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(回答先: それで、よいのです。阿修羅は、今に至るまで知的に自立できるまでの補助輪であったのですから。 投稿者 乃依 日時 2008 年 6 月 01 日 09:23:21)
概念的に、
目的>戦略>戦術
のような広さをもっています。
しかしながら、Kさんは、
目的=戦略=戦術=労働者の救済
と行動を指針にしているように見受けられました。
これでは、政策たり得ないと思うのです。
日本の労働人口は、6700万人程度で、これでさえも、
人口の半数程度でしかなく、
また、労働者として数えられている人たちも、
労働時間以外は、
家庭人や消費者、個人投資家といった、別の姿で
存在しているわけです。
要するに、「労働者の救済」を目標にして意味を持ちうるのは、
労働組合の役員等のみでしょう。Kさんは、実際に関係の方だそうですが。
しかしながら、仮にそうであったとしても、その立場を離れて語るというのなら、
「労働者の救済」は、目的として狭すぎ、人々の共感を得るほどの価値を持ち得ないでしょう。
また、戦略としても「労働者の救済」は狭すぎます。このような狭い、戦略設定では、戦術として、「労働者の救済」を実行することも難しいでしょう。
仮に、「労働者の救済」を実行したいのであれば、
目的と戦略は、少なくともこのように設定すべきでしょう。
国家社会主義(目的)>国家主義的経済(戦略)>労働者の救済(戦術)
これは、「あっしら」さんの方針と私が解釈したもので、
多くの支持者を得ました。
私の設定する、目的、戦略、戦術、は以下のようなものです。
世界市民の幸福(目的)>国際金融の解放(戦略)>労働者の救済、社会情勢の研究、法制度への考察、新興文化の評価、・・・など
つまりは、労働者の九社以外にも、実行すべき戦術はたくさんあるということです。