★阿修羅♪ > Ψ空耳の丘Ψ51 > 577.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
(回答先: Re: れんだいこのカンテラ時評359【提言7、左派運動内の暴力主義を否定し、党内党外の競り合い運動に転換せよ】 投稿者 こげぱん 日時 2008 年 1 月 25 日 23:04:23)
http://otd10.jbbs.livedoor.jp/1000013618/bbs_plain
【提言8、戦後ハト派政治の総帥田中角栄政治を再興せよ】
日本左派運動に対する提言1で、民族主義的土着型運動を指針させ、提言2で、戦後憲法及びその法秩序の評価の理論的見直しにより護持成育発展を指針させ、提言3で、国有化経済理論を否定し、市場性社会主義経済論への転換を指針させ、提言4で、日本左派運動用語から統一戦線論を棄却し、共同戦線論に転換させよを指針させ、提言5で、党中央権限集中制論を否定し、機関運営主義権限分権制論に転換せよを指針させ、提言6で、暴力革命論の暴力、プロレタリア独裁の独裁概念を見直し、哲学的政治概念として理解せよを指針させ、提言7で、左派運動内の暴力主義を否定し、党内党外の競り合い運動に転換せよを指針させた。次に提言8として、「戦後ハト派政治の総帥田中角栄政治を再興せよ」を指針させる。これも議論を呼ぶところであろう。
日本左派運動は、戦後日本の立役者となった政府自民党内のハト派的運動に対して余りにもお粗末な対応をしてきたのではなかろうか。今、政府自民党内のタカ派的運動が、ハト派時代が築いてきた国富を国際金融資本帝国主義に譲り渡し、売国奴政治にうつつを抜かしている時、両者を識別し是々非々すべきではなかろうか。「政府自民党」に対する万年一本槍批判ほど実際にそぐわない事は無い。
情けないことに、日本左派運動は、政府自民党内のハト派が政権を掌握機動させていた時にもっとも盛んに反政府反体制運動を繰り広げ、タカ派が掌握機動している現在逼塞させられ、口先三寸の批判運動に終始し裏協力するという経緯を見せている。これが偶然か故意なのかは分からないが、そういう悪しき対応をしている。社共運動特に宮顕−不破系日共運動が真に批判されねばならないのは、この犯罪性に於いてである。
思うに、政府自民党内のハト派政治を良質のそれであったと見直し、その限界を突破し更なる左からの政治運動を生み出すために弁証法的に検証し直すべきではなかろうか。ハト派政治を体現したのは吉田茂を開祖とする池田隼人及び田中角栄、大平正芳、鈴木善幸政権であるからして、この時代の政治を検証し直し、復権せしめるべきところは復権し再興すべきではなかろうか。
れんだいこは、戦後保守本流派を一時期形成していたハト派の中でも田中角栄政治を偽装保守実は真正の左派政治ではなかったかと推定している。実際には、古代出雲王朝の大国主的政治であったとみなしている。スサノウとみなす向きもあるが、オオク二ヌシ的であったと解するのがより近いと思われる。国譲り前の善政政治であり、陰に陽にその後の日本政治に影響を与えている。
それ故に、そのことを嗅ぎ取ったネオ・シオニズムがロッキード事件を用意周到に仕掛け、政治的に葬ったのではないのか。ネオ・シオニズムがこぞって呼応し、その際宮顕−不破系日共が異常にはしゃいだ裏には臭いものがあるとの仮説を持っている。日本左派運動は新旧左翼ともども、この観点をからきし持っていない。むしろ、金権政治の元凶として共に最悪視している。果たしてどちらの受け止め方が正しいのだろうか。
角栄については、「田中角栄論」
http: //www.marino.ne.jp/~rendaico/jinsei/kakuei/tanakakakuei.htm
で総合研究しているので参照されたし。れんだいこが特に触れておきたい事があるので記しておく。それは、角栄がロッキード裁判で羽交い絞めされた折、公判闘争の途中より新左翼系弁護士に依頼したことである。角栄は何ゆえ見得も外聞も無くよりによって新左翼系弁護士に依頼したのだろうか。これが解ける者があるだろうか。
