KLANG-KUNST 乱聴録【序ノ一】まえおき https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10219 「乱聴録」 この記事を2007年10月10日より書き始める。
著者 小林正信 略歴 1961年に長野県の伊那谷に生まれ、小学生のときにカセットデンスケでオーディオに入門し、中学では真空管アンプの設計と製作を学んだ。
高校生のときにオイロダインの入手を志し、米国方面の長い回り道を経て、四半世紀後にようやく購入した。大学時代はレコード初期の演奏と蓄音機に入れ込み、都内のレコード屋を自転車で巡回した。 最近はクラングフィルムを中心としたスピーカーに傾倒するかたわら、自分の知っている楽曲の範囲が狭いことを痛感して全曲集ものを多量に聴くなど、一貫して駄菓子のおもちゃのごとき人生の付録を楽しんでいる。 ニッパーのふりをする愛犬アイザックとEMGの蓄音機 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10219_801.jpg
乱聴録【序ノ一】まえおき(2007年10月11日)
わたしが記事を書くのならばと、貴重な資料を提供してくれたクラングフィルム・ホームのフランク氏、ジャーマン・ビンテージ・ラウドスピーカーのニコラウス氏、サウンドパーツの水谷氏、サウンドボックスの箕口氏をはじめとする諸兄に感謝する。
6GA4 から始まって WE252A シングルまで、かつては真空管アンプの自作に熱中したが、やがて音を決めるのはラッパであって、アンプは調整役にすぎないという認識に至り、興味の中心がラッパ(スピーカー)に移った。
いっぽうで、パハマンやダルベーアのピアノなど、20世紀初頭の演奏に魅せられたことで古い録音の価値を知り、それらを再生するための古い装置が生活必需品となった。 ここ数年はドイツと縁が出来たこともあって、クラングフィルムを中心としたラッパが増えたが、米国系のシステムの情報が大量なの比べるとドイツ系の情報は極めて少なく、全体像の把握が困難で不便な思いをしている。 同様に情報を求めている人が少なくないことから、多少なりとも得た知識を提供することは意義があるとの考えに至り、このようものを書くことにした。 クラングフィルムの歴史は別の記事にまとめつつあるので、ここでは音を中心にして書くつもりである。(その後、クラングフィルムの情報も増えたようだ) (2015年4月19日) やれやれ、ずいぶん長いこと無精をしていて、前回のコンスキ&クリューガーの記事を書いてから7年もたってしまった。オーディオどころではなかった時期も含め、その間にいろいろあって考えも変わったので、再開後はスタイルを改めようと思う。
以前は「名ラッパ乱聴録」として、スピーカーの名機を聴き比べて、客観的な要素も交えて書こうとしていたが、少々無理があった。そこで、タイトルを単に「乱調録」と改め、雑多なオーディオ機器を聴いた印象を書くことにしたい。 「もとより個人的な試聴記であるので、無響室での測定のような厳密さはないにしても、ある程度は条件を整えたい」と考えてスタートしたが、大した仕組みでもない割に面倒だったうえ、道具の置き場所にも難儀した。
また、俗に「レッドニップル」、あるいは「ブルーフレーム」と呼ばれるテレフンケンの10インチ・フルレンジユニットをリファレンスにしてみたが、いろいろと条件をそろえて比較試聴してみると、そろえるほどにマンネリ化してしまうことが分かった。それで、これからは条件は整えずに気楽に聴いて気楽に書き、取り上げる機器を増やすことにしようと思う。もちろん、スピーカー以外も対象にする。 周波数特性測定時の様子(右下が測定対象のユニットで、ほかはバッフルの役目) https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10219_802.jpg
写真は試聴するユニットを入れていた小型の後面解放箱で、外寸は幅 43 cm × 高さ 50 cm × 奥行22 cmで、愛犬アイザックにコーン紙をなめられないように、前面を金網でカバーしてあった。
これを4個積んでバッフル効果が得られるようにして、周波数測定にも使用したものだ。今後もフルレンジユニットなどの試聴用仮設箱として使うかもしれない。 https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10219 ▲△▽▼ KLANG-KUNST 乱聴録【序ノ二】試聴用のレコード (2007年10月14日、2015年4月21日) https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10221
リスニング・ルームから数十メートルの池の冬景色 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10221_801.jpg 上の写真は細い道路を挟んで向かいにある池の冬景色で、ごらんのとおりの田舎だ。いまはちょうど桜が満開で綺麗に見える。リスニングルームの一部を2階に増築中で、来年の春には吹き抜けを通じた音を聴きながら、桜と池を眺められそうだ 録音による影響はあまりにも大きいので、当初からの試聴用ソースをそのまま使い続けることにした。条件が許せばそれらを聴き、出先などで無理ならその場のソースを聴くといったところだ。
「オーディオの真髄は時空を越えた演奏の再現である」とするなら、たとえ古い録音で音質が悪くても演奏が優れていれば、最新優秀録音でも凡庸な演奏より、真剣に再生する必要があるということになる。
サイトウキネン音楽祭が近くの松本で開催されることもあって、田舎者としてはコンサートに足を運んでいるつもりだが、現在の演奏家は生を聴いて感動しても、レコードではつまらなく感じることが多い。 それにひきかえ、個性ある往年の名手の録音には、聴けども尽きぬ魅力がある。 故・池田圭氏が特性の悪い古いレコードが「缶詰音楽」と揶揄されていたのを、噛めばかむほど味が出る「乾物音楽」と表現したのは至言だと思う。カール・フレッシュのヴァイオリンなんて、正しくそうだ。 試聴用の7つのソースは、楽しんで聴けなければ繰り返し聴くことが苦痛になってしまうので好きな演奏を選んだが、古い録音からデジタル録音、そして、少し歪んでいる録音など、なるべく異なる音の側面を聴けるように配慮した。 LP で多くの試聴を繰り返すことは困難なので CD にしたのだが、いまではFLACやDSDなどのファイルを主に再生するようになってしまったので、リッピングしたファイルも使うことにする。 ヨゼフ・ハシッドのオリジナルSP盤 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10221_802.jpg
ディスク1 : 「マーラー/子供の不思議な角笛」 : Mahler / Des Knaben Wunderhorn Elisabeth Schwarzkopf, Dietrich Fisher-Dieskau : London Symphony Orchestra / George Szell : 1969. EMI
ディスク2 : 「モーツァルト/女声歌曲集」 : Mozart Songs II Claron McFadden(sop), Bart van Oort (Fortepiano 1795) : 2002. BRILLIANT ディスク3 : 「ヌブー&ハシッドのヴァイオリン」 : Ginette Neveu & Josef Hassid 1938, 39, 40. EMI-TESTAMENT ディスク4 : 「ショパン/ノクターン全集」 : Chopin Nocturnes Vladimir Ashkenazy : 1975, 1985. LONDON ディスク5 : 「ムソルグスキー、ラベル/展覧会の絵、ボレロ」 : Mussorgsky / Pictures at an Exhibition Ravel / Bolero : Munchner Philharmoniker / Sergiu Celibidache : 1993, 1994. EMI ディスク6「ワルツ・フォー・デビー」 : Waltz for Debby Bill Evance Trio : 1961. REVERSIDE ディスク7「サラ・ボーン&クリフォード・ブラウン」 : Sarah Vaughan with Clifford Brown and others 1954. MARCURY まだ問題なく動作するので、独 NTI の AL1 と専用の校正済みマイクロフォンの組合せも可能なときは引き続き用いることにする。もっと詳細なグラフで周波数特性が測定できる装置もあるが、残響の多いリスニングルームでは、この程度の粗い周波数分解が適切だろうと思う。もっとも、AL1 が故障したら高分解能なものに変えるかもしれない。
参考のために中心周波数をリストしておく。有効数字を2桁にしてあるので、1.26kが1.3 kHzというように値が丸められている。 なお、中心周波数が 20 kHz の場合の周波数範囲は約 18〜22 kHz になるので、20 kHz までフラットなスピーカーでも 20〜22 kHz で応答が悪くなれば 20 kHz の測定レベルは低下してしまうことになる。 20、25、32、40、50、63、80、100、130、160、200、250、400、500、630、800、1.0 k、1.3k、1.6 k、2.0 k、2.5 k、3.2 k、4.0 k、5.0 k、6.3 k、8.0 k、10 k、13 k、16 k、20 k https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10221_804.jpg
