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2008年12月 5日 (金)
りそなの会計士はなぜ死亡したか(3)
2002年9月30日の内閣改造で金融相を兼務することになった竹中平蔵氏は10月3日に、「金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム(PT)」を発足させた。メンバーには日本経済研究センターの香西泰氏、木村剛氏、京大教授(財務省)の吉田和男氏、日本公認会計士協会会長の奥山章雄氏、元日銀審議委員の中原伸之氏の5名が就任した。
PTが提示しようとした最大の施策は、@銀行の貸出債権の査定を厳格化することと、A銀行が自己資本に組み入れる「繰延税金資産」を圧縮することだった。
専門的な内容であるので詳細には立ち入らないが概念だけを簡単に説明する。この点については、「Electronic Journal」様が「金融再生プログラムの矛盾」で解説してくださっているので、ぜひご参照賜りたい。
PTは「貸出債権の査定厳格化」において、DCF方式を提示した。DCFはディスカウント・キャッシュ・フロー方式と呼ばれるもので、貸出先の将来収支を予測して貸出債権の回収程度を測る方法である。
株価が下落しデフレが進行する局面でDCF方式を導入すれば、銀行の貸出債権の評価は著しく悪化する。PTが金融機関の財務評価を大幅に悪化させることを狙いとしていたことは間違いない。
一方、「繰延税金資産」について、驚くべき提案を示した。銀行は融資している企業への貸し出し債権が焦げ付く恐れが生じたときに「引当金」を積み立てる。この引当金は課税対象となる。銀行が税金を支払って引当金を積み立てることを「有税償却」という。企業が倒産すると引当金は損金となり、税金が繰り戻される。支払うべき税額から相当額が差し引かれる。
「繰延税金資産」は、将来繰り戻される可能性のある税額分で、この金額が自己資本比率を計算する際の自己資本に組み入れられてきた。この制度に対して木村剛氏が「繰延税金資産計上の圧縮」を主張していた。PTは木村氏の主張を取り入れる形で「繰延税金資産計上ルール」変更を打ち出そうとした。
PTは2003年3月期から新しいルールを適用することを提案しようとしたが、制度変更により4つのメガバンクの自己資本比率がすべて8%を下回ってしまう可能性が高まった。
銀行界が猛烈に反発したのは当然だ。銀行協会会長の寺西正司氏は「今までサッカーのルールでやっていたものを、急にラグビーに変えるといわれてもできない」と猛反発した。試合が行われている間にルールが変更されたのでは、企業経営は立ち行かない。
PTは10月22日に中間報告を発表しようとしたが、銀行業界と自民党の強い抵抗を受けて、中間発表を見送り、10月30日に報告書が発表された。報告書では「繰延税金資産の計上ルール変更」が決定できなかった。PTが強行しようとしたルール変更は挫折した。
このリベンジを果たしたのが、2003年5月17日のりそな銀行実質国有化だった。前回記事に記述したように、『月刊現代』の論文で、佐々木実氏は相沢英之衆議院議員(当時)へのインタビューで「スケープゴートをつくることと監査法人の手でやらせることの二つがポイントだったと思う」の発言を引き出している。
私は拙著『知られざる真実−勾留地にて−』第一章「偽装」第15節「標的にされたりそな銀」に、次のように記述した。
「竹中氏は振り上げた拳(こぶし)の下ろし処をなくした。リベンジのためのいけにえにされたのが「りそな銀行」だったのだと思う。」(72ページ)
佐々木実氏が紹介した相沢英之氏の発言は、私が記述した内容と軌を一にしている。「りそな銀行」が標的に選ばれた理由は、りそな銀行の勝田泰久頭取が小泉政権の経済政策を厳しく批判していたからだと私は推測している。りそな銀行と同等の財務内容の銀行は複数存在していた。りそな銀行の繰り延べ税金資産計上だけが例外的に取り扱われる合理的な状況は存在しない。この点については、現在も補強事実を収集中であるが、私の推測は正しいと考えている。
