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高峰秀子の引き出し
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/583.html
投稿者 中川隆 日時 2015 年 5 月 16 日 08:17:50: 3bF/xW6Ehzs4I
 

(回答先: 自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間 投稿者 中川隆 日時 2014 年 8 月 21 日 23:59:19)

昭和を代表する大女優の、スマートな暮らしぶりに感動 〜 マガジンハウス担当者の今推し本
http://getnews.jp/archives/899340


高峰秀子の引き出し – 2015/4/2 斎藤 明美 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E9%AB%98%E5%B3%B0%E7%A7%80%E5%AD%90%E3%81%AE%E5%BC%95%E3%81%8D%E5%87%BA%E3%81%97-%E6%96%8E%E8%97%A4-%E6%98%8E%E7%BE%8E/dp/4838727402


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皆さんは、”高峰秀子”という女性について、何を知っていますか? 正直に告白します、私は、名前しか知りませんでした! ごめんなさい! 「すんごい大女優だったらしい」とか「随筆もたくさん書いていて…」というあやふやな知識だけを頼りに読んだこの本、自社商品を褒めるのも手前味噌ですが(いまさら)かなり面白かったんです。面白いだけでなく、数々の格言は思わずメモりたくなり、夫婦愛には胸キュンし…。この感動を伝えるべく、担当編集のNさんに来てもらいました。

―――Nさん、こんにちは。本書は、女優であり随筆家でもあった高峰秀子さんの、知られていない顔を多く教えてくれていますが、これが女優の顔を知らない私でも、とっても面白く読めて。
N 「確かに、いまは高峰秀子さんをよく知っているという人は少なくなってきているかもしれませんね。もちろん私もリアルタイムの世代じゃないですよ(笑) それで、この本を編集するにあたって、改めて高峰秀子さんに関する資料を見たり、自身の著作を読んだりしたんですね」

―――私も、下準備として(笑)、母(60代)に聞きました、「高峰秀子ってどんな人?」って。そうしたら、「とにかくすごい女優。みんな大好きで、みんなが大絶賛。今の誰かには例えることができない」と言われまして。
N 「そうなんです。改めて見ても、本当にため息が出るほど素敵で、憧れの憧れの憧れの存在。いわゆる美人女優とも違う美しさがあり、稀有な存在でした。まず欠点がないと思ったんですが…」

―――でも、本書を読むと…。
N 「ね(笑)。ご主人である松山善三さんに心底惚れてらして、松山さんのお食事はきちんと作るのに、一人でお留守番の時は即席めんを鍋から直に食べていたり。意外なほど人間らしいユニークな日常エピソードが散りばめられているでしょう」


松山善三氏のセーター。白いカシミアが黄ばんできたのを、高峰がブルーのインクで染めたという。
http://getnews.jp/img/archives/2015/04/64a5f507656d82505f3bf0bedbcc6b1b.jpg


―――喋り方がべらんめえ口調なのも可愛かったです。でも、そのライフスタイルは、とっても丁寧ですよね。ご主人が着られる服も、ボタンを付け替えたり、染め直したり、ひと手間加えてて。
N 「お宅ものごようす、すごく簡素でセンスがいい。いわゆる大女優の邸宅なら、自分のポートレートが大きく飾られてたり…」

―――猛獣のはく製が置いてあったり(笑)そういうイメージですよね。でも高峰さん、というか松山家は、好みのものしか置いていないし、それがすべて整頓されている。高峰さんの暮らしぶりは、今どきの”丁寧に暮らす”風潮の、何歩も先を行っています。
N 「今の若い方々にも、ファンは多いんです。先日、池袋の新文芸坐で、無声時代の出演映画を、本書の著者でもある斎藤明美さんが弁士として解説するというイベントがあったんですが、若いお客さんが多いんですよ」


松山邸の玄関。無駄な装飾は一切なし。清潔感がありさっぱりしていて、高峰秀子自身のよう。
http://getnews.jp/img/archives/2015/04/6ffe46185782547da9a9fa24a3a155de.jpg


―――今の若い女優さんにも、高峰さんを憧れとして挙げる方がいますよね。
N 「そういった若い世代の方には、高峰秀子という人をより知るための入り口として、そしてもちろん銀幕の彼女を観てきた世代の方には、意外な一面を知る本として、読んでいただければ嬉しいです」

―――そして結婚生活の参考としても!
N 「そうそう、この御夫婦のありようも、本当に素敵でうらやましい限りですので、是非お読みになってください!」


華美なものを好まなかった高峰が愛用していたブローチと腕時計。銀の腕時計は、夫からの贈り物。
http://getnews.jp/img/archives/2015/04/bd0d4d87756fa67081dca9e142ae9e77.jpg

(写真はすべて本書から)
http://getnews.jp/archives/899340  

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コメント
 
01. 2015年5月22日 20:40:37 : b5JdkWvGxs

ある女優の生き方:VIEWS 2013年夏号(第34号)掲載

斎藤 明美(Saito, Akemi)


