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(回答先: 【異化と異例の世界に警報が鳴り響いており】 ガタガタになりつつあるヨーロッパの金融機関 【nevada】 投稿者 愚民党 日時 2009 年 1 月 27 日 19:36:44)
2009年1月26日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.516 Monday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
◆編集長から
【Q:947】
◇回答(寄稿順)
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
□中島精也 :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
□水牛健太郎 :評論家、会社員
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
□杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
□山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□津田栄 :経済評論家
□金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
□土居丈朗 :慶應義塾大学経済学部准教授
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■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:947への回答ありがとうございました。最近、起きて新聞の見出しを見る
と、気分が落ち込みます。09年はマイナス成長という予測、企業業績の下方修正、
非正規労働者の雇い止め、希望退職の募集、工場新設の延期、生活保護申請の急増、
ほとんどがネガティブな見出しで、しばらくはいいことが何も起きないという気持ち
にさせられます。
また、猟奇的で残虐な犯罪に関して、テレビのニュースなどでは、その犯行の詳細
と容疑者の供述が紹介されます。「遺体を切断してトイレに流した」「点滴液に腐っ
たスタミナドリンクを混入した」「乳児のからだを何度も床に叩きつけて殺した」
「人を殺せば死刑になって死ねると思った」「泣きやまないのでカッとなってやっ
た」そういったショッキングな犯行や供述が、アナウンサーの声で読み上げられるた
びに、わたしは異和感を覚えます。凶悪な犯罪を国民に率直に紹介し、怖れ憎む世論
を喚起するという意図もあるのかも知れません。
ただ、現代社会では「凶悪犯罪者」と「一般人」が明確に分かれているわけではな
いと思われます。どんな人でも、環境が異様に悪化し、強いストレス下に置かれ精神
が非常に不安定になれば、反社会的な異常行動・犯罪に向かう危険性があるのではな
いでしょうか。大多数の一般国民に怖れと怒りを感じてもらおうという意図の報道
が、逆に精神的不安定者を煽るリスクはないのだろうかと不安になることがあります。
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■次回の質問【Q:948】
麻生首相は、「日本が世界で最初に不況から脱出できるように」というようなこと
を発言しています。グローバルな広がりを持つ大不況の中、日本が「最初に」不況を
脱するというようなことは可能なのでしょうか。
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村上龍
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■ 村上龍、金融経済の専門家たちに聞く
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■Q:947
今週、いよいよオバマ新大統領が誕生します。オバマ氏は、就任後の景気刺激策で
最大400万人の雇用を創出するという見通しを語っています。
http://www.news24.jp/126751.html
そんなことが可能なのでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
オバマ新政権が目指す、2010年までに最大400万人の雇用創出は理論上可能
だと思いますが、現実にはかなり厳しい目標というべきでしょう。
現在、米国経済は、坂を転げ落ちるような下落局面にあります。今回の下落の規模
は大きく、速度も今まで経験したことのないようなスピードで進展しています。企業
は、この難局を単純な在庫調整だけでは切り抜けることはできないと考えます。多く
の企業は、今ある設備の休止や従業員のリストラを含めた、大規模なストック調整を
行うことが必要になります。既に、昨年一年間で、リストラにより非農業部門の雇用
者数は約258万人も減少しています。それだけ多くの人が、職を失ったことになり
ます。
公共投資によって土木や建設業などで一時的に雇用機会を作っても、それを継続す
ることは難しいはずです。90年代、わが国政府は、雇用を維持することを最優先し
たため、生産性の低い分野に、人・もの・金などの経営資源が塩漬けになり、結果的
に景気低迷を長期化させてしまったことは記憶に新しいところです。そうすると、こ
うした経済状況を変えない限り、400万人の雇用機会を創出することは出来ないこ
とになります。
経済状況を変えるために、オバマ新大統領は現代版ニューディール政策と呼ばれ
る、大規模な景気刺激策を実施するようです。主な内容は中間層に対する減税や、ク
リーンエネルギー開発に関する公的支援などで、その規模は、8千億ドルにも上ると
報道されています。取り敢えず、財政状況の悪化には眼をつぶってでも、景気の下落
に歯止めを掛けるという政策意図が分かります。
ただ、それだけの景気刺激策を打っても、そう簡単に景気が上昇傾向に復帰すると