れんだいこ史観に拠れば容易である。れんだいこの「角栄=偽装保守実は真正の左派」説に立てば、窮した時に本性表われるで、角栄が日共とは違う真性左翼の系譜であろうと仮定して新左翼系に必至の思いで助け舟を求めたと解する事ができる。
であるとするなら、新左翼は、角栄が藁をも掴む思いで差し伸べた手をしっかりと受け止めるべきであった。新左翼系弁護士は全精力で角栄救済に向うべきだった。実際にはその有能性を最大限発揮して角栄冤罪説を主張した形跡が無い。恐らく、左翼圏全体が日共式の角栄観に禍いされて熱心とならなかったのではなかろうか。返す返すも残念な事であった。
それにしても、角栄退治に鉄腕を振るった宮顕−不破系のおぞましさよ。彼らは、ロッキード事件摘発最中の1976(昭和51).7.28日、秋に予定していた定期党大会を翌52年に延期し、異例にも党史上初めての臨時党大会を開き、宮顕・幹部会委員長が、大会の冒頭の挨拶と基調報告をし、前日の田中前首相の逮捕を誇らしげに伝え、対角栄闘争の徹底推進をぶちあげ異例の並々ならぬ意思統一をした。この時の様子についての詳しい記録が発表されておらず、秘密性の濃いものとなっている。
角栄のその後は日共の願う通りのものとなり、政治的に考察された。こうなるや不破は、かって角栄を金権政治の元凶としてさんざん悪し様に指弾しながら、今になって云う事に概要「よほど貧乏していたのだろう。今日から見てさほどの額でもない僅か5億円の金欲しさに外国からの汚い金に手を出していた」などと角栄死してなお侮辱しており、ご丁寧な事に党員の拍手拍手と云うおまけ付きである。共に語り得ずの面々ではなかろうか。
しかし、冷静になって考えれば次のことが明らかになる。今現在、自民、民主のタカ派系が構造改革と称して次から次へと改悪策動している諸制度は、ハト派時代に築かれた善政の産物ばかりである。タカ派系は何を急いで改悪に狂奔しているのだろうか。ここが詮索されねばならないだろう。国際金融資本のシナリオ論を媒介せずして解けるだろうか。
れんだいこは既に指針2の「戦後憲法秩序をプレ社会主義のそれと認識し護持成育せしめる運動を展望せよ」で述べたが、戦後保守本流のハト派政治こそ、戦後日本のプレ社会主義性を良しとして在地土着型の左派運動を展開した稀有なものであったのではなかろうか。彼らは一度としてマルクスのマの字さえ口にしなかったが、マルクスを呼号し続けるマルクス主義者よりもよほどマルクス主義的で、世界に冠たる親方日の丸式在地土着型社会主義政策を創造し敷設していったのではなかろうか。ここに、世界の奇蹟と云われる戦後の高度経済成長式発展があり、イスラム世界ともよく親交し賛辞されていたのではなかろうか。
してみれば、戦後保守本流ハト派の政治、特に角栄政治の功績を見直し、継承すべき面を継承し、新在地土着型のハト派政治を再興していく事こそ現代政治のテーマとなっているのではなかろうか。このことを指摘しておきたかった。この観点に異論があれば、れんだいこはいつでも応ずる意思がある。堂々と議論しようではないか。
以上より、「日本左派運動は、戦後保守主流派のハト派政治を再興せよ。戦後ハト派政治の総帥田中角栄政治を再興せよ。これを第8指針とする。これを第1指針の民族主義的土着型運動、第2指針の戦後憲法秩序をプレ社会主義のそれと認識し護持成育せしめる運動、第3指針の切り開く社会像として社会主義的国有化理論を否定し、市場性社会主義経済論に転換せよ。第4指針の統一戦線論を否定し、共同戦線論に転換せよ。第5指針の左派運動内の暴力主義を否定し、党内党外の競り合い運動に転換せよ、第6指針の暴力革命論の暴力、プロレタリア独裁の独裁概念を見直し、哲学的政治概念として理解せよ、第7指針の左派運動内の暴力主義を否定し、党内党外の競り合い運動に転換せよと結びつけよ」を指針させる。これを「第8提言」としておく。
2008.1.22日 れんだいこ拝
▲このページのTOPへ HOME > Ψ空耳の丘Ψ51掲示板
フォローアップ: