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日本と国民党、日本とアメリカを戦わす陰謀がコミンテルンによってなされたことは、近頃の常識になりつつある。
http://www.asyura2.com/08/reki01/msg/389.html
投稿者 TORA 日時 2008 年 12 月 01 日 15:20:57: CP1Vgnax47n1s
 

(回答先: Re: | 田母神俊雄擁護論(朝日新聞糾弾...> (3)  新・木庵先生の独り言 投稿者 TORA 日時 2008 年 12 月 01 日 13:27:01)

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu181.htm
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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「田母神俊雄擁護論」 日本と国民党、日本とアメリカを戦わす陰謀が
コミンテルンによってなされたことは、近頃の常識になりつつある。
田母神は近頃の歴史学の趨勢を理解した上で、論を展開したのである。

2008年12月1日 月曜日

◆田母神俊雄擁護論(朝日新聞糾弾...> (1)  新・木庵先生の独り言
http://www.asyura2.com/08/reki01/msg/386.html

その疑問が確信に変わったのは、4月26日の狂乱の長野聖火リレーを、この目で直接見たときだ。5千人以上にのぼる中共の留学生が大型バスで続々と長野に乗り込み、街に五星紅旗がはためき、高らかに中国国歌がこだまする不気味な光景は、まるで人民解放軍の侵略と都市占領を想像させるものであった。

その光景を見た岩田は、これこそ明日の日本の姿であると直感した。中国人の横柄な態度、常軌を逸した狂乱ぶり、そして日本人に対する暴行など、長野の現場では驚くべき状況が広がっていた。ところが、これらの事実をマスコミが報道することはなく、長野の聖火リレーは若干の「妨害」はあったが成功裏に終わったということにされてしまった。

しかし、もしかしたら、後に歴史を振り返ってみたとき、あの長野の聖火リレーは中共の日本侵略の嚆矢(こうし)であったと呼ばれるようになるのではないかと岩田は危惧した。そして事実が事実として報道されないマスコミの異常性を改めて恐怖を覚えた。マスコミ、特に朝日新聞はチベット問題に関していかなる報道を送ってきたのか、いかなる世論を形成するために論陣を張ってきたのか、冷静に分析する必要を感じた。

私はアメリカで生活していることを、読者の皆さんはご承知のはずだ。私の知っている限りアメリカで日本の日刊新聞が購入できるのは、日本経済新聞と朝日新聞だけである。ロスの場合、羅府新報というローカル日系新聞があるが、これは毎日と提携し、毎日の記事が多く入っているようだ。以前は讀賣も購読できたが、今はアメリカから撤退している。私はどの新聞もとっていないので、これらの新聞がどのような記事を書いているかよくわからない。

ただ、先日某日系ホテルで講演会があり、その時に朝日新聞がロビーにあったので、どれほど朝日が偏向記事を書いているかチックしてみた。2008年11月13日付けの「私の視点」という記事だ。ここでは、今日本を賑わしている、田母神俊雄氏更迭問題について3名の学者、評論家、元陸将からなる田母神批判である。とても興味のある観点であるので、これから少しそれぞれの記事について分析する。

<私の理解では、確かに石原莞爾らの独断というのは、北岡の言うとおりだ。ただ言葉の選び方だ。「独断」「独走」「勇断」、「陰謀」のうちどれを使うかによって、北岡の言う総合力の記述の仕方が変わる。私なら「独断」、「独走」もしくは「勇断」という言葉を使う。当時満州は日本の生命線であり、少数の日本軍が在留邦人を守り、大軍を誇る張学良軍に対処していた。日本の利益を考えれば、たとえ中央日本軍部の了承を得ていない「独断」、「独走」であっても「勇断」と表現したいところだ。

北岡が「田母神が相手の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはなかったと断定するのはおかしい」と指摘するのは、ある程度正しい。確かにもう少し慎重な書き方が必要だっただろう。しかし、北岡の「陰謀」という言葉を選んだよりましだ。陰謀とは誰に対してなのだろうか。少なくとも、この言葉は現在の中共にとって都合が良い。北岡の日中歴史共同研究委員会の座長として、どのように中共に対処しているか、具体的に知らなくても大体の見当がつく。それに、石原は相手の了承を得た上で進めたのかもしれない。それこそ、このケースにおける実証的な研究が必要だろう。

