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(回答先: Re: <統治>(官僚)vs<代表>(政治家)は韓国と同じ外勢派(李明博政権)vs民族派(盧武鉉政権) 投稿者 彼岸楼 日時 2009 年 11 月 25 日 01:57:08)
前回立てたものは一部レジュメ調になったまま、文として纏めないままに出して仕舞いました。 実は別の事を書き入れる積りで、機会を見て、他の稿としてと、考えていたからです。 どうせ、彼岸楼さんには理解されないだろうし、別の機会の為にとって置こう、と。
元々「南部大統領と薩長政権」はブッシュ政権と小泉・安倍政権が同時に登場する意味を歴史に探り、それがオバマ政権と鳩山政権にどうシフト・チェンジしてきたのか?を考えてみようとするもので、その為に明治維新を歴史の縦軸と横軸に載せてみる、即ち日本における東西戦争という縦の軸(列島史)と、アメリカ南北戦争及びドイツやイタリアの統一戦争と同位の出来事=日本版南北戦争として、世界的同時性として捉える横の軸、言うなれば日本史と世界史を同時に観る視点の提示を意図していたのですが、これまでの所、皆さんの理解も含めて、あまり上手くいってないようですしね。 また違う発想でやってみようと思っております。
>日本の首相は基本的に政治家ではありますが、権力関係的には行政府の長、すなわち官僚の親玉です
そんな低レベルの形式論理で見るから何も分からないのです。 その親玉の首相でさえ、多くの場合、官僚の木偶又は操り人形というのが実態ではなかったでしょうか。 これまで、何かにつけてよく言われた「政治家がダメでも、官僚がしっかりしてるから日本は大丈夫」の意味するところを考えてみて下さい。 それは、実権を握っているのは誰なのか?を示すものでしょう。 自分達の意に沿わぬ親玉だったら、徹底的にサボタージュし、それこそ”ツンボ桟敷”に置くように、ないがしろにする(村山政権を見られよ)。 かのロッキード事件が、米国の意向を取り込んだ、霞ヶ関総掛かりでの粛清劇ー事実上のクーデターであったことは、元東京地検特捜部検事で、”闇社会の守護神”と呼ばれた田中森一氏が証言しております。 何故こんなことが罷り通るのか?よーく考えてみて下さい。
>明治維新自体を徹底的に批判する”ためにも、例えば立憲主義憲法における権力の制限規範性に関する認識が重要になる
全く関係ありません。 明治維新とは何であったのか?ということです。
つまり明治維新の脱神話化であり、その中心にある近代化論=進歩史観(自立思想!)を徹底的に批判=解体することです。 そしてそれを、改めて、日本の歴史及び世界史の上に正当に位置付けることです。 その手始めの意味もあって、「南部大統領と薩長政権」とか<正統性>の問題を論じて来たのに、しかしながら、以下の彼岸楼さんのコメントを見ても、それは丸で理解されなかったようです。
> 小沢一郎個人が何を“自立”とし、どこまでを“成熟”としているかを特定することは難しいものがあり、精々それは親分(田中角栄)に代わ>ってリベンジを果たそうとする程度のものかも知れません。
結局「リベンジ」なる極めて卑小な推論しか出て来ないのは、自らの誤った問題設定に因るものだ、とは思われません?