最後の画像はスピーカーから音を出さずに測定した、リスニング・ルームの環境騒音である。普段は鳥たちの声と水のせせらぎに、少しだけ車の騒音が聞こえるという静かな環境なので、ご覧のように都会では考えられないほど騒音レベルが低く、測定に与える影響はわずかである。
とはいえ、8インチ・フルレンジなど、低音の出ないユニットの測定結果に現れる重低音は、この環境騒音がかなりの部分を占めているばあいがある。 この画像程度のレベルなら、まったく再生されていないと理解していただきたい。 https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10221 ▲△▽▼ 乱聴録【其ノ一】アルニコのオイロダイン KL-L439 EURODYN (2007年10月28日) https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10222
試聴時のオイロダインの様子(中央にはKL-L501が2本) https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10222_801.jpg 長いまえおきが終わって、ようやく最初のラッパの試聴である。その記念すべき第一号には、一番有名なオイロダインに登場してもらい、この乱聴録の評価がどの程度参考になり得るのか、あるいは乱調で無意味なものなのかを判断していただくことにする。オイロダインといってもいろいろとあるが、登場するのはクラングフィルム製のアルニコのオイロダイン KL-L439 である。試聴は上の写真のように、KL-L501と兼用の仮設の平面バッフルで行った。バッフルの実質的なサイズは幅が 2.5 m、高さが 1.5 m であった。このオイロダインには音響レンズが付いているが、少し前まで音響レンズの無いオイロダインを、もう少しまともなバッフルに取り付けてメイン・スピーカーとして愛聴していたので、音響レンズの有無によるちがいにも触れることにする。
クラングフィルム(Klangfilm)は英語風ならサウンドフィルムという名前の会社で、1928年にトーキー映画システムの開発と販売を目的として、SIEMENS & HALSKE と AEG(Allgemeine Elektrizitaets-Gesellschaft)によって共同設立された。ウェスタン・エレクトリックの事業が電話をはじめとして数多くあったのに対し、クラングフィルムはトーキー専業であった。その戦後初のトーキー・システムとして1945年に登場したのが「オイロダイン・システム」である。オイロダインというのは、そこで使われていたスピーカーであったことに由来する呼び名で、スピーカー本体に Eurodyn という文字は無い。なお、1945年当時のモデルは、フィールドの KL-L9431 であり、アルニコは1950年代の途中からである。 オイロダインの背面 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10222_802.jpg
オイロダインは劇場用の典型的な2ウェイ・ホーン・スピーカーで、クロスオーバー周波数は 600 Hz 付近である(ネットワーク回路の設計値は 500 Hz で、この値は実測によるもの)。日本に多いジーメンスのオイロダインと、クラングフィルムのオイロダインとの一番のちがいは、高音用のドライバーである。上の写真のように、クラングフィルムが2インチ半ほどの振動板とは思えないほど巨大なドライバー(KL-L302)なのに対し、ジーメンスのドライバーは二回りほど小さい。ウーハーはどちらも KL-L406 で同じである(ウーハー3発のモデルを除く)。この試聴はホーンのデッドニングなど、一切手を加えていない状態で行った。(正確さのために追記するが、オリジナルで行われた音響レンズの取り付けでは、レンズの後端とホーンの間にゴムシートが挟まれており、それがある程度デッドニングの役割を果している)
オイロダインのウーハー KL-L406 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10222_803.jpg
■ ディスク1「マーラー/子供の不思議な角笛」 昨年ついにシュヴァルツコップが物故してしまい、新盤の解説に没年が記載されているのを見るのが寂しい。このディスクは名曲の名演奏の名録音という、三拍子が最高次元でそろった究極の名盤なので、オリジナルのLPを愛蔵している人も多いことだろう。1曲目のフィッシャー・ディースカウが歌う「死んだ鼓手」は、マーラーらしい皮肉っぽい曲で、大太鼓の30 Hzにおよぶ低音が鮮明に録音されている。我が家のラッパでこれをみごとに再生するのは Europa Junior Klarton のみなので、重低音の判定にはもってこいである。耳に染み着いたシュヴァルツコップの声の聴こえ方も、ラッパの素性がよくわかるという点で最高である。
ところで、このCDも最近のデジタルリマスター盤は音の人工的な臭いが強くなってしまっている。この点をオーディオ評論家の新氏にたずねたところ、「特定のデジタル編集装置を使うのであるが、そのためにどのリマスターもその機械の音になってしまう」という恐ろしい回答であった。リマスター以前の旧盤CDを中古レコード屋で探すなどというバカバカしい事態が、現実になってしまうのかもしれない。 「方形の宇宙」の江夏氏がLPよりも好みだ、というジャケット
冒頭の大太鼓は15インチウーハーにしては「トンッ」と軽い音で、全体に量感が不足しており、やや中高音寄りのバランスであった。これは小さな仮設バッフルのせいで助長されているが、大きなバッフルに取り付けてもこの傾向があるラッパだ。それで、2メートル角のバッフルが必要という話が登場することになる。フィッシャー・ディースカウの声は硬質だが、説得力があってこの曲にはふさわしかった。4曲めの「ラインの伝説」では、シュヴァルツコップのソプラノが、鮮やかでありながら聴き馴染んだ声のイメージから外れることもなく、魅力的であった。また、ホーン・スピーカーならではの輝かしい金管で、オーケストラ全体も色彩豊かに聞こえた。
■ ディスク2「モーツァルト/女声歌曲集」 このソプラノはフォルテで声がハスキーっぽく感じられるような、少し変調がかった感じの音で録音されているのであるが、オイロダインによってそれが誇張されてしまった。やはり録音を選ぶ傾向のあるラッパである。この録音は後の編集までもがシンプルなのか、スタジオの残響による空気感のようなものが自然に記録されており、少し不鮮明だが古楽器のフォルテピアノの響きが美しい。そのあたりはオイロダインの克明さによってうまく表現された。
■ ディスク3「ヌブー&ハシッドのヴァイオリン」 SPの復刻はナローレンジでノイズもあるので、どんなスピーカーでも十分に再生出来るように思えるかもしれないが、実際には非常に難しい。それは、SP盤のころは再生装置による音響効果も計算に入れて音作りをしていたため、ディスクに入っている音をそのまま再生しただけでは不十分だからである。そのような録音の再生は邪道であるというのなら、ヌブーとハシッドだけでなく、エネスコ、ティボー、クライスラー、そして、全盛期のカザルスらの芸術を良い音で聴くという喜びが味わえなくなってしまう。ところが現実には、これらSP全盛期の録音は、特に弦楽器のソロに関して、現在の不自然な録音よりも好ましいというベテランのオーディオ愛好家が少なくない。それほど、当時の録音エンジニアの見識は優れていたのである。したがって、ディスクには半分しか入っていないヴァイオリンの音を補間する能力は、ラッパにとって非常に重要である。その点においてオイロダインはまずまずであった。ハシッドよりもヌブーが良く、やや金属質ながら、艶やかな美しさが勝った。 ■ ディスク4「ショパン/ノクターン全集」 全般にオイロダインのピアノは音が明るすぎるように感じる。もっとも、実際にコンサート・ホールに足を運べば、生のピアノの音はかなり明るくて輝かしいので、オイロダインはそれなりに正しい音を再生しているということになる。このディスクにはアナログ録音とデジタル録音が混じっている。その差は極めてはっきりと聞き取れて、特にデジタルのピアノが明るかったが、この印象にはショパンのノクターンという曲の趣が影響したと思う。よく「オイロダインのピアノは硬い」と聞く。たしかに硬めで少し金属質たが、硬さによってリアルさと輝きが生み出されるというメリットもある。もっとも、アンプによっては聴き疲れする音になってしまうから難しい。 ■ ディスク5「ムソルグスキー、ラベル/展覧会の絵、ボレロ」 冒頭の拍手は自然、かつ、臨場感豊かに広がりをもって聞こえた。これには音響レンズも一役買っていて、本来は前に出る傾向のある音像が、後方にも広がるように作用していた。低音がやや軽いのは同じであるが、ラベルの鮮やかなオーケストレーションを存分に楽しめた。