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元厚労大臣 尾辻氏のHPに政府の事情が書いてあります。
http://www.otsuji.gr.jp/tenbou.htm
元 厚生労働大臣 おつじ秀久
はじめに
尾辻でございます。まだ1月ですので、新年のご挨拶を申し上げたいと存じます。明けましておめでとうございます。お元気に新年をお迎えになりましたこととお喜び申し上げます。
そして、新年早々、このような機会をいただきましたことを大変光栄に存じます。本日は「社会保障制度の課題と展望」についてお話しさせていただきます。
本題に入る前に、2点申し上げておきたいと思います。1点目ですが、少し前にゴルバチョフさんにお会いしたとき、彼から面白い話をお聞きしました。
かつてロシアの国連大使に面白い人がいたそうです。あるとき、「今日は短い挨拶をしてほしい」と言われたその方は、分かったと言って壇上に上がり、「サンキュー」と言って壇上から降りてきたのだそうです。次の機会に、「この前はあまりに短かったので、今度はもう少し長く挨拶してほしい」と言われ、壇上に上がって「サンキューベリーマッチ」と言って降りてきたそうです。
要するに、挨拶や話は短いほど良いということを、ゴルバチョフさんは言っているわけです。古今東西、そんなものだろうと思います。
本日いただいた時間は1時間ですが、短いほど良い話だったと後で言っていただけると思いますので、できるだけ話は短くしたいと思います。
それから2点目は、皆様は朝から会議を続けていらっしゃるとお聞きしています。大変お疲れのことと思いますので、どうぞご遠慮なさらず、私の話を子守唄にしていただければと思います。
1 厚生労働大臣時代を振り返って
●400日で4000回以上の答弁
本日この場にお呼びいただきましたのは、厚生労働大臣をこの前まで務めていたからだと思います。そこで、厚生労働大臣として務めた400日間をざっと振り返ってみたいと思います。
小泉総理の「ちょっと厄介なことを頼む」という話から始まりました。厚生労働大臣になる直前の1年間は、党の厚生労働部会長を務め、多少は覚悟して大臣になりましたが、その覚悟をはるかに上回る大変な任務でした。正確に計ったわけではありませんが、平均睡眠時間は間違いなく5時間に達していないと思います。
そして、在任中の400日間に、実に4000回以上の答弁を行いました。時間にして700時間を超えています。しかも、400日のうちの100日は地方に出かけていました。家に帰ると家内が「抜け殻」が帰ってきたと言っていました。本当に抜け殻状態で家にたどり着く、そんな400日でもありました。
●「一日懸命」の毎日
この事実を振り返るとぞっとします。もう1回やるかと言われたら、絶対に引き受けません。
本当に毎日、これは私が勝手につくった言葉ですが、「一日懸命」だと思って取り組んでいました。「一生懸命」という言葉があります。もともとは「一所懸命」で、ひとつの所に命をかけるという意味だそうですが、それが「一生懸命」という言葉になって、現在の使われ方をしています。それを自分で勝手に「一日懸命」という言葉につくり変えて、毎日毎日、命がけで務めたわけです。
そして、なんとか無事に厚生労働大臣の任務を終えることができました。
本日こうしてお話をさせていただいて、本当にありがたいことだと思っています。
●少子化・人口減少にどう対処するか
本日、私に与えられたテーマは、「社会保障制度の課題と展望」です。私は、厚生労働省の最重要課題として3点挙げていますので、まずはそのことからお話ししたいと思います。
1つ目は、「社会保障(年金・介護・福祉・医療)全体の一体的見直し」です。今後の社会保障をいかに進めていくかは、言うまでもなく一番大きな課題であり、まさにこれが、本日のテーマであろうと思います。
2つ目は、「少子化対策」です。日本の現状は、生まれてくる子どもの数がだんだん減っており、亡くなる方がだんだん増えているわけです。正確な数字はまだつかんでいませんが、恐らく日本の人口は昨年、減少に転じたと思います。