明治以来の官僚支配を崩すというのは、戦後の官僚の、殆ど属国とか植民地の買弁官僚を想わせる態度が、直接的には米国主導で権力の再編が行われたことに在り(官僚にとって必須の「お上のご威光=ご意向」のオカミが天皇から米国へ)、それを覆すことが出来ないのは、詰まる所、それが明治以来の権力のリストラ(再建)でもあったから。 従って、これを変えるには、権力の由来(明治維新)自体を変えるしかない、ということです。 −当然、権力の根拠を変えるのだから、憲法も根底から変えることになるのです。
>我々日本(人)が戦後憲法下であっても自らの権力行使の正当性について言挙げすることがない
イデオロギーが目を曇らせる典型の発言です、自分の生きた時代でさえも見えてないのだから。 そうでしょうか? 少なくとも70年代前半までは、様々な形での「言挙げ」が在ったのではないですか? 先鋭に戦われた市民運動や住民運動、国民運動として空前の規模にまで盛り上がった「60年安保」とは、では何だったのでしょう? 「憲法を暮らしの中に」をスローガンにした美濃部都政や黒田府政等、巨大都市や有力地方自治体における「革新勢力」の伸張とは、それでは何だったのか?
また、一見真逆に見えるだろうけど、戦後過程において中心勢力として伸し上がっていった田中派とは、近代化の過程で見捨てられていった地方からの権利獲得や主張として見るべきであろうと思います。 角栄氏自身の政治的動機の根底に在ったのが「表日本の都会並みに、地方を豊かにしたい」というものであったことは動かしようの無い事実なのですから。
以前、田中角栄氏の邸宅付近を通り掛った時改めて気付いたのですが、新潟の長岡から関越自動車道を通って目白通りを直進すると田中邸にやって来る。 これは、地方の<代表>として中央に来ている、或いは心の何処かには、地方(農村)から中央(都市)に攻め上ってる、という意識が彼の中には在ったのではないか? そうしてそれは、「農村が都市を包囲する」という革命戦略を止めた中国にとっては、頼もしい先達若しくは同志として映ったのかも知れない、などと想ったものです。 まぁ、これは余談。
越山会の中に、多くのかっての社会党の支持者や活動家がいたという事実を見ても、そのような田中氏や越山会の在り方を、地方からの巨大な住民運動だった、と評した高野孟氏の発言は首是出来るものと思います。 つまり、「自らの権力行使の正当性について言挙げする」そうした動きの先頭若しくは中心に居たのが田中氏とその勢力であったー少なくとも、議会制民主主義の視角から見る限りーと言わねばならない。
それらの数多くの異議申し立てや権利主張の動きが、70年代半ばを境に、かき消すように無くなって行ったわけです。 これは田中角栄氏の挫折とも何処かで繋がっているのでしょうが、国民国家的な枠組みや在り方があらゆる意味で限界を顕わにした、ということなのでしょう。
大平氏が掲げた「環太平洋連帯構想」とか「田園都市構想」などは、それなりに、こういった問題意識に立ったものだった、と認めることは出来ます。 勿論、こういった流れに棹差し、英米アングロ主導に再編することを狙ったのが、サッチャー・レーガンによる<新自由主義>と第二次冷戦だったわけです。 そうして日本は、中曽根以降、米英の動きに歩調を合わせることによって、それ以外の可能性を自ら封じて行ったのです。 つまり、日米安保体制という戦後日本の国体=壁に打つかって、本来なら、それを超えた構想なり思想を目指すべき時にそれを打ち出せなかった。 結論として言えば、それらの様々な運動や試行は、詰まる所、明治維新以来の近代化(脱亜入欧)幻想の中でのことであった。 それ故、脱亜入欧ー有り体に言えば「欧米の仲間内になる」ーという大方針に全て収斂されるものでしかなかった、ということです。
>社会変革の体験の広汎な共有化がなされなかったこと