よく、オイロダインとドイツの重厚な音楽であるワーグナーやブルックナーを結びつけて語る人がいるが、自分には特別に相性がいいとは思えない。オイロダインには案外カラフルなフランス物がぴったりで、昨年末までのオイロダインをメインにしていたとき、いったい何回クリュイタンスのラベルを聴いたのか数え切れないほどである。ワーグナーなら、むしろテレフンケンの O85 が極め付けのように思う。 ■ ディスク6「ワルツ・フォー・デビー」 とにかく、はじけるようなベースの音に圧倒された。もっとボリュームを上げれば、すさまじい迫力になるにちがいない。スネアやハイハットも鮮明で、まるで見えるかのようだった。ジャズのピアノは音像が巨大で、自分にはどう再生されれば正しいのかイメージが持てないのだが、ショパンとは異なり、音色が明るいことはデメリットにはならなかった。 ■ ディスク7「サラ・ボーン&クリフォード・ブラウン」 たぶんサラ・ボーンの声はもっと太く再生されなければならないのであろうが、自分にはそれなりに心地よく聞こえた。トランペットも雰囲気たっぷりに鳴ったし、全体にとても満足できた。 ■■ まとめ ■■ このオイロダインの音色がそうであるように、ドイツの音はけっして金属的なモノクロームの世界ではなく、寒色から暖色までの豊かな色彩をもつ音である。米国系の音は暖色に偏っているために明るく、より鮮やかに感じるのに対し、ドイツ系の音は冷たい色も含んでいるために一聴すると地味なのだが、じっくりと聴けば、より色合いが豊富で表現の幅が広いことに気づくはずだ。オイロダインはジャズとクラッシックのどちらにもマッチする、さまざまな音色の出せるラッパなので、手間がかかることを除けば万人向けともいえる。予算とやる気があるのなら、初心者が買うのも悪くないと思う。入力抵抗が200オームもあるフィールドよりも、15オームのアルニコが無難だ。
ここで手短に説明できるほど簡単ではないが、オイロダインを使いこなすには、とにかくホーンを手なずけなければならない。マーラーでは良かったシュヴァルツコップも、ゼーフリートとのモラヴィア二重唱では、ホーンが共鳴するように聞こえてしまう部分がある。相性の悪い女声といえばフェリアで、もともとメガホンを付けたような声の傾向が誇張されてしまうのであるが、調整しだいではフェリアのグルックを、えもいわれぬリアルな声で楽しめるようにできるのも事実である。音響レンズはゴム・シート(追補:フェルトもある)を挟んで取り付けてあるので、デッドニングの効果もある。 個人的には、トランス結合を多用してナロー・レンジなアンプを作るという方向よりも、ホーンをある程度デッドニングするほうが賢いと思っている。まことに得難い、ズミクロン・レンズのごとき解像度を台なしにしないためである。また、無帰還アンプは普通のスピーカーでは顕在化しない部品のアラが出て失敗することが多いので、完璧に材料を吟味し尽くすのでない限り、軽くNFBをかけたほうが無難である。もっとも、ジャズを聴くにはそんな小細工は無用で、あるがままが一番よいのかもしれない。 ある弦楽ファンのオイロダイン・オーナーが、「以前のアルティックでは聞こえなかった、カルテットの冒頭で音が出る直前の気配が、オイロダインでは克明に感じられる」と話すのを聞いた。オイロダインの表現能力をみごとに言葉にしたと思う。このようなシリアスなリスニングには、音響レンズが無いほうが適しているが、オーケストラなどの大編成では、音響レンズがあったほうが音像が左右や後方に広がって自然になる。音質も多少はマイルドになるが、下記の評価が変わるほどの大きな差は無い。 ホワイト・ノイズ再生時の音圧の周波数分布 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10222_805.jpg
■■ スペック ■■ : Weight : 重量 : Diameter : 外径 490 mm : Width : 幅 815 mm : Hight : 高さ 415 mm : Depth : 奥行き : Depth of basket : バスケットの奥行き : Voice coil diameter : ボイスコイルの直径
15 ohm : input impedance : 入力抵抗 50 - 18 kHz : Frequency range : 実用周波数帯域 70 Hz : Resonance frequency : f0 600 Hz : Crossover frequency : クロスオーバー周波数 (electrical crossover is 500 Hz) Very high : Efficiency : 能率 ■■ 評価 ■■ 3 : Amount of bottom frequency : 重低音の量 4 : Amount of low frequency : 低音の量 7 : Amount of high frequency : 高音の量 5 : Amount of top frequency : 最高音の量 7 : Quality of lower frequency : 低音の質 6 : Quality of middle frequency : 中音の質 7 : Quality of higher frequency : 高音の質 4 : Frequency balance : 各音域のバランス 3 : Softness : 音のやわらかさ 6 : Brightness : 音の明るさ 7 : Clearness : 音の透明さ 8 : Reality : 演奏のリアル感 7 : Sound source image : 音像の明瞭さ 5 : Soprano : ソプラノ 5 : Baritone : バリトン 7 : Violin : ヴァイオリン 6 : Piano : ピアノ 7 : Orchestra (strings) : オーケストラ 8 : Brass : 金管楽器 4 : Big drum : 大太鼓の重低音 9 : Triangle : トライアングル 7 : Perspective of applause : 拍手の臨場感 8 : Snare drum : スネアドラム 8 : Jazz base : ジャズ・ベース 5 : Jazz vocal : ジャズ・ボーカル 6 : Aptitude for Classic : クラッシックへの適性 8 : Aptitude for Jazz : ジャズへの適性 https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10222 ▲△▽▼ 乱聴録【其ノ二】テレフンケン(ブルー・フレーム) TELEFUNKEN Ela L6 (2007年10月28日) https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10223 TELEFUNKEN Ela L6 10インチ・フルレンジ https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10223_801.jpg テレフンケンは1903年に皇帝ヴィルヘルム2世の命により、SIEMENS & HALSKE と AEG によって共同設立された無線分野を開拓するための会社で、社名は遠隔を表す「テレ」と火花や電波を表す「フンケン」に由来する。ちょうどクラングフィルムよりも四半世紀早く、同じ2社によって設立されたこの会社は、現在のオーディオ界ではスピーカーよりも真空管で有名であるが、なんといってもラジオでの成功が顕著であり、膨大な数の機器を製造した。また、テープ・レコーダーの開発でも、オーディオ界に多大な貢献をした。
このユニットは数発を並べたフルレンジ、あるいは10個以上を並べて小型のホーン・ツィータと組み合わせた2ウェイとして、主にPA用途で使われた。一部はモニター用として使われたものもあり、幅広く用いられた割には数が多くないように思う。濃いブルーに塗装されたバスケットは、ジーメンスの10インチユニットのような薄いアルミではなく、肉厚でガッチリとしている。この塗装色から「ブルー・フレーム」などと呼ばれるようになった。最も美しいラッパの一つである。 青いフレームと赤いダンパーのフランジ https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10223_802.jpg
この記事では青いテレフンケン、あるいは単にテレフンケンと呼ぶことにする。コーン紙はエクスポーネンシャル形状で、中央の赤色いキャップが乳首のような形状であることから「レッド・ニップル」とも呼ばれる。このユニットのフルレンジ再生は、オイロダインと切り替え比較をしても十分に聴きごたえがあるほどで、音質もドイツ製スピーカーの典型である。このユニットの試聴はアルニコのオイロダイン(KL-L439)と比較しながら、平らなマグネットのもの2個で行なった。
赤く乳首のようなセンター・キャップ https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10223_803.jpg
