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週のはじめに考える お上の時代と裁判員制度【東京新聞】
2007年6月17日
日当上限一万円などの細則が決められ、裁判員制度は待ったなしですが「この忙しいのになぜ」がなお大方の国民の本音のよう。で誰(た)がための制度なのか、再び−。
森鴎外の短編に十六歳の娘・いちを主人公にした「最後の一句」があります。
三日間の曝(さら)しの上の斬罪(ざんざい)が決まった船乗業の父親を救うために、いちら五人の子供が身代わりになることを奉行所に願い出る物語ですが、話は、親子の情愛の深さや子供たちの健気(けなげ)さといったものでなく、長女・いちが言い放つ最後の一句に収れんしていきます。
最後の一句が問うもの
城代や奉行、与力が居並ぶお白州の上での取り調べで、娘いちが冷ややかに言い足した最後の詞(ことば)は「お上(かみ)の事には間違いはございますまいから」の一句でした。
鴎外は、奉行の心の中に、氷のように冷ややかに、刃(やいば)のように鋭い最後の一句が反響したとし、献身の中に潜む反抗の鋒(ほこさき)はいちと語を交えた奉行のみではなく、役人一同の胸をも刺した、とも記述しています。
いちの言葉は江戸・徳川の司法行政から人が人を裁くことの是非の根源にまで及んだというのでしょう。
裁判員制度は、この娘いちの問いかけに近似しています。お上の事に本当に間違いはないのか、裁判は職業裁判官だけに任せておけばいいのか、の問題です。
東西冷戦の世界だったということもあるのでしょう。廃墟(はいきょ)から再出発した戦後の日本は世界第二位の経済大国にまで成長しました。官僚を軸に構築されたこの社会経済体制の成功体験がわれわれの内なるお上依存体質を温存させてしまったのかもしれません。
しかし、社会保険庁の「消えた五千万件の年金記録」問題や独立行政法人・緑資源機構の官製談合事件が明らかにしているのは、国民の目の届かないところでは、官がいかに無責任で堕落するか、この国を食い物にしてしまうか、でした。
裁判員制度導入にはお上まかせへの反省が込められています。戦後憲法は主権在民をうたい、国民一人一人が主役となって国政に参画し、行政を司法を監視・監督することを期待しました。やはり傍観者であってはならないのです。司法もまた国民の手にというのが正論でしょう。
裁きへの躊躇は健全
もっとも裁判員制度は、国民に国の統治政策のお先棒を担がせるものとの懸念や根強い反対があるのは確かです。
弁護士の高山俊吉氏は著書「裁判員制度はいらない」(講談社)で「法の施行に真っ向から反対する」と宣言し、同書には映画監督の崔洋一氏やシンガー・ソングライターのさだまさし氏ら五氏の特別寄稿が掲載されています。
作家の嵐山光三郎氏は「人を裁くのは神の仕事だ。その恐るべきことを敢(あ)えてやるのがプロの裁判官だと思う」と述べ、劇作家で女優の渡辺えり子氏は「一番心配なのは裁判がショーになってしまうこと」「みんな裁判員になるのをいやがっているのは、裁判を軽視しているからじゃなく、裁判は重要なことだと思うからこそ自分たちがやるべきではないと考える」とも書いています。寄稿での五氏の主張はそれぞれにもっともで、国民の声が集約されているように映ります。
人を裁くことを躊躇(ちゅうちょ)する国民の態度・姿勢こそ「むしろ健全だ」と評価しているのが裁判員制度推進役の一人の但木敬一検事総長です。
「職業裁判官も悩みながら裁いている。国民の真面目(まじめ)さこそ裁判員に必要な資質。国民の協力で裁判員制度は定着していくと確信している」というのです。
裁判員制度は選任された市民だけで有罪・無罪を決める欧米の陪審制とは違って、職業裁判官三人と市民裁判員六人で構成され、専門家と素人のそれぞれの長所をいかし、短所は互いに補い合うように制度設計された独自のシステムです。
延命治療を中止した医師が殺人罪に問われる尊厳死事件の問題などは素人も玄人もないみんなで考えるこの裁判員制度にふさわしい現代的テーマといえるかもしれません。
過重な負担は避けたい
裁判員制度は、二年後の二〇〇九年五月までに施行されることになっていますが、来年十月には選挙人名簿から抽選で全国約三十六万人の裁判員候補者選びが始まり、時間が残されているとはいえないのです。
国民が自ら進んで参加してもらえるように関係省庁の連携協力が義務付けられていますが、大企業はともかく、中小、零細企業では、経営者も従業員も裁判員に選ばれること自体が過重な負担になってしまうことが心配されています。
裁判員に選ばれることが苦役とならないような裁判員制度であり、社会づくりが進められるべきです。
生類憐(あわれ)みの令や禁酒法のように善かれと思った法令が天下の悪法になってしまう例だってあります。制度を生かすのも殺すのも、国民の協力と覚悟次第です。
※森鴎外の鴎は、旧字体
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2007061702024812.html
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