに資本設備の稼働率も変化させて対応するものとするという、現実的に妥当性の高い想定を置いて、ルーカス体系を再構成してみたところ、総需要が増えれば、それに応じて、経済はちゃんと成長し(すなわち、実質GDPが成長し)、「自然失業率」なるものも、どんどん低くなって、経済は完全雇用・完全操業の状態に近づいていくということがわかったのである(丹羽著『新正統派ケインズ政策論の基礎』、学術出版会、平成18年刊参照)。つまり、このようなことも考えあわせてみると、上記の深尾氏の論文も、新古典派経済学流のルーカス理論の濃密な影響下で執筆された論文であると、見てよいようである。
とは言え、「政府紙幣25兆円で危機克服を!」と叫んでいる高橋洋一氏の所説にも、大きな欠陥がある。本メール・マガジンの1月16日号でも指摘しておいたことであるが、政策規模が25兆円程度に限られるようでは、現在の超大不況の克服には、役に立たない。ましてや、800兆円を超す政府債務の処理のことまでを考えるとすれば、なおさらのこと、25兆円ぐらいでは、どうにもならない。どうしても、数百兆円規模の政策を上記の「打ち出の小槌」財源で実施することにしなければ、真の意味でのわが国の経済・財政の再生・興隆をはかることはできないであろう(丹羽著『政府貨幣特権を発動せよ──救国の秘策の提言──』、紫翠会出版、平成21年1月刊参照)。
そればかりではなく、高橋氏は、25兆円を金融緩和政策のためだけに使えと、提言しているのであるが、このことも問題である。金融政策は、景気の過熱を抑えるのには効果的であるが、景気を上向かせる力は弱い。ましてや、100年に一度といった現在の超大不況の危機克服策としては、まったく無力であろう。そればかりではなく、高橋氏は、新古典派経済学理論における、いわゆる「マンデル=フレミング効果」に言及して、財政政策による公共投資のような有効需要拡大策は、効果があまり無いと断定している。
「マンデル=フレミング効果」とは、国債発行を財源とする財政出動では、クラウディング・アウト現象(民間資金が国庫に吸い上げられて、民間の資金不足が生じること)が発生して、金利が上昇し、それによって、対外為替レートの高騰(日本についてであれば、円高の進行)が生じるので産業の対外競争力が失われ、結局、景気の回復は、損なわれてしまうであろうという理論である。しかし、「政府紙幣」の発行ないし「国(政府)の貨幣発行特権」という「打ち出の小槌」財源の発動の場合は、クラウディング・アウト現象が生じないから、「マンデル=フレミング効果」を心配する必要は無いはずである。高橋氏ともあろう人が、このような初歩的なことに、気がつかなかったとは、まことに不思議である。」
このような高橋氏による論述を見てみても、新古典派経済学流の「反ケインズ主義」ニヒリズムによる、濃密なイデオロギー的悪影響の痕跡を、見てとらざるをえないのである。
丹羽春喜:
1930年芦屋市生まれ
関西学院大学大学院経済学研究科博士課程終了
経済学博士の学位取得
同大学社会学部教授
筑波大学社会科学系教授
京都産業大学経済学部教授
日本学術会議会員(第16期)
大阪学院大学経済学部教授を歴任し、
平成17年3月31日付大阪学院大学定年退職
現在 大阪学院大学名誉教授
日本経済再生政策提言フォーラム会長・事務局長
比較経済体制論ならびに経済政策論専攻
平成2年一著書『ソ連軍事支出の推計』防衛学会 出版推奨賞 受賞
(財)民族科学研究所より理事長賞(池見賞)受賞
主な著書
『ソ連計画経済の研究』(東洋経済新報社)、『社会主義のジレンマ』(日本経済新聞社)、『ソ連軍拡経済の研究』(産業能率大学出版部)、
『ソ連軍事支出の推計』(原書房)、『経済体制と経済政策』(税務経理協会)、『日本経済再興の経済学』(原書房)、『ケインズ主義の復権』(ビジネス社)、
『ケインズは生きている』(ビジネス社)、『日本経済繁栄の法則』(春秋社)、『謀略の思想、反ケインズ主義』(展転社)、
『不況克服の経済学』(同文館出版)、『新正統派ケインズ政策論の基礎』(学術出版会)、他多数。」
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