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(回答先: 般若心経におけるパラドックス 投稿者 アロン 日時 2007 年 4 月 09 日 19:19:23)
>『生命現象の根拠を問うときにア・プリオーリには理由であり、ア・ポステリオーリには目的となるのでありましょうが、前者の解明にあたって現状は多くを分子生物学的な方法に依拠せざるを得ないと想われますし、後者を探求していく場合には主に脳機能の拡張性の反映として予言等の宗教的な色彩を帯びることになるかも知れません。』
分子生物学的な方法といっても、所詮は人間の五感の内で捕らえた認識でしかなく、それはある一部の側面しか反映していないと考えております。そして存在理由などといった根本的な問題はとても把握することはできないのかなとも思われます。例えば牛や鶏などの家畜などは、人間より認識能力が劣っている為、自分達がまさか人間の食料になる為に生まれてきたという側面があるとは知覚し把握することができないことのように思われます。
また、五感以上の知覚能力と、それにより把握される対象が存在するのであれば、それら全ての知覚情報を網羅して初めてなんらかの存在理由が見出せるようにも思われます。