★阿修羅♪ > 雑談専用26 > 740.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
(回答先: 日々雑感 投稿者 まとおせ 日時 2007 年 10 月 22 日 13:08:45)
秋吉悠加さん、ワヤクチャさん どうもです。
徒然風に書いたのだからやむを得ませんが、私の論点とお二人のそれががずれてるとおもいます。まあ、雑談ですからね。
衣食足りて礼節を知る。
恒産なくして恒心なし、そのとおりだと思います。
私が考えるのは、
衣食足りても、礼節ありや?
恒産あっても恒心ありや?
「恒産さえあれば、本当に自由になれるのか?」
ということを問うているのです。
その恒産、衣食を「それなりに」、享受し続けてきた団塊世代に
個人差あるけど「自由のなかに生きてきた人間」を感じますか?
あるいはその「恒産(仕事)によって得られる自由の質」、
もっと大胆に書くと「その恒産を生む労働の質」を問うているんですよ。
その利益第一主義(ということにしとく)からくる、「劣化した労働」そのものが社会の質、人に反映しているのではないかということです。
為政者が賞賛し、大衆が羨望する、堀江さんやコムスンのボス(名前度忘れ)の生活、高い自動車乗り回して、(たぶん)酒池肉林のような生活?
これが、成功者の姿とは、淋しいね、しかし成功者に、ほかに何が提供できる社会なのだろうか?
確かに、仕事が入ってきてない人には、私が書いたことなぞ、くその役にも立たないでしょ(論点が違う)。
しかし、民主主義と雇用の確保は矛盾するものでありませんよ。
蛇足だけど、戦争を希求し、故丸山教授をぶっ飛ばしたい人が、特例で、地方公務員になって生活が安定したとします。
(彼に一日も早くいい仕事をみつけてほしいとおもう)
その後、どのような言論活動を展開するのでしょうかね。
雇用主に被雇用者の何パーセントは就職氷河世代にすることを義務ずける、あるいは雇用した場合は税の恩恵を受ける法律があっていいとおもいます。