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(回答先: 第59回 来るべき未来工場はロボットからサイボーグへ (2005/12/06) 投稿者 ROMが好き 日時 2008 年 12 月 06 日 23:31:32)
第60回 野口聡一宇宙飛行士とNASAの事故調査問題を語る (2005/12/21)
http://web.archive.org/web/20051227204730/http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/051221_nasa/
2005年12月21日
つい先だって、スペースシャトルディスカバリー号で、コロンビア号の事故(2003年)以来初めてのフライトを行って帰国した、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の野口聡一宇宙飛行士と、新春特別対談(「中央公論 二月号」)のために会った。
野口飛行士は、実は、あのコロンビア号の事故がなければ、すぐその次のフライトで飛ぶことになっていた。次のフライトは、わずか3週間後ということになっており、あの事故のときは、最終訓練の追い込み段階だったから、夜も昼もないくらいのペースで、訓練にいそしんでいた。テレビニュースもきちんとフォローしていなかったので、ずーっとあの事故の話を知らなかった。
事故の第一報は日本からの電話だったという。
コロンビア号事故と耐震強度偽装問題
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野口さんは、16歳、高校生のときに、シャトル1号機の打ち上げを見て感激し、宇宙飛行士になろうと思ったという世代だ。
シャトルの事故といえば、打上げ直後に大観衆の目前で空中爆発を起こして、バラバラになった86年のチャレンジャー号の事故のほうが衝撃的だったが、そのとき野口さんは、大学1年で、事故のニュースは、大学の生協の食堂で見ていたという。
野口さんはチャレンジャー号の事故を知っても、いささかもひるむことなく、初心を貫徹して、宇宙飛行士になるべく、東大の航空宇宙工学科に進学した。
しかし、コロンビア号の事故がなぜ起きたのかを問題にするなら、実はチャレンジャー号の問題が切り離せなくなる。どういうことかというと、チャレンジャー号事故の原因究明を徹底させなかったことが、コロンビア号の事故をを引き起こしたと考えられるからである。
中央公論の対談では、ここからさらに話が広がり、この二つの事故の背景をなしている問題は、いま日本で話題の耐震強度偽装問題と本質においてつながっているというところまで進んでいった。
どういうことか、順を追って話そう。
当然中止されていたはずのフライトを強行
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チャレンジャー号の事故のあとすぐに、その原因を究明し、再発を防止するための、大統領直属の委員会が作られた。
12人の有識者からなる委員会の委員の1人になったのが、1961年度ノーベル物理学賞受賞者のリチャード・ファインマンだった。
next: ファインマンは…
http://web.archive.org/web/20051227204730/http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/051221_nasa/index1.html
ファインマンは、その事故の原因が、ブースターロケットの接合部にガス漏れ防止のためについていたゴム製のOリング(オーリング)にあることをつきとめた。通常ならガス漏れに有効に働くOリングが、その日の異常低温のために硬化してしまったことに最大の原因があったのである。
ブースター内部の高温の燃焼ガスが、Oリングが硬化したことでできた接合部に小さなスキ間から漏れ出した。はじめはほんのちょっとだったが、すぐにスキ間が広がり、やがて、Oリング全体が破壊され、大爆発になった。
そこまでの話は、日本でも当事のニュース報道で伝えられたから、知っている人が多いだろう。
ファインマンが突き止めたのは、それだけではなかった。実はOリングが、低温で弾力性を失い、そこからガスが漏れることがあるということは、現場では前から知られていたのである。現場のエンジニアは、気温が華氏53度(摂氏約12度)を下回ったら打ち上げを中止すべきだと前から申し入れていた。
ところが、当日の気温はそれをはるかに下回る華氏28〜29度(摂氏マイナス1〜2度)だった。
つまり、現場のエンジニアの声に従っていれば、当然中止されてしかるべきであったフライトを強行したことが、あの事故の最大の原因だったのである。
「APPENDIX F」に隠された真実
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そこで問題は、そのようなこと(現場の声を無視しての打ち上げ強行)がなぜ起きてしまったのかにある。
