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 白石征演劇とは何か  (結) 【AWC】
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 10 月 28 日 01:40:38: ogcGl0q1DMbpk
 

(回答先:  白石征演劇とは何か (3) 【AWC】 投稿者 愚民党 日時 2007 年 10 月 28 日 01:36:36)

 白石征演劇とは何か(結)/愚民党


★内容


 他力本願の主体これが白石征演劇思想である。「遊行かぶき」の膨大な
赤字をおのれの労働によって支払い続けながら、「遊行かぶき」をこの日
本社会に定立させてきた白石征の主体とは、演劇とはそれ自身が他人の力
を借りなくては成立できない。しかしそこでは他人とっても自分が他力で
ある。社会的責任が自己に貫徹されている。「遊行かぶき」はそのつど膨
大な赤字を出しながら白石征個人によって支払われ、次の公演を打ってき
た。演劇市場における誠意その過酷な市場の風にさらされながら、白石征
は社会的責任を貫徹してきたのである。祝祭としての演劇、「遊行」かぶ
きが問いかけるものとは、遊行舎に参加する演劇人そのものの主体が問わ
れる。

 他力本願の思想とは無責任の主体とは位相が違うのである。組織された
演劇としての他力本願である。演劇人がつねに原点を問いつづけ、不断の
自己切開と反省を続けたとき、はじめて舞台に立ったときの豊かな情感が
よみがえる。「何故、何のために芝居をやるのか」これが演劇人の生涯の
問いであろう。この暗いリリシズムこそが演劇市場を生き延びるガイスト
であろう。

 白石征の強烈な主体性によって遊行舎は存続できた。この他力本願の思
想を白石征から聞くとき、わたしはまだまだ理解できないが、戦後主体性
論を越える内容軸をはらんでいる予感がする。市民社会はイデオロギーと
言う言葉を嫌悪する。文化から政治まで、イデオロギーとは鬼のイメージ
で悪者とされていく。しかし思想およびイデオロギーとは教条の代名詞で
はない。それは方法意識と実践から出力された蓄積による体系なのだ。コ
ンピュータ言語に換言すればデーターを蓄積しながら、ソウトウェアを構
築する実践としての体系性を内包する言語世界と思考世界なのである。ゆ
えに場所のこだわりはその演劇展開の中心軸となる。

 近代的自我の確立をめざし出発した主体性論争は敗戦後の日本における、
思想の環を生成させてきた。文学においては敗戦後すぐさま創刊された宮
本百合子、荒正人、埴谷雄高らの「近代文学」が口火をきった。哲学にお
いては梯明秀、梅本克己である。86年わたしは梯明秀の「戦後精神の探
求」を読んだがおのれの精神の虚脱の病を分析する徹底したありかたに、
ほとんど打ちのめされてしまった。世の中にはおそろしい人がいる。90
年代の社会思想において主体性構築に向けた論争などはない。たしかに近
代的自我などは近代の破産とともに消却されてしまったのかもしれない。
しかし依然として、集団としての現場と演劇市場における観客に責任を持
つ演劇人にとって、主体形成とは実践的な課題なのである。白石征はひと
りでも演劇市場の過酷な風にさらされながら、死ぬまで創造行為の手をや
すめることはない。演劇における主体性とはつまり、演劇集団が解体をし
ようとも、ひとりになっても芝居をやるという実践的なかまえである。

 演劇人がノルマもなければ赤字を負担しなくてもよいシステムはすでに、
演劇市場から離なれている。市場から離れた演劇は、観客を発見できない
ばかりでなく、民衆を発見できない。演劇市場における観客は市民として
ある演劇に足をはこび自己動員するのではない。ひとりの記述されなかっ
た歴史と系譜をもって観客は登場するのだ。むこうの世界からまれびとと
して観客はやってきた。「遊行かぶき」の他力本願としての主体演劇論の
根幹がここにある。演劇の他力、これが観客であり、この他力本願によっ
て、演劇は社会的世界として成立できる。