「親兄弟、肉親という言葉を聞いただけで、裸足で逃げ出したくなる」
あなたはこの言葉に、何を感じるだろう。

少なくとも、家族を肯定的にとらえた言葉とは感じないはずだ。

言ったのは、高峰秀子という女優である。

70代も半ばを過ぎた頃、私に言った。

高峰秀子は、昭和4年、5歳でデビューして、55歳で銀幕を退くまで実に319本の映画に出演した。サイレント、トーキー、カラー、シネマスコープと、映画の歴史と共に歩み、「浮雲」「二十四の瞳」「女が階段を上る時」「恍惚の人」……数多の名作に出演、受けた映画賞は日本映画界最多である。高峰秀子がいなければ日本映画史は変わったと言われる、文字通りの大女優だ。

その人が、晩年、冒頭の言葉を吐いた。

さしたる感慨も見せず、サラリと言ってのけた。血縁を全否定した。事実、彼女は女優を引退したあと、兄弟や親類との関係を完全に断ち切った。

冷たい人間と人は思うかもしれない。不幸な人だと憐れむかもしれない。

だが私はこの人を誰よりも愛していた。

この人の生き方が好きだった。

高峰は5歳の誕生日に実母を結核で失い、その葬儀の翌日、父親の妹、つまり伯母によってさらわれるように函館から東京に連れていかれて養女になった。半年後、養父が彼女をおんぶして松竹蒲田撮影所に見学に行くと、たまたま映画「母」の子役オーディションをしていた。養父は50人ほど並んだ5歳の女児達の列の最後に、秀子をポンと置いた。野村芳亭監督(「砂の器」などで知られる野村芳太郎監督の父)が、秀子を選んだ。

たったそれだけのことだった。

たったそれだけのことで、高峰の50年に及ぶ女優人生が始まった。そして“子役は大成しない”というジンクスを破って、天才子役から少女スター、さらに大女優になった。

だが彼女が金を稼いだことが不幸を招いた。

養父母をはじめ、顔も知らない兄弟、親類縁者10数人の生活がその小さな肩にのしかかったのだ。

だから高峰秀子には学歴がない。

血縁を養うために働かねばならず、小学校に通算1か月も通っていない。

読み書きは自分で覚えた。

小学校2年の担任教師がくれた絵本をロケ先に行く汽車の中で見ながら、象の絵があれば「これはゾウと読むんだな」、そうやって一字一字、覚えた。

高峰はその担任教師を「私にとって『小僧の神様』みたいな人だった」と述懐している。

10代の初め、撮影から帰って、眠る前のほんの短い“自由時間”に布団の中で本を読んでいたら、「私への当てつけか!」と、養母は電灯を消した。養母は文盲だった。

20代には既に映画界で最高のギャラをとり、時の首相、吉田茂の月給が6万円だった時に彼女の映画1本の出演料は100万円だった。

恐らく今の金に換算すると、年に軽く10億は稼いでいた彼女は、しかし29歳で結婚する時、貯金が4万円しかなかった。

全て、血縁が遣った。

私はその彼らの誰とも会ったことがない。だが私は彼らを憎む。高峰を金銭製造機の如く働かせたことより、彼女の「学びたい」気持ちを踏みにじったという理由で。

しかし、高峰は静かに言った、

「日本の芸能人の宿命です」

愚痴や不満の類を、遂に最期まで一度も、高峰は口にしなかった。

物心ついて、自分には女優業は性に合わないと感じた。何度もやめたいと考えたが、10数人の血縁を養うために女優をやめられなかった。

苦界から救ったのは、貧しい青年だった


人気絶頂だった29歳の時、高峰は1歳年下の助監督、松山善三と結婚した。松山青年の給料は1万2千5百円。「釣り合わぬ。3カ月で別れる」、マスコミは書きたてた。

だが、リヤカー一杯の古本だけを持って、お手伝いさん3人とカナリアがいる大女優・高峰秀子の邸宅に“輿入れ”した28歳の青年は、劣等感に押し潰されることなく、腎臓結核になるほど勉強して脚本家となり、映画・テレビに1000本を超える脚本を書いた。

高峰は、神様が松山にめぐり逢わせてくれたのだと、私に言った。

そして死が二人を別つまで56年の結婚生活を全うして、2010年暮れ、高峰は逝った。86歳だった。

好きでない職業に全力を尽くして頂点に立ち、文盲になってもおかしくない環境の中で博覧強記の人となり、26冊の著作を彼女は残した。

大女優と呼ばれることより、夫に美味しい食事を作ることを幸せと感じた人だった。

夫・松山善三は、彼女にとって、たった一本のライフラインだった。

その高峰が85歳の時、私を養女にした。

血縁に苦しめられ続けた高峰が、最晩年になぜ一介の記者として知り合った私を自らの血縁にしたのか。

残る人生、私はその重みを忘れることなく生きていかねばならないと思っている。

血の繋がりというものを全否定した高峰秀子を、私は不幸だったとは思わない。哀れだったとも思わない。

ただ見事な人だった。そう思うだけである。
http://www.wjwn.org/views/article.php?NUM=V-0408


2. 中川隆[-12951] koaQ7Jey 2019年1月16日 23:10:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
高峰秀子(@HidekoTakamine)さん Twitter
https://twitter.com/HidekoTakamine

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