そして今後、日本の人口はどんどん減っていくでしょう。これにどう対処するかは、まさに重要な国家の戦略だと思います。
●人口減少と年金制度
社会保障の問題から少子化や人口減少を捉えると、様々な見方ができますが、年金の仕組みを例にとると、人口減少が大変な事態であることが理解いただけると思います。
年金の仕組みとしては、大きく2つあります。
1つは「積立方式」で、これは単純で分かりやすい仕組みです。国民の皆さんが、国に貯金をする仕組みだと思っていただいていいでしょう。毎年保険料を納めていただき、年金を受給する年齢になったときに納めてきた保険料を支給していく方法です。非常に分かりやすいし、合理的ともいえます。
しかし、1つだけ大きな欠点は、インフレに耐えられないことです。
例えば、ある年に保険料を1万円納めたとします。積立制度では、保険料を1万円納めたわけですから、年金受給額は1万円となります。年金受給時の貨幣価値が、保険料を納めたときと同じ1万円なら問題はありません。しかし、万が一インフレ率が10倍になっていて貨幣価値が10分の1になっていたとすると、年金として1万円を受け取ったとしても1000円の価値にしかなりません。
このように、積立方式はインフレに極めて弱く、戦後の日本を考えていただくとお分かりになると思いますが、この方式はとても採用できるものではありませんでした。
そこで、日本の年金の仕組みは、もう1つの「賦課方式」でつくられました。この仕組みはそんなに単純ではありませんが、賦課方式をご理解いただくためにごく単純に説明します。
まず、今年、年金を受給する人数を出します。そして、せめてこのぐらいの年金額でなければ老後の生活が送れないという金額を出します。この2つをかけると、必要な年金総額が出てきます。次に、今年支える人が何人いるのかを計算します。その数で割れば、1人当たりの負担金額が出てきます。これが賦課方式の仕組みです。
日本の年金の仕組みは賦課方式で、正確には積立金があり、それを取り崩しているので「修正賦課方式」と言われる方式をとっています。
要するに、少子高齢化が進むと支える分母がどんどん小さくなるので、1人当たりの負担は大きくなっていくのです。これをどうするかという問題があるわけです。
●人口減少時代の労働力の確保問題
最重要課題の3つ目は、「人口減少時代の労働力の確保」の問題です。人口減少時代に日本の労働力をいかに確保していくのか。当面の問題としては、団塊世代が一気に定年を迎える「2007年問題」があります。
この「2007年問題」に伴い、日本の労働力は質も量も落ちてしまいますが、長い目でみても、人口がどんどん減り、労働力が落ちていく状態をどこでカバーするのかという問題を解決しなければなりません。若者や女性に労働力としてこれまで以上に頑張っていただく必要があるわけです。ニート対策、フリーター対策も行わなければなりません。
労働力が不足してくると外国人労働者を入れろという圧力がかかってきますから、これにどう対応するのかという問題も出てきます。
●65歳まで働ける社会環境を
私は、60歳で定年を迎えること自体がもはやおかしいと考えており、皆さんにはもう少し働いていただきたいと思っています。
私が厚生労働大臣のときには、次官と厚生労働審議官を両方とも留任させました。トップ2人を留任させれば、それだけ定年が伸びると思ったからです。そして、少しずつ厚生労働省も年齢を上げていかなければ、今後耐えられなくなるでしょう。
実は「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律」は、「65歳までは働いてください」と明記しています。
ですから、これはお願いになりますが、ぜひ65歳まで働いていただきたいのです。また、そのお立場にある方は、この法律の趣旨どおりに会社の社員が働けるようにしていただきたいと思います。そして、税金を納めてください。
そもそも、いまの年金制度や高齢者医療の仕組みは、日本人の平均寿命が70歳くらいのときにできたものです。当時は、60歳から年金を貰っても平均寿命が70歳ですから、受給期間は10年でした。