そこにNASAという組織を深く蝕む病理があることを明らかにしたのが、ファインマンが事故調査委員会に独自に提出した「シャトルの信頼性に関する個人的見解」だった。
この個人的見解は、調査委員会の正式報告書に入れることが多数派の委員から拒まれたが、少数派の何人かの委員の強い推奨によって、「APPENDIX F」として、報告書に添付されることになった。
これは正式報告書の外に出されたが、後に、これこそチャレンジャー事故の最も本質的な背景をえぐった文書として有名になり、世界中の宇宙開発関係者(宇宙飛行士を含む。もちろん野口さんも)に広く読まれるようになった文書である。
ところが日本では、ファインマンの著述は、「ファインマン物理学」シリーズ、「ご冗談でしょうファインマンさん」シリーズなど、数々の翻訳が出版されているのに、なぜか、この「APPENDIX F」だけは、長く訳されなかった。
おそらく、本当の事情にうとい訳者が、委員会正式報告にも収録されなかった「APPENDIX(付録)」なんて、とそれを過小評価したためだろう。日本で「付録 F」として初めて翻訳されたのは、実に、報告書が出されてから15年以上経ってからの、2001年なのである(同年発行の「ファインマンさんベストエッセイ」(岩波書店)に収録)。
next: NASAという組織を蝕む病理を…
http://web.archive.org/web/20051227211402/http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/051221_nasa/index2.html
NASAという組織を蝕む病理を暴いたファインマン
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なぜこの「付録 F」がそれほど重要なのかというと、事故の真の原因が、NASAの官僚体質にあることを暴いているからである。
いかなる組織の官僚も、自己の属する組織の点数を上げるためなら、安全性にちょっと目をつぶるくらいのことは平気でする。
これぐらいなら大丈夫ではないか、これぐらいならOKではと、少しずつ少しずつ基準を踏みにじっていく。
ほんの少しずつの安全性踏みにじりが蓄積され、ついには安全性の事実上の無視にいたる。それがこの事故の背景で起きたことである。
その裏で働く原理は自己欺瞞である。
どの当事者も自分が悪いことをしているとは思っていない。何かしら、事故の行為を正当化する理屈をどこかから見つけ出し、自分を納得させている。
しかし、問題はそれが正しい理屈かどうかである。
チャレンジャー号の事故の前、NASAの幹部たちは、人命も宇宙船もともに失われるような大事故の発生確率は10万分の1としていた。
10万分の1とは、300年間毎日シャトルを飛ばしつづけても、大事故は1回しか起きないという確率である。それに対して、現場のエンジニアは、大事故発生の確率を100分の1と見積もっていた。両者の間には、見積もりの格差が実に1000倍もあった。
どこからその格差が生じたのか。
すりかえられた安全性の認定基準
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エンジンであれ、高圧ターボポンプであれ、シャトルの主要部品は、すべて「2倍ルール」に従ってテストされることになっていた。
見本の部品2つが、規定作動時間の2倍の時間故障なしに作動し終えたときにはじめて合格とするというルールである。
ところが、高圧ターボポンプの場合、内部の高速回転タービン翼がいちばんこわれやすい。まずヒビが入り、使いつづけると、ヒビが成長して、翼は破壊されてしまう。
初期のテストで、運転1900秒後に、3つのヒビ割れが発見された。ここで本来ならヒビ割れの原因追求をすべきなのに、NASAはそれを怠り、その代わり、その最初のヒビ割れが1375秒後に発見されたということで、NASAは、すべてのタービン翼の使用を、1375秒以下にするという規定を設け、それに従うことにしたから、安全性の問題はクリアされたということにした。
しかし、原因追求を怠ったから、1375秒以下にすれば安全という理論的根拠はなきに等しく、実際それでは危いということは後述する。
next: ここには大きなごまかしが…
http://web.archive.org/web/20051227211427/http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/051221_nasa/index3.html
ここには大きなごまかしがあったとファインマンは言う。
第一に、かつてのNASAの検査基準では、ヒビが入ったタービン翼はすべて故障したと判定して、不合格にした。しかし今では、完全破壊にいたらず、ヒビが入っただけで終わったものは、(そうしないと大半が不合格になるから)すべて合格とするという根本的な判定基準のすりかえを行った。
