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(回答先: 絶対的真理と相対的真理 投稿者 如往 日時 2007 年 9 月 08 日 00:46:33)
私は1956年生まれの51歳です。
1977年に二浪して大学に入学しました。
ですから全共闘は既になく、民青といくつかの弱小セクトが大学にあったぐらいです。
私は大学に入って直ぐに民主主義学生同盟というセクトに入りました。
私の思考の原型がこのセクトによって作られたと思っております。
その後、共産主義青年同盟(日本共産党左派の青年組織)と共産青年同盟(第四インター日本支部の青年組織)に加盟脱退をしました。
第四インターを辞めた理由は中核派から武装反革命の烙印を押され殺されると思ったので逃げたのです。
この判断が正しかったか間違っていたかは未だに分かりません。
しかし、逃げていなければ殺されていたのではないかと思います。
すぐ上のメンバーが襲われ足を折られたという事を噂で聞きましたので。
理論と運動の関係は20歳ぐらいから30年間私の課題であり続けました。
真理追究をおろそかにすれば行動の原動力は衰退すると思われます。
しかし、真理というものに無関心な人々に対して一体何をアピールすべきなのか?というオルガナイザーとしての問題意識は常にあります。
私は1977年当時より原発の危険性に関心を寄せてきましたが30年間で一体どれだけの人々に原発の危険性を訴える事ができたかは疑問です。
政治戦略としては国民の一大関心事に焦点を当ててアピールし政治の流れを我々の側にたぐり寄せるべきだと思っております。
年金や格差是正問題や政治と金の問題が正にそうですね。
小沢一郎は私の組織戦略と非常に似通った感覚を持っているように思われます。
人々の主観を媒介にして自らの政治戦略を現実化するという発想です。
この人々の主観という問題と真理の追究の作業というのは分離しているように思われます。
これが「真理と運動」という文章に込められた意味です。