 観客は自力によって誕生したのではなく、他力によって誕生した。そこ
には「古事記」「日本書紀」以前の文化が観客の遺伝子情報に内蔵されて
いる。「無意識下の意識」それが仏教で説く人間の宇宙たる「あらやしき
」である。無意識下の意識、実はこれこそが人間身体の表層であり、観客
が日常つかう言葉には、観客誕生以前の社会と文化の伝統によって生成し
てきた。言葉もまた他力である。他力世界とは生命潮流としてのダイナミ
ズムがあり、愛の奇蹟に満ちている。演劇市場は観客の登場によって幕が
切って落とされる。観客の頭上に集合幻想の空間が立ち上がるとき、古典
との格闘は、観客の身体と舞台にのる観客の魂の至福なコミュニケーショ
ンであり、身体と魂の摩擦による熱をもったエクスタシーである。「遊行
かぶき」はこうして舞台と観客席の壁を溶解する。

 古典との出会いその格闘とは、基層からの復活であり、白石征演劇は日
本的霊性を魂の系譜として記憶装置に内蔵している観客を振動させる。演
劇市場においては観客こそ主体であり、その観客とは人類誕生以来、今日
まで継承されてきた悠久の遺伝子をもった生命潮流であり「愛の奇蹟」な
のである。観客は愛の奇蹟によってこの現世に誕生し、「わたしが生まれ
た日」は同時に、観客の両親その魂の系譜たる死者たちに祝福されて、こ
の現世に生命潮流によって母の子宮から他力によって押し出された。その
身体に内蔵された遺伝子は天皇制よりも古い伝統がある。死者もまた愛、
観客も俳優も古典的存在なのだろう。

 遊行舎はこれまで日本舞踊の花柳輔礼乃先生から、俳優の所作指導、衣
裳では大いなる援助をいただいたのだが、わたしが教えられたのはやはり
日本伝統芸能の強靭な精神と、おしみなく支援する暖かさだった。95年
泉鏡化の世界「瓜の涙」で一緒に共演した花柳先生の一番弟子うさぎさん
から、日本で芸をするんだったら着物くらい自分で着られるようにしなさ
い、とお叱りを受けたことを今でも思い出す。また世紀末の説教節・政太
夫さんは「遊行かぶき」を中世へと誘う基調として、協働作業の一環を困
難な現場で担ってこられた。

 「遊行かぶき」とはこれら日本伝統芸能と日本からの舞踏として誕生し
た土方巽暗黒舞踏のながれをくんだ三上宥起夫さんとの協働作業によって
創造された日本演劇における独自な方向感覚を社会に提示している。組織
された演劇がここにある。映画創造における、ダイナミックなスッタフ協
働の現場、この現場の制作を白石征は演劇にとりいれたのである。なにも
かもが演出家の恣意によって編集されるのではなく、専門家との協働にお
いて編集する社会的行為、こうしたカオスのなかで一方通行の演劇を解体
し、観客との双方向の空間にあるイメージの心を出力する、これが「遊行
かぶき」であろう。

 生命潮流その平凡な営為こそが古典であり、寺院においては毎日古典が
音楽のように朗読されている。修行僧と俳優の声は通低している。反復の
呼び声とは基層からの復活であり、奇蹟を空間に呼びおこすのである。演
劇における観客の感動の総量とは、基層から古代、中世をくぐりぬけ、近
世から近代、そして現代を生き延びてきた生命の情感であり、その総量が
わけもわからず観客身体を深部からつき動かすのである。その集合意識が
舞台に波動として集中放射されたとき観客と俳優の細胞は双方向として転
化し、あたかも観客の身体は舞台に立ち上げる。観客の身体から魂は抜け、
舞台にいる。観客は舞台のある自分の他力としての魂たるもうひとりの自
分と対話している。舞台いる自分とは自己の記述化されなかった歴史その
根幹である。観客の自己とは自らが他力によってあらかじめ分けられてい
る、ひとつの社会的世界である。ゆえに自分と言われる。