しかし、いまや日本女性の平均寿命は85歳ですから、60歳から年金を貰い始めると受給期間は25年となります。これでは計算が合うはずがありません。私がこんなことを言うと怒られるかもしれませんが、こう申し上げると分かりやすいのではないかと、あえてお話ししました。
したがって、65歳くらいまでは働いていただかなければなりません。そこまで申し上げて、では社会保障はどうなるのかについて、お話しさせていただきます。
2 国の財政事情と社会保障費
●返済利子は1分間に約1700万円
社会保障の現状をご理解いただくには、国の財政事情を改めて認識していただきたいと思います。
2005年末の日本の借金総額は774兆円です。1兆円を使い切るのに毎日100万円使っても2800年かかるのですから、その774倍といわれてもピンときませんが、この借金によって支払っている利息は1分間で約1700万円に上ります。これでは、いくら国でも持つわけがありません。まさに借金地獄の状態にあるわけです。
そのような借金地獄の財政事情の中で、社会保障費にいくらかかっているのか。 2005年度予算の一般会計総額は約82兆円です。一般会計には地方交付税や国債費が含まれていますが、それらを差し引いたものが一般歳出で、普通に国が使っているお金は約47兆円です。
このうち社会保障費は一般会計で約20兆円。一般歳出の44%に当たります。特別会計を含めると約73兆円。給付総額にして約84兆円となります。このことから、社会保障費が極めて大きな割合を占めていることがご理解いただけるのではないでしょうか。
社会保障費は一般歳出の44%を占めていますが、特別会計まで入れると恐らく6割はゆうに超える金額になるだろうと思います。それだけのお金を厚生労働省が使っているのですから、厚生労働大臣が平均睡眠時間5時間弱で頑張って何とか仕事になるということもご理解いただけるだろうと思います。
以上、借金地獄の状態にある国の財政事情において、社会保障費が極めて大きな割合を占めていることをお話ししました。
本日は「社会保障制度の課題と展望」というテーマをいただきましたので、本来であれば我が国の社会保障制度の概要と特徴についてもお話ししなければなりませんが、それについては割愛させていただきたいと思います。
●対国民所得比が増え続ける医療費
次に、「社会保障の給付と負担の見通し」についてお話しします。「福祉その他・医療・年金」という社会保障給付は、2004年度予算で86兆円、2015年度の給付金額の予測は121兆円、 2025年度は152兆円となっており、社会保障給付総額はだんだん大きくなります。
しかし、この中で年金をみると、2004年度予算時での対国民所得比は12.5%、2015年度は13%、2025年度は12%と、総額は増えるものの対国民所得比ではほとんど同じ割合です。国民所得比でいえば変化していないのです。
ところが医療費をみると、総額が増えることはもちろん、対国民所得比も2004年度の7%が、2015年度には9%になり、 2025年度には11%になると見込まれています。つまり、国の経済規模における医療費の割合が大きくなっていくわけです。
これが、医療費に対する風当たりが強くなっている大きな理由です。この医療費を何とかしろ、となるわけです。
私は医療費の問題は、国の最大の課題の1つだと思っており、今通常国会でもこのあたりに議論が集中してくるだろうと感じています。
●老人医療費の地域格差は±15万円
医療費増加の要因としては、私どもが問題としているポイントが2つあります。
1つは、地域によって老人医療費に極めて大きな差があることです。ざっくりした数字を紹介しますと、老人医療費の全国平均は75万円です。医療費が全国で一番高い福岡県はプラス15万円の90万円。一番低い長野県はマイナス15万円で60万円です。
75万円の全国平均値に対して、プラスマイナス15万円の差、つまり60?90万円の大きな差が生じています。これが、私どもが医療費をどうしても問題にせざるを得ないポイントの1つなのです。
●日本の平均在院日数は36.4日
もう1つのポイントは、1人当たりの老人医療費が若い人の5倍という状況です。これが老人医療費の大きな問題の1つです。