は考えにくいのも事実です。米国経済は、今まで、かなり借金に依存する体質が定着
しています。家計部門は、住宅ローンを借りて不動産投資をしてきました。買い物を
するにも、将来、入ってくるキャッシュフローをあてにして、クレジットカード=借
入れでものを買うことに慣れていました。
金融の世界でも、投資を行うときに、借入れやデリバティブ=金融派生商品を使う
ことによって投資資金を膨らませ、投資収益を増大させる手法をとってきました。そ
れが、昨年9月15日、リーマンブラザーズの破綻により、信用収縮が発生したこと
で大きく変化しました。貸し手側が信用供与を絞ってしまったため、クレジットカー
ドの神通力は薄れ、住宅ローンを組むことさえ難しくなってしまったのです。そうな
ると、米国の家計も企業も、経済行動を変えることが必要になります。そうした状況
に順応出来るようになるまでには、おそらく、もう少し時間が掛かるでしょう。
また、企業や家計部門の借金の多くは、証券化の手法によって債券に加工され、世
界中の投資家のポートフォリオの中に入り込んでいます。問題は、経済状況の変化に
よって、そうした債券の価格が大幅に下落していることです。金融商品の価格が下落
しているわけですから、それらの商品を保有する投資家は多額の評価損を抱えること
になります。その後始末にも、多くのエネルギーと時間が掛かります。
90年代のわが国のケースでは、企業向けの貸付金が不良債権化し、金融機関の経
営状況を圧迫したのですが、それとほぼ同じことが、現在、欧米の金融機関で起きて
いると考えると分かり易いでしょう。わが国の場合、そうした不良債券を処理して、
本格的に景気が回復するまでに、足掛け13年の時間を要しました。
米国の政策発動が迅速であることを勘案しても、そう簡単に後始末が終わるもので
はないと思います。少なくとも、後始末に目処が付くまで、景気回復の明確な道は見
えてこないでしょう。また、オバマ政権の政策が発動されるまでには、未だ時間が掛
かります。減税をすると言っても、それが直ぐに実施できるわけではありません。早
くても4月頃になるとの見方が有力です。
そうすると、政策の効果が顕在化するのは、今年後半というのが現実的でしょう。
雇用は、元々、遅行指数を言われています。景気が良くなっても、数ヶ月のタイムラ
グを持って雇用の状況は改善することが一般的だからです。それらの条件を総合する
と、オバマ政権の政策運営によって、2010年までに最大400万人の雇用機会創
出は、かなり難しいということになります。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 中島精也 :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
最初に確認しておかなければいけないことは、オバマの言う最大400万人の雇用
創出とは、景気刺激策を採用しなかった場合と比較した数字です。08年12月の雇
用の実績は1億3549万人ですが、景気刺激策を採用しないと、10年末には1億3
388万人へ減少する見通しです。しかし、米GDPの5%に相当する約8千億ドル
もの景気刺激策を採用すれば、10年末には1億3755万人まで増加する試算で
す。現時点からの比較では200万人の雇用創出ですが、景気刺激策を採用しないケ
ースに比べると、360万人程度の雇用が創出されることになります。これは十分に
可能な数字だと思われます。
”American Recovery and Reinvestment Plan”はオバマ大統領が経済政策としてを
発表しているものです。その内容は(1)インフラ、教育、健康、エネルギー分野へ
の大型投資、(2)食料援助制度、失業保険の拡大など弱者救済、(3)医療、教
育、地方税引き上げ阻止のための州財政援助、(4)ビジネス投資インセンティブ、
(5)中間層減税からなっています。
なお、より具体的な政策として1月8日にオバマ大統領が示したのは、(1)今後
3年間で代替エネルギーの生産を倍増させる、(2)連邦政府ビルの75%以上を近
代化、200万世帯のエネルギー効率化、(3)5年以内に全ての医療カルテの電子
化、(4)数万の学校に21世紀型の教室、実験室、図書館を備える、(5)中小企
業の競争力強化のため、アメリカ全土にブロードバンドを拡充する、(6)科学技術
分野への投資により医療分野での飛躍的前進、新産業の創出、新発見につなげる、
(7)中間層1世帯当たり1000ドルの減税を実施する、というものです。
短期的には“American Recovery and Reinvestment Plan”に基づき、先ず、足元
の不況対策として、大型の景気刺激策が採用されることになりますが、GDPと雇用
への効果については、冒頭に紹介した試算ですが、大統領経済諮問委員会(CEA)
のロマー委員長が1月9日付けのレポートで試算を公表しています。それによります
と、7750億ドルの刺激策を前提とした場合、景気刺激策を実施なかったケースに
比べて、2010年末までの2年間で実質GDPが3.7%拡大、雇用は367万5
千人増えるという試算結果となっています。
なお、実際の景気刺激策の規模はこれからオバマ政権と議会との間で調整されるこ
とになりますが、1兆ドルの規模まで膨らむという見方もあります。いずれにせよ、
不況脱出に関してオバマ政権への期待が大きいだけに、またオバマ大統領自身も就任
演説で「アクションは大胆かつ速く」と述べていますので、その額面とおり大胆かつ
速く財政政策を発動することになるでしょう。09年は2%程度のマイナス成長は覚
悟しなければなりませんが、10年にはプラス成長に転換すると予想されます。
なお"American Recovery and Reinvestment Plan”の遂行にあたって、最大の懸念
材料は財政赤字です。08年度(07年10月〜08年9月)の財政赤字が4550
億ドルでしたが、金融安定化で7千億ドルを用意し、更にこれから短期の景気刺激策
で8千億ドル〜1兆ドルの財政支出が投下されることになります。この間の財政赤字