次に張作霖爆殺事件は、私の大学時代は、河本大作によるというのが通説であった。河本は大杉栄と愛人を殺し、軍事裁判にかけられるも短期刑期を終え、満州に逃れ、満州映画株式会社(?)の社長におさまり、終戦後青酸カリを飲み自殺した悪い奴というイメージがあった。ところが、近頃の研究では、コミンテルン説が浮上し、この事件だけでなく、盧溝橋事件を引き起こしたのも、コミンテルンであるという説が出てきている。劉少奇陰謀説の実証的研究がすすんでいる。

日中戦争、太平洋戦争において、日本と国民党、日本とアメリカを戦わす陰謀がコミンテルンによってなされたことは、近頃の常識になりつつある。田母神は近頃の歴史学の趨勢を、充分理解した上で、論を展開したようである。コミンテルンの仕業説を、否定しようとする北岡こそ、偏向しているように私には思える。都合の良い説をつまみ食いしているのは北岡の方なのだ。北岡のバランス感覚というのは、中共が喜ぶ歴史認識のように見える。>

<北岡の言葉の使い方が気になる。「自虐的」、「感情的」、「そういう面もなかったわけで」。「自虐的」、「感情的」なのは田母神ではなく、北岡の方であると私には 見える。ルーズベルトや蒋介石は戦前日本を陥れようとした鬼畜(この言葉をあえて復活させた)なのである。だから、「ルーズベルトが日本に最初の一発を撃たせようとしたとし、日本は彼と蒋介石によって戦争に引きずり込まれたという。そういう面もなかったわけではない」などと、悠長なことではなかった。まさに、引き入れようとしていたのである。

史実を検証すれば、戦争好き(?)(これは戦後定着した観点になってしまった)の日本軍部が、必死になって戦争回避に動いていたかが分かる。勿論血気盛んな軍人もいたという面もなかったわけではない(北岡流表現を皮肉っている)。実はルーズベルトの上にスターリンという、大物がいたことを考えるべきである。

スターリンの国際戦略は、日本の自虐史観に汚染された歴史学者などに理解できないほどの、狡猾さとスケールの大きさがある。私はソ連スターリンが日本と蒋介石を戦わせ、日中戦争への泥沼に日本を引き入れ、蒋介石をアメリカが支援する、その結果日本がアメリカと戦争をしだす。その青写真を見事遂行させている。そこがコミンテルンという組織の狡猾さである。

日本にゾルゲという大物スパイを送り込み、尾崎秀(ほつ)実(み)を使い、近衛文麿に「日本は蒋介石を相手にせず」と言わしめている。ルーズベルトの側近はソビエトのスパイであったことは近頃の実証的な研究から分かっている。私は一人のアメリカ人を知っている。彼は今80歳を越しているが、子どもの時、日本で育ち、日米関係が悪くなった時期にアメリカに帰国し、アメリカで教育を受けた人間である。

その彼が言っていた。「日本は何故北進をとらずに南進を選んだのか。当時そのことが最大の謎であった」。「日本がドイツと手を組み、ソ連を攻めれば、ソ連などすぐに崩壊したものを。それに、当時のアメリカの軍事力はたいしたことなく、特に陸軍は弱かった。それに当時ドイツの陸軍は世界一で、これから世界はドイツによって牛耳られるだろうという恐怖観のようなものがあった」。日本が北進をとらずに南進したのは、日本がソビエトと戦わずにアメリカと戦わすソ連の策謀であった。

また、近衛に「蒋介石を相手にせず」と言わしめ、世界から孤立を招き、ひいてはアメリカとの戦争に引き込まれている。このような一連の日本の選択が見事と言ってよいほど、スターリンの謀略に引っかかっているのである。元々日本は資源がなく近代国家を維持するためには、アメリカを始め外国と貿易しなければ成り立たない国家であった。その基礎となる石油、くず鉄の輸出禁止は、日本に死刑宣告をしたに等しかった。

