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小沢一郎にエールを送ろう(2)
2008年 04月 09日
日銀人事.総裁には白川氏に決定.同氏は日銀生え抜きということなので,京都大学教授を経ての総裁就任には異論はないところ.
というより,誰が適任かは私などには当然ながらわからないのでこう言うしかない.ところが,一つだけ判ることがあるのだ.それは・・・
財務省の影響力を保った人事には反対すべきということである.
1.不同意の意義は大きい
私などが今さら書くまでもないが,財務省は日銀ポストを代々確保してきた.これには二つの理由がある.一つは,事務次官卒業後の再就職のポストとして,もう一つは政策的に財務省に都合の良い操縦を可能にするためである.
これら二つの『省益』は一見すると非常に小さいもののように思われる.『単なる省益』にすぎないではないか,と.しかししかし,実は想像以上に重要なポイントなのだ.このことは,財務省の傀儡である福田首相の人事案が,財務省出身者(息のかかった者)に異常にこだわっていることを見るだけで容易に察しがつかねばならない.なにしろ,日銀総裁空席,という前代未聞の状況出来とも引き換えうるほどのものなのだ.
こういうことなので未だに副総裁人事(渡辺氏)でもそのこだわりは続いている.恐らく,白川総裁は任期一期だけ,次は渡辺氏昇格,という筋書きなのである.ひょっとしたら白川氏は,その政策次第(財務省の意に反することが度重なるかどうか)で任期半ばでの退任を余儀なくされる怖れもある.
これに対して,民主党は対応がふらふらしている(ような印象をメディアは作り出そうとしている).今朝の朝日新聞は,見出しにこのふらふら感を掲げていたが,まるで暗にマイナスイメージを与えようとしているかのようだった.(朝日新聞も終わっているが,その話はまた別途).
しかし,一貫して反対しているのは誰あろう,小沢一郎である.私の見るところ,小沢一郎は孤軍奮闘しているように見える.党首という強い立場にあるから,辛うじて党内が随いて来ているに過ぎないのではないだろうか.これはきわめてもったいないことだ.この人事案への不同意の意義はとてつもなく大きいのだ.その理由,考察を以下にまとめておく.ぜひ小沢一郎にエールを送ろう.
2.なぜ「財金分離」なのか
さて,これほどまでに日銀ポスト確保に執着する財務省(福田首相ではなくて財務省である)の理由とは一体何だろうか?
そもそも財政と金融の分離(の必要性)が叫ばれているのはなぜか,考えてみればいい.この両方を握ったら莫大な金ヅルを手にすることが可能になるからである.その一例を挙げてみる(パピヨンの想像).
ここ十年以上もゼロ金利を長らく続けて来た一番の理由は,カネをジャブジャブ供給するためである.それが米国のハゲタカ発の要求であったのだが,それはこの際関係ない.とにかくそういう状況が続くかどうか,ということが問題なのである.
もし,ゼロ金利がその当初から10年以上も続く,ということがわかっていたのであれば,財政はそれを前提としたものが主体となり,投資や事業もそういう状況に最も適した戦略を採ることができる.その結果,莫大な利益を手にすることができるのだ.
もし,ゼロ金利政策がいつまで続くのか不明であり,国民の生活のために最善と思われる政策に(景気やハゲタカの思惑と無関係に適切な金利に上げるなど)いつ切り替わるかわからない,という状態であれば,ハゲタカ達の投資は迷わざるを得ない.するとそれは運・不運やヨミ比べに依存する本来の投資にすぎなくなる.
このような次第であるから,財政と金融を一手に支配するということは,非常に見破りにくい一種の巨大なインサイダー取引の世界を手にすることとなるのだ.それを防ぐには,例えばゼロ金利政策がいつ終わるか,については財政当局には不明でなければならないのである.
以上はパピヨンが想像できたことであるが,これ以外に想像をはるかに超えるものもきっとあるに違いない.
3.なぜ財務省は弱体化するのか
4月8日22時10分に配信された産経新聞のYahoo記事は次のように書いている.
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日銀人事に民主不同意…コケにされた財務省
民主党が、元財務官の渡辺博史・一橋大大学院教授の日銀副総裁就任に同意しなかったことで、日銀総裁人事で最大限の配慮をした財務省の面目は完全につぶされた
・・・
財務省の打撃は大きく、政府内の影響力低下は避けられそうにない。
・・・中略・・・
民主党が、財務省経験者を日銀首脳人事から排除するのは「財政と金融の分離」「天下りの排除」といった理由からだ。だが、それはあくまで建前。真意は長年保ち続けてきた自民党と財務省との蜜月関係にくさびを打ち込み、財務省の弱体化を狙ったものとの見方が強い。予算編成権を持つ財務省は中央官庁を支配し、予算配分を武器に政治にも影響力を持ち続けてきた。自民党も財務省を介して中央官庁や地方への影響力を保持し、持ちつ持たれつの関係を構築してきた。福田康夫首相は日銀首脳人事で財務省との関係を重視してきたが、結局は自らの調整力不足を露呈してしまった。「今回の一件をきっかけに、いくら優秀で能力のある人材でも『財務省出身』というだけで、活用されなくなる」。財務省内にはこんな見方も出始めており、官邸との関係にも影響が出ることは必至だ。
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要するに,民主党の反対理由は「財政と金融の分離」「天下りの排除」としているが,真意は長年保ち続けてきた自民党と財務省との蜜月関係にくさびを打ち込み、財務省の弱体化を狙ったものだ,という解説である.