のファイナンスをどうやっていくのかが大変気になります。貯蓄不足が米国経済のア
キレス腱であり、財政赤字の拡大が国債の暴落、ドルの暴落という事態を招かないか
どうか注意深く見守る必要がありそうです。
伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト:中島精也
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■ 水牛健太郎 :評論家、会社員
オバマ大統領は「グリーン・ニューディール」を唱え、景気刺激を狙った大規模な
財政支出において、環境を重視する経済構造への転換に重点を置くことで、新産業を
興し、雇用を創出することをうたっています。この政策は、国家がある特定の産業の
振興と国際競争力の強化を狙う「産業政策」の大規模なものだと言えるでしょう。こ
の産業政策の考え方は現在、非常に一般的なものになっていますが、経済学的に言う
と実は理論的根拠が薄弱で、どこまで期待できるか全く分からないのが実情です。
産業政策の考え方は日本でもすっかりおなじみです。戦後、石炭と鉄鋼の生産を重
視した傾斜生産方式に始まり、経済が復興するにつれ、石油化学、自動車、電機・電
子産業、コンピュータなどが振興の対象になりました。かつての通商産業省が産業政
策の中心で、海外からは日本経済の司令塔と見られ、高度成長の影には産業政策が
あったと信じられました。
しかし、実のところ産業政策が日本の高度成長にどれほどの寄与をしたのかは、い
まだもって定説がありません。大きな働きがあったという説もあれば、ほとんど何の
寄与もなかったという説もあります。例えば、日本経済の中心となった自動車や電機
産業では、ホンダやソニー、松下(現パナソニック)など、政府の指導に囚われな
い、独立独歩の企業が目立つという事実があります。また通産省は、コンピュータ産
業の育成(いわゆる「日の丸コンピュータ」)には明らかに失敗し、日本はOS等で
世界標準となることはできませんでした。
国際的に見ても、産業政策は「他国では成功しているが、自国では失敗している」
というイメージで見られることが多いように感じます。海外では日本の産業政策が極
めて大きな成果を挙げてきたと見られ、いわゆる「日本株式会社」的な見方が伝統的
にされていますが、日本では「欧米では政府が自国の産業をバックアップしている、
日本ももっと官民一体になって産業振興しなくては」といった論調がしばしば新聞・
雑誌で見受けられます。要するに産業政策はいつも「隣の芝生」なのです。というこ
とは、うがった見方をすれば、どこの国でも、産業政策はあまり成功していないので
はないでしょうか。
現代の経済学は、政府の経済への介入に否定的な「新古典派」と肯定的な「ケイン
ジアン」に分かれます。新古典派的な見方によれば、原料や人材、資金といった資源
の配分において、政府の判断が市場による配分を上回ることは決してできません。そ
のため、産業政策は常に資源配分を歪め、有害無益な結果をもたらします。
ケインジアンは産業政策に比較的肯定的ですが、それでもそれほど大きな期待はし
ていません。昨年ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンは「戦略的貿易
政策」の理論を展開し、企業立地や特定の産業の振興に政府が一定の役割を果たす余
地を認めました。しかしこの理論はたいへん複雑なものですし、政府が産業振興に肯
定的な役割を果たすための条件もかなり厳しく、限られたものです。産業政策が成功
するのは何と難しいことかという印象が残る理論で、産業政策万歳といった内容では
決してないのです。
これほど理論的基盤が脆弱な産業政策がどうしてもてはやされるのかと言うと、お
そらくそれは、経済を激しい国際競争や一種の「戦争」と見なす一般的な見方にうま
く当てはまるからだと思います。国と国とがしのぎを削り、産業振興を競い合うのが
国際経済の姿だとする見方です。しかしこの見方は実際の経済の一面を表すに過ぎま
せん。実際は、国際経済は、競争よりも相互依存の面がはるかに大きい。経済は戦争
ほど単純ではないということです。どこにどのような産業が起きるかも、複雑な地理
的・歴史的要因の絡み合いによるもので、政府が思うままに誘導できるものではない
と思います。
要するに、産業政策に何らかの効果があるかどうかは純粋にケース・バイ・ケース
としか言いようがありません。政府の介入がなくとも、民間において既に種が蒔か
れ、育とうとしているとき、つまり、大変皮肉ですが、産業政策などなくてもある産
業が力強く育とうとしているときには、産業政策が大きな成果を挙げる(あるいは、
挙げたように見える)ことはあると思います。今回のグリーン・ニューディールがそ
れに当てはまるかどうかは私には判断の材料がありません。
今回のオバマ大統領の経済政策には、純粋な景気対策の面もあるし、必要なインフ
ラ整備を行う部分もあるでしょう。こうした政策はそれなりの成果を挙げるでしょう
し、大規模な支出がある以上、それにより雇用が創出されることは間違いありませ
ん。また、大々的な新政策のアナウンスメントによる心理的効果も、景気を語る上で
は無視できないものがあるはずです。
ただ、それを越えて環境産業の大々的な振興に成功するかどうかは何とも言えませ
んし、それが400万人といった具体的な雇用の数字に結実するかどうかは、「当た
るも八卦 当たらぬも八卦」のレベルです。現時点では、政治的な景気づけ以上のも
のではないと思います。
評論家、会社員:水牛健太郎
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
米国では2008年に259万人の非農業雇用が失われました。年前半は月10万
人以下の雇用喪失ペースでしたが、11−12月は月50万人以上の雇用が失われま
した。1月に4.9%だった失業率は、12月に7.2%まで上昇しました。10−
12月期の実質GDP成長率は、前期比年率で5%以上のマイナスになったと推測さ
れています。