北岡はなおも述べている。「国際政治とは、しばしばだましあいである。自衛隊のリーダーたるものが、我々はだまされるというのは、まことに恥ずかしい」ということがわかっていれば、コミンテルンの騙しが、北岡の想像を超えるものであったと謙虚に理解できないものであろうか。その点田母神の方が騙しの手法を良く理解している。彼は騙されていないのである、騙されているのは北岡なのだ。北岡はどれだけ知っているかしらないが、Venona文書のことを。いかに戦前戦中にかけてコミンテルンがアメリカの、それも政府の中枢部に入っていたか、それが歴然とした資料として残っているのである。北岡の歴史家として、もう少しの勉強を望む。>

 これで北岡の記事の分析は終わるが、誰かが言っていたが「朝日の記事は利用価値があるとすれば、全てを逆にとらえればよい」と。実際に北岡の記事を読んで、この人の言っていたことが証明されたことになる。しかし、朝日新聞に纏わる学者集団の罪は大きい。あさましさを感じることから通りこして怒りさえ覚えてくる。><ココで、以下の興味あるブログをはっけんしたので、コピーする>


◆ 田母神俊雄擁護論(朝日新聞糾弾...> (2)  新・木庵先生の独り言
http://www.asyura2.com/08/reki01/msg/387.html

第一章:Venona とは何か

Venona とはソ連の国際諜報本部と西側諸国内のそのスパイとの暗号による交信を解読する米国政府の活動であった。1940 年から 1948 年までの交信が対象とされた。ソ連側は、一度しか使わない乱数表でもって暗号を使っていたので、解読が困難であったが、乱数表の数が不足して、同じものを再使用するようになって、解読が可能になってきた。1944 年の通信は49%が解読されたが、1943 年のものは15%、1942 年のものは2%しか解読できていない。

第二章:「政策スパイ」が歴史を作る

世界的な経済学者のハリー・デクスター・ホワイト(Harry Dexter White)(1892 年生まれ)が、実は「政策スパイ」であった。彼はルーズベルトの New Deal に参加している。ホワイトは、1935 年から 1938年の間にも、ソ連の諜報機関に情報を与えてきた。

1941 年の初頭、スターリンは、ある時期に資本主義国が一緒になって、ソ連を攻撃するだろうと考えた。その包囲陣に切れ目を入れるための戦術として、日本の軍隊の注意を米国に向ける策を考えた。当時日本はソ連の極東地域に進出する可能性があった。在日本スパイ、ゾルゲは、日本は米国を攻撃するかもしれないが、日米の協調もありうるので、そうなると日本はソ連を攻撃するであろうと伝えた。

ゾルゲは 1941 年 10 月逮捕されたが、その一ヶ月前に「日本はアメリカとイギリスを攻撃する。ソ連への危険はなくなった」とソ連の本部に報告した。その少し前に、1941 年5月、ソ連の本部はハリー・ホワイトを政策スパイとして起用した。これは雪作戦(Operation Snow)といわれ、ソ連がアメリカの外交政策に影響を与えるための重大なスパイ活動であった。

ホワイトは必要があればソ連政府が日本を陥れるために作った田中義一首相の作とされる「田中メモ」を示す用意があることも知っていた。ホワイトに直接指示を与えたのはパブロフというロシア人で、ホワイトに米国の外交政策に多大な影響を与えるよう指令した。特に以下の二点を強調した。?日本は侵略から手を引き、中国と満州から軍隊を引き上げること、?日本は大多数の兵器を米国に売却すること。これらの指令はメモとして証拠を残すことを避けるために、記憶するように指示されている。

ソ連のスパイは、日本がアメリカと戦闘状態に入らなければ、ソ連と戦争することになることを認識していた。スターリンがもっとも恐れたのは、ドイツと戦闘状態にあるのに、日本と戦争をすることであった。ホワイトはモーゲンソウ長官に上の二点をアメリカの重大政策決定として提出した。長官は、そのことを、ルーズベルト大統領とコーデル・ハル国務長官に提出した。ハル長官はホワイトの意向を、1941 年 11 月 26日の日本への最後通牒盛り込んだ。その結果が日本海軍の真珠湾攻撃につながり。雪作戦が成功したことになる。

