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(回答先: 「ベーシックインカム」について、研究する情況にきていると思われますが 投稿者 秋吉悠加 日時 2008 年 1 月 12 日 21:18:21)
秋吉悠加さん、はじめまして。
Kanonと申します。
>(「ベーシックインカム」) この言葉に
始めて接する人、かなり深い知識をお持ちの方と様々でしょうが
一般庶民は、この言葉は始めてという人が多いのではないでしょうか。
ベーシック・インカムの言葉は、まだ世間に広く流布している状況とはいい難いですね。周知のように、ベーシック・インカムを簡潔に要約して言えば、就労に関係することなく、普遍的かつ無条件に最低限の所得を個々に給付していくものなのですが、これによって労働力市場で無理して働かなくてもよい展望が開けるかもしれませんね。(笑)
ただ、歴史を踏まえながら、現状の流れで即して考えた場合、自由放任で市場が暴走して人々は個々の利益の追求に向っていたものが、格差の拡大傾向により歯止めがかかり、今度は国民のネーションの感情が公正な配分の方(効率より公平)へ転換したものと考えられるかと存じます。前者の市場優先主義がリベラリズムで後者は福祉国家的な社会民主主義と呼ばれましょう。
>(先入観なく取り組むにしても、)
現実の社会は、国民の立場を真剣に考え、
良い案を実行してくれるという政治分野が存在していないのでは
なかろうかと、この社会情況の中での空洞化を痛感しています。
この現状に一石を投ずる為の、研究の一貫との認識でもありますが
「ベーシックインカム」についても取り組んでみたいと思うのです
ベーシック・インカムの前提となる個人の自立を考えた場合、「自立」をどう捉えていくかもポイントになってくるかと思います。分かりやすくいえば、今、日本でいわれている「自立した個人」は自己決定できる人間のことを指していますが、私たちが、日頃、身近な友人たちに「自立した」といった場合、それは、一人前に稼げるようになったことを指しています。だから、ネオリベなどが想定している「自立した個人」とベーシック・インカムで求められる「自立」との違いも意識していかなければならないかと思っています