オバマ新大統領は8250億ドル(約73兆円)の景気刺激策で、300−400
万人の雇用が創出されると述べましたが、これはグロスの数字です。メリルリンチで
は、景気刺激策が実施されても失業率の上昇を止める程度であり、低下にはつながら
ない、公的部門で雇用が創出されても、民間部門の雇用減に歯止めはかからず、ネッ
トでの雇用は横ばいにとどまると予想しています。
景気刺激策はGDPの6%に相当する巨額な数字ですが、実質GDP成長率の押し
上げ効果は年1%程度と予想しています。メリルリンチでは、2009年の米国の実
質GDP成長率が−3%程度になると予想していましたが、景気刺激策が早急に実施
されると、成長率は−2%に上方修正されると予想しています。しかし、戦後最大の
マイナス成長であることに変わりはありません。2010年もL字型の回復にしかな
らず、実質GDP成長率は0.5%にとどまり、経済が正常化するのは2011年と
予想しています。
8250億ドルの景気刺激策の内訳は、2750億ドルの減税と、5500億ドル
の公的支出に分けられます。年収20万ドル以下の中低位所得層に1個人500ド
ル、1家庭1000ドルの減税が実施される見込みですが、昨年第2四半期に実施さ
れた減税同様に、一時的な景気浮揚効果しかないと考えています。米国の家計は巨大
なバランスシート調整の過程にあります。様々な将来不安を抱える日本でも、定額給
付金の効果が限定的と予想されているのと同じことです。
米国の11月の小売売上は前年同月比9.8%減と、過去最大の落ち込みになりま
した。個人消費が長期に低迷している日本ですら、11月の小売売上は同−0.9%
でしたので、米国の個人消費の落ち込み度合いの大きさが窺い知れます。米国では毎
年クリスマス商戦不振の見方が出ても結局は堅調に推移することが多かった訳です
が、昨年のクリスマス商戦は本当に落ち込みました。希望の国である米国では、個人
が将来に対して、明るい見通しをもつ傾向がありましたが、最近は本当に精神的に落
ち込んでいるようです。オバマ新大統領の下、雇用や消費の減少を耐え忍ぶ時代がし
ばらく続きそうです。
景気対策では家庭向け減税以外に、減価償却減税が実施される見込みですが、米国
では製造設備の約3割が遊休になっていると推測され、稼働率が落ち込んだ状況で、
設備減税の効果も限定的です。グリーン・ニューディールと呼ばれる環境関連支出は
中長期的に望ましい対策ですが、環境関連支出はすぐに増加するものではありません。
大恐慌時には1929年に株式が大暴落してから、ルーズベルト大統領が就任し、
ニューディール政策が実施されるまで、約4年のタイムラグがありました。しかし、
今回はサブプライム問題が発覚してから1−2年でオバマ大統領が就任して、強力な
景気対策を実施しようとしている点は明るい兆候です。バーナンキFRB議長は大恐
慌の研究家として有名ですし、1990年代の日本の金融緩和策を批判されていた方
ですので、非伝統的な金融緩和を推し進めるでしょう。あとは、大恐慌時のように、
世界各国が保護貿易や通貨切り下げ競争に走らないことを祈るだけです。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
財政支出の規模だけでGDPの5%を超えるものになりそうですから、GDPの下
支え効果はかなり期待できるでしょう。
当面2年の予算規模8000億ドルで400万人の雇用ということになると、雇用
一人あたり20万ドルが支出されることになります。これは、一人ひとりに払い戻す
だけでも、5年は生活できる金額で、それだけ支出するのなら減税でやって欲しいと
いう、共和主義者の嘆きが聞こえてきそうです。マクロ状況のひどさを勘案するとこ
れで十分とは言えないまでも、勇気がないという非難だけは当たりません。
問題は、まず現在の急激な総需要の落ち込みを抑えられるかどうか、その後は持続
可能な(今流行の言葉です)雇用を生み出せるかという2段階に考えられると思われ
ます。
最初の問題に関しては、金融危機の押さえ込みに成功するかどうか、住宅価格がど
こで下げ止まるかどうかなどが重要だと思われますが、住宅価格に関してはこれまで
不自然に高かった分が十分下がりきる必要があるので、直接住宅を買い支えるほどの
財政規模があるわけではなく、直接政策が手の出しようがないところが不確実性を高
めます。
財政のうち福祉関連を除いた公共投資部分は規模と速さが問題で、対象は何でも良
いわけですが、グリーンニューディールを含むのがオバマ流ということになります。
財政の規模で下支えし、次の段階で自律的な景気回復につなげるというのがシナリオ
ですが、回復期には再生可能エネルギー関係など、グリーン新ビジネスで雇用をかな
り吸収するのがベストであることになります。
夢と希望に満ちた政策で、さすが大統領と言いたくなる政策です。しかし、ひとつ
ひとつ積み上げて考えると、グリーン投資の部分がスムースに行くと考える専門家は
皆無なのではないでしょうか。そこをオバマはどうするつもりなのか? 持続的な雇
用という点での成否は、神のみ知るという状況ではないでしょうか。
ネックはアメリカの産業基盤にあります。具体的な例では、環境対応車技術では日
本メーカーに大差をつけられている状況ですが、ここでプラグイン・ハイブリッド車
や電気自動車で逆転を計ろうにも、それを支えるだけの技術と産業基盤には疑問符が
つきます。テスト車から量産車にするには通常4〜5年と大規模な投資が必要なな
か、電池などの基幹部品の生産技術は日本や韓国に頼る以外にありません。資金繰り
に窮した状態で、ガソリンエンジンから電気への大変革を生き抜く余力はもはやない
とするのが一般的な見方です。
政府資金をつぎ込もうにも受け皿が無い状況で、GMはトヨタに買ってもらいたい
という冗談が冗談で済まされなくなる日が近いのかもしれません。GM労組の年金や
健康保険の既得権の問題を解決すれば俎上にのぼってもおかしくはありません。
アメリカのジャーナリストのF・L・アレンがアメリカの1930年代を記述した