いい加減<革命>の神話化は止めるべきでしょう。 社会変革に基準やモデルを求める事自体誤りです。 フランス革命にせよロシア革命にせよ、それなりの条件と理由が在り、それを一般化乃至普遍化することは出来ないし、すべきではないと思いますね。 まぁそれらは一先ず措くとしても、体験の共有化とは、そも何でしょうか? どのように見た処で、直接参加するなり体験出来るのは少数派なのだから、「体験の広汎な共有化」とは何らかのメディアに依るしかないでしょう。 言わば、メディアに依って増幅された「体験の広汎な共有化」ーそれだったら、我々の「明治維新」は完全に合格でしょう。 来年の”大河ドラマ”は復々、坂本竜馬という社会変革のヒーローを主人公にしたドラマのようですが、これまで数限りなく、様々なメディアに依って、「明治維新」という「社会変革の体験の広汎な共有化」が成されて来たのは疑いの無い処ですから。
逆に言えば、「明治維新」(の幻想)を広汎に共有化しているからこそ、(その残像として)「昭和維新」や「平成維新」の言説やスローガン、又は行動が出て来る、と言えるのです。
>それについては影の闇さんも<正統性>に纏わる少し前のスレッドで触れられてもいました
全く違います。 数の多寡や共有化の問題ではなく、他人(米国)の力で独立した韓国と他人(米国)の力で権力を再編し、「改革」が成された日本ー何れも権力とか国家的正統性にアメリカが絡んでいることを言ったのです。 軍隊(自衛隊)と警察、つまりは権力の枢要な部分はアメリカに握られてるのですよ。 我々の真の困難はここにあるのです。 松浦氏の「小沢=ファシスト論」に全く与することが出来ないのも、肝心のこの点を抑えていないからです。 逆に、例えば小沢氏や民主党が「親衛隊」とか「突撃隊」のような暴力組織を持っていれば、一も二も無く、賛成したでしょう。 左右、或いはプロ・アマ問わず、勿論彼岸楼さんも含めて、政治を論じる殆どの人が妄想を垂流してると断ぜざるを得ないのは、権力の本源的な部分である<暴力>の問題を無視してるからで、それが国際政治を見る必要条件である<軍事>を等閑視することに繋がって行くのだと思います。
その実態を見れば、事実上、軍事的占領下に在ると言うべき日米安保体制と、在日米軍という存在、及びその意味について、左翼も右翼も直視することはせず、殆ど”透明な存在” としているではありませんか。 右であれ左であれ、このような現実に向き合わない思想に如何なる現実味(アクチュアリティ)があるというのか?
>私は未来永劫に亙って軍事的な平衡関係が国家の「自立」を担保していくものとは考えてはいません。
明らかなすり替えです。 論理構成からいっても、遠い未来は兎も角、当面する(それが何十年なのか、何百年なのかは別にして)問題として、軍事の問題を論じておるのですから。 むしろ逆に、軍事の問題に限らず、何故彼岸楼さんは、現実の、当面する問題を見ようとしないのか? 現実を、当面する問題を忌避し、捨象した処に成り立つ自立論とは何なのか?
更にもう一つ、暴力論を無視乃至軽視する思想ーそれこそが敗戦、それも”総力戦”に負けたことの何よりの表れなのではないか?
それまでの権威を失い、自信を無くした男に相即して、暴力の拒否=マッチョ的なものの拒否ということで、戦後に全面化することになった女の時代に相応しく、父権或いは父の在り様を否定し、母親の眼差しに応える過程で自己形成した子供達が、自らの父性(暴力性)を肯定どころか、直視することすらしないのは、或る意味、当然なのかも知れない。 かく言う私にしたところで、出来れば無しに済ませたい。 しかしながらそこに、柵に入れられ、去勢化された家畜のような在り方にさえ疑問を抱かせぬ陥穽が潜んでいるとするなら、やはり、”言挙げ”せざるを得ないのです。 しかも次の視点に着目するならばー
”総力戦”に負けた事が戦後を規定し、特有の現象を生んでいるとするなら、かっての枢軸国(韓国も含む)側、即ち現在もなお、事実上、米軍占領下に在る国々で極端な「少子化」が進んでいる事が、果たして、それらに関係無いのかどうか?
しかも、これから益々、色々な意味で<暴力>というものが見え難く成ってくる時代だからこそ、私は、逆に、軍事を見据え、<暴力>を様々な角度から論じるべき、と思います。
妄言多謝