実はこの問題について、私は経済財政諮問会議とかなり議論しました。「あなたたちは老人医療費が若い人の5倍になっている現実をそもそも理解していない」という言い方をしたりもしました。
では、その分析を踏まえてどうすればいいのか。途中の議論をかなり省略してお話しすると、厚生労働省は結局、医療費を抑制するために2つの対策を挙げています。1つは平均在院日数を短くすることで、もう1つは徹底した生活習慣病対策です。
日本の平均在院日数は36.4日。それに対して、ドイツは10.9日、フランスは13.4日、イギリスは7.6日、アメリカは6.5日です。日本の平均在院日数が長い背景には、よく指摘されている社会的入院などもあります。このことに対応しなくてはならないわけです。
●都道府県を軸とした保険運営へ
2003年3月に閣議決定した「医療保険制度改革に関する基本方針の策定」の一番のポイントは、「保険者の統合及び再編を含む医療保険制度の体系の在り方」でした。
先ほどもお話ししましたが、都道府県別の医療費にあまりにも差があるのに、保険料が全国均一でいいのだろうかという問題意識があるわけです。これだけ差があるのなら、都道府県別に保険料に差があっていいのではないか。そういう考え方を盛り込んでいます。
2点目が、「新しい高齢者医療制度の創設」です。老人医療費が若い人の5倍であるならば、医療制度も老人用をつくらないといけないのではないかということを言っています。
そして、3点目が、「診療報酬の体系の見直し」でした。
1点目の「保険者の再編・統合の基本的考え方」については、今後は都道府県単位、すなわち都道府県を軸に保険運営を行うことが、大きな流れだとお考えいただければと思います。
昨年は国保の問題などがありましたが、私が三位一体改革の中で着手させていただいたのが、都道府県負担の導入でした。今後の都道府県を軸にした動きの根本には、都道府県別の医療費格差があることを改めてご理解いただければと思います。
3 医療費抑制への取り組み課題
●経済財政諮問会議との闘いの日々
医療を取り巻く議論は、現在もいろいろなされていますが、私が厚生労働大臣を務めさせていただいた400日は、まさに「闘いの日々」でした。
中でも、経済財政諮問会議での議論は忘れることができません。
経済財政諮問会議は、森内閣のときにできましたが、当時は大した役割は果たしていませんでした。小泉内閣になって脚光を浴び、いまや実質の方針決定機関になっています。
経済財政諮問会議では民間の委員が主役となって自分たちの考えを主張するわけですが、彼らの考え方の根底にあるのは「財政の健全化」です。「借金体質から何とか脱却しなければならない」と真剣に考え、何とかしようとしているわけです。
そのことを具体的な数字で表す方法として、「プライマリーバランスの回復」と表現しています。
いまの日本の財政は、毎年利息を含めて借金を返さないといけない借金体質です。毎年借金を返すために借金を重ね、借金は増え続けています。返す金額より借りる金額が多いので、借金総額は増えているわけです。この借りる金額と返す金額が同じ額になったときに、プライマリーバランスが回復した状態になるのです。
つまり、彼らは、これ以上借金が増えない状態、利息も含めて返す額と借りる額がイコールになった状態に持ち込みたいわけです。
実はこのことは、後でお話ししますが、私たちにとってある意味助けとなる考え方につながりました。ですから、このプライマリーバランスの回復という言葉を覚えておいてください。
●冷たい政府はだめだ
国の赤字体質を回復させる方法は、会社や家庭といっしょです。収入が増える方法を考えるか、支出を抑える方法を考えるかのどちらかしか道はありません。
小泉内閣は、まず徹底して出す方を抑えようとしました。お金が入る方法はとりあえず考えない。だから、消費税の話も先に送るといっています。出す方を徹底して抑えれば、どんどん「小さな政府」になります。
そのような中、私は経済財政諮問会議で「小さな政府はいい。しかし、冷たい政府ではだめだ」と言いました。社会保障費をお預かりしている私の立場から、「小さな政府はやむを得ないかもしれないが、冷たい政府は絶対にだめだ。温かい政府でなければならない」と言い続けたのです。
