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2008年03月05日
沖縄問題に関する二つの意見
5日の新聞で沖縄問題に関する二つの意見が述べられていた。この意見に誰が反論できるだろうか。
一つは、毎日新聞「記者の目」における三森輝久那覇支局の、沖縄少女暴行事件に関する次の意見である。
・・・私はかねて沖縄問題は日本という国の公正さを問う問題だと考えてきた。この国は、沖縄を戦時中に「捨て石」とした揚句、沖縄復帰後も米軍基地の大幅返還に消極的だ。一地方に過酷な歴史を負わせ続ける理由は、日本が不公正な国だからとしか、考えようがない・・・国民の多くが日米安保を必要と考えながら、安保による痛みを沖縄に負わせ続け、共有しようとしない矛盾。そして女性や子供が被害者となりながら、国内法の下で審理できない矛盾。(今回の少女暴行事件は)二つの矛盾を(私たちに)突きつけている・・・
若い記者がこのような意見を持っている事を知って、私は日本の将来に希望を持つ。
もう一つは、朝日新聞「私の視点」で述べられていた現代史研究者大杉一雄氏の沖縄集団自決に関する次の意見である。
・・・敵が上陸したら竹槍を持って軍とともに戦うか、ひたすら逃げるか、自決するか。沖縄に限らず当時の国民は不安におののき、絶望的であった・・・私自身も、米軍が沖縄に上陸した事を知らされ、いよいよ本土決戦かと悲壮な覚悟をした。
沖縄の小さな島を守る軍隊は援軍も期待できず、最後まで戦って玉砕する決意しかなかった。一般国民にしても、米英は鬼畜であり、占領されれば男は殺され、女は暴行されると教育されていた・・・国土が戦場となれば、住民には軍のほかに頼れるものはなく、軍に協力するのが当然であるとされた・・・戦闘に巻き込まれることは不可避であり、軍官民が一体化して敵に当たるほかなかった。その意味で「軍の関与」があったことは当然である。
教科書検定についての論争はもっぱら、集団自決が軍による強制=命令かどうかということだった。(しかし史実は)自分たちは玉砕するが、住民にはとにかく逃げ延びろという場合もあっただろうし、一緒に死のうと手榴弾を手渡したケースもあっただろう。一億玉砕を教えられていた当時の国民はそれを受け入れる精神状態にあり、それがあの戦争の現実であった・・・
(直接的な軍命令の関与が確認されているかいないかという議論をつづけるよりも、当時の客観的な事情を前提に、歴史の真実が書かれるべきである。)
・・・悲劇の責任を問われるべきは、沖縄現地軍というよりは、敗色歴然となっても本土決戦、一億玉砕を叫んでいた軍首脳部と、終戦を積極的に推進しなかった政治家である。権力の中枢にいた人々と、第一線で戦わざるを得なかった人々の責任の軽重は、厳に区別されなければならない。
まったくその通りだと私は共感する。
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