■ ディスク1「マーラー/子供の不思議な角笛」 最初の「死んだ鼓手」では、冒頭の大太鼓がオイロダインよりも量感があることに驚いた。逆にいえば、小さな仮設バッフルに取り付けられたオイロダインの量感が不足しているのだが、さらにちっぽけな箱に入れらたテレフンケンが勝るのだから、やはり低音は優れていると判断できる。皮肉っぽい歌詞を歌う表情豊かなフィッシャー・ディースカウの声は自然に再生され、やや誇張のあるオイロダインよりも好感がもてる音であった。オーケストラはホーン型のオイロダインほど鮮やかではないが、すべての楽器のパートが十分に楽しめた。4曲めの「ラインの伝説」ではシュヴァルツコップのソプラノが少し艶の無い声に感じられた。
■ ディスク2「モーツァルト/女声歌曲集」 オーディオ愛好家というものは、名曲の名演奏にこだわるあまり、一部の楽曲ばかりを聴くという傾向がある。自分も同じであったが、最近は無知を反省してブリリアントの全曲集を多量に聴いている。このディスクも同レーベルのモーツァルト全集170枚組のなかの1枚である。ブリリアントのプロデューサーは歴代の演奏に造詣が深いらしく、最近もショパンの全曲集に驚かされた。なんと、1903年に録音されたプーニョの演奏が含まれているのである。同レーベルは安価な全曲集専門で、全般にコストのかかるメジャーな演奏家の新しい録音は無いが、マイナーな録音や古い録音から意味のある選択をしている。この女声歌曲集はとてもシンプルな録音で、古楽器のフォルテピアノは良い音だが、ソプラノがフォルテで少し歪んでハスキーに聴こえる傾向がある。この歪むような声の変化が、ラッパによって様々に聞こえるのが興味深い。演奏にはシュヴァルツコップとギーゼキングのような豊かな表現を望むべくもないが、典雅な雰囲気があって悪くない。 モーツァルトのボックス・セットと試聴用のCD
「モーツァルト/女声歌曲集」からは10曲目の「Abendempfindung」(夕べの想い)」をいつも聴くことにしている。ソプラノはフルレンジでは物足りないことが多いが、このユニットはまずまずで、10インチのフルレンジとしては優れている。ソプラノの声の歪みはオイロダインほど強調されず、平均的であった。ただし、テレフンケンでは本来エレガントであるはずのソプラノが、少しだけたくましく感じられてしまった。空気感や古楽器のフォルテピアノの美しい響きは、明らかにオイロダインの方が優れていたが、テレフンケンでもそれなりに味わえた。
■ ディスク3「ヌブー&ハシッドのヴァイオリン」 ヴァイオリンでは、ホーンによる音作りに秀でたオイロダインとかなり差がついたが、それでも10インチのフルレンジとしては上々の表現力であった。ヌブーよりもハシッドが良く、厚みのある音で充実していた。 ■ ディスク4「ショパン/ノクターン全集」 フルレンジ・ユニットにとってヴァイオリンの再生が難しいのに対し、ピアノは全般に得意なジャンルのようで、このテレフンケンもピアノは優れていた。右手の響きが華やかなオイロダインも良かったが、少しカンカンした金属的なところがあって、むしろテレフンケンのほうが好ましく感じられた。テレフンケンのピアノには 42006 のような愁いはなく、ショパンのノクターンにはやや健康的すぎる音ではあるが、バランスのとれた、それなりに華のある響きを聴かせてくれた。デジタル録音とアナログ録音の差もはっきりと聞き取れた。 ■ ディスク5「ムソルグスキー、ラベル/展覧会の絵、ボレロ」 冒頭の拍手はフルレンジ・ユニットには厳しいものだが、会場にひろがって行く雰囲気がまずまず自然に聴けた。フィナーレのキエフの大門でも、分厚い低音に支えられたオーケストラのピラミッドが崩れることは無く、余裕さえ感じられたのはさすがであった。繊細感には乏しいが団子にはならず、ブラスの輝きはそれなりにあり、トライアングルもきちんと再生された。 ■ ディスク6「ワルツ・フォー・デビー」 やはりフルレンジ・ユニットには厳しいスネアドラムだが、このテレフンケンはかろうじて合格点で、いちおうそれらしく聞こえた。ピアノはドイツのユニットとしては明るく健康的な音色がマッチして、ショパンよりも良かった。ウッドベースは量感と弾力感がすばらしく、10インチとしては最高の部類であった。 ■ ディスク7「サラ・ボーン&クリフォード・ブラウン」 この録音では、テレフンケンはほとんどのパートでオイロダインよりも好ましい音を出した。とくに、サラ・ボーンのボーカルは出色で、全体的な音の雰囲気も演奏にマッチしていたので、これなら、755A をはじめとする米国系のラッパを気にして横目でにらむ必要は無いだろう。 ■■ まとめ ■■ みるからによい音がしそうなユニットだが、やはり優れた再生能力をもっていた。テレフンケンはエクスポーネンシャル形状のコーンの発明など、黎明期のスピーカー開発をリードしたメーカーであり、当然ながらスピーカーの製造では最高の技術をもっていた。「そのテレフンケンでもっとも実用的なラッパではないか?」というのが、試聴を終えた自分の感想である。同様な10インチのSIEMENSに比べると力強く元気な音で、男性的に感じられるかもしれない。
下の周波数分布を見ればわかるように、高域はの伸びはドイツのフルレンジとしては標準的より上だが、さらに8kHz前後を持ち上げて聴感上の満足を得るという、典型的な音作りもしてある。また、周波数分布は少しデコボコしていて、それによる癖が力強さにつながっているようだ。能率は非常に高く、音に多少の荒さはあるものの、驚くべき実力を持つラッパだ。なお、2ウェイにすることで荒さは解消できるだろう。 小さなうねりはあるがワイドレンジな周波数分布 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10223_805.jpg
■■ スペック ■■
2.2 kg : Weight : 重量 247 mm : Diameter : 外径 213 mm : Edge diameter : エッジの外径 188 mm : Cone diameter : コーンの外径 138 mm / 128 mm : Depth : 奥行き 78 mm : Depth of basket : バスケットの奥行き 30 mm : Voice coil diameter : ボイスコイルの直径 2 ohm : Voice coil DC resistance : ボイスコイルの直流抵抗 60 - 15 kHz : Frequency range : 実用周波数帯域 59 Hz : Resonance frequency : f0 Very high : Efficiency : 能率 ■■ 評価 ■■ 3 : Amount of bottom frequency : 重低音の量 5 : Amount of low frequency : 低音の量 6 : Amount of high frequency : 高音の量 4 : Amount of top frequency : 最高音の量 5 : Quality of lower frequency : 低音の質 5 : Quality of middle frequency : 中音の質 4 : Quality of higher frequency : 高音の質 7 : Frequency balance : 各音域のバランス 4 : Softness : 音のやわらかさ 7 : Brightness : 音の明るさ 3 : Clearness : 音の透明さ 5 : Reality : 演奏のリアル感 7 : Sound source image : 音像の明瞭さ 4 : Soprano : ソプラノ 6 : Baritone : バリトン 5 : Violin : ヴァイオリン 5 : Piano : ピアノ 5 : Orchestra : オーケストラ 5 : Brass : 金管楽器 5 : Big drum : 大太鼓の重低音 5 : Triangle : トライアングル 5 : Perspective of applause : 拍手の臨場感 4 : Snare drum : スネアドラム 6 : Jazz base : ジャズ・ベース 8 : Jazz vocal : ジャズ・ボーカル 4 : Aptitude for Classic : クラッシックへの適性 8 : Aptitude for Jazz : ジャズへの適性 https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10223 ▲△▽▼
乱聴録【其ノ三】クラングフィルム KL42006 KLANGFILM, TELEFUNKEN Ela L45 (2007年10月28日) https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10224 初期の台座が付いた 42006 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10224_801.jpg クラングフィルムでは、1920年代後半のライス&ケロッグ型に次いで古い、この1930年代前半の形状をとどめるセンター・スパイダー型のラッパが、戦後になってアルニコの時代に移り変わるまでの長い間、フルレンジ・スピーカーの王座を守りぬいた。42006 はそれだけ完成度が高く、決定版であったということである。さらに、磁気回路が巨大で外観が立派なこともあって、42006 は現在でも最高のフルレンジとされているのだから、ラッパは1930年代前半から進歩していないと、この一面ではいえることになってしまう。この古風な姿をしたラッパが現在でも入手可能で、そのうえ、すばらしい音を出してくれるということは、ヴィンテージ・オーディオにおける最高の喜びのひとつである。
