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(回答先: 問題意識・問題領域・アプローチ:直接性・媒介性・妥当性 投稿者 妹之山商店街 日時 2006 年 12 月 27 日 03:46:32)
ほぼ異議ありません。話せるヒトのようなので対話を深めたい。
>・シャロン政権のガザからの一方的撤退
「一方的」という発想は、申命記07:02(※2)の「彼らと協定を結んではならない」という発想でしょうね。
>ただ、私は、倫理的、哲学的なレベルでの批判も可能だし、
>それにも意味があると思っています。
>そういう問題領域もあるのです。
どっちかというと、たけ(tk)もその方が好きです。
>「パレスチナの人びと」とは誰のこと指しているのですか。
イスラエル人が「本来イスラエルの領土であるべき土地」と思っている土地のうちのパレスチナとよばれる地域の上に居るアラブ人です。
ただし、彼らは長期的な戦略を持っていますから、突然に「本来イスラエルの領土であるべき土地」の全部の土地の領有権を主張したりはしません。
奪える可能性のある土地に居るアラブ人は追い出して、ちょっとづつ土地を奪っていく、という戦略を持っていると思われます。隔離壁の内側など、もう、イスラエルのもの、という発想でしょう。
* レバノンでも「ちょっとした占領地の拡大」をしているようにも読める記事があるのだが、事実を確認中。(※1)
>つまり「居なくてもよい」どころか、居るからこそ深刻な問題なのです。
その通りです。「居ないほうがよい」と書こうかと思いましたが、文脈的な一貫性を重視して、「居なくてもよい」という表現にしました。
>イスラエルの国家戦略として、
>将来樹立されるであろうパレスチナ国家が、
>イスラエルの国家安全保障上の脅威にならないようにする為には
>どうしたらよいか
>それが基底的な問題意識かもしれません。
その通り。彼らの意図と政策の関係は簡単で、
(1)『イスラエル人が「本来イスラエルの領土であるべき土地」と思っている土地』にはパレスチナ人は「居ないほうがよい」と思っている。そういう意図を持っている。
(2)従って、『イスラエル人が「本来イスラエルの領土であるべき土地」と思っている土地』からパレスチナ人が居なくなるような政策をとっている、
と考えれば、彼らの意図と行動とは一貫しているのです。
パレスチナ人の「帰還」を認めないのも、離隔壁で事実上の国境を変えていくのも、これと同じ発想の実に合理的な一貫した政策なのです。
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このようなイスラエルの国家戦略を理解するためには、やはりユダヤ教の発想を理解しなければ分からないだろう。
彼らの心情を日本人的に分かりやすく言えば、強盗犯人が被害者からの報復を恐れて怯えている、ということになります。
日本人的には、じゃあ、謝って和解すればよい、とか、水に流せば良い、となるでしょうが、ユダヤ人の場合には違う。
ユダヤ人にとっては、そのような状態こそが理想的な状況なのです。そのような状況こそ、申命記に書かれているユダヤ人の神さまからの神聖な宗教的使命を実践していることの証しなのです(※2)。
また、実際的にも、そのような状況は、ユダヤ人の団結を維持するために必要な状況なのです。
ユダヤ人が大好きな「ユダヤ民族の絶滅」というのは、本当に恐れているものという意味では、異教徒に殺されることではありません。
それとは逆に、異教徒に受け入れられて、異教徒と同化してしまうことがホントの意味での「ユダヤ人の絶滅」なのです。(※3)
ホントの意味での「ユダヤ人の絶滅」を防ぐためには、ニセの意味での「ユダヤ人の絶滅」の恐怖を煽り続けるなければならない。そのためには隣人に憎まれるような存在であり続けなければならない、というのがユダヤ教だということです。
* 近い将来、アメリカの後ろ楯を失って、現代イスラエル国家が無くなって、その戦略が失敗したとしても、もう一度離散して、離散した地で、第二・第三のディアスボラや神殿喪失を嘆き続ければ良いだけの話です。
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(※1)レバノンでのせこい占領?
10月1日、イスラエル軍は国境沿いの数ヶ所を除き、レバノン領内から撤退した。しかし、イスラエル軍はヒズボラの拠点建物や地下施設を完全に破壊することは出来なかった。対外情報局や軍の情報網で把握できていた地点についても、攻撃が十分になされていないことが停戦後に判明した。このため、イスラエル空軍機は停戦後も、ヒズボラの監視としてレバノン領空の侵犯を繰り返している。
* 「国境沿いの数ヶ所を除き」って・・。
(※2)申命記はユダヤ人の神さまがユダヤ人に下した(ユダヤ人にとっては)神聖な命令なのであります。
07:01あなたが行って所有する土地に、あなたの神、主があなたを導き入れ、多くの民、すなわちあなたにまさる数と力を持つ七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人をあなたの前から追い払い、
07:02あなたの意のままにあしらわさせ、あなたが彼らを撃つときは、彼らを必ず滅ぼし尽くさねばならない。彼らと協定を結んではならず、彼らを憐れんではならない。
07:03彼らと縁組みをし、あなたの娘をその息子に嫁がせたり、娘をあなたの息子の嫁に迎えたりしてはならない。
07:04あなたの息子を引き離してわたしに背かせ、彼らはついに他の神々に仕えるようになり、主の怒りがあなたたちに対して燃え、主はあなたを速やかに滅ぼされるからである。
07:05あなたのなすべきことは、彼らの祭壇を倒し、石柱を砕き、アシェラの像を粉々にし、偶像を火で焼き払うことである。
http://www.fsinet.or.jp/~yoyoue/bible/deu.htm#05007001
(※3)ホントの意味での「ユダヤ人の絶滅」
『タルムード入門1』より
p.35:(紀元前)722年にはイスラエル10部族からなる北王国がアッシリア軍によって撃破され、捕虜として連れ去られた住民は、その大多数が、行きついたできで同化されてしまったという事情がこの民族的危機を一段と切実なものとした。
p.39:(エズラの方針は)ユダヤ人は、その宗旨によってのみならず、その生活態度においても隣人と違っていなけれはならない、というのであった。その礼拝の様式も違えば、家庭生活も違う、また、日常生活のごくありふれた事柄に関しても、彼のユダヤ人たることをつねに印象づけるような要素がなくてはならない。・・この視点が十分に把握されているのでない限りは、ラビたちの物の考え方、彼らの行動様式、また彼らの聖書解釈の方法を理解できる望みは皆無である。
つまり、隣人たちと異なる存在であり続けること、異物であり続けることによって、同化を防ぎ、そのことによって民族を維持する、という方針。従って、異物として排斥されることは当然予想されることであり、それを当然のこととして、うまく利用していこうという知恵を発達させてきた。
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