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http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/2008_Attacking_Iran.html
イラク情勢ニュース URUK NEWS > 2008 解放への道
イラン攻撃? 起こらないだろう
Attacking Iran? It will not happen
by Uri Avnery
Media with Conscience
2008年7月12日付
http://mwcnews.net/content/view/23873&Itemid=1
なぜ、イラク攻撃はありえないか?
もし皆さんがある国の政策を理解したいなら、ナポレオンも推奨したように、地図を見てご覧なさい。
イスラエルおよび/またはアメリカがイランを攻撃するかどうかを推測したい人なら、イランとアラビア半島の間に横たわるホルムズ海峡の地図をみるべきです。
この狭い水路(幅はわずか34キロ)を、世界の石油の5分の1ないし3分の1を運ぶ船が通過する。それにはイラン、イラク、サウジアラビア、クウェート、カタールそしてバーレーンを出港する船が含まれている。
しかしアメリカとイスラエルのイラン攻撃は避けられないと語るコメンテーターの大部分が、この地図のことを取りあげない。
「無意味」で「局所的」な攻撃について(可能性を)論じる議論がある。米航空艦隊の攻撃は、ペルシャ湾に既に配備された空母と同地域に配置された米空軍基地から発進し、イランの全核施設を爆撃するだろう。さらに、この楽観論によれば、政府機関と軍事施設、工業地帯、その他あらゆる個所を爆撃するのだろう。米軍は地中深くに貫通可能な爆弾を使用することになる。
簡単で素早く優雅な爆撃によって、イランにおさらば、アヤトラにおさらば、アフマディネジャドにおさらば、というわけだ。
もしイスラエルが単独で攻撃するとしたら、爆撃はいくぶん控えめになるだろう。攻撃する側が望むのは、せいぜい主要な核施設の破壊と、安全な帰還くらいのこと。
控えめなお願いだが、その前に、どうぞホルムズ海峡の地図をもう一度ご覧なさい。
イランへの爆撃が招くリアクションとして、この海峡の封鎖は避けられないだろう。このことは、高い階級のイランの将軍が数日前に明言する以前に、自明のことであった。
イランはこの海峡全体を支配している。陸上の基地からと海上の両方から、ミサイルと大砲で、完全に海峡を封鎖することができる。
もしそうなったら、石油価格は高騰し、悲観論者が怖がっている通り、1バーレル当たり200ドルどころでなくなるだろう。それは連鎖反応を引き起こし、世界規模の不況と産業の崩壊、アメリカ・欧州・日本の失業率の上昇がすすむなかで、破局を引き起こすであろう。
この危機を回避するためには、アメリカはイランの一部、おそらくはこの大きな国全体を征服する必要が出てくる。しかし、アメリカはそれに必要な兵力のごく一部であっても、自由に使える兵力を持っていない。現実に、彼らの地上兵力はイラクとアフガニスタンに釘付けにされているのだ。
アメリカ海軍はイランを脅かしているが、海峡が封鎖されるときには、その海軍兵力もビンに詰められた模型の船みたいなものとなる。たぶん米海軍が原子力空母エイブラハム・リンカーンをペルシャ湾から救出することは危険(=困難/訳註)である。
そこでアメリカは代理人に代行させる可能性が残される。イスラエルが攻撃すると、アメリカは公式には参加せず、いかなる責任も否定するだろう。
本当にそうなるか? イランは既に、イスラエルによる攻撃はアメリカの作戦とみなし、アメリカによって直接攻撃されたものとして行動すると発表した。それが論理的な思考というものだ。
イスラエル政府がアメリカの明白な合意なしにそのような軍事作戦を始める可能性は考えられない。
そのような展開になると、世界の報道機関はドラマチックな見出しをつけるだろう。
国境から1500キロ離れたところで、イスラエル軍が軍事演習を行った。イランはこれにシハブ・ミサイルの発射テストで応えたが、これは同じ程度の射程距離を持っている。このような<武力による威嚇>は、<心理戦>である。国内問題でしくじった政治家にとっては、そうしたことが国民の関心をそらしたり国民を怖がらせるために有効なのだ。
しかし素朴に常識を持つ人々は、このような驚くべき攻撃を計画する者は誰であれ、屋根の上から主張することはなかったことを知っている。ベギン(元首相)はイラクの原子炉を破壊するために、爆撃機を出撃させるまで演習を公開することはなかった。オルメルトはシリアの謎めいたビルを爆撃する意向を演説で語ったことはない。
約2500年前にペルシャ帝国を築き、バビロンにいたイスラエル人亡命者にエルサレム帰還を許可したキュロス王以来、イスラエルとイランの関係はアップ・ダウンがある。
ホメイニ革命まで、両国は親しい同盟関係にあった。イスラエルはシャー(王政時代のイラン国王/訳註)の秘密警察サバクを訓練した。シャーはエラト・アシュケロン石油パイプラインのパートナーであり、それはスエズ運河を通過するよう設計されていた。イランはいまだに当時供給された石油の支払を要求している。
シャーはイラクのクルド領にイスラエル軍の将校を送りこむのを助け、彼らはここでムスタファ・バルザニがサダム・フセインに反抗するのを手助けした。この作戦は、シャーがクルド勢力を裏切ってサダムと取引したときに終わりを迎えた。しかしイスラエルとイランの協力関係は、サダムがイランを攻撃した後もほぼ継続された。長く厳しい戦争(1980〜1988年)の期間、イスラエルはアヤトラのイランを密かに支援した。イランゲート事件はその物語のほんの一部にすぎない。