「シンス・イエスタディ」(ちくま文庫)という本があります(1920年代を描い
たジャーナリズムの古典「オンリー・イエスタディ」の続編)。この中の記述は、
ルーズベルトをオバマ、フーバーをブッシュと読み替えると、ほとんど今現在の記述
となります。大人気な大統領、強欲な悪役として登場するウォールストリートの面々
など、道具立てすべてに今日の代替物を発見できることに、いまさらながら驚かされ
ます。文学や音楽、映画、風俗まで視野に入った詳細な記述があり、読んでいて興味
の尽きない貴重な記録です。第2次世界大戦の前夜まで描かれていますが、オバマ政
権のこれから起こりうる事の、可能なシナリオとして読むことも可能なようにおもい
ます。
ルーズベルトはすでに落ちきった経済を引き継いだことから、矢継ぎ早にうちだす
政策で楽観を取り戻した経済は、就任した年のうちに回復を始めます。その好調も素
直には続かず、就任1年目にはゆり戻しも経験することになりますが、任期一期目が
終わるころには、かなり回復することになります。
当時の雇用政策に関しては衝撃的な数字が並んでいます。例えば、「当局は最も多
いときには400万人以上の労働者を雇った−これは優にGMの20社分に相当す
る」、「連邦、州、および地方の救済に依存する人々は、家族も含めて2000万人
から2500万人にもなると見積もられている」と記録されています。
当然のことながら、財政赤字は累積的に増え続けます。これらの経済問題が基本的
に解決するのは、戦争経済への突入と、戦勝後の好景気を待たなければなりません
が、その成果をルーズベルトは生きて見ることは出来ませんでした。
過去を振り返れば、オバマ政権の400万の雇用という目標は、とくに驚くべきこ
とではないことが分かります。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
たとえば当初オバマ氏が言っていた300万人とするにせよ、最近の400万人と
するにせよ、それだけの数の雇用が経済対策によって創出されたかどうかについて
は、確認のしようがないように思われます。せっかく期待の高い新大統領の政策に対
して、皮肉な見方で恐縮ですが、仮に結果が不満足なものに終わっても、対策が無
かった場合の経済の落ち込みを適当に想定することによって、「効果は十分にあっ
た」ということが事後的に十分可能でしょう。
経済政策の「効果」について、政策の責任者が事前に言及することの当否について
は、数年前にある経済評論家(学者ではありません。「A氏」とします)と深夜の酒
場で交わした議論を思い出します。
当時、日銀によるゼロ金利と量的緩和政策の下にあって、デフレが問題でしたが、
日銀はインフレ目標を掲げるべきか否かについて、「インフレ目標を掲げても、現在
の政策の延長でそれを実現できるとは思えない。ならば、発言の信頼性を失うような
目標を掲げない方がいいのではないか」と私が言ったのに対して、A氏は「デフレを
抜けてインフレにしようとしているのに、日銀総裁自身が、そうできるかどうか分か
らないと言っているのでは、政策の効果が減殺される。インフレ目標を言わないこと
はマイナスでしょう。言うのはタダなんだし、言わない理由はない」と反論しまし
た。話の途中で、それまで居眠りしていた女性(美人)が目を覚ましたので、議論の
決着はつきませんでした。
ブタ積み(必要準備額を上回る日銀当座預金残高の積み上がりのこと)を増やすだ
けではインフレにならないと思っていたことと、「嘘」や「ホラ」が嫌いなことか
ら、私は上記のように主張しましたが、A氏の意見にも、妙に反駁しにくい魅力が
あったことが印象的で、この時のやりとりは、ずっと記憶に引っ掛かっています。
A氏の意見と私の意見は、根本にある前提から違っていて調停不可能のようにも思
えますが、よく考えると、真の問題は、政策の実現性が納得的に説明されているかど
うかだということにあるように思えます。
たとえば、「300万人から400万人の雇用創出効果がある」という今回のオバ
マ氏の言葉に十分な納得性が伴っているなら、この言葉は、人々の期待(予想)にプ
ラスの影響を与える意味のある発言といえますが、これが「疑わしい」と聞こえる場
合には、私ばかりではなく、A氏も発言に賛成しないでしょう。理屈上、完全にもっ
ともらしく聞こえても実は嘘だということが分かっている場合には、私の立場から
は、反対の余地がありますが、現実的には「完全にもっともらしく聞こえた」場合、
私はそれを「嘘」と判断できないので、私が文句を言うことはありえません。A氏か
ら見ても、何をして、どうなるか、という説明抜きに数値目標を述べても意味がない
ということではないでしょうか。
私が、主に日本のメディアを見ていて、情報が不足しているせいかもしれません
が、オバマ氏は300万人ないし400万人の雇用創出効果について、十分具体的に
数字の根拠を説明しているようには思えません。雇用創出効果の根拠が、「専門家の
検討によると」というブラックボックスに入っているのでは、信用も反論もしようが
ない、というのが実情ではないでしょうか。
対策の規模が大きいので(総額8000億ドル)、それなりの効果があるようにも
思えますが、環境に対する投資をはじめとする公共投資が経済的に本当に効果的なの
か、また減税分がどれだけ需要に回るかといった点について、もう少し具体的な説明
を聞かないと、政策の雇用創出効果についても全体的な当否についても判断できない
ように思えます。
異常に疑り深いのではないか、今は議論よりも行動してみることが大切だ、と仰り
たい読者がいらっしゃるかも知れませんが、一つの思考実験として、仮に、今回の経
済対策がオバマ新大統領のものではなく、ブッシュ前大統領のものだと想像してみる
とどうでしょうか。具体的な詳細を聞かないと信用できない、と思う人が多いのでは
ないでしょうか。
アメリカの新大統領に申し上げるのは畏れ多い事ながら、この件に関しては、オバ
マ氏のコミュニケーションが不十分だと思います。オバマ大統領ないしは、彼の経済
チームの誰かが、政策の効果について、もっと具体的に分かりやすく説明する必要が
