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(回答先: あなたの言っていることは帰化しないと決めた当人にとって大きなお世話でしょう。 投稿者 ダイナモ 日時 2009 年 1 月 03 日 16:53:25)
もちろん、時代背景・人間感情の難しさ、その他色々な要素を総合的に判断した上で、日本で暮らす外国人としての道を選択するという判断は自由です。
しかし、そう判断する「快さ」を最優先とするなら、日本という国の援助は一切拒否するというくらいの覚悟も必要です。
先の文章でも少し触れましたが、選手になることを辞退すれば、「その仮選手の存在によって自分が不利益を被った」との判断は不当な物と化します。
現実的には、その仮選手が辞退しても選手の枠は「1人分」しか空かず、そこに座れるのは必ずしも「恨みを持つ人」とは限らないわけでもあるが、人の逆恨みなんて、どこで発生するか分からない。
つい先だっても、犬の仇討ちで殺されてしまった厚生省の事務次官がいたばかりですから、日本の援助を辞退するなら、理屈上は「憎悪を抱くのは不当」となる。
要は「恨まれる口実は出来るだけ回避した方が良い」ということだが、その努力を怠れというのは、所詮は「表面的に同情するような体裁を見せる無責任な他人の態度」と言うことだけです。
その人に「快い甘言だけを言っていれば良い」というような表面の上っ面を見るような「判断」が「本当の意味の親切」なのでしょうか?
現在では、保険商品を売るにも「リスク」と「利点」の両面を十分に説明した上で、最終的には「自分の判断で決定してもらう」のが適切ということになっている。
現実的に在日朝鮮人の人には、「日本に帰化したら、今までの仲間であった帰化しない同胞からの支援が期待できなくなる」というような要素もあり、そのリスクに見合うだけの支援が「日本が用意できるのか?」と問われれば、それも「多分は用意できない」という思いもあるので、若干の後ろめたさもあるわけです。
しかし、多分ですが、彼らの帰国の道は時と共に狭くなっているのでしょうから、遅かれ早かれ、いつかは帰化を決断せざるを得なくなるように判断しています。
多分ですが、若者ほど、帰化した方が良いという希望を持っている比率は高いような気もしますが、老人が頑固であり、封建的な思想観もあり、過去に日本から受けた差別などの記憶も邪魔をして、冷静で「長い目で見た判断」の妨げになっていると邪推します。
その上で「考慮すべきは、過去ではなく、未来だ」と考えれば、今、どのような決断をすべきかは、導き出せるのではないでしょうか?
無論、最終判断は「彼らが行うこと」であり、自由です。
しかし、判断材料として、リスクも利点も包み隠さず「出来るだけの情報を示す」のが、正しいことでしょう。
自分の個人としての「主観」というフィルターを取り除いて考ようと意識されていて、その上で、「何が正解か?」を判断しているのなら、それで結構です。