俗に ZETTON と呼ばれているようだが、KLANGFILM ZETTON システムのメイン・スピーカーは、別の12インチモデルである。型番は42002〜42004あたりの可能性が高い。(その後の調査によって、ZETTONについの記述が誤りだったことが判明したので、訂正させていただいた) 42006 はトランク・ケースに組み込んで、ポータブル映写システムに多用されたため、製造数が多く、現在でもクラングフィルムのフィールド型としては、最も数が多いラッパである。したがって、入手は比較的容易だが、すでにかなり高額になってしまっているだけでなく、さらに高騰しそうな勢いである。 シリアルが4万台の初期ユニットは、ガスケットのフェルトが美しい紺色をしている。そのなかには、上の写真のような台座が付いているユニットがある。42006 は磁気回路が非常に大きくて重い割りにフレームが薄い鉄板なので、少しの衝撃で変形してしまう恐れがあるから、この台座が省略されてしまったのは残念である(その後、7万台で台座付きのものを目にした)。6万台になるとフェルトは灰色になるが、代わりにレモン・イエローの半透明塗料が磁気回路の防さび用として塗布されている。下の写真の左側のユニットがそれで、タグには1938年と記されている。旧ドイツによるチェコスロバキア併合が始まった年であり、大戦前夜の優れた品質の製品が生み出された時代でもある。 シリアルが6万台(左)と11万台(右)の 42006 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10224_802.jpg
右側はシリアルが11万台で、第二次大戦中の製造と思われるが、品質は意外に高く、物資不足による粗悪な製品のイメージとはほど遠いものである。1945年のオイロダインと同様に、クラングフィルムの七不思議だ。その後、クラングフィルムのモデル・ナンバーが大戦中までの5桁から、1945年ごろの4桁を経て3桁になるのにしたがい、KL-L305 と改められたが、ラッパにこれといった変化は無かった。
42006 の初期には TELEFUNKEN ブランドの Ela L45 という同型のラッパがあった。黒いチジミ塗装、緑色のフェルト、センター・スパイダーのすき間に輝く銅メッキのポールピース。そういったパーツでいっそう魅力的に見えるラッパだが、最大のちがいはコーン紙にある。これまでに入手した2本は、どちらもコーン紙が少し茶色がかっていて質感がちがい、音も少しだけ柔かい印象であった。また、ボイスコイルの直流抵抗も14オーム程度と多少高かった。とはいえ、42006と異なる評価を与えるほどの差は無いので、いっしょにまとめてしまった。試聴は11万台のラッパを中心に、他も少しだけ聴きながら行った。 テレフンケンの Ela L45 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10224_803.jpg
■ ディスク1「マーラー/子供の不思議な角笛」 死んだ鼓手の大太鼓は青いテレフンケンと同じくらいの量感であるが、口径が大きいためか余裕を感じる。フィッシャー・ディースカウのバリトンはオイロダイン以上にリアルで凝縮感があり、ゾクゾクするほどであった。トライアングルやピッコロなど、細かい音も一とおり聞き取れた。ソプラノは軟らかく聞きやすいが、ほんの少し物足りなかった。それでも、シュバルツコップらしい声には聞こえた。途中のバイオリンソロは艶が控え目だが良い感じであった。古色蒼然たる見かけよりもずっと Hi-Fi 的だったのは確かである。
■ ディスク2「モーツァルト/女声歌曲集」 ホールトーンなど、古楽らしい空間の雰囲気は弱かったが、ニュアンスはそれなりに聞き取れた。ソプラノも地味で、ソプラノがフォルテで声が割れるような録音が歪むようなところは、濁ってしまってニュアンスがはっきりと聞き取れなかった。とはいえ、声がソフトで聞きやすかったこともあり、聴いていて悪い気分ではなかった。 ■ ディスク3「ヌブー&ハシッドのヴァイオリン」 ヌブーとハシッドはあふれる才能をもつバイオリニストであったこと、そして、若くして命を失ったことで共通している。大二次大戦の初期に行われたブルムラインの装置による録音は、SP時代の頂点ともいえる出来であり、赤レーベルに金泥が輝くヌブーのHMV盤は、ヴァイオリン・ディスク史上の宝石である。ハシッドのほうはエビ茶色のレーベルで、同じ HMV盤でも趣が異なるのだが、念のためにSP盤を取り出して確認したところ、やはりブルムラインの装置を示す□の刻印があった。ウエスタンエレクトリックの装置なら△の刻印である。17才でハシッドが録音したタイスの瞑想曲を HMV の 203型蓄音機で聴くと、「クライスラーが200年に一度の逸材と絶賛した彼のビロードのごとき手で奏でれば、このありきたりに聴こえがちな曲がなんという深い美しさをたたえるのであろうか」と、思わずにはいられない。それほどの美音は望まないにせよ、この録音のバイオリンをフルレンジ・ユニットで満足に再生するのは意外に難しく、試聴にはもってこいである。 ヴァイオリニストに多い早逝の天才である二人
一聴からしてヌブーはいまひとつであった。高域に蓄音機的な華やかさが無く、電蓄的(当り前だが)であった。ちなみに電蓄とは電気蓄音機のことで、シャキッとした機械式の蓄音機の音に対し、ブーミーな音とされている。ハシッドはまずまずであったが、どうも古いヴァイオリンとは相性が悪いのかもしれない。試しにローラン・コルシアを聴いてみたところ、なかなか良い雰囲気であった。どうもヴァイオリンに関しては新しい録音のほうがマッチするようである。
■ ディスク4「ショパン/ノクターン全集」 録音年代の差はオイロダインほどではないが、はっきりと聞き取れた。音にはかげりがあって、ショパンのノクターンらしい雰囲気を味わうことができた。オイロダインは、20番で音が明るすぎて違和感があった。42006 も全体に少し誇張された感じはしたが、19番では音が少し不安定でいっそうアナログ的に聞こえる効果が生じて、この CD にはマッチしていた。高音は音程によって音色が異なるばあいがあり、調律師だったら気になるであろう。いかにも敏感なフルレンジらしい魅力的なピアノで、ソプラノが地味なのと対象的であった。 ■ ディスク5「ムソルグスキー、ラベル/展覧会の絵、ボレロ」 一応フル・オーケストラもちゃんと聞けたし、チューブベルや大太鼓も悪くなかった。トライアングルなど細かい音も聞き取れた。しかし、音場はダンゴ気味になってあまり広がらなかった。もっと大きなバッフルなら良かったのかもしれない。やはり、「フル・オーケストラではツィーターが欲しくなるな」という印象をもった。量感はけっこうあって、ズシンと来た。拍手はダクトを耳に当てて聴いたような、遠くのジェット機の騒音にも似た、変調された感じの音であった。 ■ ディスク6「ワルツ・フォー・デビー」 田舎に行くとコイン精米機というのがあって、玄米から精米し立ての米を食べるために利用されている。コイン精米機の動作中は「ザーザー」とも「ジャージャー」ともつかない音が響くのだが、42006 のスネアドラムは、まるでこの音のようであった。ハイハットはまずまずで、ピアノはリアルだが誇張された感じであった。ベースはオイロダインのような弾ける感じではなく、普通という印象を受けた。 ■ ディスク7「サラ・ボーン&クリフォード・ブラウン」 クリフォード・ブラウンのミュートを付けたトランペットは、なんともいえない哀愁を帯びた響きであった。少しマイルドに過ぎるきらいはあるが、けっしてあいまいではなく、音のくま取りははっきりとしていた。ボーカルは声が浮き出て良かった。 ■■ まとめ ■■ この量産ユニットとしては最も古い形状のフルレンジは、はたして Hi-Fi に使えるのであろうか? その答えは YES でもあり NO でもある。意外にレンジは広く、音の透明感もそれなりにある。往年の名録音ならオーケストラも含めておおむね良好だが、大編成の新しい録音はおもしろくない。フルレンジで高域を補うために良くある 8 kHz 付近のピークは比較的弱く、素直な特性である。したがって、自然で大人しい音である。 Hi-Fi 用ではなく、能率重視の古い設計だが、センタースパイダでショートボイスコイルという、軽い音原らしい敏感な音で、俗にいうハイスピードの典型だろう。いっぽうで巨大なフィールドらしい中音域の凝縮感もあった。低域はやや甘くて使いやすく、オイロダインよりも容易に低音の量感を出すことができる。男性ボーカル専用にモノで使えば最高か? ツィーター無しで満足できるかどうかは、聴く人の感性やポリシーによるが、平均的な米国系の12インチ・ユニットよりもはるかにワイドレンジなことは確かである。娘が借りてきたヒラリー・ダフの DVD を、なんの違和感も無く再生出来たことを付け加えておく。さすがに映画用のラッパだ。 初期の台座が付いたラッパは f0 が 70 Hz と少し高く、後期のものよりも低音が軽く感じられた。テレフンケンは少しだけ柔かい音で、42006 にもかすかにある、SIEMENS 系のフルレンジに特徴的な音の硬さが目立たなかった。さて、だいぶ長くなったが、42006 についてはあまりに書くべきことが多いので、続きは稿を改めて別の書き物にまとめることにする。 11万台のユニットの周波数分布 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10224_805.jpg