あります。全国紙の社説の中でも「毎日新聞」の社説は、アメリカ政府にもしばしば
説教を垂れて注文をつけることがあり、私は楽しみに読んでいるのですが、同紙の社
説なら、「オバマ政権は経済対策の説明責任を果たせ」とでも言うところではないで
しょうか。
尚、アメリカの専門家の間では、公共事業と減税のどちらがいいのかを巡って熱い
議論があるようです。もっぱら、乗数効果の大小が議論の的のようですが、私は、両
者の比較に関しては、仮に乗数効果が小さくても、支出の内容を政府ではなく民間が
決める点で、減税に、資源配分上の優位性があるように考えています。日本では、景
気対策は必要だが、定額給付金(減税の一種です)はバラマキだからダメで、政府の
「財政出動」がいい、ということになりつつあるようで、日本の政策との関係でも、
オバマ氏政権の経済対策への評価は気になります。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
( http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/ )
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■ 津田栄 :経済評論家
20日に就任したアメリカのオバマ新大統領の前に立ちはだかる難題は山のように
あります。そのなかでも、アメリカ国民は、昨年夏以降金融危機から広がった経済危
機に対処することを望んでいます。昨年アメリカでは、今回の経済危機によって12
月末の失業率が7.2%に悪化し、年間で259万人の雇用(農業を除く)を失い、
それも9月のリーマンショックによる金融危機以降に集中しています。しかも、経済
危機は世界的な規模となって、景気回復の芽が見えず、それだけに、アメリカ国民は
雇用の不安を強く感じています。
オバマ新大統領は、それに応えて、景気刺激策を就任前から打ち出しています。当
初7750億ドル超の経済対策を想定し、アメリカ大統領経済諮問委員会の次期ロー
マー委員長の試算では、2年後に何も景気対策をしない場合と比べて実質GDP(国
内総生産)の3.7%の押し上げ効果と367.5万人(現時点から見れば、200
万人超)の雇用増を予測しました。そして、今回その額が総額8250億ドル(約7
3兆円)とした景気刺激策は、最大400万人の雇用創出効果とアメリカ経済の再生
を目指して、23日議会に協力を要請し、2月中旬までに景気対策関連法案を成立さ
せようとしています。
この2750億ドルの減税と5500億ドルの投資からなる景気対策を見ると、オ
バマ新大統領が素早い対応と行動で行えば400万人の雇用創出は不可能ではないか
もしれません。しかし、今回のアメリカの急激な景気後退の根源は、サブプライム問
題から発生した住宅バブルの崩壊と金融システムの危機にあります。したがって、住
宅価格が下げ止まり、金融システムが危機から脱却して安定するという問題の解決が
ない限り、どれだけの景気対策を打って民間活力を引き出そうとしても、信用が回復
せず、資金は回らないため、容易に経済が回復に向かうことにはならないように思い
ます。とはいっても、景気対策はないよりはましかもしれません。
さて、減税は、勤労者の95%を対象として一人当たり500ドル、夫婦で100
0ドルの所得減税のほか、企業では中小企業向けの設備投資減税と損失発生における
最長5年間の税金繰り戻し還付の優遇措置を内容としています。この効果は、個人消
費につながればいいのですが、現状は借金の返済と所得の減少から、あまり期待でき
ないのではないかと思います。もちろん、苦しいときでしょうから、生活に幾分プラ
スになることは確かであり、景気の急激な落ち込みを避けることにはなるかと思いま
す。また企業への税金繰り戻し還付策は、少しは企業にはプラスに働くと言えます
が、企業の投資減税は、先行きの需要見通しが立たないなかでは、大きく経済を刺激
する効果が期待できないように思います。
一方、投資の分野ですが、アメリカ再生への戦略投資と位置づけ、高速道路建設を
含めた道路、橋、水道などのインフラ整備に800億ドル、省エネ型の送電網への転
換や風力・太陽光など再生可能エネルギー開発など環境・エネルギー関連投資に32
0億ドル(今後10年で1500億ドルの投資となるグリーン・ニューディル政策の
一環)、医療システムのIT化に200億ドル、ブロードバンド通信網の地方普及に
60億ドルのほか、財政的に窮している州政府への財政支援に790億ドル、そして
失業給付と職業訓練の拡充としての雇用対策に430億ドルなどとしています。こう
みると、将来に向けた投資に重点が置かれており、いずれ経済を押し上げる効果が出
てくるといえますが、それが出るまでは相当辛抱しなければならないということにな
りましょう。
もう少し見ていくと、インフラ整備投資は、1930年代の大恐慌時におけるルー
ズベルト大統領のニューディール政策に似ており、財政を使って雇用を創出し、その
ことで国民の不安を緩和し、景気悪化を食い止める効果がありますが、それも一時的
であって中長期的な経済効果は難しいといえましょう。その一時的な効果のあるなか
で、環境・エネルギー関連投資や医療システムのIT化投資などの経済波及効果が発
揮され、中長期的に経済を押し上げることを期待しているのではないかと思います。
しかし、果たしてそううまくいくかは、世界がこうした環境・エネルギー関連投資に
力を入れ始めており、しかもアメリカは金融サービスやIT関連に集中し、製造業を
疎かにしてきた経緯からこうした分野で遅れもあって、疑問があるところです。まし
て、世界的に景気が後退し、需要が減少するなかで競争が行われることを考えると、
どこまでその効果が期待できるのか、判断が難しいといえましょう。
そうなると、自由貿易と国際競争のもとで400万人の雇用創出を目指すならば、
さらなる景気刺激策を求められ、財政出動は今後さらに増大していくことが予想され
ます。そして、その財政負担は、想像以上に大きくなる可能性があります。アメリカ
議会予算局の試算によれば、09会計年度の財政赤字は1.18兆ドルと予測してい