◆田母神俊雄擁護論(朝日新聞糾弾...> (3)  新・木庵先生の独り言
http://www.asyura2.com/08/reki01/msg/388.html

第11章、Soviet Espionage and American History (ソ連のスパイ活動と米国近代史)

 第二次世界大戦の米国諜報機関である戦略局 には (The Office of Strategic Services ) 職員として15人から20人のソ連スパイが活躍していた。さらに4つの戦時体制部局には少なくとも6人のスパイがそれぞれの部局に紛れ込んでいたことも判明している。

 戦争前からあった省庁も例外ではなかった。たとえば国務省には少なくても6人おり、この中で高官としてアルジャー・ヒス (Alger Hiss) とローレンス・ダガン (Laurence Duggan)がおり、十年にわたり、ソ連の諜報機関に奉仕している。財務省には有名なハリー・ホワイト (Harry D. White) という人物が次官として存在していたおかげでスパイたちにとってはとても働きやすい環境にあったと言える。ソ連スパイは質量ともすごいものがあった。その中にはルーズベルト大統領の私的補佐官であったロークリン・カリー (Lauchlin Currie) がいた。さらに米国連邦政府内の中堅幹部には12人以上のスパイないし同調者が配置されていた。

 このようにヴェノナから政府内にソ連のスパイが多く入り込んではいたとう事実はわかったが、彼らがどの程度アメリカの国益にとって害となったかは断言できない。つまり、スパイからモスクワにもたらされた情報がソ連にとってどの程度有益であったのか現在のところ明確ではない。しかしこのような状況の中ではっきりしていることは、原子爆弾製造に関する極秘情報がソ連にもたらされ、それによってソ連はあまり時間と費用をかけずに原子爆弾製造に成功したことである。これにより第二次世界大戦終了後に展開された核開発競争により冷戦状態が長期にわたり、継続したといえる。

 では、いったい米国の共産党員はなぜソ連のためにスパイ活動をするようになったのだろうか。スパイたちはソ連の共産主義にあこがれ、ソ連のために役立てることが光栄であるとの意識をもっていた。2007年12月に公開されたFBIフーヴァー長官の12、000人にのぼる反アメリカ活動容疑者の逮捕に関する驚愕的な記事(付録2)は、いかに多くのアメリカ人がスパイ活動に従事していたか物語っている。

 第二次世界大戦後の冷戦開始後、解読されたヴェノナ資料は悪夢のようなものだった。ヴェノナ資料で明らかにされたアメリカ人の半数以上の実名がソ連の諜報活動に協力した人物であったからだ。この人たちを調査すれば、同僚同士に不信感をかもし出すことになり、相互信頼感がくずれる恐れがあり、簡単には調査できなかった。トルーマン大統領が共産党員の国家破壊活動やスパイに対しは強硬路線をとるという決定を下したが、この問題を市民に公表しないことにした。しかし、1995年になってヴェノナ資料が公開されることになって、初めてアメリカ人は自分自身の歴史を省みる機会がでてきたのである。1950年代に起こったマッカーシー上院議員の赤狩り旋風は、米国の国益という観点からすると、まさに正しかったと言えよう。

  解読されたヴェノナ文書、資料公開法によって過去十数年にわたり収集されたFBI資料の公開、ソ連の崩壊により入手可能となったロシアの古文書館資料、ソ連スパイの米国国会での証言、起訴されたスパイの告白などから、1942年から1945年の間にソ連は米国に対して積極的にスパイ活動を実行したことは明白である。ルーズベルト大統領下の米国がソ連に対して宥和策をとっていた時期にあたっていたため、スパイ活動が簡単に出来たと考えられる。このスパイ活動は戦後の冷戦にも大きな影響を与えている。