■■ スペック(42006)■■
6.8 kg : Weight : 重量 296 mm : Diameter : 外径 263 mm : Edge diameter : エッジの外径 236 mm : Cone diameter : コーンの外径 193 mm : Depth : 奥行き 88 mm : Depth of basket : バスケットの奥行き 38 mm : Voice coil diameter : ボイスコイルの直径 10 ohm : Voice coil DC resistance : ボイスコイルの直流抵抗 2.7 k ohm : Field coil DC resistance : フィールドコイルの直流抵抗 50 - 12 kHz : Frequency range : 実用周波数帯域 67 Hz : Resonance frequency : f0 Very high : Efficiency : 能率 ■■ 評価 ■■ 4 : Amount of bottom frequency : 重低音の量 5 : Amount of low frequency : 低音の量 5 : Amount of high frequency : 高音の量 2 : Amount of top frequency : 最高音の量 6 : Quality of lower frequency : 低音の質 7 : Quality of middle frequency : 中音の質 5 : Quality of higher frequency : 高音の質 7 : Frequency balance : 各音域のバランス 6 : Softness : 音のやわらかさ 4 : Brightness : 音の明るさ 4 : Clearness : 音の透明さ 4 : Reality : 演奏のリアル感 7 : Sound source image : 音像の明瞭さ 4 : Soprano : ソプラノ 8 : Baritone : バリトン 4 : Violin : ヴァイオリン 8 : Piano : ピアノ 4 : Orchestra : オーケストラ 4 : Brass : 金管楽器 6 : Big drum : 大太鼓の重低音 3 : Triangle : トライアングル 2 : Perspective of applause : 拍手の臨場感 2 : Snare drum : スネアドラム 6 : Jazz base : ジャズ・ベース 8 : Jazz vocal : ジャズ・ボーカル 5 : Aptitude for Classic : クラッシックへの適性 6 : Aptitude for Jazz : ジャズへの適性 https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10224 ▲△▽▼
乱聴録【其ノ四】シュルツ KSP215 SCHULZ (2008年3月20日) https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10225 左がフェライト、右がアルニコの KSP215 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10225_801.jpg シュルツ(W. Schulz Elektroakustik/Mechanik)は東ベルリンで第二次大戦後の数十年間にわたり、レコーディング・スタジオや放送局のモニター用スピーカーなどを製造していたオーディオ機器メーカーである。プロ用のみであったためにどの機種も製造数が少なく、市場でも見かけることが少ない。エテルナ・レーベルなどで有名なシャルプラッテンも、モニター・スピーカーとしてシュルツを用いていたので、エテルナの優れた音質にシュルツのスピーカーが深くかかわっていたにちがいない。シュルツは独特な構造の大型コアキシャル O18(TH315)で有名だが、KSP 215 も小さいながら風変わりなラッパである。
まず、エッジが発泡ネオプレンゴムである。このようなスポンジ状のエッジは、英ローサー製 PM6 のエッジがボロボロになって痛い目にあった身としては不安であるが、指で押してみると軟らかく、まったく劣化していないように見えるから不思議だ。つぎに、ダブルコーンの中心のボイスコイル・ボビンのところに樹脂性のキャップが接着されていて、ちょうどソフトドーム・ツィーターのようになっている。それらに深緑色の塗装も加わることで、特異な外観になっている。 KSP215 にはアルニコとフェライトのもの(KSP215K)があって、磁石以外の構造や音も若干異なる。アルニコにはコルゲーションが1本あるほか、ドームとなるキャップがボイスコイル・ボビンに接するように接着されている。フェライトにはコルゲーションが無く、キャップは大きめでボイスコイル・ボビンから少し離れたコーン紙に接着されている。フェライトのほうが KSP215 の個性をより強く持っているので、試聴はフェライトで行い、少しだけアルニコと比較してみることにした。 上がフェライト、下の二つがアルニコの KSP215 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10225_802.jpg
■ ディスク1「マーラー/子供の不思議な角笛」 フィッシャー・ディースカウはかなりマイルドで明るい声に聴こえた。最近のナチュラル派をうたうスピーカーで聴く彼の声にもこのような傾向があるが、彼の生演奏を聴いたことがある耳にとっては、テレフンケンのほうがずっと真実に近い声に感じられた。明らかにシュルツのほうが歪みが少ないのだが、歪みが少ないほど原音に近く聞こえるという比例関係は、多くのばあいに成立しない。この解離によって、原音追求が冬の旅になるのである。
ソプラノもじつにきれいだが薄味で、円熟期のシュヴァルツコップの声がずいぶんと可愛らしく聴こえてしまってもの足りなかった。もっと無垢なソプラノなら、チャーミングに聞こえるシュルツの音が似合うことだろう。 いっぽう、伴奏は全般に優れていた。大太鼓はテレフンケンほど量感はないものの、オイロダインのように倍音成分が勝ってトンッと軽くはならず、低くとどろく感じがある程度出ていた。8インチとしては最高の部類だろう。オーケストラの分離は、さすがといえるほどであった。シングルコーンならステレオの定位や分離が必ず良い、というのは誤りである。コーンは複雑な分割振動をしており、定位に大きウエイトを占める中高音ではとくに、音源の位置が複雑になる。10 kHz の波長 3.4 cm に対してコーンは大きく、位相を乱すのに十分だ。シュルツはセンターのドームが有効に機能している印象である。ストリングも見通しが良くてとてもなめらかであったが、ウエットに感じた。 ■ ディスク2「モーツァルト/女声歌曲集」 このディスクはシュルツで好ましく聴くことができた。ソプラノの歪はそのままストレートに聴こえたが、清らかさがあって不快ではなかった。箱庭的で狭い印象ではあったが、録音された場所の空間を感じることができた。 ■ ディスク3「ヌブー&ハシッドのヴァイオリン」 シュルツはこの古いヴァイオリンの録音には向かないようである。最新の高級なラッパで聴いたときのような、つまらない音であった。 ■ ディスク4「ショパン/ノクターン全集」 なにかで「アシュケナージが来日した際にパハマンのSPレコードを探し求めた」というような文章を読んだのだが、出典を忘れてしまって思い出せない。それはあやふやな記憶だが、このノクターン全集を聴くとパハマンの幽幻な演奏とのつながりを感じるのは、二人のファースト・ネームがともにウラジミールだからというわけではないだろう。このディスクの録音は1975年と1985年に行なわれており、その間にはアナログからデジタルへの録音方式の変遷があった。このため、このディスクではアナログ録音とデジタル録音が混在しており、デジタル・リマスターによって音質の差を無くそうと努力してはいるものの、明らかにちがう音に聴き取れる。この音質の差がどのように感じられるか、というところが、このディスクによる試聴の妙味である。 アシュケナージのノクターン全集(SPレコードはパハマンのノクターン)
ほかのドイツのフルレンジのように、ピアノが特に良く聞こえるラッパではなかった。デジタル録音は冴えた高音が広がることでアナログ録音との差をはっきりと感じた。
■ ディスク5「ムソルグスキー、ラベル/展覧会の絵、ボレロ」 冒頭の拍手はとても自然で、さざ波のように広がる様子が見事に再現された。周波数レンジが広く、すべてのパートをきちんと聞き取れたが、迫力には欠けていた。ステレオ感は最高で、特筆すべき再現性であった。 ■ ディスク6「ワルツ・フォー・デビー」 スネアドラムはフルレンジとしては最高で、「これ以上きちんと再生できるユニットは存在しないのでは?」と思うほど優れていた。ベースもきちんと再生されたが、少しお上品な印象であった。ピアノの音もきれいであったが、もともと人工的に録音されている音像が、定位が明確なせいで不自然さが増してしまったようである。 ■ ディスク7「サラ・ボーン&クリフォード・ブラウン」 全体に過不足なく再生し、優等生的だったが、すべてがきれい事になってしまう傾向があった。 KSP215K(フェライト)のラベル https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10225_804.jpg
