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(回答先: 西洋の反自然性、反人類性、反生命性を明確に断じた四人/大田龍 投稿者 仁王像 日時 2008 年 5 月 03 日 18:44:06)
木田「『超自然的な存在』という考え方は西洋という文化圏に生まれたが、日本には生まれなかった。日本だけではなく、西洋以外の他の文化圏には生まれませんでした」。
副島「『現在の人類がたどり着いた、西欧近代で始まった、大きな諸思想の流れ』を理解しなければ、とてもではないですが、世界基準(ワールド・ヴァリューズ)では、知識人の初級の習得段階にも該当しません」。
〔臭うぞう〜〕
西欧の思想体系は、西洋哲学を源流としているわけで、それは西欧という特殊な文化圏に生まれた。言ってみればローカルである。それが、バナナ学者によると突然、「現在の人類がたどり着いた…思想の流れ」と飛躍する。論理ではなく、白人思想に初めから敗北し、頭を垂れている無残な姿である。
端的に言って、西欧政治思想が地球人類になんらかの恩恵をもたらしてきたのであろうか。まず思い浮かぶのは、大航海時代からはじまった、非白人地域での大量虐殺、容赦のない略奪・収奪、植民地化であり、それは形を変えて今日もなお続いている。思想の表れが行動である。西洋人のやってきたことはいけないが、思想はリッパであるなどと言うのは詭弁以外のなにものでもない。
バナナ学者が、西洋人の残虐な侵略性とインテリジェンス(悪知恵)を目の当りにしてきて、慄(おのの)きながら「白旗」を掲げつつ長じてきた末路である。
そこで開き直って、これが「世界基準」だと、日本人に向かってシャカリキに説教を続けている。日本が生んだ奇怪な”思想家”ではある。
今日のブログでは↓、弟子であっても「世界基準」の理解が行き届かず、焦っているという。それで2チャンネルにまで手を伸ばして、弟子募集を始めた。何をかいわんや、である。バナナ学者による、「世界基準」の布教活動は、すでに頓挫しているのだ。
・[859] 人類(西欧がその先端)が築いた「大きな政治(かつ法)思想の枠組み」の理解への啓蒙を続けます。 投稿者:副島隆彦 投稿日:2008/05/04(Sun) 08:25:59
http://snsi-j.jp/boards/past.cgi?room=sample1&mode=find&word=859+%BF%CD%CE%E0&cond=AND&view=10