ますが、それもオバマ新大統領のこの大型の景気刺激策を考慮していませんから、こ
れを加えると2兆ドル近くの財政赤字も予想され、それも一段の財政出動で増大して
いく恐れがあります。それは、今のような金利の低位安定であればいいのですが、財
政赤字の改善が期待できず、国債発行が膨らむとみられた時には、長期金利が上昇
し、ドルが下落することになって、景気回復が困難になり、雇用が増えないことも起
こりえます。
こう考えてくると、400万人の雇用創出は、アメリカ一国の中だけであれば可能
かもしれませんが、グローバルな世界経済を前提にしているなかでは、経済が悪化し
ている各国とも自国の雇用維持・創出を図ることが予想され、競争がさらに経済低迷
を引き起こしかねず、また資金が無限にあるのではなく、市場が変動するリスクもあ
ることを考えると、難しいように感じます。1930年代のニューディール政策でも
雇用を創出したとして評価されていますが、それはどこまでも財政支出をして雇用を
確保したからであり、しかも当時は各国が自国経済防衛、雇用維持のために保護主義
を強め、自国通貨の切り下げ競争を行ったからであり、最終的には、戦争という最悪
の形で問題の解決が行われたことを忘れてはなりません。その意味で、一国でこの世
界的な経済危機や雇用悪化を改善させるのは困難であり、世界的な協調のもと中長期
的に政策を組んでいくことが必要なのではないでしょうか。
最後に、アメリカは、金融を中心とした経済モデル、借金をしながら消費を行う体
質が行き詰って金融・経済危機に直面したことから、そこからの脱却のために今回の
景気刺激政策が採られ、アメリカの再生に向けて経済を変えようとしています。した
がって、日本はアメリカ経済の回復を期待していますが、たとえアメリカ経済が回復
したとしても、もはや元の姿に戻ることはありませんので、日本の現状の輸出中心の
経済構造ではこの危機から回復することは難しいといえます。もし、日本も危機対応
として経済構造の転換を図らなければ、今度は日本が今以上に厳しい経済・雇用状況
に直面するのではないでしょうか。
経済評論家:津田栄
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■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
企業経営者にとって、真に達成する価値のある目標をビジョンとして定め、目標の
達成に対して強いコミットメントを維持することが最も重要な役割とされています。
そして、目標を策定する際には、「真に達成する価値がある」目標を定めることが重
要で、その手段や戦略から数字を積み上げ「達成できる」目標に縛られることとこそ
避けるべき、とは多くのビジネス書、特に米国流の企業経営について書かれたものの
中でしばしば取り上げられている命題です。
必ずしも企業経営者と政治指導者の位置付けを同一視することはできませんが、こ
うしたリーダーシップに関する米国のビジネス社会の文化の文脈からは、設問に指摘
されているオバマ大統領が掲げる最大400万人の雇用創出という目標は、米国経済
が現在の苦境から脱するために達成する必要がある目標、つまりビジョンとして掲げ
られているものと捉えられます。
従って、総額約73兆円相当(8250億ドル)の景気刺激策は、あくまでも手段
としての位置付けとなります。予算が手段というのは当然といえば当然ですが、わが
国の景気対策がまず予算枠から発想され、「できることは全てやる」のとは対象的で
す。400万人の雇用創出を達成するためにはさらに追加の予算が必要となる場合も
あり、財政の悪化による副作用が顕在化する可能性を含めて、相当にリスクの高い政
策を実行することになりますが、本来コミットメントにはリスクが伴うものです。
実際、米国の景気刺激策についての本質的な論点は、400万人の雇用創出が達成
されることで米国経済が再生するのか、という点にあります。その意味で、オバマ大
統領は400万人の雇用創出という目標を掲げることで、米国経済再生に対して政治
責任を明確にしています。一方で、わが国では、「できることは全てやる」ことが前
提であって、景気回復の達成そのものに政治責任を負う形にはなっていません。予算
案の中での政策の選択の適否に責任を負うのみです。
リーダーシップの役割としては、ビジョンを定めることがあくまでも本質とされま
す。リーダーシップの役割は、具体的な達成手段などを考えることではなく、むしろ
メンバーにビジョン達成の価値を確信させ、彼らを鼓舞して目標達成に導くことが重
要と位置付けられています。オバマ大統領は、そのような役割を果たそうとしている
ようです。一方、日本での首相は、企業で言えば、執行役員に相当する職務に忙殺さ
れ、経営トップとしての役割は不在です。
ここで設問の本題に戻り、400万人の雇用創出が可能か、という点について考え
て見ます。単純に考えますと、約73兆円相当の予算を前提とすれば、400万人を
年収6百万円で3年間雇用できる金額に相当しますので、400万人の雇用創出その
ものは可能といえます。もちろん、本質的な論点は400万人の雇用創出そのもので
はなく、400万人の雇用創出によって米国経済が再生する、というオバマ大統領の
掲げるビジョンの実現にあります。そのため、持続可能な米国経済の成長に寄与する
分野での雇用創出が求められます。
また、企業経営者にとっても、単にビジョンを掲げるだけで株主や社員の信認を簡
単に得られるわけではありません。目標達成への工程を提示しながら、着実に段階を
進む実績とブレのない取組姿勢を示すことで、信認を積み重ねていく必要がありま
す。ここからのオバマ大統領にとっても、目標達成への工程がより重要となってくる
ことは確実です。
現在、米国では景気悪化による地方財政の歳入欠陥によって、計画済みながら執行
が見送られている数兆円規模の公共事業があるとされ、比較的早急に予算執行が可能
と見られています。このような案件を集めて、恐らく数十万人規模の雇用創出は、早