■■ まとめ ■■ はじめの一音から、普通のラッパとは明らかに異なる印象を受けた。ドイツのフルレンジとは思えない異端児で、その音はスペンドールやセレッションなど、英国のブックシェルフを連想させた。能率は低めで、こちらから聴きに行けばすばらしい音が出ているが、受身では弱い印象の音であった。ヘッドホン的に、近距離で音像に頭を突っ込むようにして聴けば、ものすごい音像定位を味わえた。非常に優れた特性のラッパで、減点法なら最高得点となるのだが、魅力に欠ける面があることも否めない。やはり、まごうかたなきモニター・スピーカーである。
アルニコの音はフェライトを7割、RFT のフルレンジを3割でブレンドした、というような印象であった。f0 が高いこともあって、普通のラッパに近い鳴りっぷりなので、アルニコのほうが使いやすいだろうが、個人的にはより個性的なフェライトを手元に置いておきたいと思う。 もし、目の前で歌うフォークや歌謡曲などの女声ボーカルを、くちびるのウエットささえ感じらるほどに聴くことが目的なら、このラッパを至近距離で使うのが最高の選択かもしれない。おそらく、歌手の声は普通よりも可愛らしく聞こえるであろう。シュルツはまったく同じ作りで5インチ口径の、テープレコーダー内蔵用のモニターも製造したので、聴いてみたいところである。 KSP215K(フェライト)の音圧の周波数分布 https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10225_805.jpg
■■ スペック ■■
Ferrite, AlNiCo 1.35 kg, 1.15 kg : Weight : 重量 215 mm, 213 mm : Diameter : 外径 195 mm, 195 mm : Edge diameter : エッジの外径 170 mm, 165 mm : Cone diameter : コーンの外径 93 mm, 110 mm : Depth : 奥行き 56 mm, 68 mm : Depth of basket : バスケットの奥行き 32 mm, 32 mm : Voice coil diameter : ボイスコイルの直径 4.7 ohm, 4.1 ohm : Voice coil DC resistance : ボイスコイルの直流抵抗 40 - 20 kHz (Ferrite) : Frequency range : 実用周波数帯域 48 Hz, 62 Hz : Resonance frequency : f0 Middle low : Efficiency : 能率 ■■ 評価 ■■ 3 : Amount of bottom frequency : 重低音の量 4 : Amount of low frequency : 低音の量 6 : Amount of high frequency : 高音の量 5 : Amount of top frequency : 最高音の量 5 : Quality of lower frequency : 低音の質 5 : Quality of middle frequency : 中音の質 5 : Quality of higher frequency : 高音の質 6 : Frequency balance : 各音域のバランス 8 : Softness : 音のやわらかさ 5 : Brightness : 音の明るさ 7 : Clearness : 音の透明さ 3 : Reality : 演奏のリアル感 9 : Sound source image : 音像の明瞭さ 4 : Soprano : ソプラノ 3 : Baritone : バリトン 5 : Violin : ヴァイオリン 5 : Piano : ピアノ 5 : Orchestra : オーケストラ 4 : Brass : 金管楽器 5 : Big drum : 大太鼓の重低音 6 : Triangle : トライアングル 7 : Perspective of applause : 拍手の臨場感 6 : Snare drum : スネアドラム 2 : Jazz base : ジャズ・ベース 3 : Jazz vocal : ジャズ・ボーカル 6 : Aptitude for Classic : クラッシックへの適性 2 : Aptitude for Jazz : ジャズへの適性 https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10225 ▲△▽▼ 乱聴録【其ノ五】ジーメンス革エッジ12インチ・フィールド SIEMENS (2008年4月19日) https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10226 皮エッジの12インチ・フィールド型。緑のフェルトはオリジナルではない https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10226_801.jpg 日本では公式に「シーメンス」とされている SIEMENS だが、オーディオ愛好家にとっては、最高のオーディオ機器を製造していたころの1966年までの名前であるジーメンス&ハルスケ(SIEMENS & HALSKE)が記憶すべき名称だ。Halske とともに同社を創業した Ernst Werner von Siemens は、電気機関車などの発明で有名だが、マイクロフォンやスピーカーの動作原理となっているムービング・コイルの発明者でもあることを忘れてはいけない。そういったわけで、オーディオの話題ではジーメンスと表記することをご容赦いただきたい。
磁気回路は小さく、42006 と比べると貧弱に見える https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10226_802.jpg
ジーメンスは同社と AEG で共同設立したテレフンケンと密接に関連してスピーカーの開発、製造を行ったので、両社のラッパはどちらのブランドなのか判然としないところがある。この皮エッジの12インチも同様だ。フィックスド・エッジの12インチは、1930年代後半のテレフンケン製高級ラジオに内蔵されていたことからテレフンケン製とされているが、下の写真に示すドイツのスタジオ・モニターの原器ともいえるラッパは、革エッジのユニットを用いて、SIEMENS のエンブレムが付いている。この系統のユニットをジーメンスのラッパとするのか、あるいはテレフンケンとするのかは難しいが、おおむね初期のものがテレフンケンで、1930年代末ごろからの中期以降のものがジーメンスといったところだ。
つい立型をした SIEMENS のスタジオ・モニター https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10226_803.jpg
この皮エッジの12インチはフィックスド・エッジより数年後の1940年ごろにごく少数が製造され、主にスタジオ・モニターとして用いられたと思われるが、入手したラッパには映画スクリーンの飛まつと思われる白点があるので、劇場でも使われたのだろう。ひょっとすると試聴したペアはテレフンケン・バージョンで、元から L45 のような緑色のフェルトであったのかもしれない。
終戦前後には皮エッジのままアルニコ化され、さらにアルミ・コーンのツィーターを加えた同軸ユニットも製造された。いずれのラッパも、現存している数は非常に少ない。下の写真は上のスタジオ・モニターのユニットで、こちらの灰色のフェルトはオリジナルである。ただし、このユニットは皮エッジが縮んで変形しており、大手術が必要なために試聴できなかった。 修理中のスタジオ・モニターのユニット https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10226_804.jpg
エッジの皮は幅が広く、明らかにフィックスド・エッジを手作業で切断して製造したものである。同じ12インチの 42006 が能率最優先のショート・ボイスコイルで大振幅時の歪みを容認した設計であるのに対し、このラッパはロング・ボイスコイルで能率が低く、高忠実度再生をねらった設計である。下の写真はボイスコイルがかなり飛び出して見えるが、これでもボイスコイルの位置はほぼ中央で、正しく調整された状態である。磁気回路のギャップの深さが 5 mm しかないのに、なんと、ボイスコイルの幅は 11 mm と2倍以上もあるのだ。この時代にコーンの振幅をそんなに広く想定していたとは思えないので、かなりの無駄があり、なぜこのような設計をしたのかは謎だ。
不必要と思われるほど長いボイスコイルで能率は低い https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10226_805.jpg