 社会的世界ゆえにこころの葛藤がある。舞台における人物とは観客のさ
まざまな類形である。観客のこころとは大きな社会的世界であり、さまざ
まには分化された自分としての人物が舞台に登場し物語を展開している。
舞台とは観客のいつか見たなつかしい風景、いつか出会った人、夜眠る観
客の夢その物語を再生する社会的世界である。舞台に登場する配役は観客
自身であり俳優は観客の媒介者である。ゆえに俳優は人間としてのメディ
アと呼ばれ、演出家は観客の代理人である。白石征は徹底してひとりの観
客として集中稽古をかまえる。現場に入ればそこはいよいよ白石征の時間
である。幕があく最後の最後まで稽古にねばる。観客に舞台をあけわたす
まで。ここでは遊行舎の俳優は野球の選手である。白石征にとって演劇と
は市場における観客との野球試合であり、試合に勝つための稽古場であり
現場稽古なのだ。こうして演出家は最終日までも観客が登場するまで現場
を観客にあけわたさない。白石征は演出家というよりは野球監督である。

 「遊行かぶき」は「小栗判官と照手姫−愛の奇蹟」にしても「中世悪党
伝」にしても、中世時代劇として、大きな舞台である。コストは高く、お
金がかかる。わたしは遊行寺初演の時、そのあまりにも巨大なリスクに疲
れ「先生、もう芝居はやめてください」と迫ったことがある。家庭経済が
破綻することは目に見えていたから。「いや、ぼくは演劇という表現を選
択したのだから」と答えられた。そこでわたしは白石征という作家は死ぬ
までひとりになっても芝居を持続させていくのだな、と、その決意を痛い
ほど感じとった。社会的巨大な運動体、そのエネルギーの渦の中心軸を白
石征は個人の理に有している。遊行寺初演が終わりほとんどわたしは幽霊
のごとく虚脱となった。遊行寺で芸能行為を立ち上げることは、行為する
主体が遊行の試練を受ける。

 96年遊行寺公演はなんとか赤字から救われ、続く97年3月の「瓜の
涙」銀座・博品館公演も赤字ではなかった。97年9月遊行寺公演への過
程は、幕が上がれば成功とわたしは制作として戦略を立てたのだが、膨大
なスッタフ支払いの赤字を生み出してしまい、制作としては失敗したので
ある。これをかぶったのが白石征その人である。その年の10月、電車で
たまたま遊行フォーラムの人に会い、遊行フォーラムの芸能企画はほとん
ど赤字だった、ぼくらはそれを負担した。演劇もそうとうに赤字を出した
ようだが、白石さんがひとりでそれを負担したようだね、他に誰も負担は
しないのか? と質問された。わたしは返答できなかった。演劇とはそう
いうものなのか? と、その人は社会的人間性への疑問をわたしに提示し
たのである。わたしは顔を上げられなかった。

 98年3月「遊行かぶき」第2弾として、新釈太平記三部作計画として
立ち上げた「中世悪党伝パート1」は、平日公演ということもあり、観客
動員は失敗し、膨大な赤字。98年5月渋谷ジァンジァン公演「十三(と
さ)の砂山」はジァンジァン側に、観客入場総数の全額を完納し、劇団に
はその後、半額しか小切手で入らないシステムで、わたしはほとんど打倒
されてしまったがかろうじてきりぬけた。98年8月最後の遊行寺公演は
台風のため観客動員失敗、野外劇でのコスト増大により、膨大な赤字。
99年3月「中世悪党伝パート2」、時間をかけて早くから仮シラシを藤
沢・東京におりこんだのだが、またしても観客動員に失敗した、赤字。
これらの膨大につぐ膨大な赤字を、遊行舎は白石征のその背に負わせてき
たのである。そしてまたしても99年8月遊行寺公演では赤字を出してし
まった。この赤字を白石征は支払っていく。これが演劇市場の過酷なリア
リズムなのだ。「ぼくが中小企業の経営者だったら一家心中自殺していた
よ。表現だから展望もあるし救われる」この白石征の演劇に賭ける死生観
は何であるのか?


http://www.awcjapan.net/find.cgi?md=read&sn=mc5055





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