それは私が過去に既に暴露したように、シャロンがイラン征服を構想することを妨げるものではなかった。私が彼について1981年に詳しい論文を書いたとき、彼は国防大臣に任命されたあとだったが、その構想について私に密かに話してくれた。ホメイニが死んだあとのイラン政策では、イスラエルがソ連を出し抜くだろう、と。
・・・
イランは今や地域の大国である。それを否認する要素はない。
皮肉なことに、イラクは何世代にもわたって、アラブ地域の門番であった。ペルシャのシーア派に対抗するアラブ世界の壁となってきた。イラク・イラン戦争の期間、アラブのシーア派イラク人が戦意を高めてペルシャのシーア派イラン人と戦ったことを思い起こすべきである。
ブッシュ大統領がイラクを侵略し破壊したとき、彼はイランの力が成長するよう門戸を開放した。将来、歴史家たちはこの行為を不思議がって、『愚かな行進』と題する1章を書き起こすかもしれない。
アメリカの真の狙いがカスピ海・ペルシャ湾の所有権とアメリカの恒久的なガソリン基地を獲得することにあったことは、今日、既に明らかである。この狙いは実際に達成され、アメリカは今「100年におよぶ」米軍のイラク駐留について議論している。そして今、彼らはイラクの巨大な石油資源をアメリカの巨大石油企業4ないし5社に分割するべく、忙しくたちまわっている。
・・・
[新世紀人コメント]
この論文は大変に示唆に富んでいる。
書き出しの「イラク攻撃」は「イラン攻撃」のことであろう。これは御愛嬌ではある。訳間違いであろう。
オバマがアフガニスタンから始まって各国を訪問する事を始めた。かれはイスラエルにもパレスチナ自治区にも行くそうだ。
これを巡って、「訪問先でのオバマ暗殺」や「イラン攻撃の開始」が語られたりするのではあるが、この論文は一つの答えを提示してくれているのである。
尤も何が起きるか分からない…とは言える訳であり、私は断定はしないつもりだ。
ただ、次の文章が示唆するところについては今後も注意が必要であり、大変に参考になると考える。
…「イランはこの海峡全体を支配している。陸上の基地からと海上の両方から、ミサイルと大砲で、完全に海峡を封鎖することができる。
もしそうなったら、石油価格は高騰し、悲観論者が怖がっている通り、1バーレル当たり200ドルどころでなくなるだろう。それは連鎖反応を引き起こし、世界規模の不況と産業の崩壊、アメリカ・欧州・日本の失業率の上昇がすすむなかで、破局を引き起こすであろう。」…
米国支配者層がドル崩壊とそれがもたらす危機についてどのような解決策を密かに考えているか?
そのシナリオによっては「ホルムズ海峡封鎖」は「使える有効な手段」と考えられる。
この封鎖をイランの手によってやらせればよい。その為にイスラエル空軍と米艦隊にイラン攻撃をやらせて挑発すればよいのだ。勿論のことであるが戦果などはどうでもいいのである。挑発さえすればよい。
シナリオによっては「破局」は望ましいものとなっているだろう。
実行者が米国支配者層ではなくイランであれば米国民はアフガニスタン侵攻の時と同じく”納得”するだろう。
私は米国がアフガニスタン戦争とイラク戦争をはじめた理由は、『深層における真相』は石油狙いでもなく、イスラエル防衛でもなく、それらは最終目的ではなく、「厄介者となった米国経済社会の解体とそれによる自分達の逃亡」であると考えている。
この事は大統領に誰がなるかによって明らかになるであろうと考えている。
ホルムズ海峡の封鎖の意味について考える時、実は”先例”が存在していたのだ。
それは「スエズ運河の封鎖」である。記憶をお持ちの方も多数おられるだろう。
http://www.geocities.com/inazuma_jp/suez.html
(前略)
■ 第3次中東戦争
1967年、ナセル大統領はシナイ半島に軍隊を終結させ、イスラエルへ戦争を仕掛けようと図ります。当然、国連軍がいるシナイ半島ですが、ナセル大統領は国連軍に撤収を要求します。
これを受けてシナイ半島の国連軍は撤収し、ティラン海峡海防陣地もエジプトの手に落ちたのです。そしてナセル大統領は再びティラン海峡の封鎖を命じます。
6月5日、戦争が勃発と同時にエジプトはスエズ運河を航行禁止としました。この第3次中東戦争は6日で終了しましたが、スエズ運河は閉鎖されたままです。
これによってエジプトはせっかく国有化したスエズ運河からの収益が無くなり、財政が苦しくなります。これを見て、アラブ諸国はエジプトに経済援助を行いました。
1975年6月5日、第5次中東戦争の後、スエズは8年ぶりに再開されました。エジプトはこの時、イスラエル向けの物資を積んだ船も、軍事物資以外であるならばと言う条件付で、通過を許可したのです。
(後略)
スエズ運河は8年間封鎖されていたわけですが、ホルムズ海峡がイランによって封鎖されても長くは続かないだろう。
イランを始めとして近隣産油国にとっては原油の積み出しが出来ない訳であり全く不利益でしかないからだ。従って彼らは封鎖を解こうとするだろう。
米国支配者層とそしてさらに彼らを誘導する者達にとって必要な期間だけ封鎖される事になるのではないだろうか。その期間は短い筈で、8年は有り得ないだろう。
ドル崩壊とそれがもたらす危機の解決策は他にも幾つも考えられる筈であり(それらは総て欺瞞なのであるが)、このような産油国に不利益な方法を使う戦略に産油国側は簡単には乗ってゆかないだろう。よほど自分達へのメリットが期待できない限り。
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