期に実現可能と思われます。しかし、公共事業だけで総額49兆円に及ぶ予算規模を
消化する事業計画を短期間で策定することは、米国政府にとってもキャパシティを超
えており、実行までにある程度の時間が必要との見方があります。オバマ大統領は就
任演説で、「問うべきは、政府の大小ではなく、機能する政府か否かだ」と指摘して
いますが、有効な計画を早期に打ち出せない場合は、政府の機能が問われ、「大きな
政府」を否定される可能性もあります。
こうした巨額の公共事業の効果と実効性を疑問視する立場からは、市場の力を利用
する上で公共事業よりも減税が有効であるとの議論に対しては、約73兆円相当の景
気対策予算に約24兆円相当の減税案を含めることで応えています。また、オバマ大
統領は別の文脈ながら、就任演説では「市場が富を生み自由を広げる力は比類ない」
と指摘しています。民主党内では雇用創出に直結する公共事業の積み増しを求める意
見が強いようですが、早期に執行可能な公共事業に着手すると同時に、減税を早期に
実施することで予算消化率を上げ景気対策の即効性を強調するのではないかと思われ
ます。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 土居丈朗 :慶應義塾大学経済学部准教授
このオバマ氏の演説の裏づけとなっている分析は、Christina Romer and Jared
Bernstein "The Job Impact of the American Recovery and Reinvestment Plan"
(http://change.gov/page/-/documents/20090109Report.pdfからダウンロード可)
です。ローマー氏はオバマ政権で大統領経済諮問(CEA)委員長、バーンスタイン
氏はバイデン副大統領主席経済顧問に就任予定です。
これらの分析は、FRBのマクロ経済モデル等を用い、さらに産業別の雇用創出の
分析では、Mark Zandi "The Economic Impact of a $600 Billion Fiscal Stimulus
Package"(http://www.economy.com/mark-zandi/documents/
The_Economic_Impact_of_a_$600_Billion_Fiscal_Stimulus_Package.pdfからダウン
ロード可)を参考に推計しています。オバマ氏がこうした経済学の知見を活かした分
析結果を踏まえて政策を打ち出しているところには、彼のインテリジェンスの高さが
うかがえます。我が国の政策立案でも、こうした機能や人材はあるだけに、客観的な
分析に基づく立案が与野党ともに求められます。
これらの分析や新聞等の報道などとも総合すると、2010年第4四半期までに
「グリーン・ニューディール」などを行うことで、エネルギー分野で約46万人、イ
ンフラ(社会基盤)整備の分野で約38万人、医療分野で約24万人、教育分野で約
25万人、生活保護や雇用保険の悪化で雇用が失われる恐れがある人々を救済するこ
とで約55万人、州政府の財政悪化で雇用が失われる恐れがある人々を救済すること
で約82万人、労働所得税の減税により生まれる雇用で約51万人、法人税の減税に
より生まれる雇用で約47万人、これら合計約368万人の雇用創出を見込んでいま
す。
この政策を講じることにより、失業率にして、最高で9%まで上昇する恐れがある
状況を8%までに抑えることができるとしています。また、マイナス成長になるとこ
ろを経済成長率にして3%ポイント押し上げてプラス成長にすることができるとして
います。
しかし、これらの雇用創出効果の直接的なものは一部に過ぎません。上記のうち、
エネルギー分野で約31万人、インフラ整備分野で約24万人、医療分野で約17万
人、教育分野で約17万人、生活保護・雇用保険の救済で約14万人、州政府の救済
で約44万人、これら合計約146万人です。残り約222万人は、間接的な経済効
果によって雇用が生まれることが期待されているものです。
しかも、直接効果のうち後2者は連邦政府の支出で直接雇用を創出するというわけ
ではないので、エネルギー、インフラ整備、医療、教育の4分野で、連邦政府の支出
によって直接的に雇用を創出するのは、約87万人です。
こうしてみると、マクロ経済学や金融論での第一人者であるローマー氏(和訳され
ている『上級マクロ経済学』の著者デビッド・ローマー・カリフォルニア大学教授の
妻)らの分析結果は客観的なものではありますが、雇用創出の効果は、かなりの部分
が連邦政府の支出が直接生み出すものではないという点は、注意深く解釈しなければ
ならないと考えます。
とはいえ、「グリーン・ニューディール」などにも現れている、(伝統的ではな
い)新しいタイプの財政支出による景気刺激策は、今後の効果がどうなるか、興味が
あるところです。ローマー次期CEA委員長は、夫とともにニューケインジアンの先
導的学者の1人です。有効需要の原理(需要主導の経済観)に従った伝統的ケインズ
経済学ではなく、セイの法則(供給主導の経済観)に従った経済理論の上で、賃金調
整や物価調整の硬直性を重視して、政策の関与の余地を見極め、いかに政策を講じる
かを議論してきたのが、ニューケインジアンです。政策を講じるタイミングや規模に
ついては、家計や企業の期待形成も視野に入れており、人々の期待にうまく働きかけ
る政策によって経済の好循環を生み出すことを示してきただけに、単に財政支出をば
らまけばよいという話ではないのです。人々の期待にうまく働きかける財政政策が、
実際にうまく講じられるかどうかが、今後問われるでしょう。
慶應義塾大学経済学部准教授:土居丈朗
<http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/>
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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