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(回答先: 如往さんへ;「21世紀の奴隷制である自己家畜化した社会の上に築かれる一部の人達のための民主主義」」 投稿者 heart 日時 2007 年 6 月 09 日 17:26:43)
>しかし、何よりも、他者への思いやりの欠如、「共感力」とでも言うべきものの欠如が大きな原因だと思います。
>他者に受容し、共感する心をもって、叡智を結集していくことで、「21世紀の奴隷制である自己家畜化した社会の上に築かれる一部の人達のための民主主義」を一刻も早く世界から根絶したいものですね。
アダム・スミスって言うと、拝金主義の教祖かと思っていたんですが、「共感力」こそが人間性の基礎だ、なんてことも言っていたんですね。
* もっとも、資本主義によって、「共感力」が失われつつあることを、いちはやく感じ取ったので、このような書物を書いた、と考えることもできるかもしれない。
* まだ、全部読み終わっていないが、この本には資本主義的な『善』=金銭所有者が投資をすることによって、富を増加させること=については何もコメントしていないように見える。そうだとするなら、おかしな話だ。
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『道徳感情論』上、岩波文庫。p.23。本文冒頭部分
第一篇 同感(シンパシー)について
人間がどんなに利己的なものと想定されうるにしても、あきらかにかれの本性のなかには、いくつかの原理があって、それらは、かれに他の人びとの運不運に関心をもたせ、かれらの幸福を、それを見るという快楽のほかにはなにも、かれはそこからひきださないのに、かれにとって必要なものとするのである。この種類に属するのは、哀れみ(ピティー)または同情(コンパッション)であって、それはわれわれが他の人びとの悲惨を見たり、たいへんいきいきと心にえがかせられたりするときに、それにたいして感じる情動(エモーション)である。われわれがしばしば、他の人びとの悲しみから、悲しみをひきだすということは、それを証明するのになにも例をあげる必要がないほど、明白である。すなわち、この感情は、人間本性の他のすべての本源的情念と同様に、けっして有徳で人道的な人にかぎられているのではなく、ただそういう人びとは、おそらく、もっともするどい感受性をもって、それを感じるのであろう。最大の悪人、社会の諸法のもっとも無情な侵犯者でさえも、まったくそれをもたないことはない。