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秋葉原通り魔事件に思う。
今回のこの事件の被害者の方のご冥福を心からお祈りいたします。
決して犯人を弁護するつもりも無く、当然死刑に処するべき事件であるが、今回の事件の背景にあるものは、単純に今日の日本社会の歪、小泉構造改革の弊害であると結論を下していいだろうか。
私は、小泉元首相の就任の記者会見の「なんてったって小泉♪」を聞いて以降一貫して小泉政権と、その構造改革を否定してきた。阿修羅の過去ログを調べていただければ一貫している。しかし、未だに世間では小泉は人気がある上再登板を望む声さえある。けしてマスコミの捏造や偏向報道ではない。日本の民主主義が菲薄である証明のようなものだ。
悲しいかな、小泉を支持した無党派層は無責任な無関心層であり、小泉自身、国益と国民の幸福に無関心な男であった。
株式と経済展望のTORA殿 http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu169.htmのように、小泉一人に今日の格差社会の責任を負わせるつもりはない。小泉は稀代の政治家であったのは事実だろう。格差の拡大と福祉の切り捨て、55年体制の破壊はしたが、彼には思想も無く、破壊後のビジョンも無かった。日本国民の幸福と、国益に興味が無く、総理大臣である自分に酔いしれ、政局が趣味であったのが不幸であっただけだ。日本国民の多くはポピュリスト小泉を未だに支持している。小泉一人の責任ではなく、我々国民の自業自得なだけだ。秋葉原の小林容疑者は我々日本人が深い「闇の影」で育ててしまったのである。
格差社会は小泉改革と、米国が毎年突きつける「年次改革要望書」と、政策当局の失政により生み出されたものではない。根本的な原因は、世界がフラット化(グローバル化)したことである。格差社会の原因の根源を、我々は自覚せねばならないだろう。1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊し、1995年8月24日ウインドウズ95が発売され、世界は急速にフラット化し一つになり始めた。世界中の人間が平等になり、平等な競走を強いられ始めた究極の自由(競争)社会の到来である。
自分も含めた日本の今の世代は、唯日本に生まれただけで、いったいどれだけの努力をしたというのだろう?近代から幕末、明治大正昭和、先達達の尊い犠牲と、奮闘努力の遺産を少しずつ食い潰している3代目4代目なのかもしれない。インド人や中国人、発展途上国の一部富裕層を除いた庶民に対し日本に生まれただけでどれだけ幸せであったか?
安全な水を飲み、風呂に入り、最近値上がりしたとはいえ、物価の上昇は途上国から比べ微々たるもので、飢餓にはほとんどの日本人は無縁である。
多くの日本人は、日本人に生まれた幸せを日々感謝することはあるのだろうか?また、今日の繁栄を築く礎となった先達達にどれほど関心をもっているだろうか?常日頃の心得として、私は、神社仏閣へはよく参拝をします。その際、自分の願いではなく、まず感謝を祈るよう心がけています。また、最近は、運よく九段下で地下鉄を乗り換えるようになった為、月に一度は靖国へ感謝をしに、参拝させていただいています。
日本と同じような国の繁栄を中国インド、その他発展途上国が望み、努力したならば、発展途上国が繁栄することを邪魔することはできない。フラット化した共通の競争グランドに立ったのならば、もはや国境とか、民族の垣根は低くなり、意味すら持たなくなる。
先進国の大多数の人間の生活レベルが下がり、中国インド発展途上国に中産階級が発生し、日本を含めた先進国の生活水準に近付くことは、社会学ではなく熱力学の第2法則=エントロピーの法則で説明ができる。
日本が、自由主義、自由貿易主義、平等、博愛主義の旗を掲げるならば、今日の海外諸国民との格差の縮小、国内社会での格差の拡大は熱力学の第2法則で説明が付く、必然の結果と考えて然るべきである。現実は厳しい。私にとっても等しく厳しい。
日本でもフラット化した世界構造に気が付いている層は、世間から非難をされようが、自分の子供たちへの教育投資に狂奔している。フラット化した世界で生き抜く対策は教育意外に無い。加藤容疑者の母親も教育熱心であったと報道されているが、子供に期待する願望だけ強かったのだろう。塾へ子供を任せきりの程度で、自ら子供に張り付いて教えることはせず、子供にプレッシャーを与えるだけの親だったのだろう。子供の教育が、唯一階層輪廻を打ち破る手段であることは間違ってないと思う。
すでに就業している人間は、転職したとしてもステップアップできる人間は極限られている。悲しいことに、大半の日本人の身分は下がることはあっても、上へ登る事は極めて困難である。身分が固定化している、封建主義社会と大差はない?いや、明治初期の特権を剥奪され、路頭に迷った武士階級のごとく、多くが下流へ流されるリスクを抱えている分だけ現代は封建社会以下かもしれない。
日本は幸いなことに、グローバル化する大きな障害として、地理的環境と、言語的環境がある。日本語の修得には膨大な時間と労力がかかり、中国東北部の一部では稼働し始めているが、英語圏におけるインドのような国は無い。
また、フラット化してグローバルに均一化した世界では、日本製 made in japan はブランドとしての価値を与えている。クールジャパンが21世紀最初の文化的トレンドとなりつつある今、日本はグローバルな海の中、エデンとして存在することが可能な数少ない国でこれほど幸せなことは無い。
今回の秋葉原での下等容疑者の凶行は、けして特異な事件ではなく、日本人が曝されている、フラット化した世界の自由競争によって齎された現実であることを自覚せねばならないと思う。
【Ddogのプログレッシブな日々 】
http://blogs.yahoo.co.jp/ddogs38/10552442.html