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http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20070815ddm002010060000c.html
◇市町村議激減、「王国」直撃
中国山地の山並みが続く島根県東部・雲南市は04年11月に旧掛合(かけや)町など周辺6町村が合併して誕生した。掛合町は落選した自民党の景山俊太郎氏(63)と竹下登元首相の出身地。「竹下王国」の中心的な地域だ。
ところが、同市で景山氏は1万5029票の獲得にとどまり、当選した国民新党の亀井亜紀子氏(42)に937票差まで迫られた。「地盤中の地盤」で何が起きたのか−−。背景を探ると、旧掛合町に隣接する旧吉田村で起きていた変化に行き当たった。
合併前の吉田村には12人の村議がいた。いずれも景山派。国政選挙のたび、村内の有権者約2000人をくまなく回り、自民党票を固めた。勝って当たり前の選挙が続いた。むしろ、投票率全国1位をやはり高投票率の常連の富山県利賀村(現南砺市)と張り合うのが楽しみでもあった。それが合併に伴って10人が引退。雲南市議になったのは残る2人と、合併まで村長だった堀江真氏(57)の3人だけだ。
堀江氏は今回、土地改良事業の縁から、自民党の比例代表候補、段本幸男氏(落選)の応援に精を出した。堀江氏にしてみれば、景山氏の選挙は「目の前に置いてあるもんをパッと取るぐらいの話」だったからだ。ただ、堀江氏は旧村内を歩き、元村議が活発に動いている様子がないのが気にかかった。
自民党吉田支部には16の集落ごとに世話役がいる。従来、この世話役とともに村議が選挙運動の最前線を担った。ところが、引退して役割を失った元村議たちは、支持を「頼む側」から「頼まれる側」に変わってしまっていた。それは「王国」の選挙を支えてきた手足がもがれたことを意味している。
旧吉田村の国政選挙の投票率は00年衆院選を最後に90%台を割り込んでいる。それでも景山氏が再選を果たした01年参院選は89・79%だったが、今回さらに86・22%にまで低下した。これも元村議たちの姿勢と無関係ではないだろう。
雲南市の開票は旧6町村一括で行うため、地区ごとの票の出方は分からない仕組みだ。「通信簿(旧町村ごとの得票)が見えんのやから……」と市議の一人は景山陣営の緩みをほのめかした。
一方、自民党の青木幹雄参院議員会長のおひざ元の旧湖陵町。05年3月に出雲市と合併し、町議14人中12人を占めた自民党系は全員引退した。しかも、元議長(75)を含む9人は05年の「郵政民営化騒動」をきっかけに自民党を離党しており、元町議で党員は3人になってしまった。
今も集票力に自信を持つ元議長は「議員をやめても100票ぐらいは軽く取れる。そういう力はあるが、頼まれなきゃ動きません。大儀ですから」と語るが、景山陣営から応援要請が来ることはなかった。
「平成の大合併」で島根県の自治体数は59から21になった。減少率は全国7位。02年に923人だった市町村議も468人までほぼ半減した。これに連動するかのように、97年に4万4528人だった県内の自民党員数は、06年には2万1537人。10年間で半分以下になった。
「選挙は負けることがあると認識せないかんちゅうことでしょう」
堀江氏は振り返った。実動部隊を失ったのに「常勝自民」の危機感は薄かった。=つづく
毎日新聞 2007年8月15日 東京朝刊
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