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死刑や刑罰が犯罪防止の抑制になりえるのは、
「自分の生命はかけがえのないもの」であり、「死は恐怖」であり、「自由の拘束」が人にとって最大の苦痛であるという考えから成り立っていると思う。
秋葉原や先日起こった犯罪は、そうした、刑罰の持つ威嚇力、犯罪抑制力が軽くなっていることをまざまざと見せ付けた。
自分自身をもてあましている人(人のことをえらそうに言っているのではない)、灰色だけの将来しかないと自覚している人には、こんな刑罰「どうってことナイ」のじゃないか?
保守政治の支持基盤たる中産階級を没落させた落語系若旦那議員たちの失政、暴力を肯定する風土、そして自分の不快感を適切な言葉、方法で表現する教育を受けていない国民的不幸を痛感する。
背後関係は明らかでないが、過激派でも、右翼団体員でもない、「ノーマークの人間」がこういうことを平気でやらかす時代の怖さを、霞ヶ関の元秀才たち、太郎ちゃんとそのとりまきたちはわかっているとは思えない。