<井上氏と同様、木庵も思うのだが、当時のアメリカだけでなく、世界的な趨勢として、ソ連のスパイが活躍できる雰囲気があった。1918年にソビエトで世界最初の共産主義革命が起き、地震波 のように世界に広がり、世界の知識人に大きな衝撃をあたえた。共産主義は今考えるほどの有害思想と捉える人は稀で、人類を救ってくれると考えた人が多かった。

たとえ木庵の大学時代(戦後)でも、共産主義は若き学生を虜にしていた。革命後のコミンテルンの活動は陰謀などという大げさなものではなくて、ごく日常的に各国のスパイ活動として入っていたのではないか。尾崎秀実などは、普通のジャーナリストの感覚で、情報をゾルゲに提供していたようなところがある(?)。それは日本を裏切るというより、日本をよくするためと思い込んでいた。ゾルゲと処刑されるに及んでも、日本を良き方向に行かすため尾崎は犠牲になったと思っていた。少なくとも、戦後左翼が扱った尾崎秀実像はそのようになっている。

井上氏が書いている4つの疑問は興味のある視点であり、それに対する彼の仮説を含めての答えも興味がある。そして、ヴェノナ資料を見る限り「日米開戦に向かう経緯にソ連の工作が果たした影響への記録がない」、「中国で日本が大規模な戦闘を繰り広げるにいたったのはコミンテルンの謀略であるという説についても言及がない」と、冷厳にヴェノナ資料をみておられる。目良氏の見解、「ソ連は、米国内のスパイを使って、第二次大戦の時、米国と日本を争わせるのに成功した。」とは違う。井上、目良氏は違う本を読まれているので、それぞれの著者のヴェノナの解釈が違うのだろう。また、二つの本が扱った資料は異なっていたのであろうか。


(私のコメント)
先週の金曜日の深夜に「朝まで生テレビ」で田母神論文についてやるというので録画してみた見ましたが、田原総一郎の司会が酷くて論点が点々バラバラになり、これでは討論番組としても意味がなくなってしまう。特に議論が核心に迫ろうとすると例によって田原総一郎が遮ってしまったり、論点を他にすり替えてしまう。

田母神論文のどこが間違っているのか正しいのかを徹底的に議論すべきなのですが、西尾幹二氏が村山談話の英訳には「侵略」という言葉が使われていないということを指摘していた。ネットで調べたら

During a certain period in the not too distant past, Japan, following a mistaken national policy, advanced along the road to war, only to ensnare the Japanese people in a fateful crisis, and, through its colonial rule and aggression, caused tremendous damage and suffering to the people of many countries, particularly to those of Asian nations.

となっており、aggression(攻撃)という言葉であり、Invasion(侵略)という言葉は使っていない。「攻撃」と「侵略」とは明らかに違う意味であり「侵略」には明らかに犯罪性があるが「攻撃」ならば単なる戦闘行為だ。となると村山談話の意味合いも違ってくるし、日本文の村山談話と英文の村山談話とは違う別物だ。中国語訳には「侵略」という言葉が使われているが。

田母神論文が主張しているのはコミンテルンの謀略説であり、当時のルーズベルト政権にも多くの共産党のスパイが入り込んでいたということであり、ルーズベルト大統領が共産党のスパイによって操られていたという事も有力になりつつある。しかしこれも西尾氏がが指摘していたように、アメリカは当時の機密文書を全部公開していない事だ。全部公開すれば日米関係に大きな影響をもたらすからだろう。

田母神論文ではヴェノナ文書にも触れて書かれているが、この暗号解読はまだ一部であり当時の国際関係の謎が解明されるものかもしれない。91年のソ連崩壊でロシアからも多くの文書が公開されてきていますが、ノモンハン事件の実情も分かってきたし多くの定説が覆される事がこれからもあるだろう。

現在の日本では東京裁判史観が定説とされて、政府の村山談話が東京裁判史観を元に書かれているから問題なのであり、歴史認定を国家や政府が行う事は間違いだ。私もヴェノナ文書を調べていくうちに「新・木庵先生の独り言」で田母神俊雄擁護論を見つけたのですが、詳しくはリンク先を見てください。

 

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