しかし方向としては、やや強い言葉で率直に申しますと、小泉内閣が行ってきたことは、弱肉強食の面は否定できないし、勝ち組と負け組に二極化させたことも否定できないのではないかと感じています。このような中で、社会保障をどう考えるかが、私の闘いでもありましたし、ポスト小泉を巡っても問題になる部分だと思っています。
●医療費を「総額」で捉えられるか
この経済財政諮問会議との医療をめぐる議論の中で、ポイントは2点ありました。
1点は、彼らが「お金がないのだから、医療費を総額で管理する」と主張したことです。医療費はこれだけだと決めて、切り込めというわけです。
それに対し、私は「医療費というのは必要なものを積み立てて計算していき、これだけかかるとしないと国民の命は守れない。あなたはお金がないから死んでくださいと言えるのか」と言ったことがありました。
ここが経済財政諮問会議と私を含めた厚生労働省の極めて大きな意見の違いであり、論点でした。
●中長期的対策を講ずる
もう1つの議論のポイントは、厚生労働省としては生活習慣病の予防に努めること、平均在院日数を短くすることを「中長期的対策」と呼んだことです。
そして、中長期的対策を講ずることとしました。短期的対策も確かに重要です。しかし、短期的対策はどちらかといえばプラスアルファの部分であり、「まずは中長期的対策に取り組みましょう」としたわけです。
厚生労働省は、「中長期的に取り組むことによって49兆円まで医療費が抑えられる」と主張しました。経済財政諮問会議は、「それでは足らない」と言いました。
それに対し、私たちが主張したのが、「短期的対策をプラスアルファすれば、もう少し下がる」ということでした。しかし、その対策はあくまでも短期的対策として行うべきものでした。各方面からいろいろご意見があったので、その3つを提案として提示しました。
●プラスアルファとしての短期的対策
第1点が、前期・後期とも高齢者の患者負担を2割にする、第2点目が、保険免責制の創設として、外来1回当たり1000円までは自己負担をいただく、第3点目が、診療報酬の伸びの抑制です。これら3点を短期的対策と呼びました。
繰り返しますが、私たちは「これはプラスアルファの部分である」と言いました。しかし、経済財政諮問会議は、「まずはこれを実施しろ」と言い出したのでした。診療報酬改定が真っ先に議論の俎上に上がったのです。
ある新聞に「2025年までに診療報酬を7%抑える」という根拠のない記事が出たことがありましたが、そういう議論は経済財政諮問会議の考え方そのものだったわけです。
●プライマリーバランスの回復時期
そして、昨年12月に答えが出て、「医療制度改革大綱」がまとめられました。
医療費総額を最初に示して規制するのか、積み立てていって医療費を計算するのかで議論してきましたが、議論は平行線をたどり、結論は出そうにもありませんでした。そんな中、議論が落ち着く要因となったのが、先ほどお話しした「プライマリーバランスの回復」という経済財政諮問会議の悲願だったわけです。
彼らは、2010年代初頭にプライマリーバランスを回復させると言いました。当初は2013年ごろと言っていましたが、2011年になるかもしれないとやや早めたのです。そうするためには、日本の経済成長をかなりスピードアップしないとなりません。 2010年代初頭にプライマリーバランスを回復させるためには、日本の経済成長をかなり大きく見ざるを得なくなったのです。
そうなると、「そこまで日本の経済が成長するならば、医療費が伸びても合いますね」という話になりました。
私はずいぶんこの点を経済財政諮問会議と議論しました。彼らは「経済成長率に合わせろ」と言い続けてきました。私は、「それはおかしい」と言い続けました。「それならば、かつてのバブルみたいに日本全体の経済成長が5%プラスになった場合、本当に医療費を5%伸ばしていいのですか」と切り返したわけです。
●医療費抑制は中長期的対策が基本
結局、この議論は現在、消えてしまっています。彼らも、「総額で抑える」「GDP比何%」「国民所得比何%」と言わなくなりました。そして、中長期的対策に立つか、短期的対策に立つか、という話に移ったのです。