■ ディスク1「マーラー/子供の不思議な角笛」 冒頭の大太鼓の一発で衝撃を受けた。これはただならぬラッパだ。フィールドの小さい貧相な外見からは想像できない、床を揺るがすような重低音に、オーディオ的な快感を禁じえなかった。オイロダインはまったくかなわない。大太鼓以外のパートも大口径フルレンジとしては不思議なくらい団子にならず、さわやかさがあって魅力的であった。少しメローで聴きやすい声の音質ながら、ディースカウはディースカウらしく、シュヴァルツコップはシュバルツコップらしく聴こえた。
■ ディスク2「モーツァルト/女声歌曲集」 独特の艶とまろやかさのあるソプラノで、夕べの想いはロマンティックな雰囲気に浸れた。やはりフルレンジなので、ホーンのような華やかさやリアリティには欠けるが、これはこれで、うっとりできる。この録音の独特な癖は少し潜められるが、区別ははっきりしていた。やはり、メローでありながら分解能のある不思議な音で、荒々しさのあるテレフンケンとは対照的であった。 ■ ディスク3「ヌブー&ハシッドのヴァイオリン」 同じ高価なフィールドの12インチということで、どうしても比較してしまうが、42006 よりもずっと良かった。ヌブーのこの録音は理屈抜きで美しく、耽美的に聴けた。それでそのまま、なにも考えずに最後まで聴き続けてしまった。このラッパが持つ高域の甘さが、ヴァイオリンの SP 復刻ではすべて良い方向に作用していた。 ■ ディスク4「ショパン/ノクターン全集」 このディスクのみ、愁いのある 42006 の音に軍配があがった。十分に雰囲気はあったのだが、ピアノはもう少し辛口のフィックスドエッジのほうが「らしく」聴こえる、ということなのだろう。分解能は申し分なく、アナログとデジタルの差もはっきりとわかる。巻線の低音はすばらしく、テレフンケンが軽々しく聞こえてしまうほどであった。 ■ ディスク5「ムソルグスキー、ラベル/展覧会の絵、ボレロ」 録音嫌いで有名であったチェリビダッケは、個性派ぞろいの指揮者のなかでも、極め付けの一人といえるだろう。録音の人為的な編集を不正なものとした指揮者の意志の表れか、このディスクもあまり加工臭のしない好感のもてる音作りだ。人工調味料をふんだんに入れた惣菜のような録音に麻痺してしまった耳には、ゆっくりとしたテンポの展覧会の絵がスローフードのように心地よいだろう。もちろん、1990年代の新しい録音なので十分に Hi-Fi であるし、管弦楽の編成も大きいので、一般的なオーディオの試聴にも適したディスクであると思う。演奏前後の拍手も自然な雰囲気で録音されいる。 チェリビダッケの展覧会の絵とボレロ
拍手の不思議な音場に驚いた。スピーカーの上方にふんわりと広がるプレゼンスに、思わず高いところにある別のスピーカーが鳴っているのか?と腰を浮かせてしまった。それが、信号をモノラルにミックスすると、ぴたりと真ん中に置いてあるテレフンケンから音が出てくるように聞こえるから見事だ。シュルツの KSP215 ほうがより正確にステレオの音場を再現していたはずだが、こちらのほうがずっと広がりがあって魅力的だ。これも皮エッジの効果だろうか?
拍手ばかりでなく、オーケストラもすばらしい音で、この一連の試聴で初めて全曲を聴いてしまった。能率がやや低めなので、それなりにパワーが必要だが、EL34 シングルの8ワットでも不足しなかった。キエフの大門も伸びやかで破綻がなかったが、少しこじんまりとした感じであった。 ■ ディスク6「ワルツ・フォー・デビー」 42006 では厳しかったハイハットだが、このラッパではまずますの出来であった。ピアノは角の取れた音でリラックスして聴くことができた。ベースはオイロダインやテレフンケンのようには弾けなかったが、誇張の無い表現が自然で好ましいものに感じられた。全体にマイルドであったが、このように角の取れたジャズもまた、すばらしいと思った。 ■ ディスク7「サラ・ボーン&クリフォード・ブラウン」 クラッシックとジャズで女性ボーカルの評価が反対になるフルレンジが多いなかで、このユニットはどちらも良いという例外であった。独特の甘さはジャズでも同じだが、声からいろいろな表情がきちんと聞き取れたので、ずっと聴いていたいと感じた。 ■■ 乱聴後記 ■■ まったく驚くべきラッパである。何回も「不思議」という言葉を使ったが、けっして誇張ではなく、古ぼけて立派でもない外観からは想像できないほどの豊潤な音に驚いたためである。下のホワイトノイズ再生時の音圧の周波数分布では、実質 1.1 m 角ほどの小さなバッフルなのに 1 kHz 以下がフラットで低音がとても豊かなことと、4 kHz とやや低い周波数にピークがあることがわかる。全体を覆う甘さはこのピークと皮エッジの相乗効果なのかもしれない。つまりは、癖もそれなりに強い、ということであるし、周波数レンジもけっして広くはないので、完璧なラッパとはいえない。ではあるが、音楽再生のための最良の道具とは、このようなものではないか、と考える。無歪みであることのために、つまらない思いをすることはないのである。 とくに印象的だった重低音に寄与しているのが皮のエッジだが、効果は f0 の低さだけではない。大学院で興味本意に受講した音響理論は、コーン・スピーカーのエッジで発生する振動の反射による混変調歪みに関する教授の論文の計算をやり直す、というものであった。その論文によると、エッジでの反射によって発生する混変調歪みが、スピーカーの歪みの大きな要因ということであった。 たとえば、ロープの一端を木などに固定して反対から波を送ると、波は固定端で反射して戻って来る。これはフィックスドエッジの状態である。いっぽう、一端を柔らかな皮のようにほどよく伸びる材質で結んでおくと、反射はほとんど起こらない。つまり、フィックスド・エッジでは多量に発生するエッジでの反射が、皮のエッジではあまり発生せず、歪みが少ない、ということになる。このように優れた皮エッジだが、大量生産に不適なのは明らかで、スポンジなどに取って代わられ、廃れてしまったのは残念なことである。 今回試聴したユニットは見た目はいまひとつなものの、2本が非常に良くそろっていて、皮エッジはとても柔らかく、特別に音の良いサンプルであった。したがって、同じユニットを入手しても、これほど優れた音はしない可能性が高いだろう。まさかとは思うが、オイロダインの低音に悩むオーナー諸氏は、この記事を読んでウーハーのエッジをハサミで切断したくなってしまうのではないかと、少々心配である。 周波数分布。バッフルなのに 1 kHz 以下がフラットなのが印象的だ https://www.klang.jp/s/file/0000/000/000/102/10226_807.jpg
■■ スペック ■■
3.4 kg : Weight : 重量 295 mm : Diameter : 外径 265 mm : Edge diameter : エッジの外径 220 mm : Cone diameter : コーンの外径 175 mm : Depth : 奥行き 90 mm : Depth of basket : バスケットの奥行き 38 mm : Voice coil diameter : ボイスコイルの直径 15 ohm : Voice coil DC resistance : ボイスコイルの直流抵抗 35 - 15 kHz : Frequency range : 実用周波数帯域 39 Hz : Resonance frequency : f0 Middle : Efficiency : 能率 ■■ 評価 ■■ 5 : Amount of bottom frequency : 重低音の量 6 : Amount of low frequency : 低音の量 6 : Amount of high frequency : 高音の量 3 : Amount of top frequency : 最高音の量 8 : Quality of lower frequency : 低音の質 7 : Quality of middle frequency : 中音の質 5 : Quality of higher frequency : 高音の質 7 : Frequency balance : 各音域のバランス 8 : Softness : 音のやわらかさ 6 : Brightness : 音の明るさ 5 : Clearness : 音の透明さ 5 : Reality : 演奏のリアル感 7 : Sound source image : 音像の明瞭さ 8 : Soprano : ソプラノ 7 : Baritone : バリトン 6 : Violin : ヴァイオリン 7 : Piano : ピアノ 6 : Orchestra : オーケストラ 6 : Brass : 金管楽器 8 : Big drum : 大太鼓の重低音 5 : Triangle : トライアングル 6 : Perspective of applause : 拍手の臨場感 4 : Snare drum : スネアドラム 7 : Jazz base : ジャズ・ベース 8 : Jazz vocal : ジャズ・ボーカル 9 : Aptitude for Classic : クラッシックへの適性 6 : Aptitude for Jazz : ジャズへの適性 https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10213&i=10226
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