第二に、本来のテストでは、全出力レベル(定格出力の109%)で試験し、しかも、テスト時間も10ミッション分必要ということになっていた。しかし、いつのまにか、10ミッション分のテストは必要ないということになり、次に全出力レベルのテストも必要ないということになった。その代わり、定格出力の104%の出力をテストを行い、そのデータを2分の1にすればよいということにしてしまった。
その根拠は、これまでのテストを総合すると、出力109%の場合、出力104%の場合のヒビ割れの出方の2倍と算定されるからという経験的データに依拠するものだった。こうして出力104%におさえたテストだけですませ、かける時間とデータを2倍にするという安易な方式をもっともらしく「等価全出力方式」と名づけ、本当の全出力検査をしなくても、それだけで十分ということにしてしまった。
要するに、次から次に新しい概念を導入しては安全性の認定基準をズルズルと変えていったということなのである。
しかし、実際にテストしてみると、「等価全出力1375秒のケースで、試験したタービン翼の3分の2にヒビが入ってしまうというという結果が出た。ヒビ割れが1150秒で出たというケースもあらわれた。1375秒以下にすれば安全ということにはならないということをこの数字は示している。1150秒といったらシャトルの現実のフライト時間にほとんど近いから、フライト中にヒビが入り、そのヒビがさらに成長して翼の破壊にいたる可能性も現実にあったということなのである。この時点で、もはや安全性のゆとりゼロになっていたと考えられる。
上層部全員が安全性基準後退の共犯者
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ファインマンはこの報告書で次のように述べている。
「当局は決して基準は放棄していない。システムは安全だと主張している。ただしそれは、ひびが一つたりとも発生すべきではないとする連邦航空局の慣習を捨て、完全に折れてしまった翼だけを破損と判断する方針をとってこそできる主張である。この主義によれば、かつて破損したエンジンは皆無ということになろう。(略)ひびは必ずゆっくり拡がり、飛行ミッション中に折れることは絶対にない、という保証がどこにあるのだろうか」
以上はタービンポンプの回転翼についての話だが、同じことが、システムのすべてのパーツの安全性検査についていえていた。安全基準がどんんずれてしまったのである。
そして、「以前同じリスクを持つ機械が事故を起こさずに飛んだのだから、そのリスクを再び起こしても大丈夫」という全く根拠のない理屈(数学的確率理論の完全無視)の上に立って、危険を冒しつづけてきたのが、NASAという組織であったという。
それは、ロシアン・ルーレット(ピストルの弾倉を回転させて、止まったところで、自分の頭にピストルを当てて、引き金を引く)で、「一発目が無事だったから、二発目も無事だろう」というのと同じくらい根拠のない推測にすぎない。それくらい根拠のない推測の上にNASAの比類ない成功の歴史が実は乗っかっていたのだ。
その成功の歴史をつづけなければ、政府から提供される膨大な資金の流れが途絶えるかもしれないという現実を前にして、安全性はズルズルと、後退していったのである。上層部の関係者全員が、実は安全性基準後退の共犯者だったことをファインマンは明らかにしている。
チャレンジャー号事故調査委の最終報告書をとりまとめる時点では、ファインマンのこのすぐれた報告書も、悪評サクサクで、ほとんど葬り去られそうになっていたということはすでに述べた。
そして、事故後の対応策検討の場でも、ファインマンの提言はほとんどかえり見られなかった。そして、17年後にコロンビア号事故が起きたとき、再び事故の背景にあったのは、安全性の基準をズルズルとないがしろにしてきたNASAの上層部幹部たちであったという事実が明るみに出た。
そこにきて、チャレンジャー事故調査当時のファインマン報告が再び想起され、結局、あの当時ファインマンがNASAの組織的欠陥として指摘していたことが、そのままでなおざりにされていたことに、コロンビア号事故の最大の背景があるとされたのである。
(この項、次回に続く)
立花 隆
評論家・ジャーナリスト。1940年5月28日長崎生まれ。1964年東大仏文科卒業。同年、文藝春秋社入社。1966年文藝春秋社退社、東大哲学科入学。フリーライターとして活動開始。1995-1998年東大先端研客員教授。1996-1998年東大教養学部非常勤講師。2005年10月から東大大学院総合文化研究科科学技術インタープリター養成プログラム特任教授。
著書は、「文明の逆説」「脳を鍛える」「宇宙からの帰還」「東大生はバカになったか」「脳死」「シベリア鎮魂歌―香月泰男の世界」「サル学の現在」「臨死体験」「田中角栄研究」「日本共産党研究」「思索紀行」ほか多数。講談社ノンフィクション賞、菊池寛賞、司馬遼太郎賞など受賞。
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