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トゥイーの日記 [著]ダン・トゥイー・チャム
[掲載]2008年9月28日 [評者]南塚信吾(法政大学教授・国際関係史)
■戦争に生きた少女の日記が35年後に
2005年5月、ハノイに住む年老いたゾアン・ゴック・チャムあてにアメリカから荷物が届いた。それは35年前に亡くなった娘ダン・トゥイー・チャムが、ベトナム戦争中につけていた日記であった。
「もうすぐ30歳。(中略)私の青春は戦火の中で過ぎた。戦争は若さと愛でいっぱいだったはずの私の幸福を奪っていった。20代なら誰でも青春を謳歌(おうか)したい、輝いた瞳とつややかな唇でありたいと思う。しかし、今の20代は、幸せになりたいという当たり前の願いさえ捨て去らなければいけないのだ。今の願いはアメリカを倒すこと。国の独立と自由を勝ち取ること」とトゥイーは書いている。
1960年代から75年まで続いたベトナム戦争で、彼女は軍医として前線で戦い、最後には戦闘で倒れたのである。ハノイの病院の医者である父と薬学者の大学講師の母の家庭に育ったトゥイーは、大学を終えると南ベトナムの戦闘地域へ勤務する。66年12月のことである。それ以来、70年6月まで3年半、トゥイーは、クアンガイ省ドゥックフォーを中心に野戦病院で勤務する。この日記は、68年4月から始まり、70年6月、死の2日前までつづられている。
考えることの大好きな、自己意識に満ちた少女。人に愛され人を愛さずにはいられない少女。そしてインテリ家庭の出身であるがゆえに、尊敬する共産党としっくりといかない少女。日記の1ページごとにハッとする「言葉」がある。
こういう少女を含めて多数の若者がベトナム戦争を戦い、命を失っていったのだ。外からは知ることのできないベトナム戦争の現場がここにはある。
この日記の出現は劇的である。殺されたトゥイーの持っていた布袋に入っていたノートが米兵の手に入り、かれが破棄せずに持ち帰っていた。それを35年後にベトナムにいるトゥイーの母に届けたのだ。それは本国でたちまち大反響をもって迎えられたのである。本書の出現は近年のベトナム・アメリカ関係を象徴するものとしても興味深い。
◇
THE DIARY OF DANG THUY TRAM
高橋和泉訳/ダン・トゥイー・チャム 42〜70年。医師としてベトナム戦争に参加。
トゥイーの日記
著者:ダン・トゥイー・チャム
出版社:経済界 価格:¥ 1,600