これは若干ポイントを外しているが,最後の『財務省の弱体化』と言う部分は実に的確である.そう,日銀ポストを失うことがなぜ財務省の弱体化に繋がるか,ということをよく理解しなければならないのである.ここが不十分だと,民主党の造反組のように,超アホたれの行動を取る羽目になってしまう.
なぜ弱体化するのか.それは,「理念的には」財務省自身が第三者の立場に置かされることになるからである.そうなれば財務省自身,確信を持った密かな情報を出せなくなる.すると,財務省に情報伺いに日参する必要もなくなるし,ちやほやする必要もなくなる.何より,政治家が財務省を重要視しなくなるのである.
財務省にみんな頭が上がらないのは,予算編成権があるからだけではない.金融政策の動向と財政の方針がわかっているからである.だから投資の最適戦略を容易に予測できる.それをえさに,あらゆるカネの関係者を財務省は支配できるのである.「財金分離」はそれが不可能になってしまう(理念的には)ことを意味するのだ.
4.税金収奪システムの崩壊の第一歩として
私が常々書いている,「霞ヶ関の税金収奪システム」.私達の知らなかった数々の『税金収奪システム』が明るみに出ているが,まだまだ,あんなものではないはずだ.氷山の一角と思うべきである.我が国の政治が国民のための政治とは全くなっていない最大の責任は政治家ではなくて霞ヶ関である.
ちょっと考えると,悪いのは政治家であって,霞ヶ関はごり押しの政治家達に困りながらも渋々従わざるを得ないのだ,というようになりそうである.しかし,真相は逆である.間違ってはいけない.政治家は飼われているのである.何に?税金収奪システムのおこぼれによって.
霞ヶ関の官僚の思いを代弁してみる(パピヨンの想像).
『税金収奪システムも合法化するには法律を作る必要がある.法案を成立させるのは馬鹿といえども政治家だ.よって,都合の良い法律を作るためには政治家を飼っておく必要がある.』
このメカニズムによって,飼われた政治家達がせっせと霞ヶ関と自分達のために日夜法案作りにいそしんでいる.そのメカニズムの重要部品の一つが「日銀ポスト」なのである.
以上見てきたように,今回の日銀人事案不同意はきわめて重要な意義を有している.小沢一郎の孤軍奮闘にさせてはいけない.小沢一郎は一面でとても危険な人物である.それは承知している.いや,だからこそ,小沢一郎一人の手柄にさせてはいけないとも言える.毒を以って毒を制す,と解釈しても良い.今回の財務省の図々しい傲慢な要求を切った,という実績は言葉に表わせないほど大きいはずだ.財務省はこれが続くときっと堪える.内藤大輔のボディブローのように効いてくる.きっと,続けばの話だが・・・・
5.補遺
今回,総裁となった白川氏が財務省の傀儡にならない,という保証は何もない.しかし,それはそうなっても仕方がない.システム,理念,の問題だからである.日銀の政策には財務省が何も口出しできない,というルールを確立するための第一歩となればそれでいいのだ.
念のために,霞ヶ関の優秀な人材を使わないのはおかしい,という反論について反反論を書いておく.
こういう理念型システムでは,人材が優秀であるかどうかには全く関係がない.いくら優秀でも国家試験の受験生の親は出題者になれない,それと同じレベルの話なのである.神様ならば任期無しで永久に努めてもらえば良い.しかし,いくら高潔な人格を持っていても,人間では永久に日銀総裁をやることはできない.だから,一人の哲人がいてもその人に任せることをせず,民主主義なるものを考え出したのだ.独裁者を作らないため,哲人を犠牲にしたのである.
この記事で書いたことは所詮,体制内の『修正』に過ぎないことであろう.そういわれればそうだ,というしかない.また,小沢一郎への期待は危険であることも知っている.だから,他の事への小沢一郎への過度の期待はしない方が良い.しかし,霞ヶ関改革とは小沢がよく口に上せることだ.真に国民のための政治に切り替えるにはそこを避けては実現し得ない,ということをよくわかっているのだと思う.私の思っているのと同じ,というわけではないが.
霞ヶ関も,制度的に『税金収奪システム』構築が不可能となれば,優秀な人間達は本来の優秀さを「国民のために」使うようになるであろう
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