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(回答先: 25年以上前から年次報告を見ているが、例えば、イスラエルに対して批判したことはあるのか。 投稿者 松浦 日時 2007 年 10 月 28 日 19:59:45)
2001年、南アフリカ共和国ダーバンでの反人種主義・人種差別撤廃会議(WCAR)で、イスラエルのパレスチナ民族に対する人種主義的弾圧とシオニズムに、アラブ、イスラム圏を始めアフリカ諸国からも非難が集中したことに対し、世界会議がハイジャックされたと非難して米国・イスラエルと最終的には英国も会議をボイコットしたが、NGOフォーラムでも、イスラエルを「大量虐殺と人道に反する罪」で非難する決議が採択されたのに対して、アムネスティ・インターナショナルは、同様の態度を取っている。会議に先立って、イスラエルのアパルトヘイト政策が議題にされる事を、米国と共に、政治的なものとして懸念を表明していた。
だが、この直後に911事件が起こり、米国がイラク戦争に突入して苦戦を強いられ、国際市民運動が連帯して反戦活動を活発化させる頃から、この団体の主張がにわかに変化し始める。組織発足当時から、体制主流派に身を置いて、中立を建前に常に安全圏から周辺国に対して目配せをしてきたのだが、今では、右派から反発を招くまでになっている。その背景に何があるのか。
確かに、米国内のユダヤ社会でも、シオニズム、ネオコンとは明瞭に距離を置く勢力が広がりつつある。旗振りを自認する立場としては、時勢に合わせるのは当然としても、イズラエル・シャミールも指摘している通り、上部人脈の戦略変更が反映している事は確かだろう。
通信ネットワークの進展で世界の市民運動の主張は、かつてなく平準化が進んでいる。地域性、多様化が消滅した結果、イシューも網羅的に統合・画一化して、例えばグローバリズム、ネオコンに対する見解に齟齬の生じる余地の無い現在、何が実質的中心に位置するのかは、これからの先進国の国民経済の行く末が決める事になる。
先進国内でも進行していくソーシャル・ダンピングの結果、今世紀の初頭にあった南北格差は、この数年間だけを見ても、殊市民運動間に関しては相当に縮まっている。したがって、将来の先鋭化は避けられない。
その中にあって、かつては、情報優位を基礎に世論を誘導してきたこの団体は、どう生き残りを図るのか。
果たして、民主化を梃子に社会解体と政治的平準化を図り、当初の目的通りに、世界を見通しの効くコントロールし易い体制に造り変えることが出来るのか。見物だ。