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http://mainichi.jp/select/wadai/kishibe/news/20090104ddm041040037000c.html
孤独の岸辺:/4 69歳 みとる者なく、いった弟
◇「ぼくもやがては…」 今さら会えぬ、別れた妻子
変わり果てた弟と対面したのは先月3日の夜だった。蛍光灯が冷たく照らす警視庁戸塚署(東京都新宿区)の霊安室。青ざめ、わずかに唇を開けている。その日午後、区内のアパートで発見された。検視では死亡は12月1日ごろ。膵臓(すいぞう)がんによる内臓出血が原因という。享年69。みとる者はいなかった。
その兄(72)は日が沈むころ決まってアパートを出る。雑踏の中をのろのろ向かう先はJR中野駅前。露店で夕刊紙を手に取った。「これね」「130円です」。背を丸め、来た道を戻る。売り子とのやり取りが、その日唯一の会話となることもある。
中野区にある家賃5万円の4畳半に25年間独居する。若いころは優秀な営業マンと言われ、ノウハウと顧客を手に入れ独立した。よく働き、それ以上によく飲んだ。めったに家に帰らなかった。一時会社は社員7人を抱えたが、80年代に円高不況で破綻(はたん)。借金を背負い、妻子と別れた。連絡は取っていない。今では万年床にくるまり小型テレビを眺めて暮らす日もしばしばだ。
兄弟姉妹11人の一番下と下から2番目。樺太で生まれ、父が営む仕出し屋は軍を相手に繁盛した。小学生の時に敗戦を迎え、一家はすべてを失った。引き揚げ先の北海道で飢えと寒さに見舞われ、兄の1人を栄養失調で亡くした。戦後は相前後して上京し、働くうちに疎遠になった。弟は都内の小さな会社を定年まで勤め上げ、酒好きで独身を通した。
独居を始めて数年後、兄は地下鉄の駅で弟とばったり再会した。互いに気楽な1人暮らし。部屋を訪ねるようになった。1000円ずつ馬券を買い、弟の部屋で酒を手に競馬中継を楽しんだ。「こうすると、うまいよ」。安い焼酎をコップになみなみ注ぎ、昆布を1本入れるのが、弟の飲み方だった。
最後に会ったのは11月23日。弟の部屋で前夜飲み過ぎ、引き留められ狭いベッドに並んで寝た。「虫の知らせでしょうか」。泊まるのは初めてだった。
遺品の日記帳に、兄への気遣いが控えめに記されていた。
<兄来る 8:00 かなり酔っていたので泊めた 案の状 余中トイレに行くさい ベッドより下りるさいヒックリ返る−−泊って良かっと思った>(原文のまま)
11月25日までの出来事はきちんと書かれていた。26日の記載は天気と気温のみ。27日は気温のみで、字は震えていた。それ以降は白紙。命の火が徐々に弱まり、ついに燃え尽きる様子を兄は思い浮かべた。「ぼくが先にいくはずなのに……」
孤独死の国の統計はないが、都市再生機構が管理する賃貸住宅77万戸では06年度517件で、7年前の2・5倍になった。
「ぼくもやがては孤独死だ」。そう漏らす兄には長女と長男がいる。離婚当時はともに高校生。今は働き盛りで、孫もいるかもしれない。「そりゃ会いたいよ。でもね……お金がない。孫に小遣いもやれない」。間をおいて言った。「今さら波風立てられないよね」
<飲んでるうちに大ゲンカとなり、兄おこって帰る のちあやまりのtelする−−大声で口論するのも良い事だと思った>
1年前の正月2日の日記だ。部屋には真新しい焼酎ボトルが残され、昆布が1本漬かっていた。【井上英介】=つづく
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毎日新聞 2009年1月4日 東京朝刊