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国家と教育【精神科医・斎藤学】
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投稿者 ダイナモ 日時 2007 年 1 月 03 日 18:54:42: mY9T/8MdR98ug
 

http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/kokoro/century/news/20061206org00m100079000c.html

 何か変だなと思っていた。高校生の履修単位不足なるものが話題になっていた時である。今年の10月末頃から始まり、11月いっぱいまで新聞が大騒ぎしていた。私が何に違和感を持ったかというと、カリキュラムの編成についての文科省の指導要領というものはあっても法令ではないと思ったからである。そうでなければ、教え子の卒業にかかわる問題の放置を教育現場の人々が何年にもわたって続けるはずがない。指導要領はある種の模範で、細部は現場に任されているはず、特に私学の場合はそうだろうと思っていた。現に東京私立中学高等学校協会長が、そのような意見を述べている。私も調べてみたら指導要領は「告示」で、その改訂などは「事務次官通知」に過ぎない。告示がどこまで現場の裁量権を制約するかについては既に長い法廷論争があり、1976年の最高裁判決で「国家的介入はできるだけ抑制的であることが要請される」という判断も出ている。そもそも文科省の役人たち自身が指導要領の現場解釈について5年も前から気づいていたというのに何でこの時期になってこれを持ち出したのかと疑うべきだろう。

 マスコミが大騒ぎしているうちに叙勲を辞退するという元校長たちが次々現れ、茨城県では現職校長が自殺するという事件も起きた。日本のマスコミというのはなぜこうまで「おカミ」に弱いのだろう。一部から左翼呼ばわりされている数紙だけでもいいから、この動きを愛国心教育(教育基本法の改定)と絡んだ文科省官僚たちの恫喝(どうかつ)の一部であることを暴いて欲しかった。

 一方、今年の後半は例年になく「いじめ自殺」の問題が紙面をにぎわした。愛媛、北海道、福岡と続いて、福岡筑前町の中学 2年生の自殺の頃がちょうど10月中旬、履修単位不足問題が旬の頃だったのだが、これ以後、各紙の報道は次第に高校履修単位の問題から離れる。しかしここでも教師たたき、教育委員会たたきについては変わらない。これら一連の報道に際して、文科省の担当官や大臣の発言は、まるで「葵の紋章」のような扱いを受け、教師、校長、教委批判の道具になっていた。しかし教委が「遺書」を「手紙」と言い続けたり、何年にもわたって「いじめ件数 0」という虚偽を続けてきた理由を作ったのは文科省そのものだ。教育現場は文科省官僚の顔色を読むしかないからうそを重ねるのだ。

 いじめられて死ぬ子は、学校には行かなければならないと信じこまされているから生きていけないのだ。そう信じさせているのは親をはじめとする大人たちで、彼らは「公教育」の本質についてほとんど考えていない。ここで「本質」と呼ぶのは、公教育が軍隊と並ぶ「国民国家」の二大支柱ということだ。最初の「国家」フランスはルイ家の領地としてのフランスを否定するところから始まり、ブルボン家をはじめとする国民国家反対勢力の攻撃に備えて軍隊が作られた。国民軍の兵士には共通の国民意識と兵器操作や指揮伝達のための最低限の知識が必要とされる。そこで作られたのが「公教育」であり、「標準フランス語」だ。だから国民国家の成立は領内のオック語やブルトン語を急速に衰退させた。兵士とその妻の数が足りないことがこの頃からのフランス国の悩みで、そのためにそれまで家畜以下の取り扱いを受けてきた孤児たちの待遇が随分と良くなった。「人口を増やすこと」に対するフランス人たちの熱意はこの頃からのものである。

 日本でも維新後5年も経たない1872年に学制頒布という形で、皇軍兵士養成の制度が作られた。そういうわけだから公教育とはもともと官僚支配が最も厳しく適用される領域なのである。日本の場合、1945年の敗戦を機に「軍隊を廃する」という大冒険に踏み出したわけだが、公教育の方は戦争遂行のための40年体制(国家総動員体制)は残したままで、マスコミの姿勢に見られるように人々は決してこれを怪しまない。

 日本の社会にはさまざまなところに「一億総動員体制」の残りかすが見られるが、それは偶然そうなったわけでも国民がそう望んだからでもない。「戦う日本」のリーダー役を務めた一人の官僚とその徒党たちの意図による。この元官僚は「満州国は私が作った」と言ったそうで、戦時内閣の商工大臣を務めながら、不思議なことに早々と巣鴨プリズンから釈放されて政治家になった。当時のアメリカの意向にそって日本軍の再建を目指し、その過程で官僚独裁制の温存に努めた。彼は作ったが壊れた満州国への夢を戦後日本に実現させたのだ。今の私たちは、この人、岸信介の孫を首相に据えている。その孫は祖父の信奉者であるというから、彼が「愛国心教育」に熱心であることの意味は重い。

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