りそな銀行の自己資本不足は、かなり強引に、無理に誘導されたと考えられる。
木村剛氏は『竹中プランのすべて』で、「すでに竹中大臣は昨年(2002年)11月12日、日本公認会計士協会に対して、正式に繰延税金試算に対する厳正な監査を要望しています。もしも、外部監査法人が甘い監査をしたならば、万が一の場合のリスクは銀行経営者ではなく、外部監査人に向かうかもしれません」と記述した。佐々木実氏は論文の中でこの記述を紹介している。
2003年3月決算に向けて、日本公認会計士協会は繰延税金資産計上の厳格化を誘導する姿勢を強めた。2003年2月25日に「主要行の監査に対する監査の厳正な対応について」と題する「会長通牒(つうちょう)」を出した。
監査法人は銀行から監査を委嘱(いしょく)されて監査を実施する。第三者として銀行の決算の正当性を評価するわけだが、銀行から監査を委嘱される以上、監査法人にとって銀行はクライアント(顧客)である。
監査法人はクライアントである銀行に対して、決算の監査を実施するだけでなく、銀行が正しい財務処理、決算処理を実行するために助言する存在でもある。PTが「金融再生プログラム」を発表し、資産査定の厳格化、繰延税金資産計上についての監査の厳正化が強調される環境下で、銀行経営者は決算期末に向けて、最大の緊張感をもって対応する。
監査法人の担当会計士とも密接に情報を交換して決算期末に対応したはずである。朝日監査法人でりそな銀行を担当したのが、岩村隆志氏であった。りそな銀行は監査法人の見解を十分に聞いたうえで3月末を迎えたと考えられる。
佐々木実氏の論文によると、岩村氏は1998年から2000年にかけて、朝日監査法人から金融監督庁ならびに金融庁に送り込まれた同監査法人のエースであった。金融行政のあり方が大きく変化するなかで、岩村氏は銀行監査にかけて会計士業界の若手第一人者とみなされるようになったとも記されている。
変化が生じたのは4月16日である。4月16日にりそな銀行から速報ベースの決算資料が朝日監査法人に送られた。朝日監査法人の代表社員である森公高氏が「繰延税金資産全額取り崩し」を示唆する発言を示したと佐々木氏は記述する。
森氏はりそな銀行監査の最高責任者だが、実質的な担当者は岩村氏であったという。そして当の岩村氏はりそな銀行の繰延税金資産計上を最後まで強く主張したとのことだ。2003年3月上旬から4月にかけて実施された金融庁によるりそな銀行に対する特別検査に際して、金融庁と意見交換した朝日監査法人の担当者は森氏と岩村氏で、このときも主担当は岩村氏であったとされる。
朝日監査法人は4月30日にりそな銀行の監査受嘱の辞退をりそな銀行に通告した。新日本監査法人は当初、りそな銀行の繰延税金資産計上を5年分容認する姿勢だった。ところが、朝日監査法人がりそな銀行の繰延税金資産計上を全額否認したために、当初の方針の変更を迫られることになった。岩村氏の死が本当に自殺だったのか。巨大な問題の渦中にあった会計士の遺書もない死を、簡単に自殺として理解することは適正でない。
りそな銀行の勝田泰久頭取が、繰延税金資産計上が5年認められないとの方針を初めて聞かされたのが5月6日である。まさに「寝耳に水」であったはずだ。その後の金融庁とのやり取り、5月12日の金融問題タスクフォース、木村剛氏が5月14日付ネット記事に記述したコラム、などを経て5月17日にりそな銀行の実質国有化措置が表面化した。
「神州の泉」の高橋博彦氏がこの問題について、共通の問題意識に基づく貴重な記事を掲載してくださった。非常に重大な意味を持つこの問題について、徹底的な真相究明が求められている。高橋氏のご尽力に心より感謝申し上げたい。
本シリーズ次回記事では全体のからくりを分かりやすく説明したい。
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