「医療制度改革大綱」の中では、「医療給付金の伸びに関しては、糖尿病等の患者・予備群の減少や平均在院日数の短縮などの中長期の医療費適正化対策の効果を基にして…」と書かれていますので、私どもの主張どおりになったとご理解いただければと思います。
したがって、今後医療費の伸びをできるだけ抑えていくには、まずは私どもが提案したような中長期的対策を基本にして進める。そして、短期的対策はプラスアルファで考えるという方向になりました。
この中長期的対策の基本となるのが、「在院日数の短縮」と「生活習慣病の予防」なのです。
●療養病床群はなくす方向へ
この「在院日数の短縮」と「生活習慣病の予防」を並べて中長期的対策といっていますが、やや本音をいいますと、生活習慣病対策は長期的対策だと思っています。
生活習慣病対策については、厚生労働省は必死に取り組むでしょうが、医療費抑制面で効果が現れるにはかなり時間がかかると思います。
そうなると、差し当たり在院日数を減らすことに取り組まざるを得ません。これは、介護保険との絡みで少しややこしくなってきますが、療養病床群はやめる話になるとご理解いただければと思います。療養病床群をなくすことについては、様々な議論があります。しかしこれはもう、厚生労働省としては引くわけにいかないでしょう。
ですから、介護保険における療養病床群は、いまのところ2011年といっていますが、なくなることについては止めようのない流れだと思っていただいて結構です。
以上が、医療制度改革大綱の答えです。
4 今後の医療制度改革
●水面下での党内議論
そのような中で、現在党内で議論の焦点となっている問題について少しご紹介したいと思います。
第1点は、離島のお医者さんについての問題で、無医村を何とかしたいということです。これは当然の話だと思います。
その問題解決策として、医療機関の管理者になるためには、もっとはっきりいえば、開業するためには、必ず一度は離島で医療行為を経験しなければならない。離島での医療経験がない人は管理者になれない仕組みにしたらどうかという案が出ています。これに対しては、いろいろな意見が集中しており、これがどうなるかという問題が1つ。
もう1点ご紹介すると、現在、薬局は医療法上医療機関ではありませんが、それを医療機関にしようという議論が水面下でかなりあります。
ただ、これついては医師会がまず反対するでしょう。そして、実はたいへん微妙な問題を含んでいます。薬局はいまや株式会社が常識です。その薬局を医療機関に入れるとなると、医療機関に株式会社が入ってくることになるわけです。
そういう非常に微妙な問題を含んでいるわけですが、これらのことをいま水面下で議論しているところです。
●「未妥結・仮納入」の是正
中医協改革については、私自身、相当の覚悟で取り組みました。
診療報酬改定については、この場で詳しくご紹介できませんが、薬剤の見直しについて、医療制度改革大綱の中でジェネリック医薬品の使用を明確に打ち出していることは強調しておきたいと思います。
それから、皆様に関係のある「未妥結・仮納入」については、「長期にわたる取引価格の未妥結及び仮納入は、薬価調査の信頼性を確保する観点からも、不適切な取引であることから、その是正を図ることとする」とし、 2006年度に実施していくことになりました。
●すべては国家国民のために
厚生労働省を去るとき、私は次のような挨拶をしました。「400日の間に大臣として決断をしなければならない、判断をしなければならない場面がいろいろありました。その基準はいつもたった1つでした。国家国民のために何が正しいか。そのことだけを考えてきました。間違っても、特定の人や一部の団体のために判断をしたことはありません。我が良心に照らして一点恥ずることはありません」と言って厚生労働省を去りました。
そう言えて去ることができたことを、大変ありがたいと思っています。
そして、それはまさに、多くの皆様にそう言えるように支えていただいたお蔭であったと心から感謝します。
最後にそのことをお伝えさせていただき、本日の話を終えたいと思います。ご清聴どうもありがとうございました。