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(回答先: 検証の必要性を感じます。 投稿者 haru 日時 2007 年 2 月 04 日 09:10:58)
haruさん、こんにちは。
天皇というものについてだけ、コメントさせていただきます。
http://home.att.ne.jp/banana/history/Dai25-Shoochoo.htmlに、下記のような記述がありました。
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日本の天皇で執政天皇は、天智天皇、天武天皇、桓武天皇、後白河天皇、後鳥羽天皇、後醍醐天皇などが数えられるが、多くは不執政天皇であった。つまり、お飾り天皇であった。
日本人は、古代から、天皇の執政と天皇以外の執政の間で政治を行ってきた。そして、平安時代以降、不執政天皇のほうが、日本民族に適合したシステムであると気がついた。 そこで、摂関政治、院政、幕府政治などが生み出された。
執政天皇の時代、なぜか日本は、戦乱の時代である。天智天皇の時代は百済救援戦争、天武天皇は壬申の乱、桓武天皇は蝦夷征伐、後白河天皇は保元平治の乱、後鳥羽天皇は承久の変、後醍醐天皇は鎌倉幕府倒幕と南北朝の動乱、明治天皇は日清・日露戦争、昭和天皇は太平洋戦争である。
これらの執政天皇は政争に勝った天皇もいるが、後鳥羽天皇や後醍醐天皇のように武家勢力に敗北した天皇(上皇)もいる。そして、後鳥羽天皇は隠岐に流され、後醍醐天皇は吉野に移り住んで、天皇派の抵抗は終わった。しかし、天皇家そのものは存続している。
それでは、なぜ、天皇以外の執政者は、天皇家をつぶそうとはしなかったのであろうか。たとえば、平清盛や北条義時は、後白河上皇や後鳥羽上皇に手を焼きながらも天皇家をつぶそうとはしなかった。せいぜい天皇や上皇の入れ替えをしたにすぎない。
そして、京都を追われた天皇や上皇は、それ以上の抵抗はせず、敗者であることを認めた。こうして、執政者は、天皇制とそれに付随する体制を引き続き利用することができたのである。つまり、天皇や上皇の「島流し」や「押し込め」は、武家勢力による「クーデター」が完成したことを示していた。
上皇や天皇は、その後は、抵抗しないという意思表示のため、配所で「出家」するのが慣わしであった。こうして、上皇や天皇であれば、たとえ、時の執政者に反抗しても命は保証されるという日本独特のシステムが確立した。
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私は天皇というものにさして関心はありませんので表層な理解しかしていないかもしれませんが、これを読んで思ったのは、
天皇というのは権力者になったり、権力に利用されたりしながらも、一族の命をつなぎとめてきた「種族」であるということです。
しかも、「執政天皇」つまり権力者であったときには、戦争ばかりしていたわけです。
天皇の名のもとに戦争が美化されてきたという歴史があったということです。
何も太平洋戦争に限らず。
靖国神社などに行くと、そういうのを顕著に感じます。
今はお飾りにすぎないから特に日本国民に直接の害は及ぼしていないかもしれません。
しかし、国民の血税で生きている吸血鬼みたいな存在であることも確かでしょう。
天皇家にとってはそれが生き残る手段であるでしょう。
しかし、国民にとっては?
国民にとって、天皇というものは必要な存在なのでしょうか。
haruさんは天皇を擁護する気はないとおっしゃっていますが、天皇を日本の伝統として擁護したい立場ではあると思います。
伝統というのはしかし、人々の生活に根付いたもの、あるいは、人々の生活に潤いを与えるものでなければ意味がないのではないでしょうか。
天皇はそのような役割を果たしているのでしょうか?
単なる身分制度であり、権力者が都合に応じて使う存在にすぎないのではないでしょうか。