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http://mainichi.jp/select/opinion/takamura/news/20080316ddn010070044000c.html
<with 藤原健・編集局長>
◇自分の立ち位置認識
インターネットが席巻する世の中。情報だけは容易に入手できる便利さを私たちは手に入れたが、「情報を言葉によって有機的につなぎ、考える」という力は衰える一方ではないか−−。高村薫さんの言葉からは危機感がにじむ。そして繰り返し語ったのは「新聞を読み、自分を世界の中で相対化し、立ち位置を知る。それができてこそ大人」ということだった。今、「大人」が減ってはいないか。高村さんの危機感は、若者だけでなく大人にも向けられている。【構成・若菜英晴、写真・西村剛】
◇ネットに無数の情報、言葉でつなぎ知識に
藤原健・編集局長 高村さんとの最後の対談ですが、総括的に、次の社会を担う若者への注文、そして高村さんや私たちがかかわる活字文化について語り合いたいと思います。成人年齢を20歳から18歳に引き下げる民法の改正論議(注1)が起こっていますが、欧米諸国では多くの国が18歳を成人年齢としています。高村さんは、どうお考えですか。
高村薫さん 成人が18歳か20歳かというのは、民法を運用するうえでの技術的問題ではないでしょうか。60歳でも大人になれない人もいれば、15歳でも大人っぽい子もいる。日本では、成人は20歳ということで文化的、国民的合意ができています。今、あえて引き下げる合理的理由はないと思います。実際に引き下げれば、付随する山ほどの法律を改正しなければなりません。
藤原 たしかに今、社会的要請はないですね。国民投票法をめぐる政治の綱引きという面もあります。精神科医の斎藤環さんは本紙のインタビュー記事の中で「25歳に引き上げてはどうか」との考えを述べています。一方で、同じ記事で棚村政行・早大大学院教授は「主権者として責任を自覚させる効果がある」と、18歳引き下げに肯定的です。
◇合理的な判断できれば「大人」
高村 成人として成熟しているかどうかは、個人的な問題です。社会の中で主体的に合理的判断のできることが大人。何歳で成熟と見るかという議論は意味がない。
藤原 「大人とは」と考えると、例えば自分で主体的に書物を選び、読み、自ら知識を増やすことができることも一つの要件だろうと思いますが、若い人が本や新聞を読まなくなった。
高村 本や新聞を読むのは何のためか。子どもが童話を読む時、一つの別の世界に触れることで、自分の家族がいて、自分がいると知る。同じように、本や新聞を読むのは、自分の位置を知るためです。この国や世界で今、何が起きているのかを知り、自分の存在を時代の中で位置づける作業です。それをしなければ、自分の生活圏だけしか知らない人間になってしまいます。
藤原 他人や、自分の知らない世界への想像力も育ちません。
高村 今はネット時代で世界中から情報が入るけれど、それらはバラバラに散らばっている。まとまった世界観を持ち、世界を俯瞰(ふかん)する目を持とうとしない大人が増えています。
藤原 その意味では危機的です。
高村 ウィンドウズ95(注2)が世に出たころから情報通信革命が始まりました。これが将来何をもたらすのか、想像する言葉を大人は持ちませんでした。生み出されたものは、情報だけが山のようにあふれる、まとまりのない社会でした。人は目の前の情報、気に入った情報だけを見て、それ以外は捨てるようになってしまった。
藤原 しかも、知的判断に基づいた情報の選択ではありません。
高村 情報を言葉によって有機的につなぐ作業を通じて、情報は初めて知識となります。そして世界像を自分なりにつかみ取ることができる。無数の情報があるだけで知識が豊富だと勘違いしてはいけない。自分の気分や感性に合う情報だけを引っ張ってくる人は大人とは言えません。他人の意見を聞き、いくつもの見方があることを知り、それを論破するならさまざまな根拠を積み上げていかねばなりません。それに至るには忍耐、誠実さも必要です。ところが、米国のイラク戦争開始の論理、日本の政治でも道路特定財源や暫定税率に関する与野党の論争を聞いていると、自分の都合に合う情報だけで論議をしているのではないか、と思えてしまいます。大きな世界像をとらえないところにまともな論議は成立しません。
藤原 今おっしゃったことを若い人に伝えなければいけない。
高村 自分の言葉、他人の言葉、世界の言葉を聞き、自分なりの世界像の中で自分を位置づける、という志を持ってほしい。言葉の体系から世界をとらえるということを拒否していたら、人類は滅んでしまう。それくらいの危機感が私にはあります。
藤原 言葉という点で言うと、昨年末に薬害C型肝炎訴訟で原告団が発した言葉は印象的でした。「お金が目的ではない。自分たちだけが助かればいいのではない」というメッセージでした。安倍晋三前首相の「美しい国」というスローガンが何とも実感のないものだっただけに、原告の人たちが人間としての品格を示した言葉に救われた思いがしました。
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(注1)成人年齢は1898年の民法施行以降、満20歳だが、鳩山邦夫法相が成人の年齢20歳を引き下げる民法改正の是非について、法制審議会に諮問した。原則18歳以上を投票年齢と定めた国民投票法の付則で、民法などの年齢条文引き下げを2010年の施行までに検討すると規定しているため。18歳に引き下げると、飲酒喫煙や少年法、公選法など「20歳」と表記している条文の見直しの論議に発展する可能性もある。
(注2)95年に発売されたマイクロソフト社の基本ソフトウエア。従来より高速に動作させることができるアプリケーションソフトを搭載し、世界的なヒット商品となった。95年はパソコン普及元年ともいわれ、以後、ウィンドウズシリーズは基本ソフトの事実上の標準となっている。
(注3)ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」(光文社古典新訳文庫、訳・亀山郁夫)が60万部を突破するベストセラーになっている。同じシリーズのスタンダール「赤と黒」(訳・野崎歓)にも人気が広がっており、難解と思われてきた海外の古典文学が注目されている。
毎日新聞 2008